異界って実は怖くないですよね?
希いしは自由。
望むものは束縛や制約の無いもの。
自由を渇望し、束縛を忌み嫌う。
儚きものは、自由。
手に入れるとすぐに消えていく。
失われるは、自由。
再度手に入れることの難きもの。
この世のものは、全てが儚い。
*****
熱が下がって数日間、私は医者の宣告どおり、安静に、というかベッドに縛り付けられるような生活になった。いやだって、起きてたらメイドさんたちが無理にでも寝かせに来るか、ユーリさんに告げ口に行って、ユーリさんから寝るようにとことん説得を喰らうんだよね。
おかげで、私は何日間ベッドに拘束されただろうか。熱は中々下がらなかったし、下がった後も心配したユーリさんやフリードさん、セフィリアからまだ寝てるよう言われるし。そのせいで、せっかく旅に出て付いた体力も、またがた落ちした。くそう。
そして、熱を出したその日から、毎朝受けていた医者の診察で、やっと安静にしていなくても大丈夫、と、お墨付きを頂いた翌日、私は城にいた。
なんでって? そりゃもちろん、お説教を受けるためだよ。お説教は逃げられなかったんだよなぁ。
「やぁ、アサヒ。今日は、もう大丈夫かな? 無理だと思ったらすぐに言うんだよ」
「お………久しぶり、です王様。ご心配おかけして、大変申し訳ありませんでした」
うわー、ニコニコと微笑みながら心配の声を投げてくる王様の雰囲気が本気怖いんですが。謝ってるけど、それでもまだ怖いわー。
って、今の今まで気づかなかったけど、さりげなくハリー兄様とトリス兄様もいたんだね。本気で気がつかなかったんだけど。
「さて、セフィー。アサヒは、第一大隊の十五小隊が見つけたんだったか?」
「はい」
「どうしてあんなところにいたのか、教えてくれるかな? アサヒ」
「………特に、理由はないです」
何と言っても、私の旅は、ただただ適当に歩き回るものだった。というか、王様、その笑み怖い。ニコニコ笑いながら尋問に走るってどうなの?
そうは思っていても口には出さない。だって、出すと絶対に尋問が更に恐ろしいものになる。なので、私は問われたことに極力、黙っておいたほうがいいこと以外はしっかりと答えていった。
そしてその後、尋問主が、王様からハリー兄様に代わった。………あの、恐怖感、増したんですが。
「さて、トリスから聞いたが、アサヒ、君は自分で魔法を開発していたらしいね。どういう魔法を開発したのか、教えてもらえるかな?」
「あの……えっと、髪とか目の色を変える……というか誤魔化す魔法とか、煙を出して、その煙を吸い込んだ人間を強制的に眠りに誘う魔法……とか?」
「どうして疑問形なんだ」
兄様はそう言いながらも、微笑みながらほかの魔法が出てくるのを待っていた。超怖いんですが。いいや、言わないよ? 言ったらこっそり使えないでしょ? だから、言わないよ?
って、ハリー兄様、その目本気で怖いから! お願いだからやめて! すっごい怖いから!!!
「アサヒ、ほかにもあるんだろう? それは、教えてもらえないの?」
……結論、無理。
「えっと……後は、……攻撃用の魔法……なども……」
「どんなものなのかな?」
「炎の玉を出したり、風で、カマイタチを作ったり……とか………」
まぁ、ほかにもいろいろと考えてはいるんだけど、これ以上はさすがに勘弁して。兄様怖い。お願い、勘弁して。
「それだけ? まだ、あるんじゃないのかな?」
でも、兄様の目は許してくれないと、暗に訴えている。
「どうなんだい?」
しかも、早く答えろと急かすか!?
兄様怖い。なんか、危ない汗が背中を流れていく気配がするんだけど……。しかも、逃げたくても逃げられないし、余計ね。
「……おや? 顔色が悪い。まだ調子は万全ではないようだね。今日は、帰りなさい。続きはまた今度にしよう」
「セフィリア、アサヒを頼むぞ」
「はい。アサヒ、帰ろうか」
うん、ありがとう兄様。熱出してたのはしっかり治ってるけど、今は危ないから喜んで帰らせてもらう。
というわけで、私はセフィリアにしっかりと手を引かれ、グラディウス邸に帰ることになった。あの、セフィリアさん? 手、繋いでなくても逃げないからね?
