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探し物は何?  作者:
5/22

探し物はこれですか?


 結局、今日は街に出ることは出来なかった。だって、あの後すぐにセフィリアも帰ってきて、二人がかりで止められたからだ。……行きたかったなー。


「明日は早く終っていただいて、街に行きましょうね」

「お母様の仰る通りよ。だから、今日は我慢してね」


 そう言われても、面白くないものは面白くないんだ。ずっと家の中の生活なんてもうこりごり。外を知った以上、外に行きたくなるもの、でしょう?

 だって、今までが今までだったから、余計外を恋してしまうんだ。それに、街を歩き回るのって、体力づくりの一環にもなるしね。

 だから、外に行きたいな? 行かせて欲しいな? セフィリアとユーリさんに懇願するのだが、その間に外は夜の帳が落ちていた。ちっ。


「ほ、ほら。明日! 明日一緒に街に行こう、ね?」


 セフィリアはそう言ってくれたのだが、兄様の勉強はしばらく続き、ずっと外に出れない日が続いた。……うん、精神的に限界。



「随分と顔色が悪いな、アサヒ。調子が悪いのか? ……熱はないようだね」


 ある日の授業の途中で兄様がそう言って私の額に手を当てる。誰のせいだと思ってるんですか、誰の。あなたが延々と授業をするから、終わるのが遅くて私が街に出れないんです。おかげさまで日本にいるときと変化がないから面白くないんです。

 だから、たまには早く終らせてくださいよ、私の精神を安定させるためにも。


「……んー、叔母上もセフィリアも過保護だからなぁ」

「なら、少しくらい街に行くためにも早く終らせてくださいよ」


 上目遣いで頼んでみる。確か、日本で呼んだ少女コミックでは、主人公がそうやって彼氏に甘えていたような………気がする。

 事実、兄様にもそれは効いたようで、兄様は私の頭を撫でながら「分かったよ、今日はもう少し進めたら終わろうね」と言ってくれた。やた、早く終わる。


 そして今日は、初代国王の成し遂げた偉業などを習ったのだが、すっごい意外。夢の中に出てくるあのクソボケが本当にそんなことをやったのかと、本気で疑ってしまった。

 だって、見えないじゃん! 私から見ればクソボケでしかないんだもん! ま、言わないけどね。だって、言ったら不敬罪で投獄されそうだし。


 そしてこの日、兄様は最初に言ったとおり、早めに授業を切り上げてくれたので、見送った後で街に出た。うん、久しぶりー!!


「おや、グラディウスのちっこいお嬢様じゃないか、久しぶりだね」

「久しぶり、元気だったー?」

「もちろんさ。しかし、しばらく見なかったのは何だったんだい?」

「家庭教師が来て、勉強してたんだよー」


 街へ出るといつものようにいろいろな人に話しかけられた。最初はそれも怖かったのだが、今ではそれが私の楽しみになっている。そして、何故かそうすると街の人、そしてセフィリア、ユーリさん、フリードさんに褒められる。褒められるようなことじゃ、……ないよね?

 まぁ、楽しいから気にしない。とりあえず、今日は勉強の後で出てきたから時間がないんだ、急いで回るぞー! だって、暗くなる前に帰らなきゃ、セフィリアたちが心配するから。


 うん、最後のほうは少し小走りで帰ったから、家に着いたときはかなり息が切れてたよ。初めてこんなに息切れした……。


「街は楽しかった?」

「うん! 楽しかった、けど……、疲れた……」


 だからこの日はお風呂に入って髪を乾かして、即行でベッドに入りました。よく寝た。


 そしてそれから数日後、セフィリアに王様から知らせが届いた。直接話がしたいので、執務室まで来るよう言われたらしい。つまり、今日はもう授業はないですね、やった!


「やぁ、セフィー。よく来てくれたね」

「久しぶりだね、セフィリア。ところで、その子が異世界から来たという、例の子かな?」


 王様の執務室に入ると、そこには王様と兄様がいて、そしてもう一人知らない人がいた。そしてその知らない人はセフィリアに親しげに声をかけ、そしてその目線を私に移す。

 ……何となく怖いのでセフィリアに隠れるのだが、だが、セフィリアはあっさりと私を前に引きずり出した。やだ、怖い!!


