旅って面倒なんですね?
ゆらゆらと体が揺れる。その揺れがとても気持ちがよくて。覚醒しかけの頭を再び夢の世界へと突き落とす。
私の名を呼ぶ声が聞こえる。その声がとても優しくて。再び夢の世界へと旅立ちそうになる意識を、無理やり叩き起こした。
「アサヒ、朝だよ、起きてね」
「んむ………う」
朝、セフィリアに起こされた。結局昨日はセフィリアに背中を叩かれながらそのまま寝入ったようだ。
まだ寝たい。頭はそう訴えるが無理やり思い瞼を持ち上げながら起き上がった。ボーっとする頭でセフィリアを見てみると、セフィリアは既に身支度を完了させている。うん、私も急がなきゃ。
そうは、思う。思ってはいるのだが頭は依然として睡魔の襲来を訴え続けている。故に、まだ眠たい。少しずつ落ちかけている瞼を何とかするため、水を使って目を覚まそうと洗面所へと向かう。うあー、歩いてても瞼が落ちるよー。
だが、冷たい水で顔を洗うと、落ちかけていた瞼もしっかり上がった。よし、目が覚めた。とりあえず、そのまま歯を磨くか。
そしてその後にセフィリアが既に用意してくれていた服に着替えて、ようやく朝食を取りに向かう。部屋を出ると、そこでは兄様が壁に寄りかかりながら待ってくれていた。
「遅かったな、セフィリア、アサヒ」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「いやいや、責めてなんかいない。いいから食事に行こうか」
そして私たちは昨日食事を取った大広間へと向かう。そこには既に朝食が湯気を立てて待っていた。
「よし、食べようか」
兄様の合図で食べ始める。うわぁい、お腹空いたー! 朝食は大事なものなのだから、しっかりと食べる。朝ご飯は一日の中で一番大事なのだ。
「セフィリア、あのことは伝えたのか?」
「いいえ、まだ伝えていませんが」
「そうか。なら、私が言おうか。アサヒ、朝食が終わって、少し休憩したら出発する。だから、部屋に戻ったら出発の準備をしなさい」
その指示の後、私はセフィリアと共に部屋に戻り、出発の準備を始める。とは言っても、使ったものを片付ける程度なのだが。
そうやって片づけをして少し休むと、セフィリアが荷物を持って部屋を出るよう促す。それについていくと、兄様も既に部屋を出ていて、馬車へ向かっている途中だった。
「うーん、やっぱり兄様のほうが早かったわね」
「だね」
「さ、私たちも馬車に行こうか」
んむー、眠い。馬車の中ってホント退屈だから眠たいよ。だが、セフィリアは私がうとうととするたびに阻止してくる。
「今寝たら、夜に寝れなくなるからやめなさい」
うん、頑張る。すっごい眠たいけど頑張る。―――でも、もう、眠い………のぉ。
「こーら、ダメだって言ってるでしょ」
「うー、痛いよー。セフィリアの鬼ー!」
激しい睡魔に身を委ねようとしていると、突然セフィリアに頬を抓られた。うー、痛いよー痛いよー。
大体、馬車の中で黙っておくのは退屈すぎるんだよ。なんなら、起きておけるように何か面白い話してもしてよ。
「んー? 私には面白い話なんてないしね。ああ、アサヒがしてくれればいいんじゃない?」
「ふえ?」
「アサヒの話、聞きたいなぁ?」
結果、セフィリアからは拒否の言葉が飛び、そして何故か私が自分の話をするハメになってしまった。しかも、今のセフィリアって、何となく逆らうのが危険な感じをかもし出してるんだよね、本能が逆らうなって連呼してるんだよね。
これは、話をしなければ何が起こるかわからないフラグのようですね。……うーん、何の話にしようか。
*****
あ、そだ、お兄ちゃんたちの話にしよっか。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、私の三歳上で二十一歳。大学に通ってたよ。あ、大学って言うのは、えっと、かなり専門的な勉強をする学校、ってことで。ちなみに、二人とも医学専攻ね。
確か、お兄ちゃんが外科医志望で、お姉ちゃんが内科医志望って言ってたかな。お兄ちゃんたちが大学に入ったばっかりの頃に聞いたら、そう教えてくれた気がする。
