街は怖いものだったのですか?
お母様、か。うーむ、確かに養子になった以上、私とユーリさんたちの関係は親子になるのだね。でも、いきなりそれは難題では?
…………だが、ユーリさんのみならずフリードさんまで楽しみに待ってるぞ。一体どうしろと言うんだ。
そう考えていると、セフィリアが微笑みながら助け舟を出してくれた。
「一度だけ、今だけでいいからお父様お母様、って呼んであげて? その後は慣れるまでは今までどおりでいいと思うから」
「お……お父様、お母、様……」
そう言った瞬間にフリードさんやユーリさんの表情が歓喜のそれに変わった。そしてユーリさんは私を抱きしめる力を強める。……い、いいい、痛い! 痛いですって! また気を失いそうだから離してください!
「ユーリ、アサヒが苦しんでいるから力を弱めてやれ」
「え? あら、ごめんなさいねアサヒ」
ユーリさんはそう言って力を弱める。が、離してはくれない。どうして欲しいんですか?
「で、アサヒはこれからどうするの?」
「はい?」
どうするって、何の話ですか? 説明が欲しいです、説明を求めます!
「家で勉強をするとか、学校に行きたいとか、セフィリアみたいに兵士になりたいとか、ないの?」
……勉強はともかく、兵士だけは絶対に拒否します。だって、私って体力無いって言うか、なさすぎるし。
今はまず、夢の中で初代国王に頼まれた探し物を探したいかな。そう、フリードさんに伝えると、それを聞いたフリードさんとユーリさんが停止した。なお、あらかじめ聞いていたセフィリアは微動だにもしなかった。おもんねぇ。
さて、二人が止まっている間にユーリさんから逃れよう、離れよう。よいしょ、こいしょ。せっせとユーリさんの腕を動かし、抜け出す。
だって、ずっと抱かれっぱなしって言うのは、何か違和感がない? ちなみに、結構ユーリさんの腕を動かしたりしてたけど、それでもユーリさんは何の反応も返さなかったよ。
「……はっ! あ、あら? アサヒ? ……セフィリア、いらっしゃい」
そしてやっと平静に戻ったユーリさんが、私が腕の中にいないことに気がつく。そしてキョロキョロと私を探し、私がセフィリアを盾にしていたのが幸いしたのか、ユーリさんはセフィリアを抱きしめた。助かった。
そしてセフィリア、よく平気だね。……あぁ、慣れてるからかな? 私なら無理だわー。
「で、探し物とは、一体何なんだ?」
「分かんない」
平静状態に戻ったフリードさんに問われたが、分かりません! だって、あの初代国王陛下が覚えていやがらなかったんだもん。
あの、だからね、文句は初代国王陛下に言ってくださいね? 私悪くないですよ?
えっと、その、顔が怖いです。というか、怖いのが顔だけじゃすまなくなってます。かもし出すオーラも怖いですよ、お父様?
「文句は覚えていない初代国王陛下に言ってください」
その恐ろしいオーラに押されながらも、必死でその言葉を紡ぐと、フリードさんはようやく表情を元に戻してくれた。……怖かった。
ちなみに、さっきのフリードさんは、セフィリアにも恐怖を与えたらしく、セフィリアはユーリさんの腕の中で固まっていた。……ゴメン、セフィリア、巻き込んだね。
まぁ、悪いのは初代国王陛下だから、文句は直接その人によろしく! とりあえず、今度出てきたら私は個人的に文句を言っておくよ。
おっと、その前に力もつけなくては、クソボケ幻覚野郎を締め上げることが出来ませんね。だから、今度筋トレ付き合ってね、セフィリア?
