あの人に会えますか?
異界の場所が分かってから時が流れた。私の状態が未だ芳しくない今、異界に入ることはできない、入りたくない。よって、今は異界のことを知っていそうな人から話を聞き、知識を蓄えるにとどまっている。
って言うか、私は行っても大丈夫なくらいに回復したと思うのだが、周りの大人たちがそれを許してくれないのだ。その筆頭が、セフィリアだ。
「もう大丈夫だって。だから、早く行って、早く終わらせようよ」
「ダメ、しばらくはまだ異界には行かせません。自分が精神的、肉体的にどれだけダメージを受けたのか、もう忘れたの?」
………覚えてるさ、忘れられるわけ無いじゃないか。お兄ちゃんたちと同じ顔の少年たちに徹底的に焼かれ、お姉ちゃんと同じ顔の少女に剣で殺されかけた。
どの怪我自体は、見える怪我は一月くらいで治ったが、私の心の傷はそう簡単には塞がらなかった。
―――私は、狂った。
異界は繋がっていると言うことを知って、また、あの二人に会う可能性があることを知って、私は完全に狂ったんだ。
そのとき、私は完全に死を受け入れた。夢の中で、お兄ちゃんたちに殺されようとした。お兄ちゃんたちに殺されるのならばそれでいいと思ったんだ。
ちなみに、目を覚まして大分落ち着いた頃にセフィリアたちにそれを言ったら、思いっきり叩かれた。しかも、三人全員から。
「馬鹿なことを考えないで」
「うん、ごめんなさい」
私は三人に叩かれて痛む頭をさすりながら謝罪する。だって、私が悪かったんだし。それに、泣いているセフィリアやユー離散、それに、涙を堪えているフリードさんを前に、謝らないなんて選択肢は無いよ。
私が謝ると同時に、今まで泣くのを必死で堪えていたらしいフリードさんも、限界が来たのか、大粒の涙が零れ落ち始める。
それが引き金となったのか、セフィリアとユーリさんも大泣きし始めた。果ては、メイドさんたちまで泣き始める。 ………勘弁してくれ。
それからしばらくして、ようやくフリードさんたちは泣き止んでくれた。フリードさんは泣き止むと同時に、顔を真っ赤にして部屋を出て行く。人前で泣いたのが恥ずかしかった模様。
その後、私はセフィリアとユーリさんに、ある約束を交わされた。
「たとえ夢の中でも、簡単に命を捨てようとしないで」
夢の中で命を捨てると、二度と目を覚ますことなく永遠と眠り続ける可能性が高いから。それは、生きてはいるのだが、死んでいるのと近いもの。生きてはいても、動かないし話もできない。ただ、ただただ生きているだけなのだ。
セフィリアもユーリさんも、それだけは嫌だからといって、この約束を交わした。
あの時、初代国王が来なかった私はそうなっていたのだろうか。自分の殻に閉じこもり、出てくること泣く徐々に体が衰弱して、死に向かっていたのだろうか。
私はそうやって、セフィリアやユーリさんたちを悲しませようとしていたのか。
ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。お兄ちゃんたちが朝陽を殺そうとする分けないよね? 朝陽はお兄ちゃんたちのこと、大好きだよ。
そして、私が狂って数日後、トリス兄様とハリー兄様が揃って私の元を訪れた。……揃ってくるのは珍しいな。
「元気そうだね。セフィリアから連絡を受けて、心配していたよ」
「心配かけて、ごめんなさい」
うーん、最近謝ってばっかりだなぁ。そう思いつつ、悲しげな笑みでそう告げるハリー兄様とトリス兄様に私は素直に謝罪をした。
「それと、ここからが本題だ。アサヒ、君はしばらく異界には関わるんじゃない。異界のことは、私たちだけで調べ、情報を得ても、君には伝えない」
「どうしてっ!?」
何で、どうして。異界にあるというピアスを探すように頼まれたのは私だよ? それなのに、どうしてその本人である私が関わっちゃいけないの? 大丈夫だって言ってるのに、何で。
「初代国王陛下の命だ」
「そんなの関係ない! 初代国王の命令なんて、聞く義理は無いんだ!!」
初代国王………、私にピアスを探せといったのは、あなただよね? それなのに、どうして関わるなと言うの?
