まだ続くんですか?
漆黒の闇。ここは本当に真っ暗で。
そして、ここには私たち以外、誰一人存在していなくて。
そして、ここには私たち以外、何も存在していなくて。
そんな状況で、初代国王が静かに口を開いた。
「何故、あんなことをした」
「日本に帰れないから」
これ以上、日本の思い出を失いたくない。だから。このままこの世界に行き続けていれば、覚えておきたいと思っていることも、何もかも忘れてしまう。お兄ちゃんとの思い出、お姉ちゃんとの思い出、お父さん、お母さんとの思い出。
何もかも、忘れたくなかった。覚えていたかった。それなのに、忘れていく。……これ以上、忘れたくないんだ。
「だから、あんな馬鹿な真似をしたのか?」
「馬鹿な真似とはなんだ。私は、本気で死を望んで、実行した」
「それが馬鹿な真似と言うんだろう」
違うよ、違う。あれは、全然馬鹿な真似なんかじゃない。私は、既に故人なんだ。私がここにいる時点で、私は輪廻の輪から外れちゃってる。それを、戻さなくちゃ。
私は、この世界に来た時点で、輪廻の輪から離脱してしまった。だから、戻らなくちゃいけなかった。私の自殺の理由は、それで十分でしょう?
「お前は、今、生きているだろう」
「この世界では、でしょう。日本ではとっくに死んでるよ」
「この世界でも何でも、生きていることに違いはなかろう」
生きてる? ……死んだだろ、この世界でも。真っ赤な血を見た。吹き出る大量の血を見た。あれなら、出血多量、若しくは失血性ショックで死んでいるはずだ。
「お前は生きているよ。大体、我が子孫が、お前が死に逝くのを、ただただ見守っていると思うか? 死なせると思うか?」
「………思わない」
確かに、思えない。あのセフィリアが、私をそう簡単に死なせてくれるとも思えない。しかも、セフィリアには治癒魔術あるしね。
………やっと、楽になれると思ったのに。楽しさと、失うことの辛さに挟まれて苦しむことがなくなると、やっと開放されると思ったのに。
ねぇ、どうして死なせてくれないの? どうして楽にしてくれないの?
――――どうして、安寧の死を、与えてくれないの?
「私にとっては、皆が私の可愛い子。死んで欲しくない」
「それは、あなたのエゴでしょう」
「お前が死にたいと願うのも、お前のエゴだ、そうだろう?」
……確かに、そうかもしれない。でも、死んだはずの人間が生きているほうが、もっと問題だよ。だから、死なせて。このまま、永遠の眠りにつかせて。
―――楽に、させて。
「ダメだ。お前は、生きるんだ」
そう思った矢先に、初代国王は私を突き落とすような言葉を放つ。ねぇ、生きてどうしろと言うの? 新しい思い出を作らず、過去に固執すればいいの? それとも、新しい思い出で過去を全て消して、悲しめばいいの?
ねぇ、あなたは私に、どちらを求めているの? 私は、どっちも選びたくないから死を選んだ。
それなのに、どうしてあなたは、私をまた苦しみの中に投下するの―――?