「そんなに熱くないし、熱がぶりかえした、ってことはないみたいだね」
「うん?」
「頭が痛いとかって、ない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だと思う」
「思うって……。まぁ、いっか。今日は帰ったら休みなさいね」
「ん……、そーするぅ」
あぁ、熱がないか確かめてたわけね。多分、熱は無いと思うよ? でも、セフィリアは完全には信じてくれないらしく、帰ったら熱を測るように言われましたよ、けっ。
そして、屋敷に帰った後、セフィリアがそれをユーリさんにも話すものだから、もう大変。しっかりと、二人がかりで説得という名の命令を受け、渋々熱を測り、ベッドに横になることになった。――――熱、無かったのに。
「いいから、今日は休みなさい。そして、明日お説教ね」
「あーい」
お説教は嫌だけど、でもまぁ、今は休めって言うのは聞き入れよう。眠いしね。とりあえず、ご飯の時間になったら起こしてね。ご飯は、ちゃんと食べるから。
「はいはい。言われなくても、ご飯はちゃんと食べなくちゃだから、起こすよ。今はとにかく、寝なさいね」
「はーい。おやすみなさい」
その後、ご飯時にはしっかりと起こされ、ご飯を食べてぐっすり寝た。あ、お風呂はユーリさんから制止の声がかかって、入れなかった。ま、いっか。今日はぐっすり寝たい。
そして翌朝。さぁ、今日は勝負の日ですね! グラディウス家の人たちからのお説教の日だね! すっげぇ逃げたいよ、ちくしょう!!
でも、もちろんながら逃げられるはずもないので、大人しく、起こしてくれたメイドさんと一緒に、私はリビングへと向かっていた。
「おはよう、アサヒ。調子はどう?」
「おはよ、セフィリア。うん、大丈夫だと思う」
「それは安心だ。おはよう、アサヒ」
「昨日帰って来たときは、少し顔色が悪かったから心配してたのよ」
「心配かけてごめんなさい、お父様、お母様」
というわけで、少しでもお説教がマシになるように、フリードさんのご機嫌伺いをすることにする。事実、お父様って呼ばれたフリードさんは、ものすごくうれしそうにしていた。
……てか、本気でマシになってくれないと、普通に半端ないレベルのお説教来るから。これ、絶対ヤバイから。
「さぁ、まずは朝食にしようか。お腹が空いたろう?」
「そうね。しっかり食べてから、ね」
「今日は私も休みもらってるし」
うあー、これ、完全に全員からのお説教フラグだよ、おい。
そして朝食を食べ終え、メイドさんが用意してくれたお茶を飲んで一息ついたところで、フリードさんたちからのお説教が開始された。
「さて、まずは、どうして出て行ったのか、教えてくれるかな?」
「………セフィリアが、知ってる」
「セフィリアからじゃなくて、アサヒ、君から直接聞きたいんだよ」
いやん、にっこり笑うフリードさん、怖い。自分では答えたくなかったから、セフィリアに答えてもらおうと思ったんだけど、見事に失敗してしまった。
仕方がないので、自分の口で直接説明をすることにした。自由がないことが辛かったと。ほかにもいろいろと聞かれたので、少しずつ、言いたくないことは言わずに答えていった。
そして、質問が終わると、今度はお叱りタイムですね。徹底的に私の弱みになる場所から攻め込んできますね!
「君が突然出て行って、どれだけ陛下らに心配をおかけしたと思う? どれだけ、陛下のお力を借りたと思う?」
「うう……」
「陛下の護衛の兵の数を減らしてまで、陛下はアサヒの捜索に兵を割いてくださった。それが、どれだけ大変なことか、分かるね?」
そういったことが延々と、約三時間。フリードさん、喋りっぱなして辛くない? そう思っていると、ようやくフリードさんがお説教の終了を告げてくれた。
「じゃあ、次は私から」
が、地獄はまだ終わらない。次はユーリさんからのお叱りらしい。これ、一種のイジメだよね。
しかも、内容はほとんどフリードさんと同じじゃないかあっ! なら、いいじゃん、まとめてやっちゃおうよ!!
心の中で訴え続けても、ユーリさんのお説教は終わらない。結果としては、二時間ほどお説教を受けて、ユーリさんはにっこり微笑みながらお説教終了の言葉を告げた。
………もう、限界なんですが。お願いだから、セフィリア。セフィリアまでお説教するって、言わないでね?
