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#34 独白(3)

それから一年が過ぎたある日、警察から一本の電話が掛かってきました。

優妃子と私達は日を追うごとに打ち解けて本当の親子のような関係になっていましたし、私も彼女の成長する姿を見守るのが生きがいになっていましたからその電話は正しく晴天の霹靂だったのです。

私と夫はある山中から発見された二人の遺体を確認しました。

殆ど白骨化されていてそれが兄なのか優美さんなのかは分かりませんでしたが着衣と傍らにあったという荷物からその遺体は兄夫婦であることは疑いようがありませんでした。

荷物の中に遺書がありました。

一枚目は債権者に宛てたお詫びの言葉が並べられており、二枚目は親族縁者に宛てられたもの、三枚目優妃子に宛てたのでした。その全ての筆跡は奇麗な字でしたから優美さんがしたためたものだったのでしょう。そして四枚目には私と夫に宛てていて、その末尾にはミミズが這った跡のような、恐らく兄が力ない腕で必死に書いた文字がありました。

(優妃子を頼みます。どうか、優妃子をお願いしまず・・・)

私は決して優妃子に対して嘘はつかないと決めていました。

それはこれから優妃子と暮らして行き、本当の親子になるために私が心に決めていたものでした。

なぜなら兄と優美さんが去ったあの日の朝、優妃子に嘘をついて心の底から後悔したからです。

「お父さんとお母さん、どこに行ったの?」

台所で朝食の支度をしていた私に優妃子が聞きました。

私は彼女の顔を見ることが出来ず、お豆腐を切りながらやっと返事をしました。

「急に新しいお仕事が決まって、今朝早くそこに行ったのよ」

ろくに歩けない兄と兄の世話をしなければならない優美さん。一体どんな仕事が出来るというのでしょう。だけどその嘘を突き通さなければ優妃子の心が壊れてしまう。私はそのときそう思ったのです。

「でもね、直ぐ帰ってくるから心配しなくていいのよ。ユキちゃんがいい子にしてたら直ぐ帰ってくるからね」

その後見た優妃子の瞳はまるで深い滝壷から放たれる淡い光を発していて、私の言った言葉の意味も、両親が居なくなったその訳も全て見通していたのです。

「うん、いい子でいる」

本当は泣きたいのにその気持ちを心の奥へ押し込め、いつものように笑う優妃子を見て、

ああ、なんと言うことをしてしまったのかと胸を掻き毟りたい衝動に駆られたのです。

この子は大人さえ逃げたくなる絶望もちゃんと受け入れることが出来る。逃げているのはこの私。この子の親になるには同じ視線で苦難を受け入れ、決して逃げてはいけないのだとその時思ったのです。

ですから警察から電話が来たことも、遺体が両親であることも、そして遺書の事も全て優妃子に話しました。


兄と優美さんの葬儀のときも納骨のときも優妃子は涙を見せませんでした。

それどころかあの日から両親の名も思い出も口にすることは無かったのです。

それは彼女が冷血でも鈍感だからでもありません。

理由は私にも分かりません。恐らく、私達の為か或いはその一年前から既に覚悟が決まっていて私達の知らない所で泣きはらし涙を枯らしてしまったのかも知れません。

その代わり何かと話題に出る名前がありました。

それは、「ナオ君」

兄と私の故郷で出会った優妃子のさ大切なお友達の名前。

一緒に海の見える丘まで走ったこと、袋いっぱいの貝や雲丹を貰ったこと、飛んでいるトンボを虫取り網で鮮やかに捕まえたこと、お祭りに行ったこと。

ナオ君の事を話している優妃子の顔は本当に幸せそうでした。

ですから私も嬉しくなって優妃子に言ったのです。

「今度ナオ君に会いに行きましょうか」

けれど優妃子は急に悲しい表情になり大きく首を横に振るのです。

お別れも言わず黙って去ってしまった事が楔となって心に深く刺さっていたのでしょう。

でも直ぐにニコリと笑ってこう言いました。

「もうちょっと大人になったらナオ君に会えるんだよ。だって約束したんだもの」

今思えばその約束が優妃子を支えるただひとつの一番大きなものだったのです。

でもその時はただの子供の戯言と軽く受け流していましたからその後訪れた、耳を塞ぎ目を覆いたくなるような絶望に笑いながら立ち向かう優妃子を見て本当に不思議な気持ちにさせられたのです。


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