*****
目を開けて、まず感じるものは光。眩しい光。―――私の望まない、生。私は死を選んだはずなのに、初代国王にそれを奪われた。生を与えられた。
「アサヒ!?」
のろのろと目を開くと、すぐに驚きと喜びのこもった声音で名を呼ばれた。呼んだのはセフィリアのようだ。そして、ゆっくりとあたりを見渡すと、そのそばにはユーリさんもいて、二人とも泣いていた。
ねぇ、二人とも、どうして泣くの? 泣きたいのは私だよ。死にたかったのに、死ねなかった。自分で望んで、この首に刃物を埋めたはずなのに、生かされた。
そう思いつつ、私は無表情のままで、泣き続ける二人を見つめていた。
そうやってしばらくすると、涙を拭ったセフィリアがこちらを見て微笑んだ。何。何か言いたいことがあるなら早く言ってよ。
「あなたが目を覚ましてくれて、本当によかった……」
「………………」
何が、よかったなの? 私は、目を覚ます予定なんてなかった。私の最期は、アレで十分だった。なのに、私は生きている。それを最悪といわずして何と況や、だよ。
そう思いつつ、ゆっくりと首に手を伸ばす。その手の触れた感覚的に、首にはしっかりと包帯が巻かれているのだろう。同時に左手首を見てみると、そこにもしっかりと包帯が巻かれていた。
それを見つつ、私はまた、ナイフを召喚した。一度召喚に成功していたからか、今度は、あまり念じずとも手にナイフが現れる。
そして、その召喚されたナイフで、私は左手首に巻かれた包帯を切り裂いた。傷口が顕になる。
「……っ! 何、してるのアサヒっ!!」
まだ泣いていたセフィリアが、私の行動に気づき、私の手からナイフを奪い取った。……大丈夫だよ、今は。今はただ、傷を見たいだけだから。新しい傷をつけるつもりはないから。
そう思いつつも左手首の傷を眺める。傷は、まだまったく塞がっておらず、少し無理をさせればまた血が流れ出しそうだった。
セフィリアはそんな私の左腕を掴み、傷に何かをしみ込ませた脱脂綿を当てる。……におい的に、消毒液だろうね。そしてそれが終わると、また新たな包帯が巻かれた。
「アサヒ、もう二度と、こんなことはしないでね」
そうしていると、ユーリさんが口を開いた。でも、無理だよ。私は死にたいんだ。とても、とっても死にたいんだよ。そのためなら、何度でも首を切り、手首を切るさ。
――帰りたい、日本へ。大好きな、家族の元へ。
もう、十分に自由は満喫したよ。死ぬのにも、未練がないんだ。だから、逝かせてよ。
「もう、嫌だ」
私は呟いた。静かに、だが、はっきりと。もう、嫌なんだ、思い出を失うことが。これ以上、忘れたくないんだよ。
「この世界は、楽しすぎる」
楽しすぎる、だから、そんな自分を止められない。新たに記憶し、昔の記憶を消し去っていく。……日本の思い出が、どんどんと塗り替えられていく。
それから、逃げてしまいたかった。これ以上、その複雑な感情に悩まされたくなかったから、死を選んだ。それなのに、それなのに。
「どうして、生きてるのさ、ホントに」
死んでしまいたかった。苦しみから解放されたかった。ただの逃避行動だということは分かっているが、それでも、逃げたかったんだ。
そう思っていると、突如、パシッという音が耳に届く。それと同時に、頬にぴりぴりした痛みが走る。………ああ、セフィリアにぶたれたのか。
鈍い痛みの中で、それでも表情を変えず、冷静に考えられる自分がいる。が、それもどうでもいい。
そして、私の頬をぶったセフィリアは、私の顔を掴み、無理やり自分のほうを向かせる。……自動的に目があった。そして、セフィリアが口を開く。
「アサヒ、まずは死ぬことを諦めなさい」
「……………」
「あなた、今いくつだと思ってるの? 十八よ? たったの十八年で、全てを捨てようとしないで。あなたには、まだ未来があるんだから」
きれいごとだよ、そんなの。私は、もう未来なんていらない、必要ない。だって、自分で未来を壊すんだから。日本の私の未来は、先天性の病気に壊された。そして、この世界の私の未来は、自ら破壊する。必要、ない。
「ねぇ、何が、あなたをそこまで追い込むの? それは、私たちが何とかできないこと?」
「…………無理だよ」
小さく呟いた。セフィリアたちに、聞こえるか聞こえないか、微妙な声量で。
だって、鍵となるのは、私の思い出。セフィリアはおろか、この世界の人たちは、誰も知りえない私の日本の思い出。大事な、大切な思い出。
忘れたくない。忘れていることを、忘れたくない。だから、死を選んだ。
それしか、選ぶものがなかった。この世界に生きていれば、日本の思い出を失くし、日本に戻れば楽しさを失くす。その中で、私は思い出を摂ったんだ。
だって、もう十分に楽しんだ。これ以上忘れないためにも、私は死を選んだ。日本へ帰りたかった。たとえ、誰とも会話が出来なくても、日本にいるというだけで、よかったんだ。
ねぇ、日本にいる八百万の神様、お願いだから私に安息の地をください、楽にしてください。黄泉津大神様、もう、いいでしょう?
