此処が目的地ですか?
嫌な、感じ。嫌な気配。あの火傷を負った日、シルヴァーナで、シルヴァニオンで感じたあの気配と同じ。つまり、此処には異界がある。初代国王の魔力の込められたピアスが隠された、異界。
私はトリス兄様を見る。目で此処に異界があることを伝える。するとトリス兄様は一人、前進する。そして私やセフィリアの前にはハリー兄様とクウィンが私たちを守るように立っていた。
「ファイアリー」
兄様は魔法で炎を広範囲に発生させ、異界の入り口を探す。そして一部、感じが変わった。空間が歪んでいる。つまり、其処には異界があるということだ。其処に、初代国王のピアスがある。それを見つければ、私の使命は終わる。
私たちは、一歩ずつ、その歪んだ空間に近寄っていった。そしてまずは私が手を伸ばす。歪んだ空間は苦もなく伸ばされた私の手を受け入れた。それにトリス兄様、セフィリア、クウィン、ハリー兄様の順に続く。私たちは、完全に異界に足を踏み入れた。
「これが、異界」
「何というか、普通に城ですね」
そう。この異界の見た目は、城。作った人間がそれをイメージしていたのだろう。異界は創造主のイメージで外見を変えるから。私たちはその城の中を歩き回る。そして、気が付いた。これは、見覚えのある城だと。それに気付いたハリー兄様は呟き、トリス兄様がそれに続いた。
「これは……」
「ええ。ここは、シルヴァーナの王城です」
シルヴァーナの王城。作った人間は何を考えて他国の王城の形に作ったのだろうか。だが、それならピアスが隠されていそうな場所は予想が着くだろう。実際その通りのようで、兄様たちはどんどんと進んでいく。向かった先は宝物庫らしい。そして、その宝物庫の前に人がいることに気が付いた。あれは。
「漸く来たか、我が子孫たちよ」
「初代……国王陛下……?」
初代国王。どうしてあなたがここにいる。私にピアスを探せと言った本人が、どうしてこんなところにいるんだ。ふざけるな。私は初代国王に向かって魔法を放つ。水でレーザーを形取り、初代国王へ向けて発射した。
「何をする、アサヒ。いけない子だ」
「ふざけるな!わざわざ私を召喚しておいて、自分が目的地にいるだなんて!」
私は全身に怒りを込めて叫ぶ。それを聞いた初代国王から返ってきた返事は意外なものだった。
「私はお前が言う初代国王であって初代国王ではない。敢えて言うならば、闇の初代国王だ」
初代国王はそう言うと同時に炎をこちらに飛ばしてくる。それを見たハリー兄様が咄嗟に土で壁を作り、炎を防いだ。その土に私が召喚した水をかけて完全に炎に負けないようにする。そして私はそれと同時に初代国王の上で雨を降らせた。
「おやおや、気持ちがいいね」
初代国王は言う。が、気持ちよくなるのは今からだよ、闇の初代国王陛下。私は雨に濡れた初代国王の上に雷雲を召喚する。そして、落雷させた。初代国王に一直線に。濡れているからよく感電するだろう。満足。すっきりした。
「ちょっと痛かったよ。いけない子にはお仕置きをしなくてはね」
そう思っていると、声が聞こえた。初代国王の声。それと同時に私の上に雷雲が巻き起こる。まさか。…予想通りだった。私の上に巻き起こった雷雲は雷を私に落とす。水を召喚するときに濡れていた手が感電している。痺れる。
それを見たクウィンが私の元に飛んでくる。触るな、お前まで感電する。私は被害者は増やしたくない。その気持ちが伝わったのか、クウィンは触れる前で止まった。でも、声をかけることは止めなかった。
「アサヒ様!!」
「うああぁぁあぁあぁ!!!」
「痛いだろう?私も痛かったんだよ」
耐え切れなくなり、私は悲鳴を上げる。悲鳴と言うよりは叫び声だが。そんな私に初代国王は雷を止めることなくにっこりと微笑みながら言う。今更ながら、奴が闇だと言った理由が分かった。普通なら此処までやれば雷雲を消すだろう。だが、奴は消さない。それどころか楽しんでいる。危険だ。
