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探し物は何?  作者:
3/22

私の名前は?

 

 セフィリアのせいで眠りに落ちて、その眠りから覚めるとそばにはユーリさんがいた。ベッド脇の椅子に腰掛けている。………いつ来たんだろう。そう思いながら起き上がると、何かが落ちた。

 落ちたものは、氷嚢と額に置いてあったらしい濡れタオルだった。私が寝ている間に置いていてくれたのだろう。枕元を見ると、氷枕も置かれていた。

 

「あら、目が覚めた?」

「………おはよーございますユーリさん」

「おはよう。それと、セフィリアからの伝言を伝えておくわね。本当に申し訳なかった、ですって」


 ……いいって言ったのに。セフィリアも閣下と同じで結構気にするタイプ、なのかな? まぁ親戚だし、それもありえるか。というか、その肝心のセフィリアはどうしたのだろう。

 

「あの子ならお仕事」


 尋ねると、あっさりとそう返って来た。衛生兵、大変なんだな。


「さ、あなたはもう一度熱を測ってみましょうか」


 そうしていきなり突っ込まれた体温計は、何気に危険な感じでした。ユーリさん、もう少し手加減をしてください。

 しかし、咥えるタイプの体温計って、本当に暇だなー。測っている間、ずっと咥えてなくちゃいけないから喋れないし、退屈すぎる。

 

 そうやって少し待っていると、ユーリさんの手が体温計に伸びた。よし、もうオッケーだね。


「……三十八度四分、………上がってるわね。さ、きちんと毛布を着て」


 あー、これは再び寝ろと言うことですね、分かります。


「お昼ご飯まで休んでなさい」


 そしてその後、ユーリさんはそういい置いて部屋を出て行った。さ、メモを取るチャンスですね。……今回はそうはならなかった。

 ユーリさんは、私が寝ないと言うことがないようにするためか、わざわざメイドさんの一人を見張りに置いていったのだ。

 私がメモを取ろうと、セフィリアに頼んで持ってきてもらった紙とペンを取ろうとするとすぐに奪われ、私の手の届かない場所へ移動させられる。……面白くない!

 そこまでされると、もう寝るしか選択肢が残されていないじゃないか。……仕方ない、寝よう。起きたら今度こそ忘れる前に書かなくては。

 

 *****

 

「なんじゃ、また来たのかお前は」


 ……この声は、確か私を無理やりにこの世界に引っ張り込んだクソボケ幻覚野郎ですね、分かります。ったく、また会うことになるとは思わなかったね。……ちくしょう。

 この人には意地でも会いたくなかったんだけどねー。この、仮にも一応曲がりなりにも嘘じゃないかと見まがうけど初代の国王様にはさ。

 

「相も変わらず手加減なく言ってくれるな」


 元凶が文句を言わないでもらえます? 私のこの性格はね、この世界に無理やり放り込まれてから形成されたものですよ? つ・ま・り、原因はあなたです。

 大体ね、日本での私は病弱だったからいい子だったんだよ? お父さんたちの言うことは聞いてたよ? だから、お兄ちゃんたちもいっぱい可愛がってくれてたんだと思う。

 ………っと、そんなものは横に置いておいて、っと。

 

「で、探し物っていうのは、一体善哉、どういうものなんだ? クソボケ幻覚野郎。覚えてるったけ吐いてもらいましょうか」


 何もわからない状態で探せとか、そんな無茶は言わないでしょう? 言ったら殺す。


「……覚えておらん! だからお前に頼んだんだ! じゃ、頼んだぞっ!!」


 クソボケ幻覚野郎は言いたいことだけ言って消える。くそう、今度会ったら絶対に締め上げてやる。

 そうやって締め上げて、その影響で少しくらいは思い出してくれるといいな―――。

 

 *****

 

 目を開くと、さっきまでユーリさんが座っていたベッド脇の椅子にはメイドさんが座っている。……読書中か。

 メイドさんの様子を伺うために軽く体を動かしたからか、その音であっさりと起きたことは気づかれた。

 

「おはようございます、アサヒ様。お昼までは、まだ時間がありますよ?」


 ……これは、また眠れと言ってるのか? にっこりと笑いながら、後ろから真っ黒いオーラを出していないか? 怖いよ?