「アサヒ、彼は私の兄上だよ。怖がらなくていい」

「兄様の、兄上?」

「そうだ。兄上はお優しい、怖がらなくていいんだよ」


 兄様はセフィリアに捕まった私と目線を合わせ、優しく諭してきた。兄様の兄上、つまり彼も王族。セフィリアのいとこと言うことか。

 そう思っていると、その人が兄様を少し横に追いやり、私の目の前に腰を下ろし、目線を合わせた。


「初めまして、アサヒ? トリスの兄のハリーロンド・フォン・シルヴァンテスと言います。トリスと同じように、ハリー兄様と呼んでくれるかな?」

「とう……じゃなかった、アサヒ・ウェルズ・グラディウスです。よろしくお願いします」

「うん、よろしくお願いします」


 ハリー兄様の自己紹介に、私も自己紹介で返す。が、つい反射的に東条朝陽と言いそうになった。うん、気をつけなくては。私は今は東条朝陽じゃない、アサヒ・ウェルズ・グラディウスなんだ。

 そしてその自己紹介が終わった後、私たちは席に着くよう促され、テーブルを挟んで座り込んだ。こちら側が、セフィリアと私、正面は王様、兄様、ハリー兄様の王族の面々だ。

 そうして席につくと、ハリー兄様が資料を取り出して、説明を開始させた。


「セルドがアサヒから話を聞いた後、我々文官一同は、初代国王陛下のことを細かく調べ上げた。その結果、探し物というものは初代の陛下が身につけておられたものではないかという結論が出た。……アサヒ、初代国王陛下に、それを尋ねることは出来るかな?」

「分からないです。いつ、夢に出てくるのか分からないので」


 それは真実だ。あのクソボケ幻覚野郎は突然出てきて、突然消えていくのだから。だから、次はいつ出てくるのかも分からないんだ。だから。


「今度、出てくるよう念じながら寝てみます」


 そうやって出てきてくれれば、今度から何かあったら尋ねることができるからね。ていうか、あのクソボケ幻覚野郎の呼び方を覚えておいて損はないはずだし。

 私が言うと、王様や兄様たちは「頼んだよ」と言い、そして話を進めた。とりあえず、探し物があのクソボケ幻覚野郎が身につけていたものと仮定した場合の話だ。


「探し物が初代国王陛下の身につけておられたものだとした場合、調べてみたが今現在、この国にあるものが大半だった。だが、ピアスと指輪だけがこの国の外に出ている。だから、そのどちらかが探し物であるのだと、我々は判断した」

「確かに、この国にあるのならわざわざ異世界からアサヒを呼ばなくてもよさそうですしね」


 いやいや、たとえこの国になくてもわざわざ私を呼ぶ必要、なくね? 兄様たちだけでも何とかなるんじゃない? 今度夢に出てきたら、それも聞いてみなくては。

 というわけで、初代国王陛下たるクソボケ幻覚野郎? 聞こえてるよね、今晩夢に出てきてね?


 そして今日はピアスや指輪の行方について少しずつ話を聞いて、私とセフィリアは屋敷に戻ることになった。


「アサヒ、君にこれを渡しておく。何か分かったことがあったら、連絡をくれ」


 そして帰り、私はハリー兄様に何かを渡された。曰く、通信機らしい。が、見た目は完全に日本の携帯電話と同じだ。

 ちなみに、セフィリアに詳しい使い方を習ったのだが、使い方も完全に携帯と同じでした。通話も出来るし、メールも出来る。日本のシンプルな携帯ですね、分かります。


 日本で、私は数年前にお父さんたちに携帯を買ってもらった。曰く、毎日黙って家にいるのも退屈だろうから、と買ってくれたのだ。それからは毎日のようにお兄ちゃんたちにメールしてたっけ。家族割とか何とかで、家族同士のメールや通話は無料だったから。それに、メールを送ればお兄ちゃんたちは、たとえ授業中であろうとも、出来るだけ早めに返事をくれた。それが嬉しかったんだ。

