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探し物は何?  作者:
10/22

異界って怖いの?

 ………この感じはいったい何なのか。とても変な感じ、嫌な感じ。これは、何なの?

 怖い、怖いよ。何だか、とっても怖いんだ、近寄りたくない感じがするんだ。でも、行かなくちゃって、本能が叫んでる。なら、行かなくてはならない。

 私は嫌な気配のする場所に近寄る。でも、そこにはパッと見た感じ、何もない。でも、それでもとても怖いんだ。

 背中を冷たい、嫌な風が撫ぜる。その瞬間、私は咄嗟に呟いていた。


「ファイアリー」


 初代国王に習った、炎を発生させる呪文を。私が発生させた炎は嫌な気配のする場所へ一直線に駆けて行く。だが、斯けていた炎は突然、何かに弾かれたように散り、消え去る。

 炎が当たったはずのその空間は、醜いほどに歪んでいた。


 *****


 異界のことを知って、初代国王に呼ばれた数日後、私はようやくベッドから解放された。いやいや、しつこかったね、セフィリアとユーリさんが。フリードさんはそこまでしつこくなかったのに。

 大体、何で大丈夫だと連呼しても、本当に大丈夫なのに許可してくれなかったのかな、あの二人は。


 そしてようやく、本当にようやく開放されたこの日、トリス兄様から授業の休みの連絡を受けた私は、のんびりと街を歩くことにした。風は寒期らしく冷たいが、太陽の陽射しは心地よい。だからか、あまり寒さは感じられなかった。

 ちなみに、今日のお散歩では、わざわざ休みを取ったらしいセフィリアが付き添ってきた。


「だって、心配なんだもん」


 その一言で済ませようとすんな!!

 ねぇセフィリア、ユーリさん、あなたたちは本当にさ、何回大丈夫だって言ったら信じてくれるわけ? 私は、ほんっとうに悲しいよ。


 まぁ、それも気にせず、っていうかセフィリアがいようがいるまいがどうでもいい的な感覚で街を出歩く。今までに行ったことのない場所へと足を向ける。うん、知らない場所楽しい。

 でも、でもその中で何だか嫌な気配を感じた。咄嗟に、反射的に私は呟いていた―――あの、言葉を。


「ファイアリー」


 その瞬間に、私の攻撃呪文の当たった場所は空間が歪む。

 あぁ、そこに異界があるんだ。これが………、私たちの探していた、モノだ。


「っ!!」


 その歪んだ空間にセフィリアがゆっくりと手を伸ばす。その瞬間にバチッという、嫌なほどにいい音がして、セフィリアの手を弾く。

 セフィリアは弾かれた手を、もう片方の、無事な手でかばう。結構痛かったみたいですね。そして尚、セフィリアの触れた場所はバチバチと言う音を立て、触れるなと訴えているように聞こえた。


 ―――あぁ、行かなくちゃ。

 ―――ここに、行かなくちゃ。


 静かに手を伸ばす。

 だって、私なら入れるはずなんだから。私は魔力がある、だから入れる。


「アサヒ! 危ないからやめなさい!!」


 入ろうと手を伸ばすとセフィリアにとめられたが、私は手を止めない。だって、行かなくちゃ。

 そう思いながら、私は手をとめることはしない。私の手はどんどんと歪んだ空間に近づき、触れる。あぁ、やっぱり何も起こらない。―――いや、私の手は歪んだ空間に少しずつ、飲み込まれていった

 セフィリアが吸い込まれていく私を止めようと手を伸ばすが、空間が私を吸い込んでいくスピードのほうが早かった。


 私は、異界に飲み込まれた。


 *****


 異界に完全に飲み込まれた私は、まず状況を理解しようと思い、あたりを見渡す。私が今立っているのは、砂浜。そして目の前には広大な海。……初めて、海を直接この目で見たよ。

 そう思っていると、突然私の耳に無邪気そうな声が届いた。


「あれえ? 知らない人がいるねぇ、ケリー」

「本当だ、珍しい。な、ナッチ、アレ、知ってる?」


 海の上に立っている二人、――――なんでここにいるの?