「ねぇ、アサヒ? どうして、命を粗末にするの?
次に口を開いたのは、ユーリさんだった。ねぇ、ユーリさん、あなたの言ってることは間違ってるよ。私は、命は粗末にしていない。ただ、あるべき未来に戻そうとしているだけだ。だって、私は死んでる、だから合ってるよね。
私は、死んだ。だから、今度こそ未来を正すよ。今回は、セフィリアがすぐに北から失敗したけれど、次は、セフィリアの手の出せない場所でする予定だから、失敗しないだろう。
今度こそ死ななくちゃ。早く、未来を正さなくては、ゆがみが大きくなってしまう。だから。
「私は、生きていてはいけない」
「何を言っているの。生きていてはいけないなんて、そんなこと、ないわ」
「私が生きていると、ゆがみが大きくなる。だから、生きていちゃいけないんだよ」
ねぇ、二人とも。どうして、会ってまだ一年も経っていない私のことを、こんなにも気にするの? こんなに親切にされても、返せるものは何もない。寧ろ、迷惑ばかりかける。今回だって、そうでしょう?
それなのに、どうして、見捨ててくれないの? 死なせてくれないの? 何故、私を生かすの?
「何で、死なせてくれなかったの。どうして、私を苦しみの中に投下するの」
初代国王も、あなたたちも、そうまでして私を苦しめたいの?
―――――ああ、そうなんだ。私を苦しめるためだけに生かしてるのか。じゃあ、さっきの涙も演技だよね。たちの悪い嘘だ。騙されそうになった自分が憎いよ。
私は、この世界の人間の誰も信用しない。王様も、兄様たちも、セフィリアも、グラディウス家のみんなも。…………誰も、信用しない。
静かに起き上がり、ベッドから降りる。セフィリアが止めようと手を伸ばしてきたが、盾を召喚してその手を阻む。誰も触るな。
「ダメ! 今無理をしたら、傷が……っ!」
「大人しくベッドに戻って、アサヒ!」
傷が、何。開くとでも言いたいの? それなら、大歓迎だよ、私は。傷が開いて、大量出血して、死んでしまえばいい。こんな命、もういらない。
第二の人生なんていらなかった、日本で私は人生を全うした。第二の人生なんて、望んでも、与えられて喜んでもいけなかったんだ。―――これは、天罰なんだ。
私はこの部屋に作った異界への入り口を開く。異界へ逃げるよ。そこで、生涯を終える。だから、邪魔をしないで。
「サヨナラ」
小さく呟き、異界へと足を踏み入れる。セフィリアがとめるためについてこようとしていたが、召喚した盾で阻止した。異界への入り口を、完全に盾で塞いだのだ。
これで、誰もついてこれない。そして、異界に入ったら、ケリーとナッチ以外の人が私の異界に入って来れないように盾を張って、結界にしよう。
それでいい。そうすれば、平和だから。
――さよなら、セフィリア。最初に、異世界から来たことを信じてくれて、嬉しかったよ。王様たちにもサヨナラと、伝えて。
――ユーリさん。私がまだ、グラディウスの人間になると決める前から、とにかく可愛がってくれたね。日本のお母さんを思い出して、楽しかった。
――フリードさん。あなたも、ユーリさん同様、私がグラディウスの人間じゃないころからいっぱい可愛がってくれたっけ。過剰な反応は怖かったけれど、それでも、楽しかったよ。
――グラディウス邸のメイドさんたち、いつもいつも、世話を焼いてくれてありがとう。心配してくれてありがとう。ごめん、さよなら。
みんな、幸せになってください。私のころは何もかも忘れて、幸せに。
これが、消え行く私の最後の願い。望まない生を捨てようとする、私の願い。
私は、みんなの幸せを願っているよ―――
*****
「お、久しぶりだな。……って、んん? 表情が暗いぞ、大丈夫か?」
「殺して欲しいなら殺してあげるけど、死ぬ?」
異界につくと、ケリーがまず私を心配してくれ、ナッチが今私が一番望んでいることを言う。
そうだね、殺して。楽にして。お願いだから。そう、正直に言ったら驚かれたんだけど、何故?
