#9 初秋(2)
一週間前、尚也は担任に学校を辞めたいと告げ退学届の書き方を聞いてきた。
田口はその理由を詮索したが尚也は多くを語らずただ辞めたい、勉強について行けないとしか言わなかった。
特に家庭の事情、経済的な事情で辞めざるを得ないわけではないと言うことは分かっていたし、田口は兎に角一週間良く考えてまた来いと言った。
そして今日。尚也の意思は変わらず退学届けを持って来た。
「柴田の父親は単身赴任で今実家にいないから母親と先ほど話をしたが驚いていたよ。そんな話は始めて聴いたってね」
3人は驚きを隠せず狼狽えた。
「夏休みが終わってからずっとへんだったもんね・・・。何か悩み事でもあるのかしら」
亜季が言う。
小春は尚也と二人きりで話したあの夜の事を思い出し、目を伏せた。
「つまり先生は俺たちに辞めたい理由を探って来いというわけ?」
「まぁ、そんなところだ。はっきりとした理由が分からないうち退学届けを受け取ることは出来ないからな。お前らが一番仲いいみたいだから、頼むよ」
「仕方ないな。俺も今あいつに辞められたら困るしな・・・・」
良介は独り言のようにボソリと呟いた。
3人はその足で寮に向かった。
管理人のおじさんに挨拶をすませ二階の奥にある部屋のドアをノックした。
「よう、どうしたんだよ。風邪か?」
良介の言にベッドに横になって尚也は半身を起こした。
「ああ、いや、もういいんだ」
「午後の授業、来なかったからどうしたんだろうって・・・そしたら田口先生が身体の具合が悪くなったからだって言うし・・・」
亜季は少し伏し目がちに言った。
「もうなんともないよ。よく寝たし」
「そう、でも最近変よね、柴田君。ずっとぼーっとしてて。なにか心配事でもあるの?」
「いや、別に・・・。休みボケだろうさ」
「そうなんだ、でもね、でも・・・」
亜季が口ごもると先ほどから黙っていた小春が多少苛ついた調子で二人に割り込んだ。
「もう、いいわよ。どうせばれる事なんだし」
何の事だと言いたげに尚也は小春を見た。
「なんで学校辞めたいの?何が不満なのよ」
「なんだよそれ。誰が辞めたいって?」
「惚けないで。退学届けだしたんでしょ。みんな知ってるんだから」
「田口か・・・あいつお喋りなんだな」
尚也は声をあげて背伸びをしてベッドを降りると部屋の隅にある冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出した。みんなに「飲むか?」と聞いたが一様に首を横に振るので蓋を開けそのまま一口飲んだ。
「まだ入学して一年も経ってないのに、なんでよ」
あの夜の時から、或いはもっと前から尚也は決心していたのだろうか。
尚也はベッドの端に腰を下ろした。
「なんつうか、もう授業についていけなくてさ。わけわかんねぇ。清明に入れた事が俺には奇跡だし、もう、いいかな、って」
「期末テスト、そんなに悪くなかったじゃない」
「たまたま張ったヤマがあたっただけさ」
「嘘。そんな生易しいテストでなかったじゃない。私だって予想したとこ全然でなかったし」
小春は何が何でも否定したかった。その小春の勢いに困惑した表情を尚也は見せて頭を掻き「実はな・・」と神妙な顔つきで呟いた。
「俺の親父、女つくって家出ていったんだ。それに酒とギャンブルが好きで家に金いれなくて、お袋のパート代だけじゃやっぱり・・・。長男の俺が働かないと・・」
手の甲で目を擦るが嘘であることは明白だ。
「何言ってるのよ!お父さん単身赴任なんでしょ。お母さんにも相談しないで。みんなに心配してるのに。ふざけないで本当のこと言ってよ」
「お前らが勝手に心配してるだけだろ。ほっとけ」
小春はとうとう怒りが心頭に達し大声を上げた。
「勝手にって、一番かってなのはあんたでしょ!何が原因か知らないけど、私たちの事、いえ、ご両親の事をちゃんと考えてるの?私たちが納得するような理由だったら止めないわよ。さっさと学校辞めて田舎に帰えったらいいじゃない!でも、私たちは辞めて欲しくないからここに来たの。なによずっとはぐらかすような言い方して。私たち何なの?邪魔?ウザイの?あんたの事どうでもよかったら最初からこんな所に来ないわよ!」
瞳に涙を浮かべて捲くし立てた小春に皆圧倒され微動だに出来なかった。
「まあまあ」と温い空気を流し込む良介に小春は苛立った。
「なんなのよ!良介も何か言ってやったらどうなの!」
「そうだな、けど、後は俺に任せろ」
「任せろ?何を・・・」
「まあまあ」
良介は小春と亜季を強引に部屋から押し出して扉を閉めた。