#17 初秋(7)
奈津美が言葉に尚也の心は揺れ動いた。
他人との軋轢に苦しみながらも誰もが自分の居場所を求め、自分の役割を欲している。
ある人は実力で、ある人は我を張り続け、そして、ある人は自分に嘘をつきながら。
何の才能も無いと思っていた自分に期待を持たれているという事実。
その期待に答えてヒーローになるのも悪くはない。
しかし、違う。自分が清明に無理して入ったのはそんな事の為ではない。
尚也はベッドの中で彼女の微かな面影と安住優妃子の顔を重ねていた。
兎に角確かめよう。確かめなければ何も始まらない。
そう思い立った尚也はとりあえず仮入部というかたちで水泳部に入った。
もし違ったら部活も学校も辞めようと思った。
競泳などハナから興味は無かったから練習に身入らず疲れるばかりで面白くも無い。
疲れて面白くない理由はもう一つあった。それは尚也に対する優紀子の態度だ。
与えられたメニューをこなした尚也はプールから上がって隅にいた優紀子の元に歩いた。
「あのさぁ」
「なにか」
「安住さんってさ、小学校のとき・・・」
優紀子は身を硬くして眼を伏せて背中を向けた。
「なんで何時も俺のこと無視するんだよ」
「無視なんか、してません」
優紀子は尚也の呼び止めも聞かずにプールの外に出た。
身体中に倦怠感が襲い掛かり、壁にも垂れかかる。
深いため息をついた。自分の右腕を左手で握ると不安と悲しみが込み上げてくる。
そして胸の中にあるもやもやしたもの。それは後悔かただの弱さなのか。
この先どうなるのかということは分かっているし心の整理もついている。
しかし、たった一つわだかまっているもの、このもやもやしたものが解けない限り不安も悲しみも無くならない。けれどもそれは、出来ない。
「安住さん、どうしたの」
奈津美が壁に寄り掛かっていた優妃子に声をかけた。
優妃子は頬に意識を集中し口角を上げた。上手く笑顔になれているのだろうかと思うと胸の辺りが重くなった。
「なんでもないです」
「身体具合、悪いの?」
優妃子は大きく首を振った。
「無理しないでね」
「はい」
奈津美は優妃子の腕と脚が夏休みの頃から急に痩せているのに気づいていたが言葉には出さなかった。
それから二人はプールに戻った。
暫く練習の様子を見ていた奈津美は優妃子に椅子に座わるように勧めた。
優紀子は断ろうと思ったのに身体が言うことを聴かずそれを求めていることが悲しかった。
「柴田さん、何か練習に力が入ってないですよね」
ポツリと呟いたその言葉に奈津美は少し驚いた。
「ぜんぜん飛び込みの練習もしなし。これじゃ、次の試合、心配です。みんな頑張っているのに・・・」
「でも、彼少しの間に凄く良くなったわ。秋季大会も出てくれそうだし」
「だけど、あんな風に練習されると他の部員に迷惑です。みんな頑張っているのに」
「安住さん、あなたって案外意地悪なのね。それともあなた流のテクニック?」
奈津美はプールサイドでだるそうに休憩している尚也を見ながらそう言った。
「なんの事ですか?」
「彼、何かとあなたに話かけようとしているのにいつもそっぽ向いて」
「いえ、その、別に・・・」
「練習に力が入っていないのは案外あなたのせいだったりしてね」
優妃子は隣に立っている奈津美を見上げた。
「心配だったらあなたが彼に言ったら?」
「それは・・・」
優妃子は俯いて唇を噛んだ。