 でででで、でもね? もうしばらくは眠れそうにないからさ、今度こそ、紙とペンが欲しいな? メモを取りたいのでお願いします。

 平身低頭。その言葉通りの行動を取って、ようやくメイドさんは私に紙とペンを渡してくれた。曰く、私にそこまでさせるくらいならば少しくらいなら無茶をされたほうがマシ、とのこと。……ゴメンなさい。

 

 ま、まぁ気にしない! とりあえず、まずは初代国王の名前を書いておくか。

 

『シュトッフェルド・フォン・シュバルツェンベルグ・シルヴァンテス』


 これが初代国王の名前だったはずだ。ちなみに、これは日本語で書いているのでメイドさんたちには間違いなく理解できない。ふふ、してやったり。

 後は、その下に私が初代国王を呼ぶのに使っている言葉、『クソボケ幻覚野郎』とも書き記す。だって、その呼び方は忘れたくないしね?

 その下は、探し物の件だ。確か国の資料を見て探せなどとほざいていたか、面倒だな。

 あとは、えっと……。書くことがいっぱいだ。

 

 というか、国の資料って頼んで見せてもらえるものなのか? ……いや、それよりもまずは養子問題か。養子か後見か、どちらか早く決めなくては。

 ん? 養子になったら国の資料とかってあっさり解決するんじゃね? だって、グラディウス家は名門とか言ってたよね? ならいけるんじゃね?

 でも、名門すぎるのもちょっと痛いんだよなー。むむむー。

 

 

 そうやってしばらくメモを取りながら葛藤していると、突然部屋の扉がノックされた。もうお昼ご飯の時間らしい。……さっきと変わらず、食欲はまったくないのだが。

 

「お昼もスープをお持ちしました。朝は殆ど食べられていませんでしたので、お昼はもう少し多めに摂られてくださいね」


 にっこり笑顔の頼みは命令に近いと思う。

 うん、根性で食べることにするよ。努力だよ。結果的には、半分くらいは飲んだよ。……気持ち悪っ。

 ちょ、薬飲むのも若干辛いんだけど。でも、飲まないって言う選択肢はないんだよなー。このメイドさんたち見てると。

 うえー、吐きそう。リアルに吐きそう。……よし、寝よう。寝れば少しはマシになる。そう思ってごろんと寝転がった。するとすぐにメイドさんが毛布をかけてくれる。

 

 うん、寝るわ。

 

 

 

 気がついたら夕飯の時間でした。メイドさんに起こされたよ。

 

「アサヒ様、起きてください、夕飯の時間ですよ」


 むー、まだ眠たいよー。でも、夕飯の時間なら起きなくちゃ、だよね。ていうか寝たりない。長々と寝た感じがまったくしないよ。

 だが、夕飯の支度が整っていると言うのならば起きなくては。と言うわけで急いで起き上がろうとしたのだが、熱のせいか体がふらついて無理だった。

 

「無理をなさらないでください」


 ふらついて無意識にベッドに戻された瞬間に、メイドさんから注意が降ってきた。そして、手を貸して起き上がらせてくれる。

 そして起き上がると同時に目の前にスープが置かれた。………さて、今回も頑張って半分は飲まないと、かな? あんまり飲みたくないけどね。

 でも、そうなるとまたセフィリアかユーリさんが来るだろう。から、それは避けたい! だって面倒だもん。

 そう思いながらスープに目を落とす、のだが、……見てはいけないものが目に映った気がします。

 

「アサヒ様がお昼に予想以上に食されておりましたので、消化の良い具を入れました。ちゃんと、食べられてくださいね?」


 何その拷問。大体、お昼はかなり無理をしてあれだったのに。

 ………ニコニコ。メイドさんのその笑顔が怖い。これで具をそのまま残したら、またセフィリアかユーリさんかを召喚されるな。そうなると、多分その二人だけではなく、フリードさんにも伝わる。

 その二人に伝わると、何をしてでもと言う風になりそうだから、絶対イヤ。なので頑張ります。

 

 あぁ、懐かしきお父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。私は今、異世界なんてところで苦労しています。何があって、こんなことになったのでしょうか。

