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探し物は何?  作者:
1/22

此処は何処?

ファンタジー挑戦してみました。

誤字脱字等のお知らせはお待ちしております。


 この世のものは全てが儚い。故に美しい。

 だから、死ぬのは怖くないよ。

 この世のものは全て、果てる運命にあるのだから。

 ――――だから、抗わないよ。


 *****

 

「………ここはどこだ」


 辺りを見渡せば、現代日本に於いてあり得ない景色が目に映る。さて、私は一体どうしてこんなところにいるのでしょう。

 それ以前に、どうして生きているのだろうか。―――私は死んだはずだ。

 私は死んだ。病院のベッドの上で、僅か十八年の生涯を終えたはずなんだ。それなのに、何故?


 死の世界? ―――いやいや、そんなもの私信じてないし。

 天国? ―――ならもっと景色はきれい、だよね?


 ここはどう見ても、―――戦場。辺りでは先ほどから爆音が響き渡っている。

 ナゼ? ドウシテ? 私、死ヌ前ニ何カシマシタカ?



「貴様、何者だ」


 そうしてしばらく葛藤していると、いきなり首筋に冷たい何かが当てられた。―――ソレは、剣。銀色に光る、きれいな剣だった。同時に、ピリッとした痛みが走る。

 あぁ、終わった。今度こそ完全に終わった。ここで死んだら一体どうなるのだろうか。………ま、いっか、どーでも。

 なのに、どうして首筋からその冷たい感覚が消えているの? どうして殺さないの?

 疑問に思いつつ後ろを見たのだが、―――見ないほうがよかった。

 

 うん、ここはどこですか? 日本において金髪碧眼の人が剣を持って立っていることはあり得ません。

 ねぇ神様、ここは本当にどこなんですか―――?

 

「すまない、敵国の兵士かと思ったんだ。少女とは思わなかったのでね。怪我をさせてしまってすまない、大丈夫かい?」


 日本ではあり得ない髪と目の色をした青年はそう言って私に手を差し伸べてきた。えっと、どうすればいいのかな?

 そのまま動けない私に、青年は苦笑しながら私を抱き上げた。………一体何。

 

「暴れたりしたら危ないからやめてくれよ」


 青年はそう言いながら歩き続ける。あの、ちょっと、目的地はどこですか? どこかに連れて行かれて、殺される運命にでもあるんですか?

 でも、それでもかまわない。だって、私は既に死んだはずの人間。死んだ人間が再び死んでも何の問題もないはずなのだから。

 

 そしてしばらく歩いて人の集まる建物に入ると、私はようやく下に下ろされた。うーん、今から何が起こるんだろう。

 

「おや、どうなさいました? 閣下」

「この子の手当てをしてくれ」


 青年はそう言って、私のあごを持ち上を向かせる。……痛いんですが。

 そうやって上を向かされるとさっきやられた傷が開くから、地味に痛いんだって。

 うぅ、その痛みのせいで目に涙がたまっていくよ。そろそろその涙が零れ落ちそうだから離して下さい。

 傷をしっかりと見せようと考えているのは予想出来るのですが、痛みがそろそろ限界です。

 

「閣下、いい加減離してあげて下さい。痛そうにしていますよ」


 おぉ! 救い主だ! 救い主現る!

 青年はその言葉を受けて、ようやく私の目にたまる涙に気がついた。ソレと同時に、ポケットからハンカチを取り出してその涙を拭ってくれる。

 

「彼女は衛生兵だ。きちんと傷の処置をしてくれるよ。だから、傷痕もきっと残らない、安心してくれ」


 青年は私の目に浮かぶ涙を拭いながら優しく告げる。

 うーん、衛生兵、衛生兵………。確か、戦時中に怪我の手当てとかをする兵士、だったかな。つまりは、ここはやはり戦場と言うわけですね。

 ―――ここはどこですか。

 

 そんなことを考えている間に傷の処置は準備は完了していたようだ。少し上を向くように指示され、大人しくそれに従う。

 あー、消毒液が傷にしみるー、地味に痛いー。

 ちなみに、消毒が終わった後は包帯を巻いてくれた。が、そこまですることなのか? ……ま、いっか、どーでも。

 とりあえず、傷の手当のお礼はしっかりしなくては。そう思い口を開こうとした瞬間に、何かが起こった。……お姉さん、怖いです。

 

