#31 晩秋(2)
残照はビルに隠れ、街路樹は照り返す光もなく風に揺れていた。
病院へ往来する人影は疎らで待合室は閑散としている。
尚也はナースステーションに寄ってから優妃子の病室へ行った。
壁の名札を確認して少し気持ちを落ち着かせた後にドアを開けるとそこに優妃子は横たわっていた。ベッドの側には人工呼吸器があり、口元の透明なマスクは規則的に白くなった。
そっと優妃子に近づく。動く気配はない。やがて優妃子の瞼がゆっくりとあがった。
尚也は何を言えば良いか分からずただ無言で優妃子の顔を見詰めた。
優妃子はもう顔を動か事も出来ない。眼球を動かして尚也認めると珠のような涙が溢れ、頬を濡らしたまま唇が開いた。
「・・・」
尚也は口元に耳を近づけた。
「ナオ、くん・・・。ナオ・・くん・・・」
か細い空気の震え。それを感じた尚也の瞳は潤み、枕元にあったタオルを優妃子の頬にあてた。
「ごめん。もっと早く気づいていたらよかったのに。ユキ、ごめん」
優妃子の頬が小刻みに震え後から後から涙が溢れてくる。
尚也は優妃子の手を握った。
もし清明学園でユキと逢うことが出来たら何から話そうかと何時も考えていたのに、声を出す事すら出来なくなったユキを目の前にしてどう接すれば良いのか分からない。
もっと話がしたかった。何故あの時黙っていなくなったのか、いや、そんな事はもうどうでもいい。ただ昔みたいに楽しく笑ってどんなにくだらない事でもいい、話がしたい。
「もしかして、ナオ君?」
振り向くと水差しを持った中年の女性が立っていた。
尚也が頷くとその女性は水差しを脇に置いて歩み寄り、尚也の手を握った。
「ありがとう、ナオ君、ほんとうにありがとう」
その女性は優妃子の母親で里美と名乗った。
「あなたのおかげで、優妃子、今まで頑張って来れたのよ」
「俺は、何も・・・」
里美は頭を振り涙を手の甲で拭い搾り出すような声でもう一度「ありがとう」と言った。