「お兄ちゃん! お姉ちゃん!!」


 日本にいるはずの大好きなお兄ちゃん、お姉ちゃんだ。何でいるのかは分からない、だけど、会えて本当に嬉しいんだ。

 その嬉しさを隠しきれない私は、その二人目掛けて飛び込む、抱きつく。

 ―――いや、抱きつこうとしたのだが、私の伸ばした手はお兄ちゃんたちに触れることなく、風の魔法に吹き飛ばされた。


 ねぇ、何で? どうして? 問わずにはいられない、教えてよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。


「ふざけんなよ、テメェ。僕らは、お前なんて知らねぇんだよ」

「まったく、本当に馴れ馴れしいガキだね、ケリー」


 嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ!! お兄ちゃんたちがこんなことを言うわけが無いんだ、朝陽にひどいことを言うはずが無いんだよ! それと同じで、ひどいことをするはずが無い!

 ………じゃあ、あれは、誰? 私の大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんの顔をしたあれは、一体何?


「あんだよ? そんなに目ェ見開いて。僕たちが、そんなに怖いのか?」


 ケリーと呼ばれていたお兄ちゃんの顔をした少年はにやりと笑いながら私に問いかける。私はそんな少年に、逆に問いかけた。……いかん、声が震える。


「あなたたちは、一体何なの?」

『異界の番人』


 お兄ちゃんの顔をした少年と、お姉ちゃんの顔をした少女が同時に口を開き、言う。そして彼らは続けた。


「僕らの仕事は、この異界を壊そうとするもの、侵すものを殺すこと」

「だから」


 彼らはそこで一度きり、そして私を見る。そして同時に、嫌な笑顔を浮かべた。


『お前を今から僕たちが殺してあげる』


 その瞬間に、彼らは私目掛けて魔法を放つ。私は反射的に、その魔法を避けた。だが、彼は私が避ける位置が分かっているのか、再びその位置に魔法が飛んできた。

 あぁ、もう避けきれない。彼らの放った魔法が私の体を舐めつくす。私の体が焼けていく――――。熱い、苦しい。


「ウォーターレイン!!」


 私は掠れる喉で必死で水の魔法の呪文を唱え、私の身を焦がす炎を消す。

 ―――それで安心したのがいけなかったんだね。私の目の前には、あの少女が立っていた。

 そして、少女のその手には水で作ったらしい剣がある。私、ここで死んだ。本気でそう思った。

 少女は、そんな私を蔑むような目で見て、言った。


「さっきの炎で焼け死んでれば、少しは楽に死ねたのにね。……痛みに苦しみながら死んでよ」


 それは死刑宣告だった。私の死を告げる一言。彼女の持っている剣は、今にも私の胸に刺さりそうだ。

 ―――死にたくない。死にたくないよ。私は、まだ―――生きたいんだ。


「ラ・リブラ・ド・シルヴァンス」


 生きたい。生きたいんだよ。ねぇ初代国王、この魔法は私を助けてくれるんだよね? 助けて、たすけて、タスケテ。


「……うあっく!!」


 その瞬間に、風が私の周りに渦巻く。それと同時に私を殺そうとしていた少女が、その風に弾き飛ばされた。飛ばされた少女は憎たらしそうに私を見る。

 ……いや、違う。少女が見ているのは私じゃない。私の巻き起こした風の前に立っている男をきつく睨んでいた。


「どうしてこんなところにいるんだ、シルヴァーナ国王!!」

「ふむ、久しぶりだなケリー、ナッチ。まさか君たちがこの異界の番人をしているとはね。まったく、誤算だった」


 シルヴァーナ国王? でも、風の前にいるのは、私の知っている王様じゃない。でも、似てはいる。

 彼らは、その青年のことをシルヴァーナ国王と呼んだ。まさか、まさか――


「アサヒ、怪我は無いか?」

「初代………国王?」


 私が自信なさげに、呟くように問いかけると、青年、もとい初代国王は静かに頷き、私の頭に手を置いた。

 初代、国王。私が兄様に勉強用に使わされた書物に書いてあった絵と同じだ。違うのは、その身にピアスと指輪をしていないだけ。


「さて、ケリー、ナッチ。悪いが少し眠っていてもらおうか」

「ふざけるな! ナッチ、行くぞ!!」

「ケリーこそ、大丈夫だね!?」


 初代国王が挑発するように言うと、少年たちは見事挑発に乗せられて初代こくおうへと突っ込んでいった。

 そしてそんな彼らに、初代国王はニコニコと微笑みながら彼らに魔法を喰らわせた。……えげつないな。しかも少年たち、海に落ちたよ? 大丈夫なの?


