番外編・兄と弟
この日、トリスはとても困っていた。何故、こうなったのだろうか。トリスは自問自答する。
「トリス。グラディウス家の養子になった子は元気にしているかい?」
始まりは、長兄・サイキリースのこの一言だった。
「何故私に聞くんですか?兄上。あの子のことならセフィリアに聞いてください」
「おや?その子を見つけたのは、トリス、お前じゃなかったかな?」
サイキリースは面白そうに微笑みながら言う。トリスはその言葉に、一度止まった。
何処まで知っているのか。トリスはそこを疑問に思ったらしい。直接兄に問うた。
「兄上。何処までご存知なのですか?」
「私が知っているのは、お前がその子をアリステルの間諜と勘違いして首に剣を突き付け、怪我をさせた。そしてその後その子をセフィリアに預けた、と此処までだな」
………トリスは絶句した。何故、此処まで詳しく知っているのか。セルドニアもハリーも、セフィリアもそういう事は軽々しく話す人間ではないのにと。
その間もサイキリースは面白そうに微笑み続けている。トリスの返事を待っているようだ。
「トリス。女の子に傷を付けちゃダメだろう」
「………反省しています」
サイキリースは途中で待つのが面倒になったのか、自ら話を始める。が、もちろん話が変わることは無い。サイキリースの話のネタは、"アサヒ"だ。
トリスは溜息を吐いた。何故、軍の今日の予定を聞きに来た先でこうしてアサヒのことで根掘り葉掘り兄にいろいろと聞かれなければならないのかと。
トリスは元帥として、今日の軍の予定を大元帥である兄に聞きに来ただけのはずだった。それなのに、何故あ捕まり、アサヒのことを事細かく聞かれているのである。
「ほら、早く話しなさい、トリス。それとも、聞かれると困ることをしていたのかな?」
「そ、そんなことをするはずが無いでしょう!!」
サイキリースに言われ、トリスは顔を真っ赤にして否定する。曰く「子供に手を出すほど飢えてはいません!」とのこと。それを聞いたサイキリースは声を出して笑う。
トリス、君は永遠に兄には勝てない運命なんだよ。諦めたほうがいいと思う。そしてトリスは諦めたらしい。話を始めた。
「アサヒは今熱を出してダウンしていますよ。だから私は授業が出来ないので軍の方に顔を出しているんです」
ちなみに、これは雪が積もった後。アサヒが授業の後に知恵熱を出してダウンしたときの話である。アサヒが熱を出しているから授業をすることが出来ないトリスは軍に顔を出すために軍の予定を上司である兄に聞きに来ていたのだ。
「熱を出したのか。大丈夫なのかな?」
「大丈夫でしょう。アサヒの側にはセフィリアもいますし、叔母上もいらっしゃいますから」
トリスが言うと、漸くサイキリースは納得したらしい。彼らは叔母が出てくれば勝てない運命にあるようだ。つまり、最強はトリスでもなくサイキリースでもなく、ユヴェールなのである。
「気になるのなら見舞いに行ってみては如何です?」
「いや。いきなり知らないおじさんが来ても驚くだろう。遠慮しておく」
気になったらしいトリスがいっそ見舞いに行ってはどうかと告げる。それにサイキリースはある言葉を発した。
"おじさん"。………確かにおじさんか。サイキリースはハリーと四歳年が離れている。そのハリーはトリスの五歳上。つまり、サイキリースとトリスは九歳年が離れていることになる。そして、アサヒはトリスの一二歳下。サイキリースとは二十一歳離れていることになる。そこまで離れていればおじさんと言っても何の違和感も無いだろう。
だが、あまり考えたくは無い言葉だ。おじさん。………おじさん。人間と言うものは一体いくつからおじさん、おばさんと呼んでも違和感が無くなるのだろうか。
そしてトリスは結局この日一日をサイキリースに奪われ、アサヒの話をさせられたのであった。軍に顔を出そうと思っていたのも結局出せぬまま、この日を終えたのであった。
後日。
「トリス。やっぱり私もグラディウスの養子に会ってみたいな」
「しばらくは無理ですよ。あの子の傷がもう少し癒えてからでなくては」
「何!?どうしたんだ?怪我したのか?」
サイキリースはアサヒが異界に入り込んで大火傷を負って痛みに苦しんでいることに会いたいと言い出した。タイミングの悪い。アサヒがちょっとした動きですら痛みに襲われる状況で、会わせるわけにも行かないでしょう。
そしてトリスがアサヒに会いに行った日、トリスは兄の都合もよければ誘おうと思っていたのだが、この日は丁度はずせない用事があったらしい。会いに行くことは叶わなかった。
それからしばらくサイキリースは忙しい日々が続いた。そして忙しい時期も終わり、漸くサイキリースの日程にも余裕が出来たとき、アサヒは家を出た。
「私はとことん運が悪いらしい」
「……………そうですね」
トリスはしばらく考えたものの、否定できる内容が考え付かなかったらしい。肯定した。まぁ、確かにそうだろう。最初のときは熱を出していて会うことが出来ず、二度目は自分の都合で会うことが叶わない。そしてその自分の都合が何とかなると思ったら今度はアサヒが家出した。
そしてそのアサヒを連れ帰ってきたかと思うと今度はアサヒの精神状態が危険で会わないほうがいいという判断を下すことになった。とことん運が悪い。
そしてまた後日。今度はアサヒは彼の実弟たちと共に初代国王陛下のピアスを探すために異界へと旅立った。
アサヒは、そこで果てた。正確には自分のいた世界に戻ったのだが、サイキリースたちのような実際にかかわっていない人間からすれば果てたも同然だろう。
「結局、私はその子に会うことは叶わなかったな」
「兄上………」
「会って、みたかったよ、その子に」
アサヒが日本へ帰った後、サイキリースはトリスにそう告げる。その声は、とても悲しかった。でも、大丈夫。また会える。トリスはそう告げた。
「初代国王陛下がアサヒをこの世界に転生させてくださいますから」
初代国王陛下は、アサヒと約束をした。記憶を保持して転生をさせると。だから、またいずれ会える。トリスは兄にそう言って、兄を安心させるのであった。