#39 晩秋(5)
尚也は子供の頃の話や学校での出来事など一人で喋り続けた後優妃子の手を離した。
ドアをノックする音がした。振り向くとそこには看護士が立っていた。
「もう巡回時間だから・・・」
「すみません。もう帰ります」
立ち上がって優妃子に別れの言葉を言う。
「じゃぁ、また明日な」
(うん。また明日)
尚也にはそう聞こえたような気がした。
「いつもごくろうさま」
廊下で話しかけてきた看護士に尚也は質問を投げかけた。
「ユキは・・・ずっとあのままなんですか」
「さぁ。今はまだ自分で呼吸が出来ているから大丈夫だとおもうけど・・・私も詳しくは分からないの。状態で数十年生きていた例もあるみたい。だけど病状が急に進行していつ呼吸不全になってもおかしくないわ」
「そうですか・・・」
病院の玄関先には救急車が止まっていて赤いランプが規則的に壁を照らした。
その横を通り過ぎて尚也は歩く。足元には早く落ちた枯葉が行き場所も無く点々と散らばっていた。
小春は小振りで色とりどりの洋菓子が大きな皿に並べられているその光景に目を輝かせた。
「そんなに沢山、食べられるの?」
亜季の前にはショートケーキが二つ置いてあった。
「大丈夫よ。晩御飯食べないできたから。お母さん怒ってたけどね」
「もうこっちに住んでるんだ」
「うん。昨日からね」
口のまわりについたクリームを指で拭いった。
「学校へはいつから?」
小春はフォークを置いてコーヒーを一口飲んだ。
「まだわかんない」
父親の誠意が伝わり訴訟は取り下げられたものの医者という職業に対する情熱は冷め、日に日に生気を無くしてゆく父の姿に小春は胸を痛めていた。
「小児科の医者って少ない見たいだから知り合いの病院から誘いはあるみたいなんだけど、お父さん、まだ駄目みたい」
亜季は心の中で「お父さんの事じゃなくて小春の気持ちはどうなのよ」と呟きながらフォークを口に運んだ。
「みんな、どうしてる?元気?良介とか・・・、柴田君、とか」
亜季の目の前にあの光景が過ぎ去る。
「良介君、相方が居なくなって淋しいみたいよ」
「相方って誰よ。あいつのギャグが寒いのは昔からでしょ」
お互いに笑いって一息ついた。
「柴田君ね・・・私、最近、話ししてないんだ」
亜季は優妃子と尚也の事を話した。
それは尚也から直接聞いたものではなくあの日、優妃子から伝わった情報だ。
小春は暫く無心にケーキをほお張り、ふうと息を吐きコーヒーで口の中を洗い流した。
「そんなのずるいよ。六年間思い続けて、約束守って・・・そんなの敵うわけないじゃない。私達」
亜季は目の前に残っているもう一つのケーキを見詰めた。
「それで、安住さん、具合どうなんだろう。病気、治るのかな」
「どうなんだろう。難しい病気みたい」
もう少しで死ぬ。亜季は知っていたがわざと言葉を濁した。
「そうなんだ・・・治るといいね。安住さん。だってやっと会えたんだもの。そんなの奇跡だよ。凄いよ」
小春のその言葉、偽りのない本当の気持ち。その優しい瞳、表情。
亜季は何故か鋭いナイフで胸をえぐられるような痛さを感じた。