 そんなことを考えながら通信機を弄っていると、アドレス帳を開いていたらしい。そこには既に何人分かのアドレスが登録されていた。


「あら、セルド兄様とトリス兄様、ハリー兄様のアドレスが登録されているのね。なら、私とお父様、お母様のアドレスを入れておこうか」

「うん、お願い」


 そうして私の通信機には王様、セルド兄様、ハリー兄様、セフィリア、ユーリさん、フリードさんの六人のアドレスが入ることになった。

 うん、セフィリア曰く、街に出て迷子になったり、遅くなりそうなときはこれで連絡を入れろとのこと。すっごい子ども扱いされてる気がします。

 でもまぁ、気にしないことにしてこの日はベッドに入る。……うん、しっかり出てきやがったよ。


 *****


 夢におちると、目の前には見慣れた姿がいることに気がついた。クソボケ幻覚野郎ですね、分かります。うん、これで念じれば出てくるということが分かりましたね、進展です。

 うん、だからーぁ、とりあえず聞かせろや、クソボケが。


「あなたの探し物は、指輪かピアスなのかな?」

「指輪にピアス………? ふむ、そうかもしれんな。それには私の魔力が込められているのだ」


 ちっ、まだ記憶は曖昧なのか。とっととはっきり思い出せよ、クソボケ幻覚野郎。そのせいで王様やハリー兄様、トリス兄様が今頑張って探してるんだよ。子孫を苦しませるなよ、馬鹿。

 大体、赤の他人という以前に世界すら違う私まで巻き込まれることになった原因は、どう考えてもお前だろう、クソボケ幻覚野郎? このクソボケ、ドボケ。呆けやがって。

 と、ここまで暴言を吐いたところでもう一つの疑問に関して尋ねてみる。何故、わざわざ私が呼ばれた?


「探し物をしてもらうためだと、何度も言わなかったか?」

「それなら王様たちだけでもよかったでしょ」

「探し物はこの世界には無いんだ、異界にある。そこには今のこの世界の人間は行けないからな。だから、異なる世界からお前を呼んだんだ」


 それに、この世界にあればとっくに気配で見つけ出している。

 クソボケ幻覚野郎はパッと見爽やかな笑みを浮かべながら続けるが、その雰囲気、明らかに危ないぞ、クソボケ。

 あぁ、つまり何? 私は異世界に召喚されただけではなく、さらにそこから異界とか言うまた異なる世界に行ってこのボケの探し物をしろと?

 あっはっはっはっはっはっは、――――ふざけんなよ、クソジジイ。

 いやぁ、こういうとき、言えば漫画だろうと本だろうといろいろと買い与えてくれたお父さんたちに本当に感謝するよ。おかげで、私は今、昔読んだ漫画を参考にこのクソボケ幻覚野郎の胸倉を掴むことが出来ているのだから。


「ちょ……、落ち着け、落ち着いてくれ!」

「どうやって落ち着けと? 落ち着けというのなら方法を提示しなさい」


 って言うか、冷静ですよ? 面白いくらい、笑いたくなるくらい冷静なんだけど。それでどうやって落ち着けって言うのかな、このボケの始まったおじいちゃんはさ。既に落ち着いてるのに更に落ち着こうとしたら、テンションが下がりすぎて逆に危険だと思わない? ねぇ、思うよね、クソボケ幻覚野郎さん?

 私はその間にも、クソボケ幻覚野郎を掴んだ腕をギリギリまで上に上げる。私のない力で持ち上がるほどに、クソボケ幻覚野郎は軽い。

 そして、その上がる距離に伴ってクソボケ幻覚野郎の焦りは、どんどんと見るに耐えなくなってきた。


「と、とりあえず下ろせ! ヒ、ヒントをやるからっ!!」


 ……ヒント? あぁ、なるほど、遊んでるんですね、分かります。――ふざけんなよ、このクソジジイが。いっそ、後世のためにこの命を夢の中で絶っておこうか。うん、そうしようかな。

 というわけで、私は更に腕を持ち上げる。腕が既に限界を訴え始めていたが、怒りがそれのカバーをしてくれたため、腕はまだ上がる。そして、クソボケ幻覚野郎は焦る。うん、そのままここで果ててよ。

 だが、その願いは叶わなかった。何故か、ほんっとうにどうしてかギリギリで理性が働いたのだ。どうしてこんなときに働くかな。


「で、あなたは遊ぶために呼んだんですか? なら、今度こそ殺す」

「おまっ、怖い、ぞっ!!」


 クソボケ幻覚野郎はゲホゲホと咳き込みながら言うが、私のどこが怖いんだか。私は善良な一市民だったって言うのに。

 大体さ、自分の娯楽のために異世界から死んだ人間を呼ぶようなのは、これからの被害者のためにも消しておくべきだと思わない? 被害者は私が最後でいい。だから、お願いだから消させて。