だから、聞かないよ、絶対に聞かない。私はこの国の民であって、そうではない。今の王様の言うことは聞かなくてはとは思うが、初代国王の言うことは聞こうと思えないんだ。
「あるだろう。アサヒ、君はこの国の民だ。民は王の言うことをきかなくてはならない、分かるな?」
「分かる……、分かるけど………」
初代国王の……、いや、異界に関わるなと言う命令は聞かない、聞けない!!
「それは君のわがままだよ。……そうだろう?」
分かってる、分かってはいるんだ。でも、納得ができない。だって、ピアス探しは私が頼まれたもの。それなのに、どうして初代国王は私を関わらせないようにするの? 異界に私を傷つけたあの二人がいるから? あの二人が、私に死を選ばせようとしたから?
でも、私は絶対に諦めない。絶対に、諦めてたまるか!!
「でも、私がいないと異界には入れないじゃないか!!」
「あぁ。だからしばらくは、異界には入らずに情報を入手するだけにとどめる」
「異界に入らないと、ピアスを見つけられないじゃないか!」
「それは、まだ先の話だ。今はそれを考えない」
どうして。早く、終わらせちゃおうよ。何を考えているの、初代国王。早く終わらせて、私はこの世界を満喫したい、それなのに。
私がどれだけ必死で訴えても、兄様たちは芳しい返事を返してくれることは無い。とにかく、異界にかかわらせないと言う言葉の一点張り。どうして。ねぇ、どうして止めるの? 初代国王。
『ここであの二人に会ったら、お前はまた死を選ぶだろう。だからだよ』
「へ?」
………あの、どこからか声が聞こえたような気がしたんですが。……しかも、初代国王。気のせいだよね、気のせいってことにしていいかな。だが、それは兄様たちにも聞こえていたのか、兄様たちはあたりを見回している。気のせいにはできないか。
『今はお前たちに声だけ、届くようにしているんだ。驚いたか?』
「十分に」
「相当驚きましたよ、初代国王陛下」
いきなり声だけ参加するな、初代国王、怖いから。それに、兄様たちも私と同様、かなり驚いている。……声に出して文句も言ってるしね。
でも、初代国王が出てきたと言うことは話が早い、直接説得してやる! 私は異界に関わる、関わらないなんて選択肢は最初から無いんだ。
「初代国王、どうして、私は異界に関わってはいけない!?」
『……お前は、傷つきすぎた。これ以上傷つけたくは無いんだ』
「大丈夫! 今度は一人で行ったりしない。兄様たちがいるんだから!」
初代国王、あなたも気にしていたのか。―――私の、傷を。肉体的な傷、精神的な傷、初代国王の頼みごとを達成しようとする間に、私はかなりの傷を負った。
でも、その傷はもう癒えた。次に行くときは、守ってくれる人もいるのだから、もう傷つくことも無い、大丈夫。
私がそれを告げると、初代国王は悲しそうな声で言う。初代国王、やめてよ。そんな声、聞きたくない、そんな姿を見たくも無い。
『それでも………、今行くのは、まだ早いだろう。お前の心はまだボロッボロだ。その状態でケリーとナッチに会えば、お前は絶対に死を選ぶ。私は、そんなお前は見たくないよ』
ねぇ、あなたは私に危ない頼みごとをしたことを、どれだけ後悔しているの? 私の体と心に傷を残したことを、どれだけ後悔しているの? ……気にしなくてもいいのに。だって、全部自業自得なんだから。
――――どうしてみんな、私を責めずに自分を責めるの? 私が悪い、みんなは悪くない、それなのに。
『お前は悪くないんだよ、アサヒ。異界にケリーたちがいることを知らず、お前が行くのを黙認してしまった私が悪いんだ』
「違います! アサヒを一人で異界に行かせてしまった私たちが悪いんです!」
「そのとおりです! 我々は、あなたから力を頂いておきながら、あなたの命を遂行することができませんでした、アサヒを守ることができませんでした」
「違う! だから、私が悪いんだってば!! どうして、みんな自分を責めるわけ!?」
本当、どうしてみんな自虐主義者なのさ。どうして自分を責めるのさ。そのほうが楽なの? やめてよ、私が悪いんだから。
『アサヒ、自分を責めるじゃない。この感情を持っているのは、死した私だけでいいんだ』
初代国王の姿が見える。異界で助けてくれたときと同じ姿、若い頃の初代国王。姿を現した初代国王は、まず私の頭をなでた。わしゃわしゃと徹底的に撫でてくる。
『大人と言うものは、子供に何かあったら自分を責めるものなんだ。自分がもっとちゃんとしていれば、と。だから、分かってくれ。君の傷について、私が自分を責める理由を、君を異界に関わらせないようにする理由を。………これ以上、君が傷つくのを見るのは、嫌なんだよ』
「…………分かった。でも、しばらくだからね! しばらくして、元気になったら私も関わるんだから!!」
これ以上、意地を張ってはいけない。意地を張ったら、今以上に初代国王を悲しませてしまう、兄様たちも悲しませてしまう。私は、悲しませたくないんだ、だから―――
だから、今は諦める。でも、しばらくして心の傷が大分癒えたと思ったら、また関わるからね。
私が行かないと、関わらないと宣言すると同時に、初代国王の姿は消えていった。満足、したのかな?