 その後、私に危険がなくなったことを確認した初代国王は、私のまわりに渦巻いていた風を消し、淡く微笑みながら私に話しかけてきた。

 その笑みは、何だか悲しい。


「我が子孫を連れて来いと言っただろう? お前だけだと危険だから、そう言った。それなのに、どうして一人で来た、連れて来なかった」

「ごめん………なさい……」


 そうだよ、確かに私は言われてたんだ。それなのに、私は言うことを聞かずに一人できた、そして危ない目に遭った。全部、私が悪いんだ。

 涙が零れる。私自身のおろかさに、私の馬鹿さに―――


「ごめんなさい、ごめんなさい………」

「あぁ、悲しませてしまったな、すまない。でも、これで分かったな? 次に異界に行くときは、絶対に我が子孫を連れてくるんだ、いいね?」


 私は泣きながら頷く。初代国王は、そうやって泣いている私を優しく抱き締めてくれた。そして、よしよしと頭をなでてくれる。


「しばらく泣くといい。怖かったろう?」


 初代国王のその言葉が、涙の流出速度を一層速める。大粒の涙が次々と、ぼろぼろと流れ落ちた。

 初代国王の胸を借りて泣き続ける。初代国王は私が泣いている間中、ずっと私を抱き締めてくれ、そして頭を撫でつづけていてくれた。

 そして、そうやってしばらく泣いて、ようやく泣き止めた頃、思い出したかのように火傷の痛みが私を襲った。


「いっ……!!」


 その声に気がついた初代国王は冷静に私を診、そして私の体中にある火傷に気がついた。そしてそれを確認した瞬間、初代国王の目が悲しそうなそれに変わる。


「すまない、治癒魔法で治してやりたいのだが、魔力が足りない。早く戻るか」


 謝らないで、初代国王、あなたは悪くないんだから。悪いのは全部私なんだから、謝らないでよ。言うことを聞かずに、一人でこんなところにのこのこと来た私が悪かったんだから。


 *****


「アサヒ!!」


 そして、異界から戻ると私が戻ってきたことに気がついたセフィリアがすぐに私の元へと駆け寄る。そんなセフィリアを、初代国王は容赦なく叱りつけた。


「我が子孫、お前は一体何をしていた。私はアサヒを守るよう、アサヒに関わるものたちにそう、伝えたな?」

「……申し訳ございません、初代国王陛下」


 ねぇ、初代国王、どうしてセフィリアを叱るの? セフィリアは悪くないんだよ? なのに、どうしてセフィリアを怒るの?

 やめて、やめてよ。そう言いたいのに、火傷の痛みがひどくて何も言えない。お願いだよ初代国王、セフィリアを怒らないで。セフィリアは私を守ってくれてるから。

 