しかも、それが私のためって言うんだよね、二人とも。私が小さい頃からずっと言ってくれた、自分たちが医者になって、朝陽が外で走り回れるようにしてやる、って。その頃からずっと、お兄ちゃんたちは優しかった。
「健はお兄ちゃん、陽菜はお姉ちゃんなんだから、ちっちゃな妹の朝陽を守ってあげないといけないよ?」
曰く、小さい頃から、って言うか私が生まれてからしょっちゅうお父さんやお母さんにそう言われ続けていたらしい。だから小さい頃からずっと優しくて、可愛がってくれて、時に過保護すぎたわけです。
それこそ、私が何をして欲しいと願えば出来る範囲でそれを叶えてくれようとし、授業中にメールを送っても出来るだけ早く返信してくれ、遊んで欲しくてお兄ちゃんたちの部屋に行ったら、テスト前以外は、勉強中でも遊んでくれた。
うん、それは漫画や小説で蓄えた知識によれば、シスコンというのでしょうね。お兄ちゃんたちに直接言うことはなかったんだけどね、言ったら泣きそうだし。
でも、それでも大好きだった。優しいお兄ちゃん、お姉ちゃん。だから、いつだって二人に話をせがんだ。外に出れない私。家の中から滅多に出れない私。だから、自由に外に出られるお兄ちゃんたちが羨ましかったんだ。
「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん、雪ってどんなの?」
「雪はね、とっても冷たいんだよ。雪って白いだろう? でも、手に乗せたら溶けて水になっちゃう、白から透明になる。だから、雪が溶けたら白いものは無くなるだろう?」
雪の日、と言うか冬は外に出ることは絶対に出来なかったから、私は雪がどんなものなのか、まったく分かっていなかった。分かっていたのは、白いということ、そして、寒い日に降ってくるものだというだけ。
知らないから、もっと話を求めた。雪がどんなものなのか、知りたかった。そのために、雪の積もった日にお父さんに直接頼み込むこともあった。
「お父さん、お外行きたい。雪に触ってみたい」
「今日は寒いからダメだ。こんな日にお外に行ったら、朝陽は熱を出してしまうだろう?」
「だって、朝陽雪に触ったこと無いもん! 触ってみたいっ!」
「ダーメーだ。お部屋で休んでなさい」
頼み込むが、毎回必ずこうやって反対された。最後は部屋に戻っていろ、面白くなかった。
ちなみに、この頼み込みは雪が積もり、私の好奇心が抑えられなくなるたびに行われた。お父さんがいないときはお母さんに、二人ともいないときはお兄ちゃん、お姉ちゃんたちに頼み込んだ。
お兄ちゃんたちなら私に甘いから、外に出られるかと思って頼み込んでいたのだが、それでもダメだった。
「これで朝陽が熱を出したら、私たちが怒られちゃうし、それに、私たちも罪悪感に駆られちゃうからね。我慢して」
「兄ちゃんも陽菜に同意見だよ。いい子だから我慢して?」
面白くなかった。だから、私は雪というものをよく知らなかった。普通の子供ならば雪が積もるたびに雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりしているのだろう。だが、私は雪が降ると外に出ることすら出来なかった。
雪を少し詳しく知れたのは、私が中学生のときだった。ある雪の積もった日、いつものように外に行きたい旨をお父さんに伝えて反対を受けた。いつものように「熱を出すからダメだ」の一点張りで。
だがその日、帰って来たお兄ちゃんたちが、お土産を持ってきてくれた。それが雪だった。
「ほら、朝陽、これが雪だよ」
「お父さんが少しくらいなら家に入れていい、って言ってくれたんだ。やっと朝陽に雪を触らせてあげられる」
お兄ちゃんたちはそう言って、手袋をした掌の上にある雪で作った小さな雪兎を見せる。
「冷たいから、触るときは気をつけるんだよ」
「うん!」
お兄ちゃんたちの言葉に、私は注意しながらその雪兎に触れる。
「ひゃっ!」