「こわっ! 何か変なものでも食べたのか? 本当に大丈夫かよ? ってか、その首と手の怪我はどうした!? ……しかも、熱もあるじゃねぇか」
ナッチ、君は優しいんだね。口ではひどいことを言っていても、心配してくれる。ねぇ、ナッチ、心配するなら、殺してくれる? そうすれば、未来も正されるから、お願い。
「おいこら、何があったのか、話してみな。おねーさんたちが聞いてやろう」
「……ナッチ、君はホントに優しいね」
涙が零れるよ、君の、その優しさに。君のその言い方は、本当に心配してくれていることがよく分かる。
嘗て、私を殺そうとしたこの二人。でも今は、本気で私を心配してくれている二人。君たちなら、信用してもいいのかな。私は、人を信用していいのかな。
ナッチが言うと、ケリーがナッチの横へ移動し、座る。聞く準備が出来た模様。……これは、話すべきだろうなー。
そうして、私は少しずつ、私のことを話し出した。異世界からきたということ、そして、セフィリアやトリス兄様に拾われて、グラディウスの養子になったこと、この世界が楽しすぎるということ。
私が言うと、ケリーが不思議そうな顔をし、その表情のまま口を開いた。
「楽しいことの、何が問題なんだ? いいじゃねぇか、楽しくて」
「それは今から話すから、もう少し黙って聞いててくれる?」
この世界は楽しすぎる。だから、私の異世界での記憶はどんどんと上書きされて消えていった。大事な家族の記憶を、失くしていった。
私は、日本に生きている間、家族や医療関係者以外に、人と接したことがなかった。だから、家族が大事だった。家族もみんな、私を大切にしてくれていたから、嬉しかった。
そんな大事な思い出が消えていく。それが、辛かった。
この世界にいるのは、楽しい。だけど、それに比例して辛さも増していく。それが、嫌だった。だから、ナイフを召喚して死を選ぼうとした。
「その左手首と、首の傷がそれか?」
「そう。結局、死ねなかったんだけどね」
セフィリアの治癒魔術のせいで、私は生き延びた。私は確かに動脈を、頚動脈を切り裂いたはずだった。その証拠に、黒っぽい血じゃなくて、真っ赤な血が流れていた。血もたくさん溢れていた。
でも、死ねなかった。恐らく、セフィリアが治癒魔術を使って、出血を止めて、処置を施したから。だから、死にそびれた。
その後も、私はずっと話をし続けた。ケリーとナッチは、時折話を止めて私に質問を投げかけてきてはいたが、それでも、ずっと話を聞いていてくれた。私には、それが、本当に嬉しかった。
……………が、この発言は許さないよ?
『とりあえず言ってやろう、お前、馬鹿』
二人でハモって言ってくる辺りが更にウザイ。痺れ薬撒いちゃうよ? 君等の近くで、高濃度の痺れ薬散布するよ? いいのかな? やっちゃうか。
私は痺れ薬を召喚して、二人の近くに密集させる。それと同時に二人を覆う盾を召喚して、とにかく二人に被害が集中するようにする。
そして、痺れ薬を喰らった二人は、見事に倒れこんだ。
「こら! 話を聞いてやってるのに、何故、痺れ薬を撒く!?」
「二人揃って、人をけなすから」
いいじゃんか、痺れ薬であって、殺すような毒薬じゃあるまいし。ていうか、まだ吸うだけで人を殺せるような薬は開発出来てないもん。出来ても、ケリーたちじゃ試せないしね。殺したくないもん。まだ、実験体として生きていて欲しいし。
今度、初代国王で試してみようかな……。いや、でも……。そう思っていると、ケリーがのんびりと口を開いた。
「あいつには、物理攻撃しかきかねーぞ。薬撒いても無駄だっつの。おら、教えたんだ、中和剤、蒔け」
……そいや、王様の執務室で痺れ薬まいたときも、効いてたのは兄様たちだけだったような……。なーる、初代国王には物理攻撃しか効かないんだね。いいことを知った。今度、物理攻撃何か研究しなきゃ。
そのときは、もちろん実験体になってくれるよね、ケリー、ナッチ。そう思いつつ、私は二人のそばに中和剤を召喚した。そのときに、自分の周りに盾を召喚しておくことは忘れない。だって、キレたナッチが攻撃仕掛けてきそうなんだもん。
実際、私の予想通り、魔法攻撃が飛んできたからね。が、今回は一発だけだった。何度繰り返しても、結局のところ無駄だからね。分かってもらえたのかな。
「馬鹿って言った理由を説明してやる。だから、黙って聞け。薬を召喚しようとするな」
「………………」
うん、確かに説明は欲しい。でも、納得できない理由だったら、また遠慮なく痺れ薬召喚するからね、また痺れさせちゃうからね。んで、その状態でいろいろとほかの実験させてもらうから。それでいいんでしょ?