「ま、まぁ、近いうちに陛下がお会いしたいと仰られていたのだから、そのときに陛下に相談をすればいいだろう。うん、そうしなさい」
あ、フリードさんが丸投げした。考えたくなくなったのか。
まぁ、相手が初代国王だしね。何年、何十年、何百年前の人か知らないけど、相当昔の人だろうね、あのクソボケ幻覚野郎は。
とりあえず、いつ王様に会えるのかは分からないけど、会ったら王様に聞いてみようっと。閣下もいれば閣下にも聞けるしね。
王族の人たちの手を借りれば、結構簡単に探し物も見つかりそうだ。………そうしたら、存分にこの世界を満喫してやる。
でもまぁ、とりあえず今は筋トレかな。体力をつけなくては、今の私では日常生活にも支障が出かねない。
というわけで、体力づくりという名の散歩を屋敷の中で行う。そう、屋敷の中だ。
実際は外を歩き回りたかったのだが、それはフリードさんに阻止された。曰く。
「しばらくは家で静かに過ごしてくれ」
とのこと。とりあえず、父親の言うことには極力逆らわない子の私は、渋々ながら家の中での散歩にとどまっているのである。
うぅ、外行きたいよ! 外を歩き回りたいよ! これじゃあ日本にいるときと大して変わらないじゃないか。
外行きたい、お日様の下で歩き回りたい、街が見たい!! フリードさんのバカ! うわぁん。
本当に泣いてもいい? うん、泣いちゃうかな。フリードさんの前で号泣してみようか。そうすればフリードさんから許可がもらえるかもしれないね。
そんなことを考えつつ、リビングでフリードさんの帰宅を待つ。―――が、珍しく歩き回り、体力を消費したためか、疲れた。体力的に限界が来ていたのだろうか、リビングのソファーで待っていたはずだったのに、気がついたら自分の部屋だった。ベッドそばに椅子にはセフィリアが座っている。
「あれ? 起こしちゃった?」
「んー? あれぇ? 私、リビングにいたよね?」
「うん、リビングのソファーで寝てたから、風邪引かないように部屋に運んだの」
「あー、寝ちゃってたのかぁ。ありがとーセフィリア」
むむむ、いつの間に寝ていたのだろうか。一切記憶にないのだが………。
確か、あの時はソファーに座って、ユーリさんが飲み物を準備してくれるって言ってメイドさんたちと一緒にキッチンのほうに向かって、それを見送ってから待ってて………。
で、その後の記憶がない。つまり、待っている間に寝てしまったのか。
「正解。それで、お母様がお茶の支度をして戻ってくる少し前に、私が帰って来たの」
なるほど、説明ありがとう。そうして話を聞いていると、私がソファーで待っていた理由を思い出した。
セフィリア、フリードさんは!?
「お父様なら帰ってきているわ。リビングにいるわよ?」
よし! リビングに行くぞ! フリードさんの説得の時間だ!!
「フリードさん、外、行きたいな??」
「う、うーむ、しかし………」
リビングについて、フリードさんにお帰りなさいと告げたらすぐに説得が開始された。が、やはり渋られた。しかし、どうしてここまで反対するのだろうか。――本当にこれじゃ、日本と変わらないよ。せっかくの第二の人生なのに、日本と変わらないって意味がないじゃない? だから、外に行きたいな?
私がそうやって説得を続けていくと、フリードさんがどんどんと弱腰になっていった。よし、あと一歩だ。………最終手段。
「お父様、お願いします」
「よし分かったぁっ!!」
涙目でとにかく訴える。ついでに父と呼んでみる。それでフリードさんはあっさり陥落した。が、セフィリアが制してきた。セフィリア、邪魔しないでよー。
「お父様、落ち着いてください。先ほど何を仰られたのか、きちんと理解しておられますか?」
「………はっ! いかんいかん、つい嬉しくて我を忘れてしまった。ありがとう、セフィリア。そしてアサヒ、やはり外出は許可できないよ」
………何で邪魔するのさ、セフィリアのバカ。せっかく、せっかくうまくいってたのに………。ふぇ、悲しくなってきたよ、視界が少しずつ滲んでいくよ。
――――もう限界。
「うわぁぁあぁぁああぁあぁぁああぁああああん」
せっかくお外行けると思ったのに! 行きたいのに! うわあぁあん。
私が盛大に泣き出したからか、フリードさんとセフィリアが必死で宥めてくれようとするのだが、それでも涙は収まらないんだ。
「すまない、アサヒ。でも、もう少しだからな? もう少し我慢してくれたら、出てもかまわないから」
「そうよ、もう少しだから」
「もう少しって、どのくらいだよー。うわーん!」
外行きたいー! 家の中のみの生活なんてイヤだー! もうヤダー! 全部ヤダー!