「ところで閣下? どうしてこんな可愛らしい子に傷をお付けになったんですか?」


 衛生兵のお姉さんは静かに青年に問いかける。問い方は静かなのだが、雰囲気的がすっごい怖い。それは青年も同じらしく、たじろぎながら口を開く。

 

「見慣れない格好をしていたから敵国の間諜かと思ったんだよ」


 間諜? って、敵国に入り込んで情報を手に入れる人、だったよね? 私はそう思われていた、と。失礼な。

 と、青年の言葉を聞いたお姉さんの視線がいつの間にかこっちに移ってたね。………お姉さん、その目、怖い。

 

「あなた、名前は?」

「と………、東条朝陽(とうじょうあさひ)


 それを聞いた青年とお姉さんの目がまん丸になる。うーん、私、変なことは言ってない……よね? 名前言っただけだしね。よし、私おかしくない。

 

「国は?」

「へ?」

「生まれた国は? どこなの?」

「日本ってとこ」


 再び二人の目がまん丸になる。つまり、ここには日本というものは存在しない、そう言うことだね。つまり、ここはどこなんだ。

 日本という国が存在しない、これ即ち、ここは異世界と言うことだろうか。

 ―――あり得ない。日本での私は死んだはずだが、何故私は異世界なんてところにいるのでしょう。うん、謎だね。

 

「嘘じゃないのか? そんな国、聞いたことがないぞ」

「嘘ならば目が泳ぐなり、何かしらの反応があるはずです。でも、この子にはそれが一切ありませんでした。つまり、この子は嘘を言っていません、真実です」


 うむ、見事な真反対。青年は信じてくれていないし、お姉さんは信じてくれている。うん、信じてくれるお姉さんは好きだ。

 

「とりあえず、この子は私が預かりますよ。よろしいですね? 閣下」

「寧ろその方が助かるな。私が預かると、戦況上、どうしても戦地へ連れて行かなくてはならなくなる」


 ………ソレはイヤです。私、一度死んでるとは言ってもね、戦で死んだりしたくないよ? せっかく手に入れた第二の人生は、出来るだけ永い人生にしたいです。

 そう思っていると、いきなりお姉ちゃんに腕を掴まれ、手を引かれる。えっと、何?

 

「大人しく着いて来なさい」


 お姉さんは言う。うん、着いていくから、出来れば歩くスピードを落として欲しいです。

 生前の私って、ずっと家の中でしか生活してなくて運動なんてまったくしていなかったから、はっきり言うと体力が無いんだ。

 ………結論を言えば、キツイ。

 まだ、この歩みは止まらないのだろうか。そう思いながらも頑張って歩いていると、お姉さんはある部屋に入ってようやく足を止めてくれた。そして、私の息が切れていることに気づく。……遅いです。

 

「このくらいで疲れるなんて、随分と体力がないようですね」

「……今までずっと、病気のせいで、運動なんて出来なかった、んで……」


 ぜはーひはー。くそぅ、息が整わないからキツイよ。その状況でしゃべるのもきついが、これは真実だからしっかりと告げておくべきだろう。……運動なんて、したくても出来なかったのだから。

 そしてその言葉を聞いたお姉さんの表情は、複雑そうなそれに代わる。そして、謝罪された。

 

「知らずにあんなことを言って、申し訳ありませんでした」

「いえ、別に………気にしてないんで………」


 まだ、息が整わないか。話しづらいからいい加減整って欲しいのだが……。


 そして時間をかけて息を整える。そして整ったと思うと同時に、お姉さんが口を開いた。


「とりあえず、自己紹介をしましょう。私の名前はセフィリア・フォン・グラディウス。セフィリア、若しくはセフィーと読んでくださいね」

「私は東条朝陽、さっき言ったね。東条が苗字で朝陽が名前。呼び方は勝手にして」


 ってかさ、呼び方とかどうでもいいでしょ?