「分かったから聞け、馬鹿。私たちがお前を馬鹿と言ったのは、残される側の気持ちが全然分かってないからだ」
「残される側の、気持ち?」
「そうだ。お前は、親しい人を失ったことがないんだろう。だから、分からないんだ」
親しい人。そんな人、作れなかった。私の親しい人は、家族。そして、大事なものも家族。それ以外、何もなかった、知らなかった。失うことなんて、ただの一度として考えたことがなかった。
だって、最初に失われるのが自分だと、分かってしまったから。分かるまでは、そんなこと、考えないようにしていた。だから、分かるわけがないだろう。
「親しい人を失うと、辛い。自分は生きているのに、相手はもういない。もう会えない、声も聞けない、何も話せない。何を望んでも、その全てが叶わない。その辛さが、分かるか?」
「分からない。知らないもん、そんなこと」
「だろう? だから、簡単に命を捨てようと考えてしまうんだ。でも、残された者はどう思う? "どうして死んでしまった"、"どうして守ってやれなかった"、"どうして救ってやれなかった"。そんな、負の思いに包まれるんだ」
負の思い、か。お父さんたちもそうだったのかな。私が日本で死んで、そんな思いに駆られたのかな。
お父さんたちのせいじゃないのに。悪いのは、全部病気なのに。それでも、そう考えたのかな。"自分が悪かった"と。
「私は、そうだった。ケリーは私を守って死んだ。後悔したよ、ケリーを失ってから」
「…………はい?」
ケリーが、死んだ? じゃあ、ここにいるケリーは、何? 幽霊? え? えぇえ!?
「そして、ケリーを失った後、私もお前と同じように、毒を飲んで、自ら命を絶った。……ケリーのいない生活に、耐えられなかったんだ」
「俺は悲しかったよ。俺が守った命、それを、毒なんかであっさりと捨てられてしまった。でも、その原因の一端に俺がいる以上、俺にナッチを責める権利はなかった」
どーゆーコト? ケリーとナッチは、既に死んでいる人なの? なら、どうしてこの世界に存在してるの? ………まぁ、それで考えれば初代国王もなんだけどさ。
「私たちがどうしてこの世界にいるか、疑問みたいだね。答えは簡単だ、契約したからさ」
「異界を作り上げた彼の国、俺たちはその国の民だったんだ。そして、国が滅びるときに最後の王と契約をして、魔力を授かった。異界で姿を保ち、邪魔をするものを撃退するほどの魔力。それが、俺たちがこの世界に存在できている理由だ」
……ああ、なるほど? つまり、初代国王もあの魔力で存在できてるわけか。あの人の魔力、かなり強そうだもんなぁ。………あれ? でも、前、結構簡単に魔力尽きてたよね。私が初めて異界に入り込んだとき、ケリーとナッチを倒した時点で、既に治癒魔術が使えないほどに魔力尽きてなかったっけ? ………どゆこと?
「それは、お前が無理やりシルヴァーナ王を呼んだからだ。自ら来るならともかく、無理やり呼ばれれば、本来の魔力は発揮できないだろ」
「へ? 私が呼んだの?」
初代国王が勝手に来たんじゃなくて? っていうか、どうやって呼んだの? 知らないんだけど。んあれ? ヤバイ、頭がこんがらがってきたよぅ!
『お前に教えたお前を守る呪文、それが、私を呼び出す呪文だ』
へぇー、そうなんだー。……………って、何でこんなところにいるの、初代国王!?