「アサヒ!」
「ふええぇぇ、ユーリさぁあん!!」
そうしていると、私が零した盛大な泣き声に気がついたユーリさんが私に駆け寄り、抱き寄せてくれた。今はそれにとにかく甘える。
「フレッド、セフィリア、何をしたの」
「あー……、いや………」
「アサヒが外に行きたいと言うので、もう少し待つように言ったら………泣かれてしまいまして」
ユーリさんの放つ威圧感のあるオーラに、フリードさんもセフィリアもたじたじだ。そして、セフィリアからその理由を聞いたユーリさんは私にそうなのか確かめてくる。とりあえず、まだ泣いてるからしゃべれないため、頷いて返事に変える。
だって、外、行きたい。このままずーっと家の中だと日本にいるときと何にも変わらないじゃないか。だから、悲しいんだ。涙が出るんだ。涙を抑えきれなかったんだ。その結果が、これ。
「そのもう少しというのは、いつですか」
「陛下がアサヒを呼ぶまで、だ」
「聞きましたね、アサヒ? 陛下があなたをお呼びになれば、その後は外に出れますからね?」
ユーリさんがフリードさんに問うと、フリードさんはあっさりと答えた。つまり、王様が私を呼んで、話をしたら外に出ていいんだね?
なら、王様、早く私を呼んでくれ! 私は早く外に出たいんだ!
ユーリさん、ありがとう。ユーリさんがいなければ、こうやって聞き出すことは出来なかった、ずっと悶々としているだけだった。
だから、感謝の気持ちを込めて、泣き止んだときに言ってみた。
「お母様」
ってね。すると、ユーリさんは喜んで私をぎゅっと抱きしめ、セフィリアはそばで優しく微笑み、フリードさんは面白くなさそうな顔をしていた。
いやいやフリードさん、あなたにはさっき言いましたよね? 外に出るための方法の一つで、お父様って言いましたよね? とりあえず、今はまだ言えそうにないから、言えるまで待っててください。
それから数日後、王様から待ちに待った呼び出しが来た、曰く、セフィリアと一緒にこの間の部屋に、執務室に来て欲しいとの事。
それを知らされてすぐに、私は再びメイドさんたちによって風呂に入れられ、身支度を済まされ、そしてセフィリアと共に城へと向かった。
そして城に着くと、にっこりと微笑む王様に出迎えを受けました。
「やぁ、アサヒ。すまなかったね、私が呼ぶまでは外出を禁止されていたそうで」
「……こんにちは、王様」
しっかりと聞いていたわけだね。つまり、私が泣いたのも多分伝わってるんだろうね。………けっ。
でもまぁ、これで外出が出来るようになるので、それはそれでいいとしよう。
そしてセフィリアは、王様に私が既にセフィリアたちに話したこと、初代国王陛下のことを王様に話す。それを聞いた王様は信じられないといった表情で止まっていた。事実、セフィリアに嘘じゃないのか確認している。
「アサヒは何も知らない状態で、初代国王陛下のお名前を完全に言ったのですよ? その話が真実出なければ、ソレはありえないと思いませんか?」
「ふむ……確かに」
初代国王の名前? あぁ、シュトッフェルド・フォン・シュバルツェンベルグ・シルヴァンテスって言う、あのクソ長い名前? あれは自分でも驚いたよ、よく覚えてたなって感じだよ。……ずっと、呼び方はクソボケ幻覚野郎だったから余計ね。まぁ、このことに関しては黙秘を貫くが吉。
で、その初代国王陛下の探しものって言うのがなんなのか、王様は予想はつかないのかな? とりあえず聞いてみた。
「悪いが、今の私では分からない。古文書を漁れば何かしら分かるかもしれないから、調べておこう」