雷は容赦なく私の体に落ち続ける。そろそろ気を失いそうでやばい。そう思っているといきなり落ちる雷が消える。見てみると、トリス兄様が闇の初代国王に魔法を放っていた。それで気を逸らしたらしい。
「アサヒ、大丈夫!?」
私に落ちる雷が消えるとすぐにセフィリアが駆けつける。そして治癒魔法をかけてくれる。それで体がかなり楽になった。さて、もう一度あいつに攻撃をかましますか。さっきの仕返しも兼ねて、ね。
「ハリー兄様、セフィリアを守っていて」
「アサヒ、死ぬなよ」
私は戦闘能力の無い、防御能力の高いハリー兄様にセフィリアを頼む。ハリー兄様はそんな私に淡く微笑みかけ、死ぬなと言ってきた。うん、死なないよ。死なないから。兄様たちも、死なないで。そう願いながら私は闇の初代国王へ向かって突っ込む。それと同時に、初代国王に斬りかかっていたトリス兄様が吹き飛ばされた。クウィンが咄嗟に飛ばされた兄様を支える。
「お仕置きだよ、トリス。反省しなさい」
初代国王はそう言いながら吹き飛ばされた兄様目掛けて炎を放つ。危ない。このままでは兄様のみならずクウィンまで被害に遭う。
「シールド!」
私は叫ぶ。叫びながら盾の召喚のための呪文を唱えた。近距離ならば詠唱破棄が出来るのだが、兄様たちの居場所は、私から見て遠すぎた。間に合って、お願いだから。
炎が弾ける音が聞こえる。……間に合ったのか。見てみれば、兄様が体を起こそうとしていた。よかった。
そう思っていると、背後に嫌な気配を感じた。冷たい空気。おぞましい。
「何故、お仕置きの邪魔をした?アサヒ、君は落雷だけじゃお仕置きが足らなかったみたいだね」
いつの間に私の背後に移動したんだ、初代国王。私は咄嗟に盾を召喚したのだが、間に合わなかった。初代国王の攻撃のほうが早い。私はカマイタチを含んだ風に吹き飛ばされた。何ヶ所かはカマイタチで切られたらしい。服に血が滲んでいた。
「アサヒ!!」
それを見たセフィリアが私の元へ駆けてくる。初代国王はそのセフィリアにもカマイタチを放った。私は急いで広範囲で盾を召喚する。これでセフィリアは守れるはずだ。守られたセフィリアは急いで私の怪我を治す。
そしてそれを止めようと、剣を持った兄様とクウィンが初代国王に斬りかかる。初代国王はそれを、盾を召喚して止めていた。
「君たちは反省しないね。一度死にかければ反省するのかな?」
初代国王はそう言って嫌な笑みを浮かべる。その笑みは危ない。盾を召喚しなくては。でも、詠唱していれば間に合わない。だが、あの位置で詠唱破棄など不可能だ。
そう思っている間に初代国王は巨大な炎の玉を召喚し、それを兄様たちに放つ。止めて。間に合わない。誰か、兄様たちを助けて。
炎は兄様たち目掛けて一直線に進む。が、途中で何かに弾かれた。それは、ハリー兄様の操る土だった。
「私の存在を忘れてもらっては困りますよ、初代国王陛下」
「ふむ、ハリーロンド。そういえばお前もいたな。……まぁいい。纏めてお仕置きだ」
初代国王がそう言った瞬間、空気が変わった。さっきも感じたおぞましい感じ。今回はそれが更に激しくなった。恐怖で体が震える。怖い。怖いよ。
だが、それは私だけではないらしい。ハリー兄様も、トリス兄様も、セフィリアも、クウィンもみんな怯えていた。だって、これは邪悪。闇。だからこそ、怖いんだ。
「さて、お仕置きを始めようか」
その瞬間、私たちの周りに炎が円を描いて上がる。逃げ場所が無くなった。これで、私たちは闇の初代国王と完全に対面することになる。
ちなみに、炎を操るトリス兄様はこの炎を何とかしようと足掻いていた。だが、無理だろう。何せ、相手は闇とは言えども初代国王。魔力の量、質では絶対的に敵う相手ではない。だから、私は水を召喚する。大量の、水。私たちが溺れてもかまわない。とにかく、火を消したかった。