「冷たいだろう? 雪は、こんなに冷たいんだよ」
初めて触れる雪。漫画や本で冷たいと書いてあるのを見ていても、どのくらい冷たいのかなんてことは一切知らなかった、記述されていなかった。だから、そのときはその冷たさに純粋に驚いたんだ。
ちなみに、お兄ちゃんたちはそうやって驚いている私を見て笑っていたよ。そんなお兄ちゃんたちを見て、私も笑う。驚いたけれど、雪に触れることが出来たことを喜び、一緒に笑った。
「じゃあ、これは冷凍庫にでもいれておこうか。そうすれば、何日かは形を保てるだろうし」
「溶けちゃうの!?」
お兄ちゃんたちの言葉を聞いて、本気で勿体無いと思った。せっかくお兄ちゃんたちが持ってきてくれた雪を失うのが辛かった。だから、ずっと溶けて欲しくない、無くなって欲しくないと願った。
でも、雪は必ず溶けるものなのだ。お兄ちゃんたちの雪兎は、数日後に液体と化し、消え去った。
でも、それからは毎年、雪が積もるたびにお兄ちゃんたちは雪で雪兎や雪だるま、とにかく雪でいろいろな形を作って、お土産として持ってきてくれるようになった。
形は失われても、雪が積もればお兄ちゃんたちがまた持ってきてくれる。新たな思い出を与えてくれる。それが、雪の積もった日の楽しみに成った。外に出られなくても、お兄ちゃんたちのお土産があればよかったんだ。
………お父さんも、それを考えて雪を家に入れることを許可していたんだと思う。
*****
「うーん、私には、雪にそんなきれいな思い出は無いわ」
それは、私が話し終えた後のセフィリアの反応だった。
っていうか、この世界でも雪は降るんだね。異世界って結構分からないんだよねー。ある話では降らないし、ある話ではずっと降ってたりするしさ。
セフィリア曰く、この世界には四季がちゃんとあるらしい。日本にあわせるとしたら、春と秋が中間期、夏が熱期、冬が寒期になるらしい。ちなみに、今は中間期とのこと。
熱期が過ぎて中間期となり、それが過ぎると寒期が訪れ、それが過ぎるとまた中間期となる。そしてその後は熱期。この順序でグルグルと回っていく。
―――本当に、日本みたいだ。
「私の寒期の思い出って言ったら、寒いとか、雪が邪魔だなーってくらいなんだよね」
「セフィリア、夢無いな」
「いいじゃない、大人だし」
まぁ、私は雪に触れることが出来なかったが故の夢だったんだろうけどさ、でも、雪って結構幻想的な感じがする。だから、それ以外にも夢は持てないのかな? ねぇ、セフィリア?
「大体雪っていうのは、大気中のごみを巻き込んで落ちてくるものなんだから、そんなものに夢なんて持てないわ」
本当に夢が無いな。純粋な子供にそんな過酷な現実を押し付けないでください。そんなこと知りたくなかったです。雪を食べてみたいと思っていた私がバカみたいなのでこれ以上言わないでください。
っていうか、本当に雪は食べてみたいと思うよ? シロップかけて食べてみたら、かき氷よりも細かくて美味しいと思うんだよね。
でも、大気中のゴミだ何だといわれると食べる気が失せるじゃないか、セフィリアのバカー!!
うぅ、セフィリアに夢を壊されちゃったよ、ぐっすん。雪を食べてみたかったよ、ぐっすん。
でもいいもん! さっきセフィリアが言ったことは忘れて、今度雪が積もったら絶対食べる! 今決めた、絶対食べる!!
「雪を食べたら、お腹壊しちゃうよ?」
「夢は持っておくものでしょう? 絶対食べる!」
雪に触れたことの無かった小さい頃からの夢なんだ、絶対に叶える。何を言われようが絶対に一度くらいは食べる、決めた。
セフィリアにとめられようが、フリードさんに止められようが、ユーリさんに止められようが、メイドさんたちに止められようが、絶対に、食べる!!
「じゃあ、今度雪が積もったら、侍医に腹痛用の薬を用意してもらわなくちゃね」
「うん!」
よし、食べていいんだね、食べるからね!
侍医に薬を用意させる、ってことは反対はしてないよね。よっし、テンション上がってきた。早く雪よ積もれ! 寒期はもうすぐだ、雪を待つ!!