いきなり聞こえた第三者の声、それは初代国王の声だった。何故、ここにいる。ケリーとナッチ以外誰も入って来れないよう、盾を張り巡らせておいたはずなのに。
「何をしに来た、シルヴァーナ王」
「あの日以来だな、ケリー。アサヒが世話になっているようだ」
ケリーの目が怖い。初代国王に喧嘩売る気満タンだよ、この人。でも、いいよ、やっちゃお。物理攻撃なら魔法も効く、よね? なら、フォローしたげるから、やっちゃえ! そう思いつつ、初代国王を目標に、雷を召喚した。
「おや、雷まで召喚できたのか。さすが私の見込んだ子。だが、いい子だから、それは使わないようにしなさい、危ないからな」
「子供扱いすんなっ!」
雷を見た初代国王は、目をまん丸にして言うのだが、ちくしょう、顔が笑ってるぞ! 楽しんでるだろ! ふざけるな、初代国王!!
「ケリー、ナッチ、初代国王を倒そう」
「乗った」
「よし、手伝え」
うん、ケリーとナッチは乗りやすいね。後は倒すのみ、ってね。
合図として、雷を再び初代国王目掛けて落とす。……が、初代国王はあっさりと交わす。が、ケリーがその交わした先に突っ込んだ。その手にあるものは、剣。そのまま切りつけちゃえ!
が、初代国王はそれすらも軽々と避けてしまった。そんな初代国王に、今度はナッチが水を結集させたビームを放つ。
その瞬間、初代国王の体勢が、僅かだが崩れた。その隙に、初代国王に雷を再び落とす。三度目の正直だ! ………だったのだが、それさえも軽く交わされてしまった。
「おやおや、わざわざ隙を作ってあげたのに」
初代国王はそう言って、わざとらしく溜め息をつく。むかつく! それは、ケリーとナッチも同じダッタらしい。私たちは、揃って攻撃に向かった。三対一だ、覚悟しろちくしょー!
だが、見事なまでに全滅した。そして私は、傷が開いたのか、血が滲み出していた。ふむ、通りで痛いと思った。
血は、どんどんと流れ出しているようで、包帯に出来た赤いシミはどんどんと大きくなり、途中から包帯が血を吸い込めなくなったらしく、ダラダラと流れ出していた。
あー、これ、包帯巻いてても無駄だよね。そう思い、包帯を召喚したナイフで切り裂く。すると、血がさっき以上に激しく流れ出した。あ、やべ。
「馬鹿だな、痛いだろう。今、傷を閉じてやるから動くんじゃないぞ」
初代国王はそう言うと、私の首筋に手を伸ばした。その手から温かい光が零れ、傷口の出血を少しずつ抑えていった。
それから少しして、ようやく出血が止まったのか、初代国王が首筋から一度手を離した。そして、その次は左手首らしい。まぁ、こっちもダラダラ血が流れてるしね。
「ちゃんと治しておかないと、くっきりと痕が残るだろう。お前は女なんだから、残らないに越したことはない。お前は生きるんだからな」
まだ、言うんだね、その言葉。私が本気で死を選ぼうとしたから。……でもね、今もまだ、諦めてないんだ。私は死にたい。生きていたくない。だって、私は一度死んでるんだから。
「自分が死んだということを考えるな。考えるから余計、お前は死を選びたくなるんだ」
「お前、馬鹿だしね」
「ケリー、痺れ薬蒔いたから。しばらく黙ってて」
ケリーが初代国王の言葉にうんうんと頷き、聞き捨てならないことを言う。うん、痺れ薬蒔いておいたから。ケリーはすぐに効くタイプだしね。
とりあえず、完全にしばらくの間黙っておいてほしいので、ケリーの周りに中和剤を蒔き、その直後に麻酔も蒔く。ケリーはあっさりと眠りに落ちていった。
「ふむ、そんな技まで覚えていたのか。さすがは私の見込んだ子供」
「黙ってよ。で、どうして私を生かしたいの?」
「それはもちろん、失う辛さを知っているからだろうな。私は、それを我が子孫たちに感じさせたくはない」
だから、あなたはこの異界に現れ、私の傷を少しでも癒し、そして生かそうとする。セフィリアも、私を死なせないために、私が首を切ってすぐに治癒魔術を使って、私を死なせまいとした。
ねぇ、初代国王。確かに、そうすればみんなは苦しまないよ。でも、私は辛いよ。仮に、私がいなくなったとしても、時がその辛さを癒してくれる。でも、私は時が更に傷を抉るんだ。
それなのに、どうして、私を生かそうとするの?
