表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第二話

 憧れの同級生、七山菜知香ななやま なちかさんが参加している

”まくらSNS”、追っかけて参加した僕を待っていたのは何ともユルい世界だった。

 第二話はこのまくらSNSでのお仕事です。

まくらSNS     〜 第二話 〜

 

「今から大切な話をします。これはこの世界 まくらSNSの存在意義に関わるお話です」


 七山ななやま菜知香なちかさんはわざとらしく大げさに言った。

 昨日の夕食前に初めて入室したこの「まくらSNS」では彼女が少しだけ先輩だった。

僕は結局、昨夜はそのあと入室していないので、今が二度目ということになる。

 そして、今日学校で七山さんの方から声を掛けられて、この世界が本当に僕と七山さん、それに他の参加者を繋いでいることが分かった。


「まずひとつ目、ここは夢の世界です。現実社会で受けたストレスを少しでも緩和することがこのSNSの最大の目的なのです」

昨日初めて七山さんと出会ったレストランで、今日は七山さんからこの世界のレクチャーを受けている。学校でそう誘われたのだ。だから、できるだけ早めに夕食と宿題を済ませて、このSNSに入室した。

 もちろんお風呂はしっかり入りましたよ。えぇ、いくら夢の中と言え今日は体育の授業があったから、七山さんに嫌われたくないですしね。

「菜知香先生、質問があります」

僕はすっかり教師役が気に入った七山さんに向かって、小学生のように手を挙げた。

「はい、あゆむさん。なにかしら?」

「夢の中でも、悪夢ってあるじゃないですか。怖い化け物に追いかけられたり、延々と山をよじ登ったり」

「なるほど、歯が抜けたり、段差を踏み外してびっくりして目が覚めたりとかね」

七山さんが後に続けた。

「でもそのためのまくらSNSなのです。そういう夢を極力見ないように、呼吸音や心音などをスマホで拾って解析し、フィードバック制御で精神が安らぐ音楽やメッセージを非可聴域で流しているの」

なるほど、そういう仕掛けでSNSにこちらの情報を入力してるのか。だからパソコンじゃダメでスマホなのか。

「つぎにふたつ目、この世界では現実社会のお金が全く意味を持ちません。お財布を握りしめて眠ってもお金を持ち込むことはできません。そのかわり、現実のお金を取られることもありません」

たしか目覚めの部屋|(僕が勝手にそう呼んでいる、このSNSに入室するとき初めに目覚める部屋だ)の説明書にも課金がないことは書いてあったな。

「だから、この世界で何かを手に入れよう思ったら。仕事をしなければなりません」

七山さんはすっかり先生口調だ。

「ライフポイントとかマジックポイントとかですか?」

ゲームとかだとそうだよな。と思って質問してみた。

「ざんねん、そういう難しい概念はこの世界にありません。一切食事をとらなくても死にませんし、逆にいくら食べても太りません。ここ重要です。」

「じゃあ、何のために仕事をするんですか」

「おいしいものを食べたり、かわいい服やアクセサリーを買ったりするためです」

「ずいぶん現実的ですね。それに働かなければ何も買えないなんて現実的すぎる」

「そうね。でも決定的に違うことがひとつあるの」

 急に七山さんが先生口調をやめて真面目に言った。

「この世界の仕事はかならず成功するの。そして、成功した仕事はみんなが褒めてくれるの」

「それは楽ですね、でもそれじゃあわざわざ仕事をするなんて設定があるのかな?」

僕は何気ない質問をしたつもりだったのだが、七山さんはフッと何かつらいことを思い出したような表情になり、

「大人はね、仕事をし続けていないと心が壊れちゃうんだって。それでも、褒められることもなく続けていると、やっぱり少しずつ心が壊れちゃうんだって」

僕はその時、心配そうな顔で七山さんを見てしまったのだろうか。

七山さんは僕の顔を見ると、パッと元の笑顔に戻り、

「あっ、私も別の人からそういう風に聞いただけなんだよ。オトナって大変だなーって思って」

「あ、あぁっ、そうだよね」

僕にはそういうのがやっとだった。

「そうそう、そういえばもうすぐ学校で健康診断があるよね」

七山さんが無理矢理話題を変えてきた。

「うん、来週だっけ?」

「そう、あと十日あります」

夢の中で何をしろと?