水は私たちの周りに集中豪雨となって降り注いだ。雨が当たる肌が痛い。私はみんなを覆うように盾を召喚した。雨が当たって痛くないように。とにかく、初代国王にだけダメージを与えられるように。それなのに。それなのに、どうして初代国王は平気そうな顔をしている?どうして軽い口を叩ける。
「痛いなぁ、この雨は。でも、このくらいじゃこの火は消せないよ」
言われて周りを見る。燃え盛る火の上に降り注ぐ雨は、火の元についた瞬間に温度が上がり、蒸発していた。火の温度はどれだけ高いんだ。これでは、生半可な方法では火を消すことが出来ない。……どうすればいい。そう思っていると、クウィンが私の盾から抜け出した。そして、初代国王に突っ込む。
「クウィン!!」
何やってるんだ、この馬鹿!突っ込んだクウィンは初代国王に簡単にいなされ、吹き飛ばされた。その時に自分が持っていた剣で自分を傷つけたらしい。少し怪我をしていた。セフィリアはそんなクウィンに近寄り、治癒魔法を当てる。
「クウィン、しばらく休んでて」
私は盾を残したまま、初代国王の元へ進む。そして、実験をした。盾を複数枚同時に召喚することが出来るか。盾を残したまま新たに盾を召喚できるか。私は剣を召喚して、盾の召喚を願った。
初代国王はゆっくりと近寄る私に手をかざす。さて、何の魔法を放ってくるのでしょう。初代国王のかざされた手に徐々に光が溜まる。レーザー砲かよ。面倒な。盾の召喚を急ぐ。そして、初代国王からレーザー砲が発射された。その瞬間、盾が召喚された気配が分かる。これで、大丈夫だ。私は初代国王目掛けて剣を振り下ろした。剣は、初代国王の肩に刺さる。が、あまり傷は付かなかったらしい。平気そうだった。だが、心の中はそうではなかったらしい。
「おやおや、まさか傷を付けられるとは思っていなかったよ」
初代国王はあの怖い笑みを崩さずに言った。そして、笑みを消して、続ける。
「……もう少しきついお仕置きが必要のようだ」
刹那。そうとしか表現できない。気が付いたら私の肩には大きな切り傷が出来ていた。何をした。何も、感じなかった。魔法を使った気配も、武器を持っている気配も無い。どうやって、この傷を付けた。
肩の傷から血がどんどんと流れる。痛い。それを見たセフィリアが私の肩の傷を治すために近寄ろうとするが、初代国王がそれの邪魔をする。体に力が入らない。兄様たちが私の治療のために初代国王の気を逸らそうと攻撃を仕掛けるが、初代国王はそれを交わしながらもセフィリアの接近を防いだ。
血が流れすぎている。視界が歪む。どうすればいい。どうすれば、みんなを守れる?どうすれば、初代国王のピアスを持って現世に帰れる?どう、すればいいの。
『私を呼べ』
何か、聞こえた。気のせいだろうか。あの声は初代国王のような気もする。でも、気のせいだろう。
『気のせいではない。呼べ』
気のせいではないのか。でもね、呼べるわけ無いでしょう。無理やり呼ばれたら魔力が少なくなっちゃうんだろう?その状態で、無理をさせたくは無いよ。
『大丈夫だ。呼べ。私が最初に教えたあの呪文を唱えろ』
大丈夫、なんだね。そうすればみんなを守れる。みんなと一緒に帰れる。それに、これ以上何かを考えるのは無理そうだ。だから、唱えるよ。あの、呪文を。
「ラ・リブラ・ド・シルヴァンス」
私が唱えると、今回は風は起こらなかった。代わりに目の前に初代国王が立っているだけ。初代国王は淡く微笑みながらまずは私の肩の傷に治癒魔法をかける。傷は少しずつ塞がっていった。しばらくして大体傷は塞がったが、まだ血が足りない。ふらふらする。
そして、その傷を治した初代国王はというと、闇の初代国王と対峙していた。睨みあっている。