「ヒ、ヒントはさっき思い出したヤツだっ! 遊ぶつもりなんてさらさらないっ!!」


 クソボケ幻覚野郎は焦りながら言う、が、当たり前ですね、私が脅してるし。仮に、これがクソボケ幻覚野郎の遊びだとしたら、本気で殺す。この夢の世界でそれが可能かどうかが一番謎だけど、可能なら絶対殺す。

 そう、胸倉を掴みながら再び脅す。これだけでもかなりの脅しになるはずだ。実際これはいい脅しになったらしく、クソボケ幻覚野郎は怯えながら答えた。


「い、異界を作り上げる技術がどこかの国にあったはずだ! それを探せば私の探し物にたどり着けるはずだ!!」

「本当ですかーぁ?」


 嘘なら殺しますよーぉ? 言葉に出さずに、雰囲気だけでそれを訴えた。


「ほ、本当だ、誓って嘘じゃない!! だから、頼んだぞっ!!」


 異界を作り上げる技術かぁ。起きたらハリー兄様に聞いて見なくては。

 って言うか、アイツはいつも唐突に消えていくな。………今回は私が脅したから仕方ない、そういうことにしておこう。


 *****


 朝、メイドさんに起こされ、身支度を済ませてリビングへと向かう。そこには既に全員が揃っていた。……私が最後か。


「おはよう、アサヒ。よく眠れたかな?」

「おはよう、アサヒ」

「おはよーございます、フリードさん、ユーリさん」

「おはよ、アサヒ。ほら、ここに座って」

「おはようセフィリア」


 私たちが朝の挨拶を済ませ、セフィリアに指定された場所に座ると、メイドさんたちが朝ご飯を持ってきてくれる。うん、お腹がすきました。

 ちなみに、私の食事の量は、同じ年の子供たちと比べると格段に少ないそうです。まぁ、体が小さいからいいってことにしておいて。


 そして、ご飯を食べ終えセフィリアが仕事に行く前に、夢にクソボケ幻覚野郎、もとい、初代国王陛下が出てきたこと、そして異界のことを話した。


「異界………、聞いたことがないわ。私も自分で調べてみるから、アサヒはハリー兄様に知らせてくれる?」

「分かった」


 その後、セフィリアは仕事に向かい、私は通信機……、あぁもう、携帯でいいや。携帯を取り出し、ハリー兄様にメールを送る。内容は、先ほどセフィリアに話したことだ。

 探し物がなんなのか、結局よく分からないということ、ただ、異界にあるのだろ言うこと。それを一つ一つ丁寧に打ち込んでいった。

 最後まで打ったら、後は打ち間違いをチェックして、よし、送信っと。

 

 って、ハリー兄様返信早いよ!! もう返って来た。


『情報ありがとう。異界を作る技術は、残念ながら私にも分からない。調べてみるから、分かったらまた連絡するよ』


 分かった、待ってるね、ハリー兄様。出来るだけ早めの連絡待ってるから。

 だって、とっととあのクソボケ幻覚野郎の探し物を終わらせて、この世界を満喫したいしね。……まぁ、見つけた後私はどうなるかは分かんないけどさ。でも、こういう厄介ごとは早く終わらせちゃいたいよね。


 ちなみに、今日はきっちり授業はあるらしいです。いつっもの時間になると、トリス兄様がニコニコと微笑みながらやって来た。

 ……今日は、数学か。数学で習う内容は日本と大して変わらないらしく、日本で習った習った内容が本気で役に立ったよ。


「アサヒは、数学は得意なようだね」

「日本でやってたのと、大体同じなので……」


 トリス兄様に問われて、馬鹿正直に答えたのだが、―――嫌な予感。だって、兄様、にやりって言う文字が似合うような笑いかたしてるんだよ!? すっごい勢いで警鐘が鳴ってるよ!!


「なら、次の授業では応用問題を持ってくるよ。頑張ろうね」


 お願いします、心からお願いします。だって、応用問題って、一気に難しくなるんでしょう? 昔、お兄ちゃんとお姉ちゃんが言ってたもん。だから、朝陽も知ってるよ。お兄ちゃんは「応用問題なんて大っ嫌いだ」って言ってたし、お姉ちゃんも「応用問題って一気にレベル上がりすぎだよね」とか言ってたもん。だから、嫌です、拒否します!!