 あぁ、あれからどれくらい経ったんだろう。結構経ったのかな、あんまり経ってないのかな。痛みで時間の感覚すら薄れてる。

 そう思っていると、その願いが通じたのか、初代国王は、「魔力が足りない」と小さく呟き、風に舞うように消えていった。


 ―――そして、そこが私の限界だった。



 その次に私の意識が戻ったとき、まず、光を感じた。太陽の光とは違う、人工的な灯の光。その中で、ゆっくりと目を開く。


『アサヒ!!』


 目を開けて聞こえるのは、私を呼ぶ声だ。声は二人分、セフィリアとユーリさんだ。ゆっくりと、そちらへと目を向ける。


「大丈夫? 痛くない?」

「だい……じょう……ぶ………」


 大丈夫だと告げる私の声は、予想以上に掠れている。喋るだけで少し喉が痛い。そう思っていると、セフィリアが水を飲ませてくれた。水分が体中に行き渡る、気持ちがいい。

 そして、水を飲んで体が楽になったように感じた私は、ゆっくりと体を起こそうとした。が、その瞬間に激痛に襲われた。


「動いちゃダメ!! 寝てなさい!!!」


 痛みに苦しむ私に、セフィリアは厳しい声を投げかける。私はその指示に従い、痛む体に鞭を打ち、元の体勢に戻るのだが痛みはまだ続いている。

 その痛みに苦しむ私に、ユーリさんは爆弾を落とした。その衝撃は、超至近距離に落とされたに等しいほどのものだった。


「アサヒ、あなたはあれから十日間、ずっと意識が無かったのよ?」


 信じられなかった。あれから十日も経っているという事実を信じたくなかった、驚かざるを得なかった。

 その事実が、この怪我のひどさを物語っている。十日間も経っていて、それで尚ここまで痛む怪我、それは、相当重傷だろう。

 セフィリア曰く、あの日、ひどい火傷を負って異界から戻ってきた私は、生死の境を彷徨っていたらしい。そんな私を助けるため、セフィリアたちのみならず、王様たちも協力してくれたそうだ。国の有能な医者を集めて私の治療をさせたり、祈祷師に私の平癒を頼んだり、と。

 まぁ、どれのおかげかは分からないが、とりあえず私の意識は無事、戻ったわけだ。うん、よかった。

 あー、痛い。地味に痛い。痛みが全然消えないんですけどー。そう思っていると、セフィリアが厳しい表情、厳しい声で言った。


「しばらくは絶対安静だからね、いい?」

「わか……ってる、よ……」


 それくらいは言われなくても………というか、無理をしようにも出来ないって。それに、生死の境を彷徨った後で無理できるほど、私の神経丈夫にできてない。

 ついでに言うならさ、ここで無理したら、絶対に怪我が治るの遅くなるでしょ? 苦しむ時間が長くなるでしょ? それは嫌だからちゃんと安静にしてます、うん。


「いい子ね。ほら、コレ飲んでまだしばらく休んでなさい」

「これ……何?」

「痛み止め。コレを飲んだらよく眠れるからね」


 セフィリアはそう言って薬を目の前にかざす。そして私が口を開くと、セフィリアは薬を私の口の中に落とし、水を含ませた。

 薬を飲んで少しすると、本当に痛みが消えていく。あぁ、眠たい。これなら、眠れるよ。


 *****


 夢を、見た。悪夢。

 夢にはお兄ちゃんやお姉ちゃんと同じ顔をしたケリーと言う少年とナッチと言う少女が出てくる。彼らは私を殺そうと襲い掛かる。

 いろいろな魔法が私目掛けて放たれる。銀色に輝く剣にお兄ちゃんたちと同じ顔を移して、その剣で私の胸を穿とうとしてくる。やめて。お願いだから、殺さないで。


 ―――お兄ちゃんたちと同じ顔で朝陽を殺そうとしないで。


 私が何を言おうと、彼らは攻撃の手を緩めない。ただ、私を殺そうとしてくるだけ。

 あの二人が完全にお兄ちゃんたちと被る。だから、あの二人に攻撃ができない。だから、受けるだけ。

 辛いよ、苦しいよ、痛いよ。心が、痛いよ―――


 *****


「アサヒ、アサヒ? 大丈夫?」


 セフィリアの声で、夢から醒める。ゆっくりと目を開いてセフィリアを見ると、何故か視界が滲んで見える。その中で、セフィリアはタオルを持っていた。何でだろ? そう思っていると、セフィリアはそのタオルで私の頬を拭いた。………あぁ、泣いてたんだ。