そして、初代国王の姿が消えると、トリス兄様が私の頭を撫でてきた。
「しばらく養生しなさい。傷を……癒すんだ」
「………うん」
私が返事をするとトリス兄様の手が離れ、次はハリー兄様の手が伸びてきた。トリス兄様と同様に、頭を撫でてくる。
「セフィリアや叔母上が大丈夫だと判断したら、君にも異界の情報を渡す。それまではゆっくり休んでいるんだ、いいね?」
二人とも心配してくれていたことがよく分かる。本当に心配をかけてしまった。悪かったと思う。私が、意地を張ってしまったから。
でも、しばらくはのんびり過ごすよ。肉体的な傷は癒えたから、心の傷を癒すことにする。
『言い忘れていた』
そう思っていると、突如空間に亀裂が入り、そこから初代国王が顔だけを出している。………怖い。
『アサヒ、お前の故国にいる兄と姉の姿を見たくなったら、セルドニアに言うといい。あの子には水鏡の力を与えた。お前が手伝えば、故国の兄たちの姿を映すことも出来よう』
「本当に!?」
『私が嘘を言うとでも?』
お兄ちゃんたちの姿を見ることが出来るの? それは嬉しい、本当に嬉しいよ! 異界にいた少年たちとお兄ちゃんたちが、別人だと分かるから本当に嬉しいんだ。
私は兄様たちを見る。王様と会えるよう、王様に会って、水鏡を使って日本のお兄ちゃんたちの姿を見せてもらえるように。
「近いうちに会えるよう、頼んでおいてあげようね」
「ありがとう、兄様」
待っておくね、お兄ちゃんたちの姿を、この目で再び見れる日を。鏡を使ってでも、見ることが出来るのは嬉しいんだ。
そうして兄様たちは、かえって行き、その数日後、メールが届いた。以前言っていた水鏡の件だ。
『今日の午後からならセルドも大丈夫のようだから、セフィリアと一緒においで』
了解っ! ありがとー兄様。やっと会えるよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。異界であの二人に会ってから、余計会いたかった。別人だと割り切るため、しっかりとこの目で確認したかったんだ。
そしてお昼になり、楽しみでテンションの高い私は、セフィリアと一緒に城へと向かっていた。目的地は執務室。
その執務室には、兄様と王様が待っていた。私たちが部屋に入ると、王様が淡く微笑む。
「久しぶりだね、アサヒ。元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、王様。心配かけてスミマセンでした」
私が謝ると、王様はとんでもない、という顔をし、そしてまた微笑んだ。……相当心配をかけていたようだ。
「さて、兄上たちから話は聞いた。故国の兄上たちを見たいんだったね?」
「はい」
「なら、早くしようか。アサヒも早く、故国の兄上たちに会いたいだろう?」
それはもちろん。私は大きく頷き、それと同時に王様は手を宙にかざす。すると、見る見るうちに王様の手の前に水が集まり始めた。……そして、鏡の形をとる。
「念じろ。強く、故国の兄上たちの姿を念じるんだ」
王様はそう言うと、何か呪文のようなものを呟き始めた。そして、私は王様の指示通り、念じる。お兄ちゃん、お姉ちゃん、いつだって優しかった二人。
私の前では、いつだってニコニコと笑っていてくれた二人。どれだけ辛くても、私を不安にさせないためか、いつだって笑っていてくれた。私を悲しませないために、とにかく笑っていてくれた。私の大好きなお兄ちゃん、お姉ちゃん。
お願いだから、会わせて―――
「見えた。これが、アサヒの兄上たちかな?」
目を開き、王様の前にある鏡を見る。底に映っていたのは、確かにお兄ちゃんたち。私がずっと会いたかった、愛する二人だ。
『タケ、ここにいたって、何も変わらないよ?』
『分かってるさ。でも、少しくらい信じてもいいだろう?』
『確かに、私も信じたいよ。でも、何も変わらないことも、分かってるから……』
二人とも、私の部屋で何を考えているのだろう。私が死んだのを信じたくないのかな、信じられないのかな。でも、私、死んじゃったんだよ。
私は、あの日死んだんだ。そして、このシルヴァーナに呼ばれたんだ。
