#6 夏(6)
事故から数ヶ月が過ぎて秋になった。
芳江は欠かさず神社に願を掛けたあと港で二人を待つ日々が続いていた。
男手がいなくなった木村家では義母の内職と港の手伝いだけが収入源であったが、残った船の借金を返せば殆ど残らず貧しさは日を追うごとに増していった。
気がおかしくなった嫁をかかえ義母の体力、精神力も限界に来ていた。
そして、ある嵐の夜。芳江は悲鳴を上げながら飛び起き玄関の扉を開けようとしていた。
外は暴風雨である。地面が揺れるほどの風が逆巻いていた。
義母は必死で芳江を止めた。
「帰ってきた。帰ってきた!」
そう叫びながら義母を振り切り、寝巻姿のまま嵐の闇に駆けていった。
義母は動顛して近所に助けを求めた。
夜中大勢で探したがとうとう見つからず、朝になっても芳江は戻って来なかった。
「あのぅ、おばさん・・・」
小春がまた遮る。
「だんだん怖くなってきたんですけど・・・気のせいでしょうか・・・」
「これからが大事なところだから、ね」
「うううっ・・・」
それから3日が過ぎた穏やかな早朝。浜に3体の水死体が打ちあげられた。
「ひえぇ!おばさん!どこがロマンチックなんですか!」
「だってね、その親子はしっかり手を握っててその指を解くことが出来なかったんですって」
良介は口を開いたまま微動だにしない。
小春は何気なく亜季を見るとティッシュで目頭を押さえていた。
「亜季、あんた感動してるの?」
「だって・・・」
尚也の母は更に話し始めた。
「これは余談なんだけどね、不思議なことに旦那さんと息子さんの遺体、全く傷んでいなかったんですって。事故から何ヶ月も経てば腐って白骨化してなきゃいけないのに全く綺麗な状態だったそうよ。水死体って前に見たことがあるけど、ひどいもんよ。ぶくぶくに水ぶくれしてて、口から小さな蟹がぞろぞろ出てきたり、耳から変なゲジゲジみたいな虫がでてきたり・・・」
「おばさん・・・・」
小春は耳をふさぎテーブルにうつ伏せになりながら懇願した。
「お願いだから、もう・・・・」
亜季は鼻水をすすりながら一つの疑問を投げかけた。
「でもなんで、芳江さん、死ななきゃいけなかったんだろう。私思うんだけど、旦那さんと息子さんにもう一度会いたいだけだったんじゃないのかな・・・」
尚也の母は暫く考えて思いつくままに呟いた。
「神様が願いを叶えるのも只じゃないのかもね」
その言葉に素早く良介が反応した。
「賽銭だけじゃ足りなかったのかよ」
「神様はお金使わないでしょ」
「じゃぁ、命と引き換えに願いを・・・・」
「亜季やめて!」
小春がうつ伏せのまま制した。
「そんな事考えたら神社に御参りできないよ」
「私はこう考えるのよね」
尚也の母は穏やかに、優しい表情で話し始めた。
「芳江さんの絶望感っていうか、その悲しみの痛さは誰でも理解できると思うの。その痛みを抱えたまま生きることは大事なことだけど、もし、あの世で愛する夫と子供とずっと幸せに暮らせるとしたらどちらを選ぶかって・・・。だって旦那さんも息子さんも既にこの世にいないのだし生き返らないのだからこの世で一緒に暮らしたいなんて虫のいい願いはさすがに神様でも叶えてあげられないでしょう」