むー、やっぱり王様でも分からないかぁ。だが、王様はしっかり調べてくれるつもりのようだ。そこには感謝。
そしてそれから少し話をしてから、今回私が城に呼ばれた本題に入った。
「この国では二十四歳を成人としているのだが、アサヒは今、十八歳だったな?」
「うん」
「この国では、成人したら全員何かしらの仕事に就くことが義務付けられている。セフィーなら衛生兵、トリス兄上ならば将校という風にな。それを、アサヒ、君は残り六年で決めなくてはならない。……ここまでは大丈夫かな?」
それはもちろん。話自体はまだ簡単だから、頷いて続きを促す。
「そこで、だ。アサヒ、君はどうする? 普通の子供たちならば小さい頃から学校へ通ったり、親の仕事を手伝ったりしながらそういうことを考える。……君はどうしたい? 今から学校へ行くかい? それとも、グラディウス家で家庭教師に教えてもらうほうがいいか? その際の教師は、アサヒの事情を知っている人間をこちらから派遣するが……」
どうするって、もちろん、こっちです。
「家庭教師でお願いします」
だって、学校に行ったって、どういうことを勉強しているか分からないし、その前にこの世界の文字読めないし。
それに、子供というものは自分たちと違うものを排除する傾向にある。たとえそれが貴族であっても、排除の対象外とはなりえないだろう。とどめをさすならば、私は名門、グラディウスの名を持っていたとしても血の繋がりは一切ない、ただの養子であり、異世界人。これは間違いなく排除対象となりうるだろう。それを考えるならば、家庭教師のほうがいい。
家庭教師ならば、同年代の子供たちと遊ぶことは出来なくても、自分の疑問にしっかり答えてもらえるし、自分だけだから勉強に遅れが出ることもない。
まぁ、一番の理由は学校に行ったことがないから怖い、っていうことなんだけどね。
「分かった。では、来週から教師をグラディウス家に遣る」
「分かりました。逃げないようにね、アサヒ?」
「分かってるよ、逃げないって」
その勉強が初代国王陛下の探し物の鍵になればいいんだけどねー、ホントあのクソボケ幻覚野郎は、何でまったく覚えてないんだか。少しくらい覚えていればまだ楽だったのに、余計な手間だ。
ちなみに、私がこうやって考えている間、セフィリアと王様はいとこ同士の会話というものを展開させていた。そのため、私は話に入ることが出来ず、退屈である。うーむ、勝手に出て行ったりしたらどうせセフィリアに叱られるし、それに、迷子になること必須だしなー。むうー。
そうしてしばらくメイドさんが用意してくれた飲み物をちびちび飲んでいると、ようやく話が終わったのかセフィリアが立ち上がり、私のほうへ歩いてきた。
「待たせちゃってゴメンね、退屈だったでしょ?」
「うん。でも、ちびちび飲んでたから、結構平気だったよ」
「んー、あ、そうだ。帰り、そのまま街を見に行ってみようか。アサヒ、行きたがってたでしょ?」
「いいの!? 行く、行きたい!!」
「ふふ、かーわいい。ではセルド兄様、失礼します」
そして、私はセフィリアと共に城を出て、馬車に乗り街へ出てきたのだが………人多いよ!
「おや、グラディウスのお嬢様じゃないか、珍しい」
「あぁ、久しぶりね。最近調子はどう?」
「おかげさまで良好さ。ところで、その子はなんだい?」
馬車を降りた瞬間に、街の人たちがセフィリアの回りに集まり、話しかけてくる。……怖い!!! その目が純粋にセフィリアのみに向けられている間は怖くてもまだ大丈夫だったのだが、完全に私にその目が向くと、……無理! 怖い、耐えられない!