「人間ってね、結構思い込みって言うのが大事なの。心にストレスを掛けないことで現実でも良い影響が出るんだよ」

「どういうことかな?」

「つまり、こっちの世界でたっぷり御飯を食べておけば、ストレス知らずでダイエットができちゃうんだよ」

「そんな馬鹿な」

「そう思うのなら、ほらあっちのテーブル」

七山さんが示した方には、すごくキレイな女性が三人……一心不乱に御飯を食べていた。それも焼き肉にラーメンライスというとんでもなく高カロリー食

「あの人たち、現実社会じゃモデルさんなんだって。こっちに来るようになってからスタイルは完璧なままで、表情が柔らかくなったって評判なんだよ」

モデルさんってストレス溜まってるんだな。

「それでみっつ目、仕事は自由に選べます。毎回変更もオーケーです」

「菜知香さんは何をやってるの?」

修道女って仕事なんだろうか?

「私は主に病気やケガの治療だね。と、言っても魔法でちょちょいっていう訳じゃなくて、薬草の採取と調合が主な仕事」

なるほど、白魔術師ってわけじゃないんだ。

「でも僕バイトもやったことないんだ。具体的に何から初めていいのか分かんないよ」

商売を始めるにも、どこかで雇ってもらうにも自分に何ができるかも分からない。

「そうね、わたしは薬草のタネを買って家の近くの畑に植えるところから始めたけど、歩さんはせっかく剣士のキャラなんだからハロワで害獣退治の仕事を紹介してもらってはどうかしら」

……ギルド、とかかっこいい名前じゃなくてハロワなんだ。


※※


 ハロワで紹介された仕事は至極簡単な内容だっだ。

初心者向けとしては最適ですよと、局員のおねえさんが丁寧に説明してくれたのは、

北にそびえ立つ”白銀の山”、そこに続く一本道に現れる害獣の退治だ。

 害獣と言っても大人が四つん這いになった程度の大きさのイノシシで、ハロワで貸し出される”こん棒”で三回もヒットすれば捕獲できるらしい。これなら僕にもできそうじゃないか。

「ただし、その先の白銀の山はまだ開発中ですので絶対に入らないでくださいね」

局員のおねえさんはそう付け足してたけど、僕は初仕事に浮き足立っていたためあまり耳に入っていなかった。


 初仕事には七山さんも同行してくれている。今、僕たちは白銀の山に至る一本道へ向かってその手前の”秋の森”を歩いている最中なのだけれど、どうやら七山さんは「ついでの」薬草採取にご執心のようで、時々いなくなったと思ったらあわてて追いかけてきたり、どうやったのか先回りしていたりと駆け回っている。まあ、どうやってといっても、この”まくらSNS”のシステムなら足を少し速く動かしただけでビュンビュン景色が後ろに流れるほど速く歩けるんだから、まわりをキョロキョロ見回しながら進む僕を追い越すことなど簡単なのだけれどね。


 そうやって僕らは目的の一本道までやってきた。


 両側に高い木が立ち並びその遙か向こうに“白銀の山”が見える。

さて、ここから初仕事のイノシシ狩りの開始だ。僕は一本道の入り口でこん棒を構え、どこからイノシシが飛び出してきても対応できるよう、グッと足を踏ん張って臨戦態勢をとった。

 それから、三十秒……一分、時間は過ぎていく。あたりは風も止み、虫の声も聞こえない。研ぎ澄まされた神経のなせる技だろう、これならば枯れ葉を踏む音にさえ反応できる。イノシシに悟られないようできるだけ殺気を消し、一本道の向こうから視線を外すことなく、こん棒を握る手に汗がにじむ。


「歩さん? あの、そんなところで立ち止まってたら獲物は出てきませんよ。一本道を歩くって言うのが発生条件だから」


「……そういうのは速く教えてくださいよ、菜知香さん」

「ハロワで説明があったでしょ?」

はい、浮かれてて耳を素通りしてました。


気を取り直して一本道を進むと、それは何とも間抜けな様子でやって来た。

遙か向こうから、まるでマンガのように土けむりを上げ、ドッドッドッドという書き文字を背負いながら、一本道をこちらに向かって突進してくる。

しかし道幅は充分に広く、またイノシシも僕をめがけて襲ってくるわけじゃなく、真っ直ぐ走っている。そして、おそらくこん棒で殴るときに罪悪感を感じずに済むようにだろう、それはもう憎ったらしい形相で、口から飛び出した牙の間からダラダラとヨダレをまき散らしている。