そうしていると、馬車が止まる。昼食のための休憩のようだ。
「セフィリア、アサヒ、昼食にしよう、降りてきてくれ」
馬車が止まるとすぐに、兄様が降りてくるように言う。馬車から降りると、そこでは既にほかの人たちが昼食の準備をしていた。私も手伝いに動く。
「アサヒ様はセフィリア様方と一緒に休んでいてください」
が、その言葉にあっさりと制された。そして背中を押されて準備の場から離される、おもんないな。
ま、いっか。休んでろって言われたし、大人しくその辺に座って待つことにした。そうやって座って舞っていると、横にセフィリアが座る。兄様は立ったままであたりを見回していた。警戒しているのだろう。
そして少しすると、昼食の準備が完了したのか、食事を手渡された。私は礼を言って受け取り、食べ始める。
うん、美味しいよ、美味しいんだけどさ、………量多いよ。グラディウス邸では既に食べる量をメイドさんが熟知してくれてるから考えて渡してくれるのだが、ここではさすがにそれは期待できない。
結果、量が多すぎて食べきれないという落ちとなり、残りはセフィリアが片付けてくれました。
「アサヒももうちょっと食べたほうがいいんだけどね」
「無理ー。この世界の人食べる量多すぎるよー」
「アサヒは食べなさ過ぎ。だからこんなに小さいの」
む、大きくはなりたいけどさー、もう成長期過ぎてるからこれ以上大きくはなれないんだよね。ってか、今食べたら縦じゃなくて横に増える。
そしてその後、食休みを挟んで出発し、そして今日も暗くなる前に宿を取り、休むことになった。
そしてもちろん今日も。
「さ、一緒にお風呂入ろうか」
私のお散歩防止のために、無理やりセフィリアと一緒にお風呂へと連行された。セフィリアがお風呂に入ってる間に宿を歩こうと思ってたのに、しっかりと阻止されたよ、こんちくしょう。昨日も今日もずっと馬車の中でじっとしてたから、体鈍るって。
でも、やはりセフィリアには逆らえない。まず、引き摺られるのに抵抗をしようとしても、力の関係上意味が無い。
結局、私はお散歩が出来るはずも無く、今日も先に寝ているように命じられた。
「私は兄様と明日のことを話してくるから、アサヒはちゃんと寝てなさいね」
むー、これで起きてたら、今日は間違いなく怒られるんだろうなー。今日は馬車で寝たりしてないし。
怒られるのはいやなので、私は大人しくベッドに上がり、きっちりと毛布をかける。そして目を瞑っていると、あっという間に睡魔が襲い掛かってきた。眠い。
瞼がどんどんと重くなる。……あぁ、もう抵抗するのをやめてしまおう。おやすみなさい。
そして翌朝、今日はセフィリアに起されることなく、自分で起きることが出来た。あたりはもう明るいから、起きていて問題は無いだろう。
私は起き上がり、まずはトイレへ向かい、その後洗面所で歯を磨き、顔を洗う。そうしていると、いつの間に起きたのかセフィリアが洗面所へとやって来た。
「おはよう、アサヒ。今日は自分で起きたのね」
「おはよ、セフィリア」
あーうん、だって早く寝たし? 昨日はセフィリアがいつ戻ってきたのか分からないくらい早く寝たし? 一昨日はセフィリアが戻ってきたのを知ってる、って言うか、それから寝かされたし。昨日は自分で寝たから、今日は早く起きれたんだよ。
そして支度を終えた私たちは、朝食を取るために部屋を出た。今日は兄様よりも早かった、やったね。ま、それで驚かれたけどさ。
「今日は早かったんだな」
「アサヒが早く起きましたから」
あーはいはい、そうですね、昨日は早く寝たから起きれたんです。一昨日は中々寝付けなかったから起きられなかったんです、すみません。
そして食後、部屋に戻ってから私は、セフィリアが昨日兄様と話したことを教えられた。
「兄様によると、この調子で行けばアスにはトルストリードに入れるそうよ。トルストリードの王城にはまだ行けないと思うけどね」
ちなみに、ここは嘗ての隣国、アリステルである。戦でシルヴァーナが駆ったので、アリステルを滅ぼしてその土地をシルヴァーナとしたらしい。なので、今はまだシルヴァーナにいることになる。そして、明日はついにトルストリードだ。
そして翌日、馬車は無事トルストリード国内に入り、その二日後に王都ステファントに到着した。