「怖い夢を見たのね。でも、もう大丈夫」


 私の流していた涙をきれいに拭いたセフィリアは、私の頭を優しく撫でながら言う。撫でられているその場所から、安心があふれ出す。あれは夢なのだと、考えることができる。

 私を殺そうとしていたのはお兄ちゃんたちじゃない、別人なんだ。お兄ちゃんたちが朝陽を殺そうとするはずがない、だから別人なんだよ。

 でも、でもね。怖いんだよ、あれがもしお兄ちゃんたちだったら、って考えると。お兄ちゃんたちに嫌われたんじゃないかって考えてしまうから、それが辛いんだよ。


「もう大丈夫。だから、また眠りなさい。アサヒが魘されてたら起こしてあげるから」


 怖い、怖いよ。でも、セフィリアが起こしてくれるって言ってるんだ、大丈夫だよね。


 そして朝、小鳥の囀りで目が覚めた。顔を動かすと、ベッドのそばに置かれた椅子に座り、セフィリアが眠っていた。ずっと付いててくれたんだね、ありがとう。

 それから少しして、セフィリアも目を覚ましたらしく目が開く。しっかりと目が合った。


「おはよ、セフィリア」

「おはようアサヒ、傷は痛くない?」

「今のトコ、平気」

「そう。じゃあ今のうちに傷を消毒して、ちょっと体も拭いておこうか」


 セフィリアはそう言って、メイドさんにガーゼと包帯、消毒液等を持ってくるよう頼む。そしてメイドさんはすぐに言われたものを用意して部屋へやってきた。

 そしてそれを受け取ったセフィリアはにっこりと微笑みながらこちらを見た。……あれ? 何だろ、超怖いんだけど。


 その後、セフィリアは私の体に巻かれていた包帯を少しずつ取っていく。傷口が露わになる。


「向こう向いてなさい、見なくていいから」


 セフィリアは言うが、どれだけ顔を逸らしていても見える場所はしっかりと見えてしまう、醜い傷口が目に入る。だから、しっかりと目を瞑った。何があっても見なくて言いように、ぎゅっと。

 それからしばらくの間、傷の消毒をされ、そして体を拭かれ、としていた。……うん、いろいろ痛いです。だが、痛いと訴えても傷の消毒がなくなるわけではない。結果、しばらくの間痛みに襲われ続けた。おかげでぐったりです。


「はい、これで消毒はお終い。後はご飯食べて、またお薬飲もうね」


 セフィリアが言うと、どこで待っていたのかメイドさんたちがぞろぞろと部屋に入り、朝食の支度をしていく。

 そして用意されたのは消化のよさそうなスープ、固形物はゼロ。……萎える。


「そんな嫌そうな顔しないの。きちんと食べて、栄養を摂りなさい」


 そしてそれはしっかりと顔に出ていたようだ、セフィリアに窘められた。……ん? そいえば、セフィリアは朝ご飯どうするんだろ、後から食べるのかな?


「お母様が食事を終えたら、交代して食べに行くの。それまでは私がアサヒの看病の担当」


 なる。つまり、いつだって私のそばには誰かがいると、そういうことですね、萎えますね。

 その後、朝食を終え、セフィリアに痛み止めだ、化膿止めだ何だといろいろな薬を飲まされた後、またすぐに眠った。まだ起きておくのも辛い、少し動くだけで痛みに襲われる。だから。


 そして傷の調子も大分よくなり、ちょっと動いたくらいでは痛まなくなった頃、トリス兄様が果物を持ってお見舞いに来てくれた。


「やあ、アサヒ。調子はどうだい? 傷は痛くないか?」

「兄様、心配かけてごめんなさい。今は、痛くないから大丈夫です」

「そうか、それはよかったよ。みんな、本当に心配していたんだ」


 ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた兄様は、持ってきた果物をメイドさんに預け、口を開いた。その表情は、喜んでいるようにも見えるし、悲しそうにも見える。……相当心配をかけたようだ。


「頼むから、今度からはこんな無茶な真似はしないようにしてくれよ?」


 そう呟く兄様の表情は暗い。私がそうさせた、私の軽率な行動がこの結果を生んだ。―――全部、私が悪い。

 そう考えていたら、私の表情も暗くなっていたのか、兄様は明るい声で、私に言う。


「アサヒ、お前は悪くないぞ。だから、自分が悪いなんて考えないでくれ。悪いのは、初代国王陛下の指示に従えなかった私たちなんだ」

「初代国王の………、指示?」

「あぁ、私たち全員、夢の世界で初代国王陛下にお会いしたんだよ。異界のことを知ったあとにね」


 あの日とは、私を呼んで魔力の使い方を教えただけではなく兄様たちも呼んで話をしていたのか。それで、一体何を指示してたんだろ。


「"アサヒを守れ"と言われたよ。アサヒを傷つけるものには容赦をするな、そう言われ私たちの中に眠る魔力を覚醒させていったんだ」


 *****


「ハリーロンド・フォン・シルヴァンテス。お前には防御の力、"土"を」


 今のアサヒに関わる王家の人間たちを呼び寄せた初代国王は、まずハリーロンドを見て言う。初代国王がその言葉を紡いだ瞬間に、ハリーロンドの周りに変化が起こった。土が形を得、ハリーロンドのそばに落ち着いたのだ。