「……アサヒ、隠れてないで出てきなさい。ちゃんと挨拶しないと」
セフィリアは隠れた私の腕を掴み、自分の横に移動させながら私が人見知りが激しいことを説明していた。
分かってるじゃないか、セフィリア。私、基本的には人怖いんだよ。だから、本当は逃げたいんだよ。
だが、逃がしてくれるセフィリアではない。
「この子は家の養子になったアサヒ。アサヒ、挨拶なさい」
「……あ、アサヒ・ウェルズ・グラディウス、デスッ! よよよ、よろしくお願いしますっ!」
言ってすぐ隠れる。だって、やっぱ怖い! 街に出るのはいいんだけど、やっぱり人と関わるのは怖いよ!
ちなみに、街の人たちはそんな私をずっと微笑ましげに眺めていたよ。ただ、その目は小さな子供を見るような目だったけどね。私はそんなに小さな子供に見えるんですか。
「養子の件は、陛下も納得なされておられるのだろう?」
「もちろんよ、あの陛下に内緒でこんなことをするわけないでしょう?」
グラディウス家は筆頭公爵家。そのグラディウス家の人間が王様に内緒で勝手に養子を取るなんてことは、しないだろう。
「ははっ、変なことを聞いたね、すまない。ならば、私たちはこの小さな子を歓迎しようか。街のみんなで歓迎しよう」
「あの……、その……、ありがとうございます」
最後のほうは消え入るような声になってしまった。……私はかなり緊張、いや、恐怖を感じているようだ。むー、これがまともに人と接したことのなかったことの代償か。
……お父さん、朝陽はここであなたを恨みます。あなたの過保護のせいで、今あなたの愛娘は崖っぷちに立たされています。
お母さん、朝陽はここであなたも恨みます。あなたたちの過保護のせいで、あなたの愛娘は軽くピンチに陥っています。
お兄ちゃん、お姉ちゃん、ついでにあなたたちも恨みます。過保護すぎたせいで、朝陽はまったく世間というものを知りません。
―――朝陽は今とても、困っています。
「緊張しているようだね、可愛い子だ」
「いや、これは緊張というか、……怯えてないか?」
周りの人たちは私の心境をよそに、勝手にいろいろと話している。……怖い、怖い、怖い、怖い。―――怖い。
セフィリアに助けを求めようとしても、セフィリアは私を世間に慣らすためか、見てみぬふりを敢行している。習うより慣れろ、そう言いたいんですか、お義姉ちゃん?
でも、これは慣れろって言う前に、私には危険です。怖いです。トラウマになりそうです。
―――結論、涙腺崩壊。
「うあぁぁぁぁああん! もう無理! もう無理ぃぃぃ!!」
怖いよぅ、怖いよう。今までこんな多くの人たちに囲まれたりすることなんてなかったから、すっごい怖い!
街の人たちは突然大きな声で泣き出した私を必死で宥めようとしてくれるのだが、それでも人の数は減らないため、私の恐怖は薄れることを知らない、怖い!