「そんなものですかねぇ」


 しかし、丁寧語は面倒ですね。口調を崩します。セフィリアはそう言うと同時に、しゃべり方が一変した。うん、これが普通か。

 

「ところで、アサヒはいくつ? 私は二十六歳なんだけど」

「十八、………かな、多分」


 私が日本で死んだときと完全に同じ状態なら十八歳のはずなのだが、どうなのか不明なため、多分になる。まぁ、頭の中は十八だからそれでいいのかもしれないんだけどね。

 ちなみに、それを聞いたセフィリアの表情はすっごい不思議そうだったよ。多分っていう言葉に反応してるんだろうね、きっと。

 そして、その予想はしっかりと当たるみたいだね。

 

「多分って、どういうことなの?」

「だって、私は一度死んでるから」


 それを言ったとたんに、セフィリアの動きが停止した。それもそうだろう、いきなり死をカミングアウトされたのだから。

 でもね、実際そうなんだ。私は、日本で、病院のベッドで動かない自分を確認した。そばで泣いている両親の顔も見た。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも泣いていた。担当の先生たちの表情は、とても悲しげだった。

 ―――だから、私は死んでいるはずなんだよ。

 

「私は、日本で死んだ。病気のせいで、十八年で生涯を終えた。私はそれを見たんだよ」

見た(・・)?」

「見たんだよ、しっかり。私の横で泣いている家族、悲しそうな表情の医者。それは、もう死んでるでしょ」


 死んでいないのなら、お父さんたちがあんな表情をするはずがない、お兄ちゃんたちが必死で涙を堪えたような表情をするはずが無い。それに、生きているのならば医者がまだ手を尽くしていただろう。

 でも、何もしていなかった。見つめているだけだった。つまり。

 

「私は死んだんだ」


 …………ねぇセフィリア、そんな表情をしないで。そんな表情を―――悲しげな表情をさせるために言ったんじゃないよ?


「で、気づいたら戦場を眺めてて、閣下に剣を突きつけられてた」


 あのときに死ぬのなら、別に何も考えずにすんだのに。第二の人生だなんだと、まったく考えていないから、少し死ぬのが遅くなっただけ、そう考えるだけですんだのに。

 私が今生きているのは、神様が第二の人生を与えてくれたのだろう。日本で死んだ私。その魂がこの世界に送り込まれ、体が形成されたのだろう。

 

 でも、そうやって自分が死んだことを考えていると、分からなくなるんだ。

 

「私は、生きてるよね?」


 分からなくなるんだ、生きているのかどうか。見えているし、触られもした。それに、血も流れていたから生きているのだと思う。だが、確信が得られない。

 すると、セフィリアが優しく微笑みながら私の手を、手首辺りを掴む。……脈の音が耳に届く。

 

「聞こえるね?」

「うん」

「これが、脈の打つ音だって言うことも、分かるね?」

「うん」

「なら、アサヒは生きているでしょう? 脈があるんだから、生きてるよ」


 そうか、私は生きているんだ。日本での私は死んだのだとしても、私はこの世界では生きているんだ。

 目頭が熱い。………泣いてもいいかな、いいよね? 私は生きてるんだ。迫り来る死に怯えることも無いんだから、泣いてもいいでしょう?

 涙が止まらない。涙はとめどなく流れ続ける。

 

 生きることを諦めたのはいつだっただろうか。学校に行きたくても行けず、ずっと部屋の窓から外を眺めるにとどまっていた。はしゃぎまわる子供を心から羨ましく思った。

 病気が治らないことを知ったのは、いつだっただろうか。生きることを諦めたのはそのときだった。治らないのならばと、生きることを諦めた。

 

 それなのに、今は生きているんだ。今までの無茶を考えてみても、今の私は無茶をしようが何をしようが、日本で生きているときの苦しみが無い。つまり、私は元気なんだ。

 元気だということは、日本で生きているときに出来なかったことが出来るんだ。運動も出来る、遊ぶことも出来る。―――何でも出来るんだ。それが、とても嬉しい。

 そうやって、私はしばらく泣き続けた。セフィリアはその間、ずっと私を泣き止ませようとはせず、優しく見守っていてくれた。

 そしてその後、落ち着いたところでセフィリアがこの世界の説明をくれた。私は黙って耳を傾ける。

 

「まず、この世界の説明をするね。この国の名前は、シルヴァーナ、シルヴァーナ王国。国王陛下のお名前は、セルドニア・フォン・シルヴァンテス様。そして王都名は、シルヴァニオン。ここまで大丈夫?」


 う………、ちょっときついけど、多分平気。と言うわけで頷くと、説明が続いた。

 

「そして、今このシルヴァーナが戦っているのが、隣国、アリステル王国。で、相手国の国王の名前が、レイヴンウッド・ド・アリステリウス。噂では、残虐非道を繰り返す悪王らしくてね」