「久しぶりだな、光の私」
「そうだね、私の闇」
二人はそうやって言葉を交わすと同時に互いに魔法攻撃を仕掛けた。闇の初代国王は炎、光の初代国王は水。
「アサヒ様、大丈夫ですか?」
「クウィン。…うん、初代国王が治してくれたから」
そしてその間にクウィンは私の側に来て、私を安全な場所へと移動させる。私のいた場所は初代国王の側で、いつ二人のバトルのとばっちりが来てもおかしくなかったからだ。それに、私は血を流しすぎていたせいで、自力で動くことも億劫だった。
そして安全な場所に避難すると、其処には初代国王たち以外全員が揃っている。連れてこられた私を見てセフィリアがまず声をかけてきた。
「アサヒ、傷は大丈夫?」
「ふらふらするだけ。他は平気」
セフィリアの質問に私は淡く微笑みながら答える。それでセフィリアは安心したのか、傷に関しては何も言わなかった。
それから私たちは揃って初代国王同士の勝負の行方を観覧する。下手に手を出したら私たちが被害を喰いそうなので手を出せない。だから、黙ってみているだけだった。が、突然光の初代国王が叫ぶ。
「こいつは私が止めておく!お前たちは私のピアスを探しに行け!」
初代国王のピアス。そうだよ、私たちの目的はそれだ。私は宝物庫の入り口へ駆ける。いや、駆けたかったのだが血が足りないせいで出来なかった。走り出そうとした瞬間に体がふらついた。それを見たクウィンが私をおぶる。
「アサヒ様、行きましょう」
「よし、行くぞ」
そして私たちは宝物庫へと突っ込んだ。そんな私たちに闇の初代国王は魔法を放ってきたようだが、それは光の初代国王が止めたらしい。何も、衝撃すらも無かった。
宝物庫に入ると、そこいらにいろいろな宝物が見える。宝物庫なのだから当たり前なのだろうが、ここまであると圧巻だ。そうしてひとしきり眺めた後、クウィンは私を下ろす。そして近くにあった椅子に座らせられた。
「アサヒ、君は休んでいろ」
そして、ハリー兄様にそう言われた。まぁ、確かにまだふらつくけど、どうせなら最後までやりたい。私も探す。そう言ったのだが、貧血を甘く見るなと返されて、私は結局椅子に座って待機しておくことになった。私の分はクウィンが余計に働くらしい。つまんない。
ハリー兄様はいろいろなものを見ては「あーでもない」「こーでもない」と呟いている。……兄様怖い。トリス兄様はのんびりと自分のペースで探していた。そしてセフィリアは捜索隊には加わらず、私の側にいる。話し相手らしい。
「アサヒ、この件が終わったらどうする?仕事、決めなきゃね」
「うわー、考えたくない」
私は自由人でいたいです。お仕事嫌いです。のんびりしていたいです。というか、今いきなり言われても考えられるわけが無いじゃないか。もともと私は世界…………っていうか、社会を知らないから。この世界に来て、一度家を出て少しは社会を知ったとは思うけれど、まだ十分ではないだろう。私は、無知だ。
「これからも勉強を続けて、決めなさいね?」
「…うん」
あー、考えたくない。働くなんて考えたことも無かった。日本にいるときはどういう仕事があるのかすらよく理解していなかったし、実際、お父さんたちがどういう仕事をしていたのかなんてこと、知らないんだ。興味が無かったから。教えてくれなかったから。
お兄ちゃんたちは将来医者になりたいって言ってたからそれは知っているけど、お父さんは知らない。うちは日本では結構裕福な部類に入ったらしいのだが、一体何の仕事であんなに稼いでいたんだろう。謎だ。
そしてそうやって話しているときに、クウィンが何かを持って走ってくる。それが、私たちの探していた物。初代国王の、ピアスか。
「アサヒ様、急いで初代国王陛下の元へ戻りましょう!!」
「うん!行こう」