「シルヴァーナより参りました、前王が弟、レイモンドが嫡子、トリスとグラディウスの娘、セフィリアとアサヒです。どうぞお見知りおきを」
王城に着くと、門番の人に兄様は丁寧に挨拶をし、中に入れてもらう。その後、私たちは謁見の間に通された。
謁見の間に入って少しすると、私たちの入ってきた場所とは違う扉から誰かが入ってきた。いや、誰かって決まってるだろ、この国の王様だ。
その王様に、私たちはすぐに頭を下げた。私はそういうのにまったく慣れていないのに、体が勝手に動いた、勝手に頭を下げた。それが追うの威厳というものなんだろうな、すごい。
「そこまで畏まらなくていい、頭を上げてくれ」
王様はそういい。手で頭を上げるよう促す。私たちはそれにしたがって頭を上げた。
私たちが頭を上げると、王様はにっこりと微笑みながらほかの者を下げる。臣下のみなさんは危険だ何だといっていたが、王様は何かあれば自分で身を守れるといって、完全に臣下を下げた。
そして、臣下を皆下げると、王様は玉座から立ち上がり下りる。そして言った。
「久しぶりだね、トリス、セフィリア。今日はハリーは来なかったのか?」
「お久しぶりです、陛下。残念ながら、此度は兄は仕事の都合上、来ていません」
「それは残念だ。で、その子は何かな? グラディウスの子だと聞いたが」
王様は玉座から下りると兄様とセフィリアの目の前で立ち止まり、話をしている。そういえば、二人は以前この国に来たことがあると言っていたっけ。だから、お互い知っているのだろう。
そうして話していた三人だったが、不意に視線が私の前で止まる。……何?
「アサヒはグラディウスの養子になったのですよ、陛下。アサヒ、陛下にご挨拶を」
「アサヒ・ウェルズ・グラディウスです。よろしくお願いします」
「私はダニエル・レーヴィン・トルストリード。ご覧のとおり、トルストリードの王をしている。そして、トリスやセフィリアの幼馴染になる」
曰く、まだアリステルの王が、レイヴンウッド・ド・アリステリウスではない頃、シルヴァーナとアリステルの仲は大層よかったらしい。故に、そこを通過して隣にあるトルストリードとシルヴァーナの交友も多々あったそうだ。
シルヴァーナからセフィリアやトリス兄様、ハリー兄様、王様がトルストリードに留学という形で訪れたり、ダニエルへいかが同じく留学という形でシルヴァーナに来ることもあったらしい。
だから、幼馴染だとダニエル陛下は言っていたのだろう。つまり、ここでも私は仲間はずれだ。三人は昔の話で弾んでるから、暇。
そう思っていると、それに気がついたらしい兄様が王様に本来の目的を果たそうと質問を投げかけた。
「陛下、数代前のシルヴァーナより輿入れしてきた王女の持ち物に、指輪がありませんでしたか?」
「指輪? あぁ、ハリーから尋ねられた分だな。あるはずだが、すまないが少し遠くにあるようでな。今取り寄せているから待っていてくれるか? しばらく滞在してくれるのだろう?」
ダニエル陛下はそう言って笑い、そして手を叩いて扉の前に待っていたらしい臣下の人たちを呼び、私たちの部屋を用意するよう命じた。
それから少しして、用意が出来たらしく案内をされた、………一人一部屋だよやっほい!
「陛下、私とアサヒは義姉妹ですので、よろしければ同じ部屋にしていただけませんか?」
だが、その喜びがしっかりとばれたのか、セフィリアが陛下にそうやって頼み、陛下もあっさりと了承した。くぅ、セフィリア、私のお散歩防止か。大体、城でお散歩なんてするつもりないっつの。
そしてもちろん、今日もお風呂はセフィリアと一緒だった。と言うか、拒否権が無かった。例の如く引き摺られ風呂場へと連行された。
たまにはセフィリアがお風呂に入ってる間とかに何かしたいよ。それなのに、セフィリアはいつだって私を警戒して一緒に入ろうとするんだよねー。何もしないのにさ。
「信じてるけど、ここ、一応他国だからね」
セフィリアは微笑みながら言い、頭を撫でてくるがそれは信じてないって言ってるようなものですよ。
そして翌日、朝食を取った私たちの元に、王様がやって来た。曰く、街へ出てきたらどうか、とのこと。賛成、行きたい! 行きたいですセフィリア!
