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#22 小春(5)

車窓を流れてゆく風景は垂れ下がった稲穂が広がる田園が続いていたがやがて途切れ、住宅やビルのそっけない壁に変わった。

やがて駅に着きそこからバスで十分ほど走った先の国道沿いから離れた住宅街に目的の家はあった。

表札の下に書いてある番地を確かめ、尚也は呼び鈴を鳴らした。

玄関のドアを開けたのは小春の祖母であろう。清楚な服装で白髪のさっぱりとした感じの人だった。

「あら、どちら様?小春のお友達?」

尚也と亜季は「はい」と言って頷くやいなや、大きな声で小春を呼んだ。

「なによぉ・・・だれぇ~」

だるそうにそう呟きながら奥の部屋から小春が出て来た。

玄関に立っている尚也と亜季に気づくと驚いた様子で何を思ったか

「あ、こ、こんにちは」と頭を下げた。

そんな挨拶をされるとは思っていなかったので二人も思わず「こんにちは」と返した。


尚也と亜季は二階の部屋に通された。ここが小春の仮の部屋。

何の飾り気もなく箪笥と読みかけの本が無造作に置かれているだけだった。

程なく祖母がジュースを持ってきて「ごゆっくりどうぞ」と言い残して一階に降りて行った。

小春はそっぽを向きながら「遠慮しないで、飲んだら?」と気まずそうに言い、尚也は咳払いをした後、無造作にコップを取って一口飲んだ。

「何だよ、こんにわって」

亜季も玄関での出来事が可笑しかったらしく肩を震わせた。

「だって、あんた達がいきなり来るからびっくりしてたのよ。来るんだったら電話しなさいよ」

尚也はジュースを飲み干して氷をガリガリと噛んだ。

「よく言うなぁお前。携帯電話、見せてみろよ」

小春は、あっ、と声を上げた。

「ごめん、持って来るの忘れちゃって・・・」

「そんな事だと思ったわ」

亜季はそう言いながら小春にA4の用紙にコピーしたノートを渡した。

「ありがとう、亜季」

そうお礼を言ったものの小春の表情は冴えなかった。

「何時まで此処にいるつもりだ?」

「何時って・・・まだ分からないよ」

はっきりとしない口調と伏目がちな態度。いつもの小春らしくない態度に尚也は苛立ちを覚え、同時に伝えたい思いをどう表現して良いのか迷っていた。


亜季と小春は暫くの間他愛も無い会話に花を咲かせた。

学校の事、テレビ番組の事、休んでいる間何をしていたのか等々。

「まぁそうね、おばあちゃんの事手伝ったりとかね、買い物行ったり掃除したり。

でも暇で死にそうだわ」

「だったら学校に来たらいいだろう」

尚也の言葉に小春は一瞬口を噤んだ。

「・・・。バイトしようかなぁ、なんて思ってるんだ」

亜季がその言語を掬った。

「なんの?もう何やるか決めたの?」

「まだなんだけどね。亜季、私どんなバイトに向いてると思う?」

「そうね、小春は・・・」

そしてまた本題から外れた会話が永遠と続いた。

尚也はその間窓の外を見ていた。真青な空に白い雲がゆっくり流れてゆく。

やがて昼になり小春の祖母が一皆に下りて来るよう催促した。

「てんやものでごめんなさいね。お口に合えばいいんだけど」

「すみません、かえってご迷惑おかけして」

尚也がかしこまって言うと小春が茶化した。

「へぇ、柴田君、まともな事も言えるのね」

「あのなぁ、俺を何だと思ってるんだよ」

亜季と小春は顔を見合わせてくすくす笑いあった。

昼食が済んだ後も二人のお喋りは止まらない。

尚也は半分諦めて自分が食べた分の器を台所に持って行った。

「あらら、そんな気を使わなくてもいいのに」

小春の祖母が慌てて器を受け取った。

「いえ、いいんです。居間にいてもあいつらの会話についていけなくて」

祖母は微笑みながらお茶を湯のみに注ぎテーブルに置いた。

尚也は椅子に座ってお茶を啜った。

「今日はありがとう。来てくださって本当に嬉しいわ」

「いいえ、こちらこそ何の連絡も無しに突然きて済みません」

祖母もテーブルに着いて一緒にお茶を飲んだ。

「小春、お父さんの事が本当に好きでね、今度の事があってずっと落ち込んでたのよ。ここに来てからも全然笑わなくて・・・。小春があんな楽しそうにしているの、何日ぶりかしら」

時々居間から小春の甲高い笑い声が聞こえて来る。

「あいつ、学校辞めるって」

「そんな必要ないのにね。父親に気を使って・・、馬鹿な子よ」

「本気なんですか」

祖母は大きく首を振る。

「口ではそう言っているけど、本当は辞めたくないのよ。母親に似て意地っ張りだから」

そのとき小春がやって来て冷蔵庫の中を探り始めた。

「おばあちゃん、昨日買ったショートケーキ食べてもいいでしょ?」

「いいけど、2つしか残ってなかったでしょ」

小春は尚也を鋭い目で睨んだ。

「柴田君は食べないよね」

「食わねぇよ」

「あとで食べたくなってもあげませんからね」

小春は上機嫌で皿にケーキとフォークを乗せた。

「しかし、良く食えるな」

「デザートは別腹って言うでしょ」

「どうせお前・・・」

「な、何よ」

「休んでる間、食ってばっかなんだろ」

「え?え?」

「2キロ、いや、3キロってとこか」

小春はがっくりと首をうな垂れて黙って居間へ戻って行った。

亜季と小春の声がする。

「小春、どうしたの?何かあった?」

「私、やっぱ・・・太った?」

「へへへ・・・」

「へへへって、ねぇ、どうしよう」

「解決方法は一つしか無いような・・・」

「そうよね、そうだよね。取り合えずケーキ食べようか」

祖母は肩の荷が降りたかのように安心しきった笑みを浮かべた。

「おばぁちゃーん。コーヒーちょうだい!」

小春の声に祖母は「はいはい」と言いながらテーブルから離れた。


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