#20 小春(3)
翌日の放課後、尚也はプールに居た。
コーチは飛び込みの練習をさせるのは諦めたようで、クロールとブレストを只管泳がせた。クロール200、ブレスト100、クロール200、休憩十分を挟みまた同じ距離の繰り返し。
疲れが頂点に差し掛かったときコーチの指示でクールダウンをした後プールから上がった。
無愛想に優妃子がタオルを差し出す。
「おまえ、また痩せたか?」
優妃子は目を伏せ何も答えず背中を見せた。
去ってゆくその姿も弱々しく今にも倒れそうだ。
丁度そのとき奈津美も休憩に入った。
「柴田君、調子はいかが?昨日休んだ分取り戻すのよ」
「はい・・・」
「それから大会も近いから日曜日も練習だけどいい?」
「ええ、どうせやること無いし。それより石田さん、あいつ、大丈夫なんですか」
優妃子は椅子に腰を下ろして肩を落としている。
「私も無理しないで病院行って欲しいのだけれど、どうしても秋季大会まで頑張るってきかないのよ」
「なんだよいったい。見ているこっちの方が気を使うよ」
「そんなこと言わないで。彼女はあなたのために頑張っているのよ」
尚也は怪訝な顔で奈津美を見た。
「嘘だろ。俺が話しかけても何も答えないし、何か言うときは文句ばっかだし」
「あなた、鈍感なのね。そのタオル良く見なさい」
そう言われてタオルを広げた。端の方に何か刺繍がしてある。白地に薄い水色だったからいままで気づかなかった。N.Sのイニシアル。
「彼女ね、そのタオルだけは絶対洗濯機に入れないのよ」
「どうして・・・」
「私の感だけどね、今度の試合であなたが泳ぐところを見たいのよ。きっと」
尚也はそのとき子供の頃ユキともう一つ約束した事を思い出した。
練習が終わり、着替えを終えた尚也は廊下を歩いていた。
亜季は今日また小春の家に様子を見に行くと言って帰っていた。
会議室の前を通りかかったとき、四十歳半ばの女性が出てきて尚也とすれ違い、
その直ぐ後担任の田口が出てきた。
「先生、今の人は?」
「寺島の親御さんだ」
「小春の・・・。何かまたあったんですか」
田口は額を指先で掻き、顔をしかめた。
「ああ。今朝な、感染されたもう一人の患者が亡くなったそうだ。それで、寺島の親父さん、腹が決まったみたいでな」
「どう言う事ですか」
「病院を廃業するそうだ。凄く評判の良い病院だったし、俺の子供も世話になってたから・・残念だよ」
「じゃぁ、小春は?」
田口は額の手を後頭部に回して困った顔つきで言った。
「寺島のあの性格だからな、お前も察しはつくと思うが・・・」
予想していた最悪な結果。退学。
「ご両親も勿論反対しててな、無論俺もだが、当の本人がどうしてもきかないらしい」
「先生、今どこにいるんだよ、小春」
「母方の実家に居るそうだ。そうだな、お前には借りがるだろうし」
田口はそう言って尚也に住所を書いたメモを渡した。