 その様子にあっけにとられてしまい。僕は初めの一撃を入れるのを忘れてすぐ横を通り過ぎるイノシシを呆然と見送ってしまった。

「歩さん! すぐ折り返して戻ってきますよっ。ガンバです」

七山さんの言葉でハッと我に返り、今度は引き返してきたさっきのイノシシの背中を一撃し、ふたたび行っては戻るイノシシの頭と背中にポコン、ポコンと二発入れると、そいつは大げさに天を仰いで雄叫びを上げ、ドサッと地面に崩れ落ちた。


「やった! やりましたよ、菜知香さん」

「初の獲物ゲットだねっ、おめでとう歩さん」


倒れたイノシシに近寄って一つ問題に気がついた。これ、どうやって持って帰ろう。

「けっこう軽いから持って帰れるよ」

七山さんが言うとおり軽い。学校に持って行くカバン程度だ。これもシステムの設定だろう。

「何頭かまとめて狩っちゃうなら宅配サービスが便利だよ」と、七山さんは黒い猫のマークの書かれたシールを差し出した。確かにがんばってたくさん狩れば、経験値や資金が増えて、上級の仕事ができるようになる。まだ時間は有るからもう少しやっておくかな。

 僕が七山さんの差し出したシールをイノシシに貼り付けると、どこから集まったのか数十匹の猫がやって来て、ミャーミャーと鳴きながらそれを足早に持って行ってしまった。


 それから無我夢中で十三頭を倒した頃には一本道の出口、”白銀の山”の麓まで来てしまっていた。そこには岩と砂利で作られた幅の広い下り階段が、まるで扇のように一つの暗いトンネルの入り口へと絞り込まれていた。

 最後のイノシシが宅配猫によって持ち去られた後、ちょっとした出来心で僕は七山さんに提案した。

「このトンネルの先、ちょっと見に行ってみない?」

「“白銀の山”は開発中だからまだ入っちゃダメですよってハロワで言われなかったかなぁ?」

七山さんはまるで小学校の先生が低学年の児童にするように、ニコニコ笑いながら言った。

僕が気まずそうに口ごもっていると七山さんが付け加えた。

「まぁ、良いでしょう。冒険心は大切です。それに開発中と言っても危険というわけじゃなく、ただ単に行ってもおもしろいイベントが用意されてないってだけだから」

僕の表情が明るくなったのを見て、七山さんは満足そうに僕の手を引いてトンネルへ向かった。


 トンネルと抜けると、そこにはお花畑が広がっていた。

ちょうど教室一つ分くらいのスペースに色々な花が咲いていて、穏やかな日の光が差し込んでいた。なるほど、“秋の森”から“白銀の山”に至る途中のここは”小春日和”って事だろうか。

 そしてこのスペースの先は崖になっている。ただし、「切り立った崖」というわけではなく、ゆるやかにカーブを描いて十メートルほど下には“白銀の山”への登山道が見える。

つまりここは白銀の山への入り口ってことらしかった。


 七山さんはさっきから秘密基地を見つけたこどものように大喜びで走り回っていたが、お花畑の一角、白い花の群生を見つけて歓喜の叫び声を上げた。

「こっ、これは体力回復のレアアイテム、それもこんなにラッキー!」


 それから僕と七山さんはレアアイテムの薬草を採取した後、二人とも汗だくになってお花畑に大の字になった。

 せっかくお風呂に入ったのに、また汗かいちゃったな。朝シャワーを浴びてから学校に行かなくちゃ。なーんて現実的な事を考えてみたけどこれって夢の中なんだよな、寝汗かいてるんだろうか? などと思考していると

「きれーだねぇ」

七山さんがずっと高い空を見て言った。

「そーだね」

初冬の空はどこまでも澄んでいて、雲一つないだだっ広い世界を、一羽のトンビが弧を描きながら飛んでいる。

「また明日もここに来ようよ」

と言う七山さんの誘いに

「もちろん、しばらくはイノシシ狩りでポイントも稼がなきゃならないしね」

僕は応えた。

「じゃあ、約束だよ」

七山さんはガバッと起き上がると、覆い被さるように僕に顔を近づけて言った。

「う、うん」僕が照れくさそうに横を向きながら言うと

「やったー! それじゃあ明日はお弁当を用意してくるね」と満面の笑みを浮かべながら七山さんは言った。


けれど次の日、その約束が守られることはなかった。


     〜 まくらSNS 第三話につづく 〜


第二話はお正月の書き初め代わりに書きました。

できれば転結まで行きたかったのですが、元旦もあと1時間少しで終わりですのでとりあえず書いた文だけ投稿します。


次回、第三話は”転”パートの予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