 あのクソボケ幻覚野郎は、何を思って私をこんな世界に呼びつけたのでしょうか。

 

「さ、どうぞ」


 そんなことを考えていると、メイドさんは恐怖の笑みを深めて食べるよう促してくる。……怖い。

 なので、お昼以上に無理やり口に入れ、胃に流し込む。とりあえず、戻さないことだけを祈る。が、既に危険状態に陥りつつある。

 

 

 

 

 ―――――結論、アウト。

 

 私はゆっくりと起き上がり、トイレへと向かう。その際、体がまだふらつくので、それは何も言わなくてもメイドさんが支えてくれた、感謝。

 そしてたどり着いた、トイレでは―――。

 

「うええぇぇええぇえ」


 思い切り戻しました。先ほど飲んだスープ、食べた具、薬、胃液。いろいろなものが戻ってくるため、大層気持ちが悪い。

 そうやって私が戻し続けている間、メイドさんはずっと私の背をさすってくれました。感謝です。

 

「アサヒ様、お水です、どうぞ」


 そしてある程度吐き戻すと、メイドさんがコップに水を用意してくれていた。ありがたく受け取って口の中をゆすぐ。あー、口の中の酸味が消えてくよー、楽になるよー。

 

「さ、ベッドに戻りましょう。しっかり休まなくては」

「うん」


 そうして手を借りてベッドに戻ると、そこではなぜかセフィリアとユーリさんがいた。………何で? しかも、その後ろにはお医者さんまでいる。……あわせて何で?

 

「大丈夫、アサヒ? もう一度お医者様に診てもらいましょうね」

「大丈夫です、ご心配なく」


 って言うか、面倒だからイヤです。それに、第二の人生ではあまり医者のお世話にはなりたくないので拒否します。

 だが、その願いは聞き入れられないことのようだ。私はセフィリアに問答無用でベッドに押し倒され、そしてセフィリアには腕を、ユーリさんには足を掴まれて行動を制された。

 

「押さえているので、この間にお願いします」

「分かりました、お嬢様、奥様。じゃ、聴診器を当てるから少し冷たいよー」


 くそう、子供扱いすぎるだろ、その言葉。っていうか、押さえ込むのに力入れすぎだろ、痛いよ。大体、そこまでして診察を受けさせなくてもいいだろうに。普通はここまでしないだろう。

 そんなことを考えつつも、しばらくは頑張って抵抗しようと足掻いていた。が、私の力ではがっちりと押さえ込まれた腕や足を自由にすることは不可能だった。

 

「……くしょう」


 小さく呟きながら、先ほどまで足掻くために入れていた力を一気に抜く。それと同時に、腕や足を押さえる二人の力も弱まった。

 ……ふむ、この隙に抵抗しようか。…………とも思ったがやめた。だって、セフィリアとユーリさん、目が怖いよ!

 二人ともニコニコと微笑んでいるのだが、その目は笑っていない。これで抵抗すれば、きっと、おそらく力ずくで押さえ込みに来るはずだ。だから、諦めた。

 そして完全に抵抗を諦めたことが二人にも伝わったのか、二人は押さえていた腕と足を解放した。そして、私の口には体温計を入れる。

 

「あぁ、やはり上がっていましたか」


 少し待って抜き取った体温計を見た医者はそう告げる。さぁ、一体何度になっているのでしょう、教えてもらえます?

 ってか、結構体がダルイというか、………痛い。まぁ、これは押さえつけられてた分だけどさ。

 

「何度、だったの……?」

「三十九度ぴったり。まぁ、これはさっきアサヒが暴れたせいもあるのかもしれないけど、それでも高いね」


 はい、殆どは暴れたせいだと思います! 熱が上がったから戻したんじゃないよ! 熱が高くなったから戻したんじゃないからね! 大事なことなので二度言ってみた。

 

「熱が下がるまでは絶対に、安静にしていてください、いいですね?」

「はーい」

「それと、もう少し熱が下がるまで、付いておきたいのですがよろしいでしょうか?」


 最初の質問は私に、最後の質問はセフィリアやユーリさんに。

 うん、付いてるな。ちゃんと寝るからそばにいるな。ちゃんと休むから部屋から出て行って。

 大体さ、寝るときに人がそばにいると違和感がすごくて、中々寝付けないんだよ。だからさー。

 

 だが、セフィリアとユーリさんはそれをにっこり笑って快諾した。……おい! 本人の意思は無視ですか!? 横暴すぎる!!