「最後は私から………なんだけど、大丈夫?」
「全然だいじょぶじゃない……。もう、無理……」
私が言うと、セフィリアが心配そうに私の額に手を置く。……いや、多分熱は出てないよ。ただ、精神的にもう無理って言うだけで。
「熱は無いし、大丈夫かな。でも、一応、短時間に済ませておこうか」
やっぱりあるの!? くう、本気でもうやばいのに、まだやるのかよ。
でもまぁ、セフィリアは一応私の体調を考慮してくれたらしく、一時間足らずでお説教は終わることになった、が、本気で限界。
「もう、絶対にこんなことはしないでね」
お説教が終わり、本気で限界を感じる私は、とっとと部屋に戻って横になっていようかと思っていたのだが、全員からのその言葉に足止めされた。
ていうか、ユーリさんからはしっかりと抱きしめ攻撃が来て、物理的にも足止めを喰らった。
「やっと元気になったんだもの、いっぱいこうやって触れ合っていたいわ」
……あぁ、だからわざわざ私を捕獲するの? ていうか、熱がある間も結構触れ合ってたよね? 下がってしばらくの安静期間も、結構触れ合ってたよね?
「あのときのアサヒを見ていると、私まで辛くなってたわ。だから、元気なアサヒといろいろお話したいの」
……あのですね、ユーリさん。私はお説教のダメージで今現在、結構頭がクラクラしているんですが。それでも元気と言えるんですか。
「あら。じゃあ、今日は一緒にお茶を飲みながら、ゆっくり休みましょうね」
「いや、だから……」
「なぁに?」
部屋で休みたいんですが。その言葉は、にっこり笑ったユーリさんによって、しっかり遮られ、二の句を告げられない状況へと持ち込まれてしまった。
これ、諦めるしかないわ。
「ほら、アサヒのためにサルミナも用意してもらったのよ? 一緒に飲みましょうね。セフィリアとフレッドにはコーヒーね」
「あぁ、ありがとうユーリ」
「ありがとうございます、お母様」
………外堀埋められた!! これはもう、サルミナ……っていうか、ココアを飲まないと絶対に解放されないでしょ。
「アサヒのために、温めに入れてもらったの。さ、飲みましょうね」
「アリガトーゴザイマス」
わざわざ温めに入れてくれるとか、どこまで私を縛りつけようとしてるんですか、ユーリさん。まぁ、美味しく頂くけどさ。うん、温めで飲みやすくて美味しい。
そして翌日、ハリー兄様は都合が悪いらしく、私はどこにも出かけずに家にいることになった。だって、外出禁止令出されたんだよ!? くそう、私兵と一緒とかならいいじゃんか、面白くないなぁ。
まぁ、これで外出したらまたお説教が飛んでくるから家にいるけどさ。家には、いるけどさ。
ふふふ、さ、異界を作って、その異界で魔法の開発しようかな。異界の作り方、どっかの街で見つけてきたんだよね。
それに、今の私なら、あの二人くらいは簡単に倒せるよ? 簡単にブチのめせるよ。だから、さー、つーくろっと。
「まず、精神を落ち着ける」
ゆっくりと、呼吸を落ち着かせ、そして精神を落ち着かせる。
「魔力を、異界を作りたい場所に結集させる」
ゆっくりと魔力を集め、その魔力をベッドそばの壁に結集させた。少しずつ、少しずつ空間が歪んでいく。もう一押しだね。
「空間が歪んだら、強く念じる」
強く、強く願う。異界の完成を、強く願う。
そうやってしばらく考えていると、バチッという音と共に、私はよく分からない力に、手を弾かれた。異界、出来たよね。
静かに、その歪んだ空間へと手を伸ばす。手は、弾かれることなく飲み込まれていった。
あぁ、私がいないことがバレたら後が怖いから、一応カモフラージュ用に幻影を残しておこう。
*****
何もない空間、これが、私の作った異界。真っ暗な世界の中で、私は火の魔法を使って明かりを灯すのだが、あたりは真っ暗で何も見えないままだった。……異界って、どうやったら見た目変わるんだ?