「残念、これはいずれやる予定だったんだ。だから、持ってきます」


 兄様の意地悪。意地悪。意地悪。

 お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けてください。朝陽はお兄ちゃんたちが嫌いだとかレベルが上がりすぎだとか言っていた応用問題をするハメになりそうです。

 この調子では、しっかりばっちり、応用問題をすることになりそうですお兄ちゃん、お姉ちゃん、………助けて。

 お兄ちゃん、お姉ちゃん、朝陽をよく分からないこの異世界から救ってください。これが夢ならば朝陽を起こしてください。朝陽が寝ているせいでこんな夢を見ているのならば、容赦なく、何もしなくていいから起こしてください。

 ―――朝陽は、応用問題は解きたくありません。


 でもやはり、それは叶わぬ夢らしい。

 次の日の授業で、兄様はしっかりばっちり、数学の応用問題を持ってきた。……泣く。


「ほら、応用問題。分からなければ質問していいから、頑張って解いてみようね」


 分からないので、目を潤ませながら兄様を見る。が、兄様は目線を外す。……質問していいんじゃなかったっけ? 兄様の嘘つき。……しくしく。まぁ、実際は目を潤ませる程度で泣きはしないんだけどさ。

 のに、何でだろ。視界が滲んできた。いつの間に涙が分泌されてたんだろう。そして、そんな私を見た兄様が焦りだした。ポケットからハンカチを取り出し、私の目にたまる並みを拭う。


「いきなりこれは難しかったね。ゴメンね。だから、泣き止んで、ね?」


 兄様はそう言って私の目にたまった涙を拭っていってくれるのだが、私の涙は次から次へと流れていくため、中々涙は止まらなかった。

 結局、この日は私が泣いている間に授業の時間が終わってしまった。喜ぶべきか、そこまで泣きやめなかったことを悲しむべきか。……うん、気にしないでおこう。


 そしてそれから数日後、ハリー兄様からメールが届く。これはセフィリアにも届いていたらしい。


『指輪の在り処が分かった。すぐに城へ来てくれ』


 とのこと。ちょうどそのとき、私とセフィリアは一緒にリビングでお茶を飲んでいたため、メールを見て顔を見合わせ、そしてすぐに支度をして城へ向かった。



「来たか」

「兄様。わざわざ待っていてくださったんですか?」

「今日はいつもの部屋とは違うからな。気にするな、おいで」


 そして私たちはトリス兄様を案内人に、ずんずんと城の内部へと突き進んでいく。そしてある部屋の前につくと、兄様は部屋の扉をノックした。


「兄上、連れてきましたよ」

「あぁ、ご苦労様トリス。全員入ってくれ」


 言われて部屋に入ると、部屋には本や髪がたくさん散らばっていた。……何だろ。そう思いながら私は本を一冊拾い上げる。見える文字は、『シルヴァーナの起点』。……初代国王の時代の何かですよね、分かります。

 うん、読みたくないね。この分厚さは最早凶器だよね。そう思いつつ、その本をあった位置に戻す。

 が、その瞬間、セフィリアとトリス兄様がにやりほ微笑んだ。その笑み、一体何? 嫌な予感しかしないんだけど。


「トリス兄様、今度、アサヒに古文書を読ませてみては如何ですか?」

「ふむ、それもいいかもしれないな。アサヒの語学力も随分上達したし、ちょうどいいからさっきの本の復刻版を教科書にするか」

「うえ!?」


 いやいやいやいやいや、それはやめてください。あんな分厚いもの読みたくないです! お願いですからやめてください!! でも、絶対やる。この二人は絶対にやる。

 ……ま、いいや。そのときはユーリさんにお母様、と言って頼み込んでみるだけだ。……ダメ元で。うまくいけば、ユーリさんが止めてくれるかもしれない。

 若しくは、フリードさんにお父様といって頼み込むか。……ま、最後の手段だね、これは。


「さて、話を戻していいか? トリス、セフィリア」


 救世主!! ハリー兄様がここに来て、ようやく若干暴走気味の二人を止めてくれた。

 えっと、今日の話は、指輪の在り処の件だったっけ?