助けて、セフィリア。怖いよぉ! だが、セフィリアはまだ傍観の立場を貫いているため、助けてくれない。
助けてよ、セフィリア。もう限界なんだって。そう思いつつ、セフィリアの服をしっかりと掴む。それだけでも、少しは恐怖が薄れるから。
「みんな、この子が限界みたいだから、今日はここで帰るわね。この子、人に慣れてないから」
「あぁ、だからこんなに泣いてたのか。すまない、人が多くて怖かったんだね」
「また来てね。そのときは、こんなに人を集めないから」
街の人の言葉に、私は小さく頷くしか出来ない。怖くて、そこまでするのが限界なんだ。
その後、セフィリアと共に馬車へ戻り屋敷へ戻るのだが、私の涙は依然としてかれることなく流れ続けている。
だからか、家に帰ったときのフリードさんとユーリさんの反応が恐ろしかった。私が大号泣しているのを見た二人は、セフィリアが私を泣かせたと勘違いしたのか、セフィリアに詰め寄って何をしたのか尋ねていた。そこでセフィリアは街へ行ったことを話し、私が泣いた本当の理由を話してようやく、二人から解放されていた。
そしてその説明をセフィリアに聞いたユーリさんは未だに泣き続ける私を優しく抱き寄せ、宥めるように頭を撫でてくれた。その手が優しくて、お母さんみたいだと思ったのだが、……うん、実際お母さんだよ。だって、私はグラディウスの人間になったのだから、ユーリさんは正真正銘、私のお母さんなんだ。
「大丈夫ですからね、アサヒ。街は何も怖くないんですから、少しずつ慣れていきましょうね」
「う………ん、ひっく」
「焦る必要はない。ゆっくり、ゆっくり慣れていきなさい」
二人ともそうやって優しく声をかけてくれる。それが優しいから、なんだか頑張ろうという気になれる。
うん、頑張るよ! 少しずつ、街に出て人に慣れることにする!!
そしてそれから私は、セフィリアと、セフィリアが仕事や何かで忙しいときはユーリさんと一緒に街に出るようになった。だって、慣れるには実際に体験するしかないでしょ?
そうやって街に出るようになって一週間少々が経過した。そこまで経って、私はようやく一人でも町に出られるようになった。
「おや、グラディウスのちっこいお嬢様。今日は一人で来たのかい?」
「うん、大分慣れたしね」
「そうかい、そりゃあよかったよ。気をつけて街を回るんだよ」
「うん、ありがとー」
そうやって街に出れば必ず、誰かに話しかけられる。最初は緊張で何も話せず、セフィリアやユーリさんに隠れるだけだったが、最近は普通に話せるようになった。成長したね、私!
そうやって街を歩いていろいろな人に話しかけられて、返事を返し、たまに立ち寄って会話をしながら私の街巡りは終わる。
この街は広いので、まだ行ったことのない場所がたくさんだ。この日も、そんな場所を探すために街を巡る予定だった。が、セフィリアに制された。
「今日からお勉強が始まるからね。だから、今日はお出かけしないでお家にいなさい」
「……………」
来たか、ついに来てしまったのか、お勉強の時間が。てか、先生ってどういう人なんだろう。うう、知らない人怖い。
「じゃあ、私は行くけれど、きちんと先生の話を聞いて、しっかり勉強しなさいね?」
「行っちゃうの!?」
ヤダよ、そばにいてよ! すっごい不安なんだよ、怖いんだよ!
でも、セフィリアは私の頭を軽くくしゃりと撫でて、仕事へ行ってしまう。
「セルド兄様の選んだ方なのだから大丈夫、安心しなさい」
セフィリアは言うけれど、それでも私の不安は消えることなく延々と私の中に残っていた。ううぅ、怖い。
だって、私は基本的にまともに人と触れ合ったことがない。人と触れ合う機会がなかったんだ。だから、余計怖い。
ユーリさんはそんな私をそばで宥めてくれるのだが、それでもやっぱり恐怖は消え去ることはないんだ。
そうしていると、玄関のベルが鳴る音が響く。反射的に体をビクっと揺らした私を、ユーリさんは抱き締め、落ち着かせようとしてくれる。その温かさが落ち着きをくれるのだが、……うん、やっぱり怖い。