私たちは急いで初代国王の元へ戻る。ちなみに、今回はトリス兄様が私を背負ってくれた。しばらく休んだから大丈夫だと思っていたのだが、いざ走り出そうとしたらふらついた。それを見た兄様が背負ってくれたのだ。ありがとう、兄様。
そして私たちが初代国王の元へ戻ると、勝負は拮抗していた。互いの力量が大体同じなのだろう。だから、決着が付かない。つまり、この状態で光の初代国王にピアスを渡せば、光は闇に勝つと言うことだ。
「初代国王陛下!お探しのものを見つけました!!」
ハリー兄様が叫ぶ。すると、初代国王は盾を張って、私たちの元へやってきた。そして、ピアスを受け取る。―――雰囲気がガラっと変わった。魔力が溢れ出している。怖い。怖いよ。初代国王が、とても怖い。
気が付くと、私はトリス兄様の背中で震えていた。圧倒的な恐怖。それを感じたのは私だけではない。私を背負うトリス兄様も、ピアスの発見を知らせたハリー兄様も、実際にピアスを渡したクウィンも、セフィリアも、みんな恐怖を感じていたようだ。
「ふむ。これぞ、私の探していたものだ。力が漲る」
初代国王はそう言って魔法を放つ。それは、巨大な炎と水が渦を巻いているもの。何を使って防げばいいのか分からないもの。いや、最早あの大きさでは絶対に防げまい。あれは、大きすぎる。
防ぐことが出来ず初代国王の魔法攻撃を直で喰らった闇の初代国王は、魔法によって生じた水蒸気が消えると共に姿を消していた。………蒸発、したのだろうか。それとも自ら逃げたのだろうか。どちらだろう。だが、気にしないほうがよさそうだ。
そして闇の初代国王を倒した初代国王は私たちの元へやってきた。…嫌だ、来ないで。怖い。怖いんだ。私たちは一様にそう考える。すると、初代国王から溢れ出していた魔力が姿を消した。それから私の横へやって来る。
「アサヒ、お前に一つ問おう。お前はこれから何を望む?」
………その質問は一体何?これから何を望むかって、それは平和な生活じゃないのか?今度こそ、この世界を満喫する。それが、私の望みだ。私が初代国王にそう返すと、初代国王は笑みを浮かべる。その笑みは、凶悪的な笑み。危険だ。こいつは何を考えている。
そして初代国王はその笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「それは、無理だな。お前は日本に返さなくてはならない」
「どうしてですか!?初代国王陛下」
初代国王が言うと、すぐにセフィリアが問う。私も、聞きたいよ。どうして。やっと、何も考えず純粋にこの世界を楽しめると思ったのに。それなのに、どうして今更日本に返すって言うの?日本では、私は死んでいるのに。
「お前は死んでいないよ。だから、これ以上此処に留めておけない」
「は?」
…えっと、何て言った?死んで、ない?つまりは生きていると?それならどうして。私は静かに初代国王に問う。
「お父さんやお母さん、お兄ちゃんたちは泣いていたのさ」
「お前が意識不明の重体のまま死ぬ可能性が高いと医者に宣告されていたからだ」
「それで、どうして医者は何もしてなかったの」
「あれ以上施す治療が無かったからだ」
私は、死んでいない。生きていた。ただ、意識不明の重体であっただけ。でも、それは生きているとは言えるのかどうか微妙だ。でも、心臓は動いている。動かされている。だから、生きてる、
でも、こっちの世界のほうが、私は生きているっていう気分が強い。だから、返りたくないよ。帰りたく、ない。
「初代国王、私は帰りたくないよ」
「無理だ。このままにしていればお前はいずれ消える。魂ごとな。そうすれば転生も叶わない」
消える。消えちゃうんだ。私がこのままこの世界にいれば、消える。でも、日本に戻ってどうするの?私は、生きられるの?生きられないのなら戻っても意味は無いだろう。どうすればいいのさ。
