#40 晩秋(6)
暖かな光。無音の旋律。その中で亜季は沈んでいる塊を探していた。
気持ちが焦せるばかりで見つけた淡く光るその塊にどうしても手が届かない。
水中の中でもがくように自分の叫ぶ言葉さえ泡となって消えてゆく。
(ごめんなさい・・・)
優妃子が亜季の手を握る。
「どうして謝るの?」
(だって、ナオ君のこと・・・)
亜季は両手で顔を覆い、腹の底にうごめくものを吐き出そうと声をあげた。
(亜季さん。もういいの、もう・・・)
「でも、私、みんな、好きなんだよ。小春も・・・優妃子さんも」
(だから、もう、いいの。私・・・充分、幸せだったから)
中学二年の夏休み。突然優妃子の内側から何かが膨張し、何かが溢れ出た。
それは今まで意識していなかった膨大な哀しみ。
両親が突然居なくなったとき里美に問いかけた。
「お父さんとお母さん、どこ行ったの?」
里美の言葉で全て分かった。もう二度と会えないと。
自分の病気の事を告げられたとき、父親から謝られた事を思い出した。
そして無理やり、諦めた。
予測出来なかった事。大きな哀しみを全て受け入れる器が無かった。だから泣けなかった。
新しい両親、新しい友達。病気の進行が遅く普通の生活が出来ていた穏やかな時間、
その中で尚也の事は忘れかけていた。
五月蝿いほどの蝉の声。吐き気を呼ぶ、うねるような熱い空気。肌に刺す日差し。
図書館からの帰り道。交差点の信号を待っていたとき空を見上げた。
吸い込まれるような青と白く輝く雲。
子供の頃の記憶が蘇った。
「こんなにいっぱい・・。ナオ君にお礼しなきゃ」
優妃子が尚也から貰ったサザエやアワビを差し出すと母親が言った。
「ユキ、今度ナオ君を家に連れてきなさい。一緒に晩御飯でもたべよう」
まだ元気だった父親が言う。優妃子は飛び跳ねて喜んだ。
「ナオ君・・・」
人が行き交う歩道。立ち籠める熱。その中で突然、優妃子は泣き崩れた。
やっと理解できた自分自身の事。生きることが出来た自分の支え。
そのとき声をあげて泣きたかった。
(お父さん・・・お母さん・・・)
必死で堪えると体中が軋むように痛んだ。
白昼の街で優妃子はしゃがみこみ、両手で顔を覆い、声を殺した。
ビジョンが破裂した。
「優妃子さん!」
亜季は優妃子に抱きついた。
「亜季さん。自分に嘘はつかないで。ナオ君は・・・大丈夫よ」
ふと目が覚めた。
亜季は茫然自失とベッドに仰向けになっていた。
天井がぐるぐる回っている。
身体中が熱く、頬は涙で濡れていた。