「久しぶりだし、行くか。アサヒも行きたいんだろう?」
「行く! 行きたい!!」
セフィリアは最初は渋っていたようだったが、兄様が説得してくれたおかげで無事、街に出ることが出来ました。万歳。
「アサヒ、はぐれないように気をつけてね」
そして昼食を取ってから私たちは街に出たのだが………、人多い。リアルに人多い。セフィリアたちからちょっとでも離れたらはぐれる自信ある。
だから、私ははぐれないようにセフィリアの服をしっかり掴んだ。異国の地ではぐれたらどうすればいいのか全然分からない。だからしっかり掴む。
「私が守ってあげるから大丈夫だよ、アサヒ。安心しなさい」
う、ううううううん、信用していいんだよね、兄様だし。でもね、でもさ! 怖いものは怖いよ!! というわけで私はしっかりと離れないようセフィリアの服を掴み直した。
そして三人で歩を進めていくのだが、以前セフィリアたちが来たときと比べて変わっているのか、セフィリアたちもあたりをキョロキョロと見渡していた。
そんな私たちに、一人の男が近寄り、声をかけてきた。……何?
「おにーさんたち、この街はハジメテっぽいな。俺が道案内、してあげよっか?」
「結構だ」
「間に合ってます」
声をかけられると同時に、兄様たちはお断りの言葉を返す。反応早いな。
まぁ、普通にいらないよね。だって、この街知ってるはずだし? だが、男は諦めないようだ。
「知らない人間が適当に歩いたら迷子になるって。だから、俺を案内人にして歩こうぜ」
青年は言うのだが、兄様とセフィリアが芳しい返事を返すことは決してない。二人はあっさりと切り捨てた。
「この街は以前来たことがあるから一切問題は無い」
「これ以上続けるようならば陛下にお伝えしますよ?」
……あの、セフィリアさん? それ完全に脅しだから。
「そんな嘘、騙される人間はいないだろ」
……あの、青年? セフィリアは本気だからね? この義姉は本気でやるよ? 心の中だけで合掌し、青年から目を外す。
あぁ、セフィリアがすっごいにこやかに微笑んでる。微笑みながら青年から名前聞いてる、本気すぎる。
これ、本気で伝えるつもりだよ、ダニエル陛下に。青年、セフィリアの言葉を嘘だと疑いさえしなければ平穏な生活を送れていただろうに、哀れな。
シルヴァーナの上流貴族且つ、王家の血を引いており、それに尚且つダニエル陛下の幼馴染であるセフィリアには勝てるわけも無いのに、本気で哀れすぎる。
「セフィリア、いい加減にしろ。そろそろ行くぞ、アサヒが退屈そうにしている」
「すみません、トリス兄様」
と、ここで静観していた兄様が口を挟んだ。そして、その名を聞いた青年が震え始めた。……気づいたか。
「セフィリアにトリス……。いや、セフィリア様にトリス様って言ったら、シルヴァーナの……」
「ん? 私たちを知っているのか?」
「シ、シルヴァーナの王族の方とは気づかずの非礼、お許しくださいっ!」
青年はそう言って地面に跪いた。それを見た兄様は顔を上げるように言うが、青年は頭を上げない。未だに跪いて頭を下げたままだ。
その様子を見た街の人たちも、兄様たちがとんでもなく偉い人だと分かるらしく、同様に跪き始めた。
そんな街の人たちに、兄様やセフィリアは頭をあげるように言うが、街の人たちは一向に頭を上げようとしない。結果、城の兵士たちがやってきて街の人たちを宥めることとなった。
その後、私たちは城に戻され、ダニエル陛下との謁見となった。
「すまなかった、トリス、セフィリア、アサヒ。民が要らぬ面倒をかけたようだ」
「いえ、気にしていませんから」
兄様たちはそういうが、ダニエル陛下は未だに謝罪を続けている。
それから少しして、ダニエル陛下は執務の途中で抜けてきたのか、臣下の一人に連れられ、去っていった。
私たちはその後、再び街に出ることは叶わず、部屋に戻ることになった。残念。
「また明日、陛下にお願いして街に出ようね」
「うん」
私ががっくりしているのに気がついたのか、セフィリアはそう言って私に優しく声をかけてくれる。明日、また街に出れればいいな。
そして翌日、私はセフィリアと二人で街に出ることになった。理由は単純、兄様は王族であり、私たちは臣下の立場で、さほど偉い立場ではないからだ。
ちなみに、街に出ると、昨日の一件で顔を覚えられていたセフィリアは、街の人たちと遭遇するたびに跪かれ、そのたびに頭を上げるよう言っていた。あ、私は覚えられてないから大丈夫だよ? だって、昨日は徹底的にセフィリアに隠れてたし。
そうやって歩いていると、跪かずに駆け寄ってくる人影があった。それは、昨日の青年。昨日アレだけ緊張して跪いていたのに、この変わりようは一体何なんだ。
そして、青年はセフィリアに隠れている私にもしっかりと気がついた。
「セフィリア様、そちらの少女はどなたなのですか?」
「アサヒ、隠れてないで出ておいで? ほら」
セフィリアに言われ、そしてセフィリアに腕を引っ張られて横へと移動する。が、人は怖いのでセフィリアの服を掴んだまま、離しはしない。
「この子はアサヒ。アサヒ・グラディウス」
「グラディウス家の方でしたか、失礼いたしました」
いやいやいやいやいや、ここでまた跪かないでもらえます? いくらグラディウスって言う名前がついていても、私は所詮は養子だからね? 血で考えればグラディウスはおろか、この世界ともまったく全然何にも関係ないからね!? ま、言わないけどさ。
その後、セフィリアは青年と一言二言会話を交わしながら少しずつ歩いていく。……ちょ、置いていかないで! 置いていかれたら迷子になる!
