#14 亜季(1)
朝目覚めるとき、海の中で目を開けているようなまどろこしさ。
カーテン越しに差し込む生温い陽の日差し。少し、気持ち悪い。
ベッドから降りてカーテンを開ける。
空威張りの太陽が澄んだ空になだめられているみたい。
時間が無いけど窓を開ける。清々しい空気。透明な微風。
私の中にある黒いものが綺麗になって行くよう。
目を閉じて彼の事を思う。教室で居眠りしている顔。意地悪にからかう顔。
少し怒った顔。屈託の無い可愛い笑顔。
先生に怒られた時も、お父さんやお母さんに怒られた時も、友達と気まずくなった時も、
朝こうして彼の顔を思い浮かべると新しくなった私に戻れる。今日も一日頑張れる。
いつもの様に朝ごはんを食べて、いつもの様に登校する。
小春と、保村君とクラスの皆に、そして少し遅く来る彼にお早うの挨拶。
いつもの様に授業を受けて、休み時間には皆とお喋り。
昼休みにはいつもの二人と、彼とお弁当を食べる。
普通の生活、ゆったりとした愛しい時間。
けれどこの頃、いつもと違うのは彼が放課後プールに行く事。
保村君は事あるごとに「仮入部でなくさ、本当の部員になれよ」
と言うけど彼は取りあえず秋季大会までと決めているみたいで「うるせぇよ、アホ」
と、取り合わない。
安村君は何故そんなに彼を水泳部に入れたがるんだろう。
「多分だけどね・・・」
小春が私の耳もとで囁く。
「ほら、部長の石田先輩。凄い美人じゃない。柴田君を入部させたらデートしてくれとかさ、そんなことじゃな?」
小春の感は何時も鋭いから多分本当。
放課後は時々小春と彼の練習を見学に行く。
「何しに来るんだよ。気が散るだろ」
彼は少し怒るけど小春は全然気にしない。私も、気にしない。
観覧席から彼だけを見ている。クロールがなんだか洗練されたみたいで上手になっていくのが私にも分かる。ターンするときも前みたいに頭をぶつけなくなったし。
だけど飛び込みの練習だけは見たことがない。
「それでもあれだけ早いなんて、やっぱりすごいよね」
小春は感心するけど、でも大丈夫なのかしら。
プールから上がってタオルを取りに行く彼。
時々マネージャーの安住さんに話しかけようとするけれど彼女は何故だかぷいっとそっぽを向いて何処かへ行ってしまう。
彼はやり場に困って暫く休憩した後また練習。
「あの娘さぁ、安住優妃子って言ったっけ?なんか感じ悪いよね」
小春のその言葉には私も同意。同意、したい。
だって彼に冷たくしている彼女が時々拾ってきた子犬を愛でる様な、いいえ、ずっと愛し続けて犬が目の前で死に掛けていて、その側に添い寝をしている時のような目で彼をじっと見ているんだもの。彼女を見ていると今でもあのイメージが額に写し出される。
何故?やはり彼女が?
なんだか胸の奥を誰かにぎゅっと握られているみたいでとても痛い。
彼の練習が終わったら小春と彼と少しだけのデート。
彼は渋い顔をしながら私たちに付き合う。
文句を言いながら。だるそうに歩きながら。でも小春の我侭に付き合ってくれる。
私は半歩出遅れて彼の背中ばかり見ているけれど時々私を気遣って後ろを振り返る。
「亜季、明日の朝さぁ、宿題、みせてくれよ」
その優しい目。ぶっきらぼうな言葉。それだけで明日も、頑張れる。