そう思っていると、初代国王が私の頭を撫でる。そして撫でながら口を開いた。
「だから、約束しよう。お前が死んだらこの世界に転生させてやる。記憶を保持した状態で転生をさせてやろう」
「この世界に転生……出来るの?」
「約束する」
そっか。また、戻ってこれるんだね。なら、返ろうかな。一度、返ろう。また、戻ってくるから。だから、今はサヨナラ。
「セフィリア、ハリー兄様、トリス兄様、クウィン。今までありがとう。また、会おうね。王様たちにもそう伝えててよ」
私が言うと、すぐにセフィリアの目には涙が溜まる。泣かないで、セフィリア。私は戻ってくるよ。また、会えるから。少しの間会えないだけだよ。だから、泣かないでよ、セフィリア。そんな顔見たくない。
そしてトリス兄様とハリー兄様は、涙は流さないものの、悲しそうな顔をしている。そんな顔も見たくは無いよ、兄様たち。クウィン、君もね。今にも泣き出しそうな顔をしないでほしい。君たちのそんな顔を見るのは辛いんだ。だから、さ。
「笑って。笑って、サヨナラしよう」
私は言う。脳裏にセフィリアたちの笑顔を残しておきたいから。だから、笑って。すると、セフィリアは泣きながらも笑みを見せてくれた。兄様たちも笑ってくれる。ありがとう。もう十分だ。
「さて、じゃあお前を今から日本へ戻る。いいな?」
「うん」
私がそう答えると同時に私の視界は闇に染まった。漆黒の闇。何処を見渡しても光は一筋も見えない。とにかく暗い。私はこの状態でどうすればいいのだろう。そう思っていると、光が見えた。光は、どんどん大きくなる。
光の先から声が聞こえてきた。この声は、誰?聞き覚えのある声。でも、兄様たちじゃない。これは、誰だ。
「朝陽!」
名前を呼ばれた。そうだよ。この声は。私はゆっくりと目を開いた。目の前にいたのはやっぱりお兄ちゃんだった。横にはお姉ちゃんもいた。二人とも私を見下ろしている。私はそんな二人に声をかけた。声が出しにくい。でも、頑張って声を出す。
「お………にいちゃ……」
「朝陽!先生!朝陽が目を覚ました!!」
「え?朝陽?私が分かる?」
「おねえ……ちゃん……」
……生きてる。生きていた。でも、苦しいよ。息が苦しいんだ。お願いだから何とかしてよ。苦しい。酸素吸入の機械が付いているのか、シューシューと音が聞こえる。心臓の動きを見るための機械が付いているのか、ピッピッピッっと言う音が定期的に聞こえている。
………そうか。分かった。――――――私はここで死ぬのか。
そう言えば、初代国王が意識不明の重体だったって言ってたっけ。それで私が意識を取り戻したこと自体奇跡か。でも、これ以上は生きられない。いくらなんでも無理だろう。
今度こそ、死ぬんだ。そして、生まれ変わる。今度こそあの世界へ。セフィリア、お母様、お父様、王様。また、戻ってくるよ。
◇◆◇
数年後。シルヴァーナ王城。
「陛下。そんなに焦られても子供はそう簡単には生まれませんよ」
「分かっている。分かっているのだが………」
暗い。暗いよ。その中で王様の声が聞こえる。どういうことなのだろう。
「ほぎゃあ。ほぎゃあ」
「陛下。元気な王女です」
声が、聞こえる。赤子の声。王様の子供か。
…………違う。私が泣いている。どういうことだ。私は目を開ける。目を開けた先にいたのは―――セフィリアと王様。
王様はセフィリアに「お疲れ様」と声をかけ、セフィリアと共に私を見る。
「黒い髪と黒い目………」
「そうか。そういうことか」
二人は私を見て何かを言う。その顔は笑顔だ。そして、言った。
『お帰り、アサヒ』
―ただいま、セフィリア、王様。やっと帰ってこれたよ。
一応これで完結です。
後からアサヒの転生後の話を別の小説として出そうと思います。
なお、気が向いたらこの話の番外編も書いていこうと考えています。
読んでくださると嬉しいです。