「奥様、トリス閣下がアサヒ様の教師として参られました」
「お通ししてちょうだい」
「はい」
……うん? 教師としてきたのは閣下殿なのか。閣下殿が私の先生なのか。
確かに閣下殿は私が異世界から来たことを知っているし、偉い人なんだからそれ相応の分を学んでいる分、私の質問は基本的に殆ど答えられそうだ。そして、以前会ったことがある分、私の人見知りの影響も薄い。……さすが王様。
「お久しぶりです、叔母上。ご健勝そうで何よりです」
「お久しぶりですね、トリス様。そちらもお元気そうで何よりです」
「様、はやめてください。私のほうが、叔母上よりも若輩なのですよ?」
「いいえ、あなたは王族であり、私は今は臣下の立場です。私が敬称をつけてお呼びするのが当然なのですよ」
「……叔母上にはいつまでも敵いません」
「ふふ、年の功というものです」
いつの間にかユーリさんと閣下殿で会話が始まっている。うん、私、どうすればいいのかな? 今のうちに逃げようかなーとも思うんだけど、逃げたら後が怖いというか何と言うか。
うん、逃げたら多分、フリードさん、ユーリさん、セフィリア、後は閣下殿からもお叱りが飛んできそうだよね。だからやらない。
が、暇! TA☆I☆KU☆TSU! あ、ゴメン、ふざけ過ぎた。まぁ、この世界でアルファベットは通じないだろうからいいけどさ。
「アサヒ様、お待ちの間にお飲み物はいかがですか?」
「あ、ありがとー」
そうしてメイドさんはユーリさんたちにもお茶を渡して更に話が進み始めた。……っていうか、閣下殿? あなたは確か私の教師として来たんじゃなかった? なのに、ユーリさんと話してるの?
ま、いっけどね、私勉強嫌いだしさ。
そうやってお茶を冷ましながらちびちびと飲んでいると、不意に閣下殿が立ち上がり、こちらへと来た。あ、思い出しちゃった?
「すまない、アサヒ。待たせてしまったね。勉強を始めようか」
「あぁ、そうでしたね、つい話しこんでしまいました。お勉強の部屋は、アサヒの部屋でいいでしょう」
ユーリさんはそう言いながら私の背を押し、閣下殿はその後ろをニコニコと微笑みながら歩いていた。
そして部屋につくと、ユーリさんとメイドさんたちは下がり、私は閣下殿に促され机に着く。
「さぁ、授業を始めようか。今日はアサヒに一番重要な、仕事の話をしようか」
閣下殿はそう言って、大量の冊子を私の目の前に置く。……うん、これ教科書?
「あ、これは教科書だよ。今日は使わないけどね」
うん、予想は当たっていたようだ。量が多くありませんか?
そして次が一番の驚き。パラパラと捲って見ていたのだが、文字が読めた。今まで読んだ異世界トリップ、異世界転生ものでは言葉は通じても文字は読めないことが多かったのに。
クソボケ幻覚野郎、そこにだけは感謝しますよ。けっ。
「さて、じゃあ説明を始めようかな」
そして閣下殿はこの国の職業についての説明を始めた。
まず、この国の職業を挙げていこうかな。まず、一番多いのが兵士だね。次に多いのは文官、そして教師の順になる。
兵士というものは、【将校】【一般兵】【下等兵】、そしてセフィリアのような【衛生兵】に分けられる。
そして、文官は【地方を預かる領主】【国王の執務助手】【書庫管理】に分かれているね。【地方を預かる領主】のいい例がアサヒのそばにいるね、叔父上だ。
それから、教師は【一般学校教師】【士官学校教師】【兵学校教師】に分かれている。
後は、商人や農民という職業もありはするが、グラディウスの人間になったアサヒに、その選択肢は無いね。
……うーむ、確かに名門、グラディウス家で農民や商人って言うのはないか……。ないよね? まぁ、そういうことをする体力も無いからやるつもりもないんだけどさ。
どうせなら、書庫管理とかをしてみたい気もするね。それなら、管理の間に本とかいっぱい読めそうな感じもするし。
「じゃあ、兵士について細かく説明をしていこうかな。ノートの準備は大丈夫かな?」
ノート? ……あぁ、メモを取れってことだね。あい、了解です!!