うーん、どうだったかな。本人の想像次第だったかなぁ。ま、一応考えてみるか、グラディウス邸の私の部屋を。
そうしていると、見る見るうちに異界の空間はゆがみ、姿を変え始めた。次に現れたのは、見慣れた私の部屋だ。
つまり、異界の外見は自分の想像で変えられる。……なら、私の部屋の姿を取れ、異界。私の、懐かしき日本での部屋を、懐かしき、空間を―――
「懐かしい」
日本の、私の部屋。日本で生きている間、ずっと過ごしていた、私の部屋。私がずっと使っていたベッドも、お兄ちゃんたちが座ってた椅子も、何もかもがそのまま再現されていた。
私が熱を出すたびに、看病のために使われていた洗面器、タオル、何もかも、それさえも再現されていた。
「あん? お前、あのときのガキじゃん。あーんだ、生きてたのか」
ねぇ、ケリー。せっかく感傷に浸ってたのに、邪魔しないでくれる? 残念ながら生きてるよ、生きてたよ。
「新しく異界が形成されたから見に来てみれば、作成者、お前かよ」
「久しぶりだね、ケリー。私さぁ、今、感傷に浸ってるんだ。だから、邪魔しないでくれる?」
ホントさぁ、私がこの場所から離されて、どれだけこの場所を恋してたと思うの? せっかく、この場所に戻れたんだから邪魔しないでよ。
「……わりぃ」
「さて、もういいか? いいなら、俺に一つ提案をさせろ」
「何?」
「お前、俺たちを雇わないか? 俺たちを雇えば、異界を守ってやるぜ?」
うわー、態度がすっごい変わってる。………うん、無視しようか。私が異界を作った目的は、魔法の練習のため。………うん、的に出来るかな?
「魔法開発の実験体になってくれるって言うなら、歓迎するよ?」
「魔法開発?」
「うん♪ どうする?」
魔法の開発における実験体は、欲しかったんだよねぇ。あの睡眠効果とか、効果の持続時間とかは自分じゃ測れないからね。っていうか、自分には効かないように作ってるから意味ないんだ。
ねぇ、だからさ、どうする、ケリー?
「それは、ナッチにも言ってンのか?」
「やってくれるって言うなら、歓迎するけど?」
ついでに、あのときの恨みも晴らすんだけどね。思いっきり焼かれた恨みはまだ消えてないよ? あれは熱かったし、痛かったなぁ。戻ってからもしばらくはずっと痛かったんだから。
ちなみに、受け入れないって言うなら、すぐにここから消えてね。んで、二度と姿を現さないでね。近寄ってきたら即座に実験体にするから。そういうと、引かれたんだけど、何で?
「お前、治癒魔法は使えるのか? 使えるならいいんだが、使えないんなら全力で拒否するぞ」
「使えるって言えば使えるんだけど、あんまり得意じゃないかなぁ」
治癒魔法は練習はしたことあるんだけど、あんまり得意じゃないんだよね。多分、悪化はしないと思うんだけどさ。
でもまぁ、これで実験体は出来た。これで、攻撃魔法の研究も、存分に出来ますねひゃっほい。………あのときの恨み、晴らさせてもらうよ。
「契約成立だな。楽しませろよ?」
「それはもちろん。―――ところで、体は平気?」
「あん?」
間の抜けた声を発すると同時に、ケリーがその場に倒れこむ。ふむ、実験は無事成功したようだ。
いきなり倒れたケリーは、訳が分からないと言った表情をしながらこちらを見ているので、とりあえず説明。
「痺れ薬を召喚したんだよ。どのくらい痺れてるか、参考までに教えて?」
「お、まっ! いきなり、試す……じゃねぇっ!」
身体が痺れて動かせないらしいケリーは、倒れこんだままの状態で文句を言ってくる。でもさ、実験体になってくれるって言ったのはそっちだよ? だから、私は遠慮なく実験させてもらってるんだけどなー。
「で、どんな感じ? 体、動かせる?」
わくわく。目を輝かせながら問いかける。
「口くらい、しか、動かせね……よ」
「ふむふむ」
にゃるほろ。魔法で紙とペンと取り出し、メモをする。痺れ薬の召喚は、中々いいものであるとしっかりと記載しておく。
さって、メモも終わったし、後は痺れ薬を中和させないとねって。これも実験段階だからうまく中和できるか分からないけど、しないよりマシだよね。
と言うわけで、実験体、ケリー。報告よろしくっ!
「あー、動く、な。中和剤、蒔いたのか?」
「うん、実験段階だけどね。ちゃんと動く?」
「実験段階って、怖いなお前。……んー、問題なさそうだな」
ふむふむ。中和剤もオッケーっと。さっきの紙に書き加えて完了だ。あとは、この中和剤がほかのどんな効果の中和異に使えるかも調べないとなー。
そんなことを考えていると、いきなりケリーが飛びかかってきた。が、甘いよケリー。私、盾の召喚くらい、軽く出来るんだよ?