「ふぅ、アサヒはきちんと本題を分かってくれているんだな。……今回、この古文書を漁った結果、指輪を嫁入り道具として持って行かれたであろう国にコンタクトを摂ってみた。その結果、確かに記録が残っていた」


 つまり、指輪はコンタクトを取ったその国にある、とそういうことだね。だが、それはどうなのだろう。普通にその国にあるとしたら、それならばあのクソボケ幻覚野郎が発見しているはずだ。

 では、その国が異界を作り上げる技術を持っているのだろうか。行って見なくては分からない、そういうことか?

 そんな疑問を抱きつつ、セフィリアを見ると、セフィリアは小さく頷く。


「近いうちに、私とアサヒでその国にいってもよろしいですか? ハリー兄様」

「あぁ、セルドには伝えておくから、日程が決まったら教えなさい。それと、トリス、お前も行って来い。護衛としてな」

「分かりました」


 ……あれぇ? 当事者である私を放置して、いつの間にか行くことが決まっちゃってるよ?

 その指輪が異界にあるもので、それがクソボケ幻覚野郎の探しものならいいんだけどなぁ。楽で。

 その後、家に帰ってフリードさんやユーリさんにその話をすると、少し悲しげではあったが反対は来ず、気をつけて行って来るよう言ってくれた。ありがとう、二人とも。


 そしてそれから数日後、私とセフィリア、そしてトリス兄様は指輪のあると言う国、トルストリードへと向かった。


「トルストリードは久しぶりだな」

「そうですね。以前、叔父上がまだ王でおられたころに一度行きましたっけ」」

「あぁ、確かあのときは私と兄上、そしてセフィリアで行ったんだったな」

「ええ、懐かしいですね」


 むー、何の話かまったく分からないから面白くない。ついていけない私はとこっとん暇である、有り得ないほどに暇である。

 その結果が、先に馬車に乗り込み、…………おやすみなさい。私はあの二人の話し声を子守唄に、すやすやと眠りに堕ちて行った。


 しばらくしてぼんやりと目が覚めてくると、がたがたと揺れているのが感じられる。その揺れはもちろん、馬車が走っているからだ。

 その中で、私の頭は柔らかい何かに乗せられていた。……枕、持ってきたっけ?


「あら? 目が覚めた?」

「………セフィリア?」


 あれ? どゆこと? ボーっとした頭でゆっくり、のんびり考える。……あぁ、私の頭はセフィリアの膝に乗せられていたのか。つまり、私はセフィリアに膝枕をされて眠っていたと。

 そう考えつつも、私はセフィリアの膝から頭を起こし、起き上がる。が、その瞬間に馬車が激しく揺れた。血の気が引くのがよく分かる。―――落ちる。

 だが、それは咄嗟にセフィリアが私を支えてくれたので助かった。いや、本当に助かった、怖かった。


「大丈夫か?」

「危うくアサヒが落ちるところでしたよ」

「ん? あぁ、目が覚めたんだな、アサヒ。後は危なくないよう、しっかり掴まっていなさい」

「うん」


 馬車があまりにも激しく揺れたからか、外で馬に乗って走っている兄様が馬車の窓から顔を覗かせ、尋ねてきた。うん、怖かったよ。

 その後、兄様は私の無事を一通り馬に乗ったままで確認し、軽い注意を促して馬車から離れていった。

 さて、今度こそ起き上がるか。さっき落ちかけてからセフィリアに支えてもらったから、まだ頭はセフィリアの膝の上にあるしね。今度こそしっかりと起きなくては。

 ……しかし、私の記憶が正しければ、私は座り、馬車の端のほうに頭を預けて眠ったはずなのだが、何がどうあってその頭がセフィリアの膝の上に行ったのだろう。………うん、気にしちゃいけないよね、気にしない。


 ちなみに、この件は後日、ユーリさんやフリードさんと一緒にお酒を飲んだセフィリアが暴露したため真相ははっきりとした。セフィリア、何考えてんの。



 そしてしばらく走り続け、馬車は街に着いた。そこで馬車は動きを止め、兄様が馬車の中を覗き込みながら告げた。


「セフィリア、アサヒ、今日はこの街で休もうか」

「そうですね。アサヒ、降りようか。ずっと動いてなかったから、ゆーっくりね」

「うん」


 確かにゆっくり動かなければ、変に体が固まっているから転びそうだ。

 そうやってゆっくりと降りて、私はセフィリアや兄様と一緒に宿へと向かった。宿に入ると、すぐに宿の人が食事の準備が整っていると教えてくれる。先に連絡を入れていたようだ。