『この部屋の主が、………朝陽がいないと寂しいな』
『朝陽が起きていれば、私たちが来た途端に嬉しそうに微笑んでたからね。それに慣れてると、この静けさが辛い……』
だって、嬉しかったんだ。いつも、部屋の中で一人ぼっちが、お世話役の人がいるだけで、寂しかったんだ。お世話役の人は年が離れてるから話が合わないから、お兄ちゃんたちが来ると歩の津に嬉しかったんだよ。
―――寂しい。お兄ちゃんたちも、相当寂しいだろう。私がそうさせてしまった。私も寂しい、会いたい、話がしたい。でも、出来ない。今の私に出来ることは、こうやって見るだけだ、お兄ちゃんたちの平和を祈るだけだ。
『タケ、そろそろ部屋に戻ろう? 宿題、やらなきゃだし』
『……あぁ、そうだな』
お兄ちゃんたちはそう言って私の部屋から退室する。そしてその瞬間、鏡に映された映像は消え去った。
元気そうで、本当によかった、安心した。異界にいたあの二人と、お兄ちゃんたちが完全に別人だと言うことが分かって、本当に安心した。やっぱり、お兄ちゃんたちが朝陽を殺そうとするわけが無かったんだ。だって、お兄ちゃんたちは優しいんだから。
「アサヒ」
セフィリアが私を呼び、そしてハンカチを渡す。そこでやっと気がついた、私が、泣いていると言うことに、頬を、涙が伝っていると言うことに。
……寂しい、寂しいよ。もっと、見て痛かった、直接会って話をしたかった。お兄ちゃん、お姉ちゃん、………大好きだよ。
涙がどんどんとハンカチに吸い込まれ、涙を吸い込んだハンカチはどんどんとシミを作っていく。そして、そのうちにシミ同士が繋がり、大きなシミへとなって言った。そして、そのシミはハンカチ全体に行き渡り、涙を吸い込まなくなった。
「ほら、コレも使いなさい」
セフィリアのハンカチが涙を吸い込まなくなると、今度はトリス兄様が自分のハンカチを貸してくれた。
そうやって、私はしばらく泣き続けた。その結果、セフィリアのハンカチ、トリス兄様のハンカチだけでは足りず、ハリー兄様や王様のハンカチ、そして城のメイドさんたちのハンカチまで借りる結果となった。
「落ち着いたか?」
「………ごめっ、なさい……」
私が泣いていたせいで時間を取ってしまったことに、まず謝罪する。まだ泣きやめてはいないが、それでもある程度話せはするので、謝罪はする。が、王様たちは気にしなくてもいいと慰めの言葉をくれた。ありがとう。
「王様、ありがとっ、ござい、ましたっ。おかげ、安心……できました」
まだひっくひっくとしゃくりあげながらも、それでも王様にお礼を言う。王様のおかげで、異界のあの少年たちとお兄ちゃんたちが別人だと、心から安心することが出来た。
「安心できてよかったよ。だが、もうしばらくは静養しておくんだ。心の傷というものは、治ったように見えても、結構根深いものだからな」
ありがとう、その気持ちがとても嬉しい。でも、もう大丈夫。だって、私が狂った原因は、あの少年たちがお兄ちゃんたちじゃないかと言う考えのせいだからね。それが無ければ、なーんの問題も無いよ。
でも、しばらくは王様たちの言葉に甘えて、何も考えずに過ごすことにしよう。そのほうが、王様たちも安心するだろうからね。
だが、その何も考えないと言うのがいけなかった。何も考えないようにしていると、水鏡越しに見たお兄ちゃんたちの顔が浮かんでくる、寂しい。
―――いわゆるホームシック、海峡病というものだ。
……お兄ちゃんに会いたい、お姉ちゃんに会いたい、お父さん、お母さんに会いたい。…………寂しい。
「ユーリさぁん………」
あまりの寂しさに一人でいられなくなり、部屋を出てリビングへ向かう。リビングではユーリさんが本を読みながらお茶を飲んでいたののだが、ユーリさんは私が来たことに気づくと、すぐに立ち上がって私の横にやってきた。
「アサヒ、どうしたの? どうして泣いてるの? どこか痛い?」
「んーん、どこも痛くない。けど、……寂しいよぅ」
私はそう言って、ユーリさんに抱きついた。いきなり抱きつかれたユーリさんは驚いていたようだったが、それも一瞬だった。すぐに抱き返してくれ、そして、そのままソファーへと移動する。