「てんめぇっ! いきなり、予告無しで痺れ薬なんざ、蒔きやがるんじゃねぇっ!」
ケリーは私に蹴りを入れたかったようだが、しっかりと私が召喚した盾に阻まれ、盾を思い切り蹴りつけた。うっわ、痛そう。
まったくもう、仕方ないなぁ。そう思いながら、痛み止めを召喚して蒔いてやった。……効けばいいんだけどね。
まぁ、これ、痛み止めって言うか、麻酔なんだけどさ。まあいいや。しばらく眠っててよ、ケリー。私はその間に現世に戻るから。
だって、これ以上ここにいると危険だよね。―――ナッチが。
*****
現世に戻ると、ベッドにはしっかりと私の作った幻影が鎮座していた。うむ、ほかには誰もいないっと。誰も近寄らなかったかな。
さーて、今日は後は部屋にいるけど、明日も暇なら異界に行こうっと。新しい魔法の開発したいし。………特に召喚魔法、身を守る魔法なんだとかは、覚えておいて損はないし。
そして翌日。朝食の時間に、今日も兄様の都合が合わないことを聞かされた。つまり、今日も暇ということだ。さー、今日も異界行こうっと。
*****
「あーっ! お前、昨日はよくもっ!」
「こらお前! 私の許可なしで、ケリーで遊ぶな!!」
あ、今日はナッチも来てたよ。っていうか、ナッチの許可を取れば、ケリーで遊んでもいいのかなぁ? さっきの言い方だとそう取れるけど。そう思っていると、いきなり、以前私の体を焼いた炎の魔法が放たれた。が、焦らない。焦らずに目の前に盾を召喚し、弾く。
盾に当たった炎は、粉々になって消え散っていった。ナッチはそれが悔しいのか、何度も何度も魔法を放ってくるのだが、その都度、その魔法は盾に弾かれて消えた。
ねぇナッチー。まだやるの? 面倒なんだけどさー。
―――あーもう! 無理、面倒!
私は昨日ケリーを怒らせた痺れ薬を、ナッチのみに限定して召喚する。……が、中々倒れてくれない。ナッチには効かないのかな? そう思いつつ、しばらく盾で防御を続けていると、ようやくナッチは倒れてくれた。
「やっぱり、個人差があるのかぁ」
「何がだテメー! いいから、とっとと何とかしやがれっ!!」
「ヤだ」
私がきっぱりはっきり断ると、ケリーが私に剣を向けた。早く中和しろと言いたいのだろう。でも、今中和したら、間違いなくナッチが怒ってる分、また襲い掛かってくるじゃん。私、殺サレチャウヨー。
あはは。だからさ、ケリー、君も一度倒れようね。
「んげっ!」
ふむふむ。やっぱり、ケリーはすぐに効くのか。面白いなぁ。
「てめぇっ! とっとと中和しやがれ!!」
「中和して、襲ってこないって約束するなら中和剤召喚するけど、どうする?」
「…………分かった」
一応、嫌々ながら了承したね。でも、私、信用してないからさ。盾、召喚した上で中和剤を蒔くよ。私の安全のために。
………あーうん、召喚しておいてよかったよ。案の定、ナッチは身体が動くようになった瞬間に魔法放ってきたよ。単純すぎる。
「約束破ったー。ナッチってば、嘘つきー」
「私は、約束なんてしてないっ!」
「うっわー、屁理屈だよ、それぇ。ナッチってば、大人げなさすぎ」
私は笑いながら、ナッチは真剣に喧嘩を売ってくる。だって、今の私が召喚してる盾って、最早最強だから。どれだけの攻撃を受けても、そう簡単には壊されないよ?