「ハリーロンド、感じるな? それが土を操る力だ。お前は、それでアサヒを守るんだ」

「畏まりました、初代国王陛下」

「トリス・フォン・シルヴァンテス。お前には攻撃の力"火"を」


 ハリーロンドに土の力が宿ったのを確認した初代国王は、次はトリスのほうを向いて言う。トリスに与えた力は、"火"。瞬く間にトリスのまわりは火に包まれた。だが、トリスが焼けることは無い。火は、トリスに味方するものなのだから。


「トリス、それが火を操る力だ。お前はそれで、アサヒに害成すものを滅せ」

「畏まりました」

「セルドニア・フォン・シルヴァンテス。お前には城にいてもらわなくてはならないからな。だから、遠くの地の様子を見れるよう"水"の力を授けよう」


 すると、セルドにそばで水が形を作り、鏡となる。その鏡には、激しい火傷に襲われて生死の境を彷徨うアサヒの姿が映されていた。


「これは、未来だ。だから、こうならぬようお前たちが守れ、いいな」

「そうならぬよう、尽力いたします」

「では、最後にセフィリア・フォン・グラディウス。お前には治癒の力、"風"を。もしあの未来が実際に実現されたとき、お前が風の力を持って治癒させるんだ。絶対に、あの子を死なせるな」

「畏まりました、初代国王陛下。あの子は絶対に死なせません、守ります」


 *****


 それが、初代国王と私に関わる王家の人たちの会話。全てが、私を守るため。

 兄様、絶対それ嘘だよ、私が悪いんじゃんか。全部、私のせいじゃん。あの時セフィリアが叱られたのも、全部私のせいだよ、私が悪いんだよ。

 兄様はそう考えている私に優しく声をかけてくれる。


「アサヒ、自分が悪いと考えるな。私たちは大人で、アサヒは子供なんだ。大人は子供を守る義務がある。たとえ、何があってもな」


 その何があっても、野中に私が言うことを聞かずに異界に入り込んでしまった場合も含まれているのか。だから、兄様たちは私は悪くないの一点張りなんだ。全部、私が悪いのに。

 そうして興奮したのがいけなかったのだろうか。突然、私は激しい痛みに襲われた。


「………つぅっ!!」

「アサヒ!? くそ、セフィリアを呼べ、早く!!」


 クッションを背に起き上がっていた私は、あまりの痛さに前のめりになる。兄様はそんな私に手を貸して、私をベッドに横にさせた。くう、ずきずきする、痛い。

 そうやって痛みに苦しんでいると、メイドさんに呼ばれたセフィリアが急いでかけてきた。


「アサヒ! 大丈夫!? 兄様、何をなさったんです!!」

「少し興奮させてしまったようだ、すまない。アサヒ、大丈夫か?」


 違う、違うから兄様を責めないで。兄様は悪くないよ、私が勝手に興奮しちゃっただけだから。そう言いたいのに、痛みが邪魔をして目的の言葉を紡げない。

 セフィリアが初代国王に叱られているときも、痛みのせいで声が出せなくて止められず、セフィリアは初代国王に叱られていた。今回も、私はとめることができない。私が悪いのに。――――悔しいよ。

 涙が零れる、悔しい。悔しくて涙が止め処なく流れ続ける。そんな私の様子を、話をしていたセフィリアと兄様がほぼ同時に気づく。そして、二人が同時に焦りだした。


「痛いの、大丈夫? 痛み止め持ってくるから、飲んで眠ろうね」

「だい……じょうぶ……だから……」


 確かに痛いけど、それよりも自分の無能さのほうが辛いんだ。だが、嗚咽が激しくてそれを伝えることができない。

 セフィリアは私が傷の痛みで泣いていると思ったらしく、メイドさんに指示を出して痛み止めを持ってくるよう言う。それを待つ間、セフィリアはハンカチを手に、私の頬を伝う涙をきれいに拭ってくれた。

 それから少しして、メイドさんが痛み止めを持ってくると、すぐにその薬を飲まされ、寝ておくよう命じられる。兄様はそんな私にきれいに毛布をかけてくれた。


「じゃあ、私はこれで帰る。アサヒは元気そうだったとセルドたちに伝えておく」


 兄様はそう言って帰っていった。うん、王様たちに伝えてよ、大丈夫だって。まだ痛いけど、それでも大丈夫だから。そう思いながら、私は眠りの世界へと落ちていった。


 *****


 また夢を見た。何度も何度も見た夢、同じ夢。お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じ顔の少年たちが夢に出てきて、私を殺そうとする。