 そして、宿に入って食事のために少し歩いていると、一人の男性が小走りに駆け寄ってきた。


「ようこそいらっしゃいました。この宿でトリス閣下やグラディウス家のお嬢様方をお停めできること、光栄に思います」


 駆け寄ってきたのはこの宿のオーナーらしい。王族である兄様や王家の血を引くセフィリアを自分の宿に泊められることを相当嬉しく思っているのか、テンションが恐ろしいほど高い。

 うん、あんまり関わらないようにしようっと。そういうのは大人であるセフィリアと兄さまに任せる。


 そしてテンションの高すぎるオーナーをうまくあしらった兄様とセフィリアは大広間へと向かう。そこで食事を取った後は与えられた部屋へと移動した。あー、疲れた。


「さて、お風呂、入らなくちゃね」


 セフィリアは言うが、お風呂ってまず準備しなきゃじゃないの?


「さっきの食事の間に家からつれてきたメイドたちが用意してくれてるよ。だから安心して先に入っておいで」

「え!? メイドさんたち来てたの? え、どうやって?」

「………後ろの馬車で来てたんだけど、知らなかった?」

「うん」


 ばっちりしっかり知りませんでしたとも。てか、兄様は王族だし、セフィリアも貴族のお嬢様なんだからこれも普通、だよねきっと。うん、そうしよう。


「ほら、納得できたなら入っておいで」

「え? セフィリア先にいいよ?」


 セフィリアがお風呂に入ってる間にこの宿、少し歩き回りたいしね。今日はずっと馬車の中で黙ってたから、少しは動いておきたいんだよね。お風呂上りにやったら湯冷めして熱出しちゃいそうで怖いしさ。

 だから、先に入ってきて、セフィリア。


「私が入ってる間に何かしそうだなー。……よし、一緒に入ろうか」


 読まれてたか。セフィリアは言うとすぐに、にっこり笑って私の腕を掴んで浴室へと私を誘う。

 てかさ、何かするって言っても宿を歩くだけだよ? 悪事じゃないんだからいいじゃないか。

 適度な運動のために必死で足掻くのだが、やはり離してもらえない。力づくで離そうとしても私の力では、セフィリアの腕を剥がすことは出来ない。力のない自分が憎いぜ、くそう。


「さー、いい加減観念しようね。はい、ばんざーい」


 その後、無理やり服を剥ぎ取られ一緒にお風呂に入りました。お風呂は気持ちよかったです。



「アサヒ、私は今からトリス兄様の部屋に明日の打ち合わせに行って来るけど、アサヒは寝てるんだよ? いいね」


 そしてお風呂から上がってしばらく見張りという名の談笑の後、セフィリアが時計を見て告げる。えー、ずーるーいー! 私も行きたいー!

 だが、逆らうと怖いのは目に見えて分かっているので大人しくベッドに横たわっておくことにした。―――眠れるかどうかは置いておく。


 それから数十分後、戻ってきたセフィリアはすぐに私が寝ていないことに気がついた模様。纏う空気が怖いです。


「寝てなさいって、私言ったよね?」

「眠れなかったんだよぅ……」


 一応、寝ようとは努力したよ? 目を瞑って呼吸を落ち着かせて、リラックス状態は作ったけど眠れなかったんだよ、睡魔の襲来はなかったんだよ、残念なことに。


「うーん、お昼に馬車で寝てたからかな?」


 セフィリアはそう言うと、私のベッドのほうへ移動し、開いている場所に腰掛けた。そして、一定のテンポで私の背中を叩く。


「しっかり寝ないと明日が辛いからね。ゆっくり、安心して寝なさい」


 それで眠れれば苦労はしないって。そう言いたいのに、口は動かない。優しく叩かれている背中から安心感が溢れてくる、落ち着く、気持ちいい。

 さっきまでは全然なかった睡魔が恐ろしい勢いで襲い掛かってくる。もう、抵抗できない、眠たい……。

 ―――夢の世界へ、堕ちた。



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