#11 初秋(4)
翌日、尚也は昼休みになって漸く教室に現れた。
それまでやきもきしていた良介は急に上機嫌になって尚也の肩に手を回して「まあ食え」とアンパンを渡した。
小春と亜季はいつも通り接しようとしたが何処かぎこちなく何を話していいのか分からなかった。
そして放課後。
良介は引きずるように尚也を連れて水泳部の用具倉庫を兼用している部室まで連れて行った。
「石田先輩、約束の野郎を連れてまいりやした」
奈津美は水着にジャージを羽織り、少し驚いた様子で二人を迎えた。
「本当に連れて来たの・・・?」
「そんなぁ、あっし、嘘は言いませんぜ」
「でも篠田先生に聞いたら彼、水泳の授業全然出てないそうじゃない。本当に泳げるの?」
「泳げるのなんのって先輩、この間言ったとおりですよ。こいつの田舎じゃ飛魚の尚也って有名なんですから」
尚也は小声で「誰も言ってねぇよ」と呟いた。
「まぁいいわ。とりあえず座ったら?」
パイプ椅子に座っていた奈津美は足を組み直して尚也を嘗めるように凝視した。
「保村君から大体聞いてると思うけど泳げるだけじゃだめなの。今度の秋季大会である程度良い結果を残さないと部の予算も削られるし、それどころか部の存続自体も危うくなりそうなのよ」
尚也は良介の耳元で「聞いてねぇぞ」と呟くが、良介は奈津美の両脚を恐ろしいほどの集中力で見詰めており尚也の事など完全に無視していた。
「兎に角、どれだけ泳げるか見てみたいから隣の更衣室で着替えてプールに来てくれない?」
「い、いやぁ俺は・・・」
何か言い訳をしようとしたが良介がすかさず「はいはい分かりました」と強引に尚也を引っ張り部室のドアを開けた。そのとき誰かがドアにぶつかりその場に尻餅をついた。
「あ、ごめん。大丈夫?」
そこには見かけない女生徒がいた。
「大丈夫です」
立ち上がったその生徒は良介の後ろにいる尚也を見た途端驚いたように手で口を覆った。
尚也は不思議そうな眼差しでいたが心に何かが刺さるものがあった。
「安住さん、どうしたの」
奥で奈津美が声を掛けた。
「すみません、タオルを取りに来たんです。取り込み中ですか?」
「もう済んだからいいよ」
安住と呼ばれたその生徒は意識的に尚也と目を合わせようとせずすり抜けるように部室の中に入って行った。
「良介、話が違うだろう。在籍するだけで競技には出なくて良いって言ってなかったか?」
更衣室の中で尚也は不満を口にした。
「そんな事言ったかなぁ・・・」
「惚けるな!」
「お前も男らしくないな。乗りかかった船だろ?最後まで責任持てよ」
「バカヤロウ。お前が強引に乗せたんだろが」
良介は意にかえさず尚也に絡みついた。
「でもよ、見たか?あの脚、いいよなぁ・・・・」
「お前なぁ」
「ま、とにかく頼むぜ。もし逃げたらお前の性癖を全校生徒にばらすからな」
尚也は半ば諦めて力なく呟いた。
「性癖って、あの本はお前の趣味だろうが」