「お前は、深く考えすぎなんだ。少しは肩の力を抜け」
「は?」
「一度、現世に帰れ。我が子孫たちに会って、話をしてこい」
「………絶対嫌だ!」
「嫌じゃない。一度、会って来い。それからまた、どうするか決めろ」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対に、嫌だ!」
「反論は聞かん。無理やり戻す」
横暴だ、横暴! 初代国王が戻すといったその瞬間、異界に穴が開く。そこから見えるのは、グラディウス邸のリビング。………ま、まさか。
「早く行ってこい」
嫌だ。グラディウス邸のリビングに戻るって、何の拷問!? しかも、全員いるんだよ!? その状況で戻るなんで、絶対に嫌だ!!
私は必死に足掻く。この状況で戻ったら、間違いなく、また叱られる。それは嫌だから、戻らなくていいよう、自分の周りに盾を召喚した。
が、初代国王はそれをものともせず、私の背中を押して、異界から追い出した。
「残念だが、盾も私には意味がない。というわけで、早く行け」
「ちょ! ナッチ、助けてっ!」
「私もシルヴァーナ王と同じ意見だから、拒否」
こんの、裏切り者――――っ!!
*****
ナッチを裏切り者だと誹っている間も、私の体は異界を抜け、現世へと戻っていく。
そしてもちろん、到着した先はグラディウス邸のリビングです。頭から落ちました。ゴンッといういい音がしました。…………痛いよぅ。
『アサヒ!!』
うぅ、ぶつけた頭が痛い。そう思いながら、両手で頭をさする。ちくしょう、初代国王め、随分と荒っぽい戻し方をしてくれやがって。今度異界に言ったら、絶対にやり返す、首絞める!
私は涙目になりながらも、ずっとぶつけた頭をさする。すると、突然何かが飛びついてきた。その勢いに、私の呼吸が一瞬止まる。飛びついてきたのは、セフィリアだった。
「よかった、本当によかった……戻ってきてくれて」
戻りたくて戻ってきたんじゃないんだけどね。無理やり、私の意思全無視で戻されたんだけどね。
そう思っていると、再び何かがすごい勢いで飛びついてきた。ぐえ、また呼吸が止まったぞ。ユーリさん、セフィリアごと抱きしめるのはいいんですが、飛びつくときの勢いを抑えてください。
「これであなたを失っていたら、どれだけ後悔をしても、したりなかった。本当に戻ってきてくれて、よかった」
だから、どうして? どうして出会ってあまり時間の経っていない、しかも、かなり心配をかけた私をそんなに思ってくれるの? 分からないよ。
そして最期は、フリードさんが大きく手を広げて、私やセフィリア、ユーリさんをまとめて抱きしめた。
涙が零れる、止まらない。どうして、そこまで私を思ってくれるんだ。私は、どうして泣いているんだ。それも、分からない。何もかも、分からないんだ。
「アサヒ、私たちは、あなたを愛してるの。あなたの本当のご両親と同じように、ね。だから、あなたを失いたくない。―――失わせないで」
ユーリさんが、涙声でそう告げる。だから、どうして、そこまで思えるの? 私は、あなたたちと一切合切なんの関係もない、ただの子供だよ? ソレを、どうしてそこまで思えるの?
「何を言っているの。関係ないなんて、ありえないわ。あなたは、グラディウス家の人間、家族なのよ?」
涙が零れる。とめどない涙は、支えを失い、重力に従って下へ、下へと落ち続ける。
――ねぇ、どうして、私を家族として受け入れてくれたの?
――もう一人、子供が欲しかったから。
――私は、妹が欲しかったからね。アサヒが養子を選んでくれたとき、妹が出来て、本当に嬉しかったよ。
――ユーリが子供を欲しがっていたからな。
ああ、そっか。そんなに簡単なことなんだ。だから、私はこうもあっさりと家族として受け入れられたのか。
私の名前は、"アサヒ・ウェルズ・グラディウス"。グラディウス家の末子です。