 

「だって、アサヒに決定権を与えると、イヤって言って拒否して、そして無理しそうなんだもの」

「しそう、じゃなくて実際に無理をすると思いますよ、お母様」

「しない! しませんから! ちゃんと寝てますから!!」

「でも……」

「約束します! 絶対に、安静にしてます!」


 とにかく必死で頼み込む。だって、そうしないとそばに医者が付くことになるじゃないか。それを避けるためなら頑張るさ。

 とにかく私は信じてもらえるようにセフィリアやユーリさんの目を見続ける。とにかく見続ける。

 何かあったら呼ぶから、だからその間はメイドさんも置かないで? メイドさんたちも退室させて?

 大丈夫、私はちゃんと休んでるよ? ちゃんと寝てるから。これ以上熱が上がると辛いのは私だから、きちんと寝てる。だから、ね?

 

「……ふぅ。分かりました。でも、別の部屋に待機していてもらいます、何かあったらすぐに対処できるように。それでいいわね?」

「お母様! それだと……」

「大丈夫でしょう。アサヒ、きちんと休んでるでしょ? まぁ、それで無理をすれば何を言ってもお医者様についていてもらえるよう頼みますけど」


 それは避けたい。ので、しっかり休みます、無理しません。ご飯も無理にたくさん食べずに適量摂ることにします。だって、さっき戻したのは無理に胃に入れすぎたせいだしね。

 

「なら、せめての処置として」


 医者はそう言って私の右腕を掴み、空いた片手で鞄を探り、目的のものを探り出した。………この世界にも点滴と言うものは存在してるんですね。今からそれが私の右腕に打ち込まれるわけですね、分かります。

 

 そして予想通り。医者は一度私の右腕から手を離し、その腕の一部を消毒液の浸み込んだガーゼで拭い、注射の針を刺した。


「点滴が終わったら取りに来ますので、知らせてくださいね」


 その後、医者はそう言って部屋を出て行った。部屋には私とセフィリア、ユーリさんが残される。

 

「さ、もう休みなさい」

「ちゃんと休まないと、お医者さんに付いていてもらえるようお願いするからね」


 うん、ちゃんと休むよ! そばに人がいるのは拒否!!

 それから、セフィリアが診察のために捲られた毛布をしっかりとかけなおしてくれる。ユーリさんは私の頭をよしよしと撫でてくれる。うん、気持ちいい。………おやすみなさーい。

 

 

 

 

 

 

 とはならなかった。今日はたくさん寝たせいか、気持ちがいいのに全然眠たくならない。くそう、寝たいのに。

 それでも私は二人を心配させないために目を瞑る。それに、目を瞑っていたほうが睡魔が襲ってきてくれそうだからね。

 そうやって私が目を瞑っていると、、足音が遠ざかっていくのが分かる。二人が部屋を出て行っているのだろう。これで静かになる。

 

 それからしばらくして、また近づいてくる足音が耳に届いた。なんだろう、そう思っていると突然頭が持ち上げられた。その驚きに、反射的に目を開く。

 

「お起こししてしまいましたか、申し訳ございません」

「いや………」


 どうせ寝てなかったし。そう言おうとして、やめた。だって、言ったらセフィリアたちに伝わりそうじゃない? そうなるとどうなるか分からないため、その言葉は喉で留めた。

 その後、メイドさんはもう一度「申し訳ありません」と言って頭を上げる。そして下には氷枕がセッティングされた。気持ちいいー。


「冷たすぎませんか?」

「へーきですー。気持ちいいー」

 

 額にも濡れタオルと氷嚢が置かれたおかげで、上から下から冷気が伝わってきて気持ちよすぎる。

 

 

