#23 小春(6)
時計の針が三時を差した頃、尚也は首にタオルをかけ腕まくりをて庭の草を毟っていた。
「本当にごめんなさいね。こんなことまでさせちゃって・・・」
「いいえ、気にしないで下さい」
亜季と小春は相変わらず二階の部屋で喋り続けていた。
こんな時良助がいれば何かと便利なんだが、と尚也は思った。
陽が傾き始めた。もうそろそろ帰る時間だ。
尚也は額の汗を拭き、縁側に置かれた温いコーラを一気に飲んだ。
尚也と亜季は小春の祖母にお礼を言いバス停に向かった。
小春は名残惜しそうに二人についてゆく。
「なんだか三人で歩くのも久しぶりだね」
小春が言う。亜季は遅れないように尚也の横に居た。
バス停で無言のまま暫く立って居ると定時にバスが着いた。
「やっぱり、駅まで行ってあげる」
ドアが閉まりかけたとき小春は素早く乗り込んできた。
尚也はそんな彼女の行動に少し安堵した。
バスの中でも亜季と小春はまだ喋り続けていた。
尚也は言わなければいけない言葉を胸に押さえたまま吊革を握り、やがてに駅に着いた。
何て言おうか、上手く言えるか、迷っているうち電車がホームに滑り込んで来た。
ドアが開く。亜季が小春に別れを言って先に乗り込んだ。
尚也は意を決して小春の正面に立ちって大きく息を吸った。
「小春、秋季大会、当然応援に来るよな」
意外な言葉に小春は戸惑った。
「まぁ、暇だったらね」
「そうか。どうせ暇だろうから、来るよな」
「何言ってんのよ。バイト始めたら、分かんないよ」
会話の脈略も関係なく、尚也は真剣な眼差を小春に向けた。
「小春がどんな選択したって、俺はお前を応援し続けるよ。だけど、できれば戻って来て欲しい。やっぱり変だろ?何の夢も無い俺が学校にいて、夢を持っているお前が居なくなるなんてさ、やっぱり、変だよ」
発車のメロディーと笛の音が構内に響いた。
小春は唇を噛んで俯いた。が、直ぐに取り直して尚也を電車に押し込んだ。
「何してんのよ早く行きなさい」
ドアは閉まり、電車が動く。尚也と亜季に小春はめいいっぱいの笑顔で手を振った。
轟音はやがて静まり、車輪が叩くレールの音が後に残った。
小春はゆらゆらと歩きホームのベンチに座った。
大きく吐く息は震え、涙が知らず知らず零れ落ちて来た。
拭っても拭っても、涙はこぼれ落ちて来た。
その夜、尚也が寮の自室で横になっていると携帯が鳴った。
メールの送り主とメッセージを見ると慌てて外へ飛び出した。
寮から少し歩いたところにある公園に小春は居た。
「相変わらず行動が読めない奴だよな」
いつもであれば悪態をついてやりあうところなのに何時もの小春は陰を潜め、
声を震わせて「ごめん」と言った。
「どうした?また何かあったのか」
小春は顔を上げ、尚也をじっと見詰めたあと、突然抱きついて来た。
尚也は慌てふためき両手を何処へやっていいのか迷った。
「もう、決めたんだ。もう・・・」
「決めたって、そんなの誰も知らないよ。お前自身の問題だろ。戻りたきゃ誰も否定しないさ」
「だって、お父さんがあんなに辛い目にあってるのに、私だけ・・・そんなの、出来ないよ。お父さんだけ悪い分けじゃないのに」
尚也はそっと小春の肩に手をやった。
小春は胸に埋めていた顔を上げた。
初めて近くで見る艶かしいその瞳と唇。
二人の鼓動は大きく波打ち、今まで体験したこと無い胸の苦しさを感じた。
小春は瞳を閉じて顔を近づけた。そして尚也にも小春にも去来する影に二人は罪を感じた。