 最初はまったく抵抗できずに攻撃を受けるだけだった。でも、途中からあれはお兄ちゃんたちじゃないんだと思えてやり返すと、その少年たちがお兄ちゃんたちに代わって、悲しそうな目で私を見るんだ。


「朝陽、何で、兄ちゃんたちを攻撃するんだ? 朝陽は兄ちゃんたちが嫌いだったのか?」

「お姉ちゃん、朝陽が大好きなのに朝陽はお姉ちゃんが嫌いなんだね。お姉ちゃん悲しいな」


 そう言って、悲しそうに私を見てくる。

 何もしなければ、ただただ攻撃を受けるだけ、やり返すと少年たちはお兄ちゃんたちに代わり、悲しそうな目で私を見る。それが、とても辛い。

 夢を見ると、決まって泣きながら目を覚ます。魘されているときに起こされるのだが、そのときは既に涙が流れている。


 眠るのが怖い。眠ると夢を見る、お兄ちゃんたちとそっくりのあの少年たちが出てきて、私を殺そうとする。


「お兄ちゃんたちと同じ顔で、朝陽を殺そうとしないで」


 その言葉を何度紡いだだろう。夢を見るたび、攻撃を受けるたびに頭の中で呟いた。呟きながら、攻撃を受け続けた。

 日本にいるお兄ちゃん、お姉ちゃん、会いたいです、とても会いたいです。お兄ちゃんたちに会えれば、あのケリーとナッチと言う少年たちがお兄ちゃんたちとは別の人だと理解できるから。

 ――――お兄ちゃんたちが朝陽を殺そうとしたんじゃないって分かるから。


 *****


「アサヒ、アサヒ? 大丈夫?」

「……ユーリ、さん?」


 そして、今回も魘されていたのか、ユーリさんに起こされた。頬に触れると、今日もしっかりと濡れている。


「ほら、手をどけて」


 ユーリさんはそう言って頬に触れる私の手をどき、頬を伝う涙を拭ってくれた。

 ちなみに、私が寝ているときはセフィリアかユーリさんが必ずそばに付いていてくれている。私が魘されているときに起こすため、二人とも交代で徹夜して付いていてくれているんだ。

 だって、私が一晩に一度は必ず魘されるから。魘されて、泣いているから。


「もう大丈夫。だから、もう一度休みなさい、ね?」

「うん、おやすみ、なさい」


 ユーリさんはそう言いながら私の頭をなでる、気持ちがいい。その気持ちよさが再び睡魔を呼び込んだ。だから、また眠るね。

 最近は怪我のせいか、近くに人がいても気にならずに眠れるようになった。人がいてもぐっすり眠れるようになった。

 だから、ぐっすりと眠る。早く善くなるように、早くこの痛みから解放されるように。



 それから約一月後、私の怪我はようやく大体治った。うん、長かったよ。


「後はリハビリだね。ずっと寝たきりだったから、しばらくはちょっとの行動だけでもすぐに疲れると思うよ」

「……面倒だね」


 まぁ確かにずっと寝たきり生活だったけどさ。動くのも基本、補助つきか完全に頼りっきりで動くくらいだったけどさ。

 あー、せっかくつけた体力もまたがた落ちしてそうだなー。せっかく頑張ったのに。


 そしてしばらくの間、私は家の中でリハビリに励むこととなった。うん、すぐに疲れたよ、すぐに筋肉痛に襲われたよ。痛い痛い痛い。


「くあぁつ!!」

「筋肉痛。何日かすれば治るから、それまでは我慢なさい」

「慣れれば筋肉痛にもならなくなるから、それまでの辛抱ね」


 私が筋肉痛の痛みに苦しんでいると、セフィリアとユーリさんが続けて言う。くう、この痛みを知らないから言える台詞だな、それ。

 あー、本気でやばいよ痛いよ。少し動くだけで全身の筋肉が悲鳴をあげてるよ。


 しばらくは、早くこの痛みから解放されることを祈りながら日々の生活を送ることにしよう。

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