 そして私はまた目を瞑る。今度こそ眠れるように、今度こそ休めるように。しっかりと休んで熱を下げなくては、辛い状態が続いてしまう。それは、避けなくては。

 そうやって目を瞑って考え事をしていると、メイドさんが部屋を出る音が聞こえてきた。さて、これでしばらくはこの部屋は私一人ですね。誰も来ないでね、平和だから。

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間経ちました。―――眠れません。

 結局あれからずーっと寝付けず、目を瞑ったままで考え事をしておくにとどまった。まぁ、途中で医者が点滴を抜きに来たときや、メイドさんが氷枕とかを交換に来たときは全力で寝たフリをしたのだが。

 だが、結果は眠れないまま。眠る努力はしたのだが、結局無理だった。

 ので、諦めた。眠たくなるまで考え事をすることにしたよ。

 

 とりあえず、今の一番の考え事はやっぱり養子問題だね。養子か、後見かどちらを選ぶべきか。

 というか、私は第二の人生をしっかりとこの世界で送ることができるのだろうか。……あのクソボケ幻覚野郎の探し物が見つかった場合、その後私はどうなるのだろう。

 探し物が見つかれば、(探す人)は要らない。その状態で、あの初代国王サマは私をどうするつもりなのだろうか。

 その際、私はそのままこの世界で過ごしていけるのだろうか、それとも日本に戻されるのだろうか。それにもよるだろう。

 だって、見つけたあとに日本に返されるのならば後見人と言う形を取ったほうがいいだろうし、このままこの世界で生きて行くのならば養子と言う形を取らせてもらいたい。

 

 はっきりした答えを寄越せよ、クソボケ幻覚野郎。そう思いつつ小さく呟く。

 

「………あの、クソボケ幻覚野郎が」

「誰がクソボケ幻覚野郎なのかな?」


 その瞬間、耳元でそんな声が響いた。人、いたの? 全然分からなかったんだけど、気配なかったんだけど。

 っていうか、出て行ったんじゃなかったの? ―――セフィリア。

 

「ねぇ、アサヒ。寝てなさい、って言わなかったっけ?」

「え? あ、その……えーと………」


 セフィリア、その目怖い! すっごい怖い! 今のセフィリアはいい訳を一切許してくれなさそうな雰囲気だ!

 っていうか、寝ていなかったのが完全にバレてるみたいだね。そのせいもあるのか、セフィリアが途轍もなく怖いです、目に熱が感じられません。

 

「さて、お医者さんを呼ぼうか。ちゃんと、言っておいたよね?」

「えぇっ!?」


 うっわ、終わったー。これでそばに人がいるっていう最悪な空間が形成されるよ。

 大体さ、眠れなかったんだから仕方ないと思わない? 朝と昼に散々眠らされたんだから、寝ようとしたって寝れないじゃないか。必死で訴えてみたのだが効果はなく、セフィリアは 医者を呼ぶために一度部屋を出た。

 うぅ、最悪過ぎる。近くに人がいるのって、何をされるか分からないから嫌いなのに。セフィリアみたいに気配がないのなら気にならないからいいんだけど、気配あると気になって無理だよぅ。

 だが、問答無用だった。セフィリアが医者を引き連れて戻ってきた。そうやってやって来た医者は私を見てにっこりと微笑む。なんなんだよぅ。

 

「やはり無理をしましたか。予想通りというかなんと言うか」

 

 してないもん! って言うか、そういう予想をしてるな! 寝ないのは無理をするというのか!? 私、ちゃんとベッドで横になってたよ!? 起き上がってなかったよ!?

 つまり、私は無理はしてないよね? 約束破ってないよね? だから、医者が付いている必要はないよ!

 全力でセフィリアと医者に訴える。付いている必要はない。絶対ない。必要ない。

 

「さっきはその目に負けて許したけど、今回はダーメ」

「でも!!」

「でもも何もないでしょ。これは決定事項なの。じゃ、お願いします」

「分かりました、お嬢様」


 医者! アンタもそうやって返事するな! 分かりましたじゃないだろう、本人は心の底から嫌がってるんだぞ。

 って、医者に全てを任せて部屋を出ようとしないで、セフィリア! 医者! セフィリアを呼び止める私を押さえ込もうとするな!

