#3 夏(3)
少女は浜辺で貝殻を拾って遊んでいた。
波打ち際に七色に光る貝を見つけると小さな手で砂を掘った。
そのとき海の中から少年が現れ、少女は驚いて海水の中に尻餅をついた。
(ごめん・・・・)
少女は大粒の涙を流し、声を押し殺して涙を拭った。
少年は水中メガネを外して戸惑いながら網の中から大きなサザエを取り出して少女に差し出した。
(お、おっきいね)
しゃくり上げながら漸く立ち上がった少女は、両手でサザエを抱えて涙を零しながら笑顔でお礼を言った。
(ありがとう)
少年は顔を赤らめた。
(ぼく、柴田尚也)
(わたし、ゆきちゃん)
(ゆきちゃん?)
(うん、みんなそう呼ぶの。だからゆきちゃん)
それから夏休み中、二人は毎日陽が暮れるまで遊んだ。
「お兄ちゃん・・・・」
意識がゆらゆら揺れている。
「お兄ちゃん!」
意識が救い上げられるような感覚の後、美緒の悲鳴にも似た呼びかけで尚也は飛び起きた。
「お兄ちゃん!大変だよ!」
美緒の指し示す方向を見ると、沖で誰かが溺れていた。
「亜季ぃー!」
小春が叫び良介が海に駈け出そうとしたとき尚也は迷いもせず一目散に二人の間を割って海に飛び込んだ。
向かって来る波をものともせず物凄いスピードで泳いで行く。
「すげぇ」
良介は思わず感嘆の声を上げた。
岸から50メートルほど泳ぎ、パニックを起こしている亜季の手前で尚也は海中に潜り後ろ側に回りこむとしっかりと亜季を抱き寄せた。
「亜季!しっかりしろ!もう、大丈夫だから」
その声に我を取り戻した亜季は震える身体を尚也に預けた。
やがて岸まで辿り着いた二人は砂の上に倒れこんだ。
「亜季、大丈夫・・・?」
小春が真っ先に駆け寄ってきて大きなバスタオルを肩に掛けた。
真青な唇を震わせながら「うん、もう、大丈夫」と掠れた声で呟いた。
「ほんと、危なかったな」
肩で息をしている尚也の横で良介が呟いた。
「なんであんな沖で泳いでたんだ?」
「波に流されたんじゃないの?」
しかし海は穏やかでそういった気配は無い。
「柴田君ありがとう」
「別に、礼はいらないけどさ。泳げないならあんまり無茶するなよな」
「ごめんなさい・・。でも、わたし、あんな遠くまで行きたくて行ったわけじゃないんだよ」
そのとき美緒が亜季の足首を見て「キャッ」と短い悲鳴を上げた。
そこには何かに強く握られたような痣が出来ていた。
「多分この海で亡くなった人だと思う・・・・」
「ちょっと、やめてよ」
小春は軽い眩暈を起こしたようにその場にしゃがみ込んだ。
「やっぱり、やばいんだな、ここ・・・・」
尚也がぼそりと呟いた。
「やばいって、どういうことだよ!」
「だから言ったろ、遊泳禁止だって」
良介は頭を抱える。
「いやいや、そうじゃなくて、つまり、その、ここで溺れ死んだ方がいらっしゃるということで?」
「まぁ、つまりそういう事。それも毎年」
「毎年って、ばかやろう!そんなことは最初から言えよ!」
「お前がここに来たいって言ったんじゃないか」
「そ、そんな問題じゃないだろう?尚也・・・」
小春はとうとうその場に倒れ込み、美緒が慌ててクーラーボックスから氷を持って来た。