「アサヒ、どうしたの? 何が寂しいの?」
ソファーに座ったユーリさんは、それでも抱きついた私を離そうとせず、優しく問いかけてくる。そんなユーリさんに、私は少し泣きながら、それでもホームシックで寂しくなったことをしっかり説明した。
「あらあら、そうなの。なら、今日は一緒にいましょうね。一緒にお茶にしましょ」
そして、私たちはセフィリアが戻ってくるまで、二人でお茶を飲みながらいろいろなことを話した。シルヴァーナと言う国をどう思うか、とか、シルヴァニオンについてとか。
ユーリさんは言葉を考えて話をしてくれた。私が、異界のことでへこまないように、日本の話をしてホームシックを悪化させないように。その気配りが、本当に嬉しい。ありがとう、ユーリさん、いや………
「お母様」
私がグラディウスの養子になって、随分と時が流れた。そろそろいいとおもうんだ、ユーリさんとフリードさんの呼び方を変えても。
それを実行した結果、私に母と呼ばれたことへの喜びからか、ユーリさんは私を強く抱きしめた。
「アサヒ、やっと私を母と呼んでくれたわね。フレッドにも伝えなくっちゃ」
……そこまで喜ばれると思ってなかったなぁ。でも、なんか嬉しい。
そうしていると、仕事に行っていたセフィリアが帰って来、そして、母の異常に高いテンションに気がついた。
「お母様、どうなされたのですか?」
「アサヒが私を母と呼んでくれたのです。これを喜ばずして、どうしろというの」
「いえいえ、喜ぶなとは言っていません。お母様があまりにも嬉しそうにしていたので、気になって尋ねただけじゃないですか」
セフィリアはそう言って、私のほうを見る。心なしか、笑顔のような……。私がユーリさんを母と呼んだことで、セフィリアまで喜ぶとは思わなかったな……。
てか、ユーリさんの喜びが半端ないわ。メイドさんに今日の食事はお祝い用のものを準備するように言ってるよ。ちょ、何でお祝い!?
「……どうしたんだ? ユーリ、セフィリア」
そうしていると、いつの間に帰ってきたのか、そばにフリードさんが立っていた。フリードさんはすぐに、異様にテンションの高いユーリさんに気がつき、尋ね、そしてユーリさんは満面の笑みで答えた。
「アサヒが母と呼んでくれたのです。いいでしょう、フレッド」
ちょ、それ自慢!! フリードさん、表情一変してる、怖いから!!
反射的に後ずさるのだが、フリードさんはそんな私にぐんぐんと近寄ってくる。……そして、遂に後ずさる場所が無くなった。私の背中は壁についている。
「アサヒ、私はまだ父とは呼んでもらえないのかな?」
……フリードさん、怖い。呼んでもいい、呼んでもいいんだけど、怖い。
ふとフリードさんの後ろを見てみると、そこではユーリさんとセフィリアが楽しそうに微笑んでいた。いや、お願いだからフリードさんを止めて。
うー、逃げたいけど逃げれない。横に動けば同じだけフリードさんも横に動くし、後ろは下がろうにも壁だ。前に行けば逆にフリードさんに接近することになるし……。どうすればいいんだろ。
「お父様の望みを叶えてあげればいいでしょう?」
そう思っていると、楽しそうに眺めていたセフィリアが呟いた。あー、確かにそうなんだけど、今のフリードさんにそれを言うのって何だか怖いんだよね。……だって、目がマジなんだもん。
そうやってしばらく思考をめぐらせていると、突然フリードさんが後ろに下がった。何でだろ、理由は、ユーリさんが後ろからフリードさんを引っ張ったからだった。
「フレッド、アサヒはまだ言いづらそうにしているでしょう? もう少しお待ちなさい」
「だが、ユーリばかり……」
ずるい、と、そういいたいわけですね。いや、言ってもいいんだけど、フリードさん怖いからさ、反応が。だから、言おうにも言いづらいんだ。
でも、ちゃんと言うから待っていて。フリードさんの反応にもう少し慣れたら、フリードさんにも言うから、ちゃんと、お父様って呼ぶから。
お兄ちゃん、お姉ちゃん。アサヒにはお父さんとお母さんが二人ずつ居ます。みんな、朝陽の大事な両親です。
「アサヒ、出来るだけ早めに父と呼んで欲しい」