事実、さっきからナッチの魔法攻撃や剣での攻撃を防いでいるのだが、壊れそうな気配は一切見せない。うん、やっぱり最強。
そう思っている間も、ナッチは延々と私を殺すために剣を揮ったり、魔法を放ったりしている。………うん、見とくのも疲れたからもう眠ってくれる? 昨日ケリーを眠らせた痛み止めである麻酔を、ナッチのそばで召喚させる。
「っ!?」
ナッチは、麻酔はすぐに効くらしく、あっという間に眠りに落ちていった。
「ケリーも私に喧嘩売る? 売るなら、買うよ?」
と言うわけで、残りはケリーだけ。にっこり笑いながら問いかけてやった。
「いや、いい。遠慮する」
そうしたら、全力で拒否されました。私の強さを分かってくれたんだね。……んじゃ、また実験体になってもらおうかな。
結果、今日一日でケリーとナッチの二人を昏倒させて、私は現世に戻ることになった。ああ、楽しかった。
*****
現世と異界を繋げて、現世の様子を覗き見る。………うっわ、何でセフィリアがいるの? 幻影は置いておいたけどさ、今戻ったら、間違いなく危険だよね。しばらくは、覗き見るだけにしておこう。セフィリアが部屋を出るのを待って、戻るようにしなくちゃ。
だが、セフィリアは中々部屋を去ってくれない。幻影はベッドに寝かせてるから起こそうとはしないと思うけど、仮に、起こそうとしたら、多分幻影、消えると思うんだよね。だから、早く出て行って欲しいんだけど、何で居座ってるんだろ。
帰りたいけど帰れない。今帰って、異界に関わっていることがセフィリアにバレたら、それも合わせてお説教喰らう。……うーん、仕方ないし、セフィリアを寝かせて、その間に幻影と入れ替わるか。
セフィリアのそばで、ナッチたちに仕掛けた量よりもかなり少なめの量の麻酔を召喚する。これなら、比較的早めに目を覚ましてくれるだろうしね。
よし、寝たね。さ、戻ろうっと。異界から抜け出して、そろそろとベッドにいる幻影に近づき、幻影を消す。後は、私がベッドに横になれば入れ替わり完了! なのだが、その寸前にセフィリアに腕を掴まれた。
「捕まえた。今まで、どこで、何をしていたのかな?」
血の引く感じがよく分かる。怖い。っていうか、どうして寝てないの?
「え、何でって。嗅ぎなれた麻酔のにおいがしたからね。何か嫌な予感がして、息を止めて寝たフリしてただけ。で、どこで、何をしていたのかな?」
そうか、セフィリアは衛生兵だ。仕事の間に、この麻酔のにおいを嗅ぐことがあるのか。……失敗した。今度、煙と麻酔以外の睡眠効果を齎すモノを開発しなくては。微香性でも、慣れている人間にはすぐ分かるようだし。
っていうか、尋ねてくるセフィリアがすっごい怖いんですが。答えないと何が起こるか分からないよと、言外に訴えてきているんですが。でも、恐怖で身体が震えて答えられないんですよ、セフィリアさん。それほどにあなたが怖いです。
「アサヒ」
が、セフィリアは耐えられなくなったらしく、静かに私の名を呼んだ。それが、更に恐怖を呼び込む。
それでも、恐怖のせいで口が動かせない私に、セフィリアはありえない言葉を発した。
「アサヒ、自白剤を使って言わされるのと、自分の意思で正直に告げるの、どっちがいい?」
「自分で言います」
自白剤って、それは最早脅しです、セフィリアさん。自白剤を使われたら、いろいろと研究してる魔法のことまで聞き出されそうだから、いやです。これはまだ研究段階であり、そして、脱走用の魔法開発なんだから。
そして、私の答えを聞いたセフィリアは、にっこりと微笑み、私にあの質問の答えを促した。……言うしか、ないか。
「―――異界を作って、そこで魔法の開発研究をしてました」
「は?」
驚くよね、驚くだろうね。何せ、異界を自分で作っちゃったからね。そして、コレを言ってもまた、驚くんだろうなぁ。
「で、以前私を殺そうとした二人を実験体にして、魔法の開発をしてます」
「…………陛下に報告しなくちゃ。また、お説教」
「うえ!?」
そのことを伝えると、セフィリアからしっかりと嫌な言葉が告げられた。うわーん、お説教なんてもういやだよぅ。異界に関しても、もう大丈夫なのに。だって、ケリーとナッチくらい、軽く倒せるようになったんだよ? 私、強くなったよ?
訴えてみるのだが、無駄だった。「しばらくは異界に関わらないようにって、言われていたでしょう?」と返され、結局セフィリアは私の目の前で王様に連絡をいれ、私が異界を作ったことを知らせた。
そしてそれはもちろん、フリードさんやユーリさんにも伝わる。………これ、また全員からお説教ですか? もう嫌だなぁ。もう一回逃げようかな。異界経由で行けば、簡単に逃げれそうだよね。着いてこれるのは、セフィリアとユーリさんくらいのはずだから、その二人を撒けば何とかなるかもしれない。……やらないけどさ。
そしてこの番、フリードさんたちに私が異界を作って入っていることが伝わり、眠たくなるまでお説教を喰らいました。「危ないから」とか、「初代国王陛下の命に反するなんて」とかね。
そしてお説教の最中、セフィリアの通信機に連絡が入る。
「アサヒ、セルド兄様が、明日登城するようにですって」
王様からのお説教は明日ですね、分かります。逃げたいです。逃げてもいいですか?