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#36 独白(5)

それから優妃子は尚一層勉強に励み、私達は持てる時間の全てを優妃子の為に使いました。

優妃子はあまり過保護にされると嫌がりましたから近づき過ぎず、それでもいつでも手を差し伸べる事が出来る距離を置いて見守っていました。

なにより病気の事が気にかかりましたがその頃は心配はありませんでした。

やがて受験の日がやって来ました。車で送りたかったのですが彼女はきっぱりと断り、自分の足で会場に向かいました。合格発表の日。普通であれば今までの苦労を労い派手なお祝いをするのでしょうが私達の場合はただの通過点でしかありません。当然料理に腕を振るい優妃子の好きなものをいっぱい作りました。夫にはいつもより多くのお酒を出してその日はとても愉快でした。

そして、入学式。

当日私は緊張して着物の着付けが上手く行かず途方に暮れました。

それまで私と夫は奇跡が起きると信んじて疑いませんでしたが何故か不安が大きくなり、もしナオ君が居なかったら、という気持ちばかり大きくなって仕方ありませんでした。

真新しい制服に身を包んだ優妃子もこの日ばかりは顔を強張らせ、夫が運転する車の中でずっと私の袖を握っていたのです。

校門を潜るとどの父兄も晴れやかな顔をし、我が子の晴れ姿に目を細めています。

そんな中で私達家族だけがまるで戦地へ向かう兵士のような面持ちで手続きを済ませました。優妃子は教室へ、私と夫は控え室へ。

そこで渡された入学者名簿を私はじっと凝視しそれまでの優妃子の人生を投影していました。

本当は優妃子と一緒見ようと思ったのだけれどもどうしても辛抱が出来なくなって一枚一枚頁を捲りました。

何もかも荷を降ろして楽になった父兄達の笑い声や、陽気に語り合う明るい雰囲気の中で私と夫は連ねている名前を一つ一つ確認していったのです。

一年一組に優妃子の名がありました。二組、三組・・・やがて五組に見つけました。

ナオ君の名前を。

そのとき私は同姓同名だとかそんな瑣末な事など考え及びません。間違いなく優妃子が信じてやまなかったナオ君。柴田尚也君。そう確信した私の目からはぼろぼろと涙が溢れ、夫の腕を抱え込んで嗚咽したのです。周りにいた父兄達は怪訝に思ったでしょうね。

式が始まっても居ないのに泣いているなんて。

それから校長先生の誘導で体育館に移動しました。そのときには気持ちが落ち着いていて式場の厳かで静粛な空気を心地よく感じる事が出来ました。

私と夫はやっと身が軽くなり、早く優妃子に知らせてあげたくてうずうずしていたのです。


新入生が紅白幕を向こうにして入場して来ました。

私にはどの生徒がナオ君なのか分かりませんし、もし子供の頃のナオ君を知っていたとしても成長期のそれも大勢の中から見つけ出すのは困難だったでしょう。

だけど不思議なもので我が子だけは遠くからでも直ぐ見つけられました。

優妃子は相変わらず緊張していてぎこちない歩き方をしていました。

席に着くと来賓の訓示もろくに聞かずきょろきょろ見回しています。私はあんなに落ち着きのない優妃子を見るのが初めてでしたからとても可笑しくて、それでいてとても愛しくて、なんだか悪戯をしてやりたい気分になりました。

やがて入学式も終り私と夫は正門の脇にある桜の木の下で優妃子を待っていました。

他の家族は思い思いその桜を背に写真を撮っています。皆晴れやかで、満面の笑顔で。

空を見上げると心がすっと落ち着くよう奇麗な青。風は少し冷たかったけれど熱った頬が丁度良く冷えて気持ち良かったのを覚えています。

優妃子が上擦った顔をしてやって来ました。

私は握り締めていた入学者名簿を差し出しました。

すると優妃子は願いを込めるようにゆっくり頁を捲ってゆきました。

優妃子の目の色が変わったそのとき、私は初めてお祝いの言葉を贈りました。

「入学おめでとう」

優妃子は名簿を胸に抱きしめ「ありがとう」と言ったきり口を塞ぐと桜色の頬を奇麗な雫が伝っていきました。

「もう、我慢しなくていいのよ」

私が言うと優妃子は何度も頷いて肩を震わせました。

実の両親が死んだときも、難病であることを宣告されたときも泣かなかった彼女が、この日の為に生きようと決意して漸くその時、泣くことを許されたのです。

私は優妃子を抱きしめました。優妃子はまるで子供のように声を上げました。

夫も私と優妃子を抱いて泣きました。

先ほど控え室であれほど泣いたのに不思議なくらい涙が溢れて止まりませんでした。

そして心のなかで叫んでいました。

もし神様が本当に居るとしたらこれでお相子。怨んだ事を謝ります。ですからお願いです。あと三年間、たった三年でいいから優妃子の病がこれ以上悪くならないようにして下さい。ナオ君とまた楽しい時間を過ごせるようにして下さい、と・・・。


こういう文体は、どうなの?

PCや携帯じゃぁ、やっぱりダメなんでしょうか・・・

でもこうしないと無駄に小説が長くなるんで仕方ないのですよ。

次からは普通?に戻ります。

が、更に重く、暗くなります・・・


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