「………もうしばらく待っていてください」
今はフリードさんのその過剰な反応に慣れてないから無理だけど、慣れれば大丈夫だと思う。だから、そのときにきちんとお父様って呼ぶから、それまで待っていて。
「私の反応は、そんなに過剰だろうか」
「過剰です」
フリードさんにそれを告げると、フリードさんからはそう返って来た。自覚症状がないって問題だね。かなり過剰なのに。だって、初めて会った日も、突然抱きしめられたしね。あの時はどう反応すればいいのか分からなくて相当焦った記憶があるよ。
そして、私たちはリビングに集まり、その後もいろいろと話をした。そうやって話をしていると時間が経つのも早いらしい。夕飯の支度が整った。
うん、今日の夕飯はご馳走だったよ。これが、ユーリさんの言うお祝いの食事なんだね。まぁ、お祝いの食事とあって、普段は食べられないようなものがたくさんあって、楽しかったけどね。
そのおかげか、気がつけばホームシックなんてものはきれいさっぱりよくなっていた。さよなら、ホームシック。
そして後日。
「お母様、セフィリアは今日は休みですよね? いないんですけど、どこか行ったんですか?」
「あの子なら、陛下にお呼ばれして、城に行っているわ」
セフィリアは今日休みだと言っていたのに、なぜ居ないのだろう。疑問に思った私はユーリさんに尋ねたのだが、ユーリさんからは予想斜め上の答えが帰って来た。
あぁ、私はまだ異界には関わらせてもらえないんだね。そう思いながら部屋に戻ろうとしていると、リビングの扉の影に居る人に気がついた。
「うわっ!!」
気配がないものだから、怖い。って言うか、本当に何をしているんですか。
「フリードさん」
「アサヒ、まだ父とは呼んでくれないのかい?」
……なーる。母と呼ばれているユーリさんが羨ましくてここで見ていたということですね。怖いって、明らかに怖いって。
てか、そういうことをするから、父と呼んだときの反応が怖くて呼べないんですよ。だが、フリードさんはそれを分かってくれない。結果としては、フリードさんを父と呼ぶ日はいつになるやら、ってね。
それからしばらくして、セフィリアが帰って来た。それを知った瞬間、私はセフィリアの元へと急いだ。話を聞かせてもらうために、仮に教えてくれなくても、教えてもらえるまで喰らい付くために。
「セフィリア、異界のこと、何か分かった?」
「教えません」
「いいじゃん、もう、大丈夫だよ?
「ダーメ。これはお母様も同意見です」
「大丈夫だって! 自分のことは自分がよく分かってるんだから!」
「他人だからこそ気がつくこともあるの、諦めなさい」
くそう、もう大丈夫なのに。っていうか、水鏡でお兄ちゃんたちの姿を確認して以来、一度として魘されたりもしないし、大丈夫なのに。
それでもまだ許可は下りない。何度大丈夫だといっても、ユーリさんの反対の一声で許可は下りなくなる。……面白くない。
「もうしばらく養生しなさい」
養生しろといわれても、外に行くときは絶対に誰かが付いてくるようになったし、その状態で養生しろといわれても無理でしょう。家の中じゃ逆にストレスたまるし、外に出ると絶対にメイドさんか私兵の誰かがついてくるし。―――私が、勝手に異界に入り込まないように。
結果としては、自由な行動が出来ないため、ストレスがたまる。ストレスを発散する場所が無いのだ。
自由が奪われる。異界にいたあの二人のせいで、勝手に異界に入り込んだ私自身のせいで。―――もういやだ。
「お母様、一人で街に行きたいんですけど、いいですか?」
「ダメよ、絶対に誰かを連れて行きなさい」
ためしにユーリさんに一人で街に出ていいか尋ねてみるのだが、返ってくる答えはいつも一緒、"誰か連れて行きなさい"。それがまた、私のストレスを蓄積させる。
「誰か居ると、自由に動けないからストレスが溜まるんです。少しでいいから、一人で行かせてください」
「だから、ダメ。メイドや私兵にはある程度自由にさせるよう言っておくから、誰か連れて行きなさい」
言ったところで意味も無く、自力でメイドさんや私兵をまこうにも、私の体力上不可能な話で。
―――もう、疲れた。死んでもいい?