「まずは、将校。将校とは少尉以上の士官のことだ。下から少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、元帥、大元帥と続く。俺は元帥で、兄上が大元帥だ。そして、その上は国王であるセルドだな。ここまでは、……大丈夫か?」
ちょっと待って! メモが追いつかないから待って! まだ中佐までしか書いてないから! えっと、次は何だっけ? 大佐、だったかな。分かんなくなって来た、閣下殿、もう一回言って!
「アサヒ、大佐の次は元帥だ。大元帥はその次だな」
「え? あ、ホントだ!」
そうやって思い出しながら書いていたからか、どこか順番を間違えていたようで閣下殿からの修正が入る。
そしてその後、確認を兼ねて一緒に一番下の少尉から順番に読んでいった。よし、間違えてないな。
「よし、じゃあ次に行くぞ?」
「うん、お願いします」
「普通の士官ならば、階級は少尉から始まるが、俺たち王族、王家の血を引くものは違う。俺たちは少佐から始まるんだ。アサヒ、セフィリアの位を知っているか?」
「大佐だよね?」
「そうだ。あいつは成人して二年で二段階這い上がった。衛生兵は活躍を表に出し辛いし、セルドはそういったところで贔屓はしない。それでもセフィリアは大佐まで上がった。あれは、立派なものだ」
へー、セフィリアすごい。確かに考えてみれば、衛生兵は戦では活躍を表に出し辛いよね。それでも、二年で二段階昇給してるんだから、セフィリアはよほど頑張ったのだろう。私には絶対無理だ、体力的に絶対無理!
そうやって話をしながらも少しずつ書き進めて、やっとメモが追いついた。とりあえず、言われたことは全部書き記した、オッケーだ。
「じゃあ、次は文官だね。まず、【地方を預かる領主】の説明から行こうか。まぁ、これはいい例がそばにいるね、さっきも言ったようだが」
「フリードさんのことだよね?」
「そうだ。叔父上はグラディウス家当主として、このシルヴァニオンとほか数ヶ所を預かっている」
そしてそれからも説明は続いていった。【国王の執務助手】の説明や、ほかの仕事の説明、一つ一つ、細かく、かつ分かりやすく閣下殿は私に説明をくれた。
途中で私がどうメモを取ろうか考えているとちょこちょことアドバイスをくれたし、訳がわからなくなったらそれに関しての説明もくれた。
おかげで、今日はかなり学んだよ、うん。
「今日はここまでだが、……大丈夫か?」
「何とかー」
はっきり言ったら頭ヒートしちゃいそうだけど、まぁ、平気……かな? 今までいっぺんにこんなに頭に詰め込むことがなかったから危険といえば危険なので、これ以上はやめてくださいね?
「そんなに可愛い目で見つめてくれるな。分かった、今日はここで終わろうね。明日も同じ時間にね」
「ありがとう閣下殿」
「閣下殿……、堅いな。セフィリアみたいに兄様と呼んでくれると嬉しいな」
「……兄様?」
目で訴えると、閣下殿、もとい兄様はあっさりと折れてくれた。続きは明日ですか。明日も詰め込まれるんですね、分かります。
でも、それでも今日の勉強を終わらせてくれたことに礼を言い、そして、私の閣下殿の呼び方を訂正されました。
日本にいる最愛のお兄ちゃん。朝陽には新たに兄が増えました。名をトリスと言います。
日本にいる最愛のお姉ちゃん。朝陽には新たに姉も増えました。名をセフィリアと言います。
二人とも、お兄ちゃんお姉ちゃんと同様、朝陽を大事に思ってくれる、優しい人です。
そして兄様が帰った後、外を見るとまだ明るい。よし、外に行こう! そう思っていたらユーリさんに止められた。何で?
「もうすぐ暗くなるから、今日はやめなさい」
……おもんなーい。せっかく外に行けると思ったのに、もうそんな時間とか、萎える。明日からもそうなるなら、本気で嫌だ。
だって、やっぱり外には行きたいでしょう? 日本と違う生活を満喫したいでしょう?
だから、私は外を恋しています。