 

「こら、暴れるとまた熱が上がりますから」

「なら止めないで! すぐ終わる!」


 セフィリアを呼び止めるだけなんだから、止めるな! って、もうセフィリアは出て行っちゃったよ………。

 あーもう、戦法を変えなくては。……うーむ、あぁ、この手はどうだろう。

 

「そばに人がいると眠れないんですけど……」


 直接訴えてみよう。それで何かしら変わらないかな。


「おっと、それは申し訳ない」


 医者はそう言って動き出す。効果あった!?

 

「このあたりなら大丈夫かな?」


 少し移動しただけだった。意味ねー。

 結局、どれだけ希っても無駄なんだね。医者は部屋を去ることはなく、せいぜい少し遠くに行った程度。これでは私が眠れるはずもない、と。

 と言うわけで、もう起きていよう。寝たふりくらいはするけれど、基本は起きていよう。ストライキだ!!

 そう思っていると、突然医者が近寄って来た。

 

「眠れないなら、薬を飲みなさい。飲めば眠れるから」

「は?」

「眠らないと熱は下がらないだろう? だから、少し無理やりだけど薬を飲んで寝なさい」

 

 薬、か。また薬か。でも、このまま眠れずに寝たフリでずっと過ごすよりはその方がいいのかな。そう思い、薬と水の入ったカップを受け取り、飲んだ。

 よし、これで少しすれば眠れるだろう。―――だから、離れててくださいね? 若しくは、セフィリアのように気配を消していてください。そうすれば気にならないから問題は無い。

 

 そう思っていると、頭が睡魔の来襲を告げた。うん、やっと眠れるね。だから、早く離れてね?

 直接そう言いたいのに、もう自分の意思では体が動かせない。体は完全に眠りの世界に旅立っているようだ。

 そして、今は何とか起きている頭も、少しずつ眠りの世界へと引き込まれていく。うん、抗わないよ。そうすれば、やっと眠れるんだから―――。

 

 

 

 そして朝、私はメイドさんに起こされた。うーん、結構ぐっすり寝たなぁ。

 

「おはようございます、アサヒ様。熱を測りますので、口を開けてください」


 ……起こされてすぐ、朝の挨拶を返す暇を与えずに体温計を口に入れるってどうなんですか? 朝の挨拶くらいはしたかったのですが。

 だが、にっこり微笑むメイドさんに勝てるはずもなく、熱を測り終えた後も文句は言えることはなく、ただ、朝の挨拶を返すにとどまった。

 あ、熱、何度になってた?

 

「三十八度五分、ですね。昨日よりは下がっていますが、まだ高いです。今日は食欲はおありですか?」

「全然ない」


 昨日は頑張って食べたけど、今日は頑張るつもりはないので、正直に答えておきます。昨日みたいに無理やり流し込むような方法を取って、また戻したくはないのでね。

 でも、食べずに眠るというのは医者が許さなかった。……一応、ずっとそばにいたようだ、大きな欠伸を零しながら注意をしてきた。

 

「少しくらいは摂取して、薬を飲んで寝なさい」


 そこまで言われなくても分かってるけどね。早く元気になるためには薬を飲んで寝るべし。薬を飲むためには少しでもいいから食事を摂るべし。

 というわけで、メイドさんからスプーンを受け取り、スープに目を向ける。昨日よりも少しあっさりした感じのスープだ。

 

 でも、やっぱり一口か二口で限界が来るんだよね。

 

「もうよろしいのですか?」

「うん。もう限界」

「でしたら………」


 はいはい、薬ですね分かります。

 というわけで、渡された薬を同じく渡された水で飲み込む。よし、後は寝るだけだ!

 

 

 

 

 

 そんな生活が数日間続きました。数日かけて、ようやく熱が下がり、私はベッドから解放されましたよ、長かったよ。

 

「熱は下がったからといって、無理はしないように。いいですね?」

「……分かってます」


 ベッドに逆戻りは心の底から遠慮します。セフィリアかユーリさん、若しくは医者に見張られて眠る生活はもうこりごりです。

 いやー、本当に一日中誰かがベッドのそばにいるのは何の拷問かと思ったよ。離れてくれるよう頼んでも離れてくれないし、セフィリアは冷たい目でけん制してくるし。

 

