#42 奇跡(2)
亜季はベッドに寝ている優妃子の傍に行くとそっと手を取り、目を瞑った。
そしてゆっくりと首を振る。
「いいの、私こそ遅くなっちゃってごめんなさい・・・」
優妃子と亜季が会話をしている。
尚也は狐に抓まれたような気持ちでその光景を見ていた。
「柴田君に伝えたいことがあるんでしょ?だったら直接言わなきゃ」
亜季は頭を上げて尚也に視線を移した。
「亜季、おまえ・・・分かるのか?」
「柴田君」
亜季は尚也に向かって片方の手を差し伸べた。
一瞬何の事か分からなかったが尚也は無意識に亜季の手を握った。
その瞬間、身体から温かな何かが流れ出て、何かが流れ込んで来た。
目の前が光で満ち、眩暈を起こした時の様に身体がずんと沈んで行くような感覚に襲われた後、白く、重力が感じられない空間で尚也の意識が戻った。
尚也は訳が分からずその空間の中で狼狽えた。
「ナオ君!」
その声の方を見た。ベッドから身を起こして笑顔を湛えている優妃子の傍で亜季も微笑んでいる。
「いつもお見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど、ちゃんと練習してるの?さっき石田さんが褒めてたけど・・・大丈夫?」
「あ、ああ・・・大丈夫・・・」
尚也は戸惑いながら返事をした。優妃子の姿は健康な身体そのもので笑顔には尚也が覚えているあの頃の面影が滲んでいる。
「どうせ石田さんに褒められて鼻の下長くしてたんでしょ」
亜季が言うと「部長、美人だものね」と優妃子が合いの手を打ち、二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「亜季、これは一体・・・」
亜季自身にもどういうことなのかは分からなし説明も出来ない。
「ただ、優妃子さんと柴田君の思いの橋渡しをしているだけ」
「そう。亜季さんってとってもへんな子なの」
「ちょっと、失礼ね、優妃子さん」
優妃子は取り直して亜季の手をしっかりと握った。
「でも亜季さんのお蔭でこうしてナオ君とお話できました。本当にありがとう」
「だから気にしないでって言ったでしょ。って言うか、さっきから全然話してないじゃない」
「うん。でも・・・」
優妃子の戸惑う姿に少しばかり苛立った亜季は尚也に話を振った。
「せっかくちゃんとお話できるんだから、さあ、柴田君も」
そう言われても尚也にしてみれば見舞いに来たとき散々一人で話していたし今更何を話しすればいいのか分からなかった。
「ほら、優妃子さんも。柴田君に言いたい事があるんでしょ」
そう。優妃子は尚也に伝えたい事があった。そのために亜季にお願いしたのだから。