それから数日後、私たちはダニエル陛下に呼ばれ、そこでようやく指輪の話をされた。
「取り寄せていた指輪が届いたから、呼ばせてもらった。これがその指輪だよ」
ダニエル陛下はそう言って指輪を兄様に手渡した。これが、あのクソボケ幻覚野郎の探していたものなのだろうか。どうなのかな、クソボケ幻覚野郎さん?
そう思っていると、突然目の前が真っ暗になって普通に立っていられなくなった。何故か……って、なるほどね。
「アサヒ!」
「陛下、医者をお願いします!!」
「分かっている。おい! 誰か医者を呼べ!!」
セフィリアと兄様が焦ってる声が聞こえる。ダニエル陛下が医者を呼ぶよう叫んでる。でも、大丈夫だよ。これは、初代国王陛下が私を呼んでるだけだから。
だから、だから心配しないで―――。そう思いながら、夢の世界へと落ちていった。
*****
「こんにちは、クソボケ幻覚野郎」
「……分かったのか」
そりゃ、分かるさな。指輪を見た瞬間にいきなり夢の世界に呼ばれたのだから、呼んだのはあんた以外いないだろう。
で、一体どうなのかな? あなたの探し物はあれなのかな、クソボケ幻覚野郎?
まぁ、異界とかはまったく関係ないみたいだけど、それでもそれが探していたものなら楽でいいから一応問いたい。
「あれではない。あれは異界にあったものではない。ただ、あまりにも気配が薄いせいで分からなかっただけだ。……まぁ、私のものではあるがな。アサヒ、私のピアスを探せ。それが私の探し物だろう」
……こんのクソジジイが。私たちは振り回されただけということか。ここまで長々と馬車に乗ってきたというのに、結果的には違うとは。
このクソボケ、絶対に探し物が見つかったら締め上げてやる。
*****
そして、目が覚めたらダニエル陛下に与えられた客室のベッドの上に横にされていた。その上からは、セフィリアや兄様、ダニエル陛下ともう一人、医者らしき人が私を見下ろしていた。
私が目を覚ましたことに気がつくと、すぐにセフィリアが優しく微笑みながら、私の頬に手を置く。
「大丈夫、アサヒ? 熱は無いようだけど」
「うん、大丈夫だよ。心配かけてゴメンね。兄様もダニエル陛下も、心配かけてごめんなさい」
起き上がって謝罪をしようとしたのだが、それはその場にいた医者に、「起き上がってはいけません」と制されたので渋々横になったままで謝罪の言葉を零した。
「診察をした結果、熱も無いですし、呼吸も脈も正常ですから、疲れが出たのではないでしょうか」
目を覚まして、一応診察を受けた結果の医者の判断は疲れが出た、だった。が、セフィリアや兄様たちはまだ心配そうな顔をしている。……信じてないな。
「まだ心配だが、すまないが執務があるので退室させてもらう。セフィリア、何かあったら言いなさい」
「はい、ありがとうございます」
そしてダニエル陛下と医者が一緒に退室し、部屋にはセフィリアと兄様が残る。さぁ、言わなくては、伝えなくては。
「指輪、探してたものとは違うって」
その、一言を。