 でも、そのおかげで、考える時間はたくさんあった。だから、決めたよ。

 

「私は東条の名を捨てて、グラディウスの養子になります」


 体調が戻ってから初めてみんなが揃ったリビング。私はそこで、寝込んでいる間にずっと考え、決めたことを三人に告げていた。

 ちなみに、それを告げた瞬間にユーリさんに飛びつかれました。倒れるかと思ったけど、その心配は杞憂だった。だって、セフィリアが支えてくれたし。

 そしてそのセフィリアだが、いきなり私に飛びついたユーリさんに文句を言い、私をしっかりとソファーに座りなおさせてくれた。……ユーリさんが離れることはなかったが。

 

「本当にいいんだな?」

「はい。私が考えて決めたことです」


 私の今の年齢、そして今後のことを踏まえて決めた結果が、これだ。これで私は東条の名を失う。私と日本のつながりが、唯一残されていたつながりが消滅する。だけど、後悔はしていない。これでいいんだ。

 私は日本人ではなくなる。私は、シルヴァーナの人間となる。

 

「なら、私がこれ以上何か言うわけにもいかないだろうな。ならば、今日からアサヒ・グラディウスと言う名がアサヒ、お前の名になる。いいな?」

「はい」


 これで完全に確定された。私は東条の人間ではなくグラディウスの人間となった。……さよなら、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。朝陽は異世界で頑張って生きています。

 私が日本で死んだとき、あなたたちはどういう反応をしたのでしょう。葬儀は親戚だけで行ったのでしょうか。……そうでしょうね、私は学校に行っていないから友達なんていなかった、寂しかった。

 でも、それも既に過去だ。私は東条朝陽ではない、アサヒ・グラディウスだから。体も弱くないし、病気も何もない健康体だ。ねぇ、私は元気だから。だから―――心配しないで。

 

 

「陛下、今お時間大丈夫でしょうか」

『ん? どうしたセフィー』


 そんなことを考えていると、セフィリアが通信機を取り出して王様に連絡をし始めた。……王様と直接会話が可能な通信機……、って、いいのか?

 あー、でも、王様とセフィリアっていとこだし、それで………いいのか?

 

「アサヒが選びました」

『ほう。どっちを選んだんだ? 後見か?』

「いいえ、養子を選びました。アサヒは今日からグラディウスの人間となります」

『そうか。なら、祝いに私から名を送ろうか』


 王様はそう言って、一度話を切った。そしてその間にセフィリアは通信機を私のほうへ向ける。声がよく聞こえるように、だろうけど、何で?

 

『アサヒ・グラディウス。現国王セルドニアの名において名を授ける、今後、アサヒ・ウェルズ・グラディウスと名乗るがいい』

「へ?」

『と、堅苦しい言葉はここまでにして、と。どうだ? 気にいらないか?』

「いや、ウェルズって何?」


 セフィリアや王様たちの"フォン"って言うのと同じような物だって言うことは何となく分かるけど、どうしてわざわざ私の名前にもそういうのを入れようとしてるの? ……謎。

 

『ウェルズと言うのは、数代前の賢君と名高い王の愛称だよ。その名前がアサヒを守ってくれるように、名に入れたんだ。………いいでしょう? 叔父上、叔母上』

「勿体無きお言葉でございます」

「ありがとうございます、陛下」


 数代前の賢君の名前……。なんだか立派なものもらっちゃったよ。使うのも勿体無い気もするけど、なくなるものじゃないし、遠慮なく使われてもらおう。

 ―――アサヒ・ウェルズ・グラディウス。それが私の新しい名前、か。お父さん、お母さん、あなたの娘の名前は随分と長くなりました――。

 

『さて、では忙しいのでこれで。アサヒ、近いうちに会う機会を設けよう』


 そう言って王様は通信を終えた。……いやあの、別に会わなくてもいいんだけど、なんだろう? ひょっとして、王様も異世界のお話をお望み?

 そんなことを考えながらボーっとしていると、ユーリさんの私を抱く力が一気に強まった。……ちょ、痛い痛い痛い!!

 

「ユーリさん、……痛い……ですよ……」

「ユーリさん、じゃないでしょう? セフィリアみたいにお母様、って呼んで?


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