「だから、倒すの?」

「そう。アリステルの民や、我が国の民を守るために、私たちは戦争を仕掛けたの」


 長い時間をかけて、戦争を仕掛けてもおかしくない理由を作り戦争を仕掛けた。セフィリアはゆっくりとそう告げる。その結果が、これか。

 戦争の縁の無い日本で生まれ育った私。それに加えて、病気のせいでまともに外に出ることすらなかった私。そんな私に、この話は考えるのに少し時間が必要になるな。

 

「アサヒ、大丈夫?」

「―――ちょっと待って」


 今整理中。まともに学校に行ってなかった、お馬鹿ちんな私にはちょっと辛いからもう少し待ってください。

 とりあえず、唸りながらも考えよう。少しでも早く整理がつくように、しっかりと考えよう。

 ちなみに、その間セフィリアは微笑みながら私を眺めていたよ。微笑む要素はどこにあるんだよと突っ込みたい、が、突っ込まない。

 

 ――――よし、整理できた!!

 

「じゃあ、次はアサヒの話を聞かせてもらおうかな? 異世界って興味あったんだ」


 ………面倒な。さて、説明の文章を考えるのが心底面倒だな。ってか、どういう風に説明すればいいのかまったくわからないのですが。

 それにさ、私、日本の状態がどういう風だったかとか、まったく知らないんですが。

 だって、聞いても教えてもらえなかったし? 毎回毎回尋ねるたびに「朝陽は知らなくてもいいことだからね」とか言って教えてもらえなかったんだ。

 家庭教師たちも実際は、勉強を教えにきたというか、外に出られない私のお話相手としてきていたようなもの、だったし?

 

「私、日本がどういう風だったかとか、殆ど知らないよ? それでもいいの?」


 まぁ、直接尋ねたほうが楽だから聞いてみる。それでもいいなら話せる範囲で話すし、ダメなら諦めていただきましょう。

 さぁ、セフィリア? どっちを取るのかな。

 

「私は国のことには興味は無いよ。アサヒがその国で、どういう風に過ごしてたのかが聞きたいの」


 セフィリアは物好きだね。なら、ゆっくり話すよ、私の昔を、私の過去を、―――私の、以前の人生を。

 

 *****

 

 私は十八年前、日本の首都、東京で生を受けた。―――超未熟児として。

 超未熟児として生まれた私だが、生まれたその時点で先天性の病気が発見されたらしい。

 それが、私が日本で死んだ原因。私は、生きることを諦めることになった原因だ。

 

 それから私は、生まれてからの二年間をずっと病院で過ごしていたらしい。生を受けて丸二年、私はずっと入院し続けていたらしい。あ、らしいっていうのは、私の記憶には一切残っていないからだ。

 そして、二歳の誕生日を病院で過ごした後、私はようやく退院して家に移った。

 それからはずっと、家に閉じ込められる生活だった。お兄ちゃんやお姉ちゃんは、朝になると学校へ出かけていくが、私はお留守番。

 学校から帰ってくると、宿題を終わらせて遊びに行ったりするが、私はお留守番。ずっと、そんな生活だった。

 私が学校へ通うような年になってもそれは変わらない。私は学校へ行くことはなく、家に先生を呼んでの勉強だった、面白くなかった。

 

「お父さん、朝陽もお兄ちゃんたちみたいに学校行きたいな?」


 何度か、お父さんに直接訴えもしていた。が、そのたびに「朝陽は体が弱いからダメだ」とあっさりと却下されていた。

 ………あの頃は、まだ自分が病気だと思っていなかった。毎日たくさんの薬を飲まなくてはならないのは、自分の体が弱いから、それだけだと思っていた。

 だって、誰に聞いてもそう答えられたから、そうとしか考えられなかったんだ。

 

 でも、そうやって訴えると、その数日の間に庭に出るのは許可されていた。庭を散歩するくらいなら出てもかまわないと。それだけでも、十分に嬉しかった。

 

「朝陽、お父さんが庭に出ていいってさ。行こう」

「ホント!? やったぁ!!」


 そのときは大体がお兄ちゃんが迎えに来てくれていた。ニコニコと微笑みながら、私を庭へと連れ出してくれた。

 それで庭に出れば、お姉ちゃんが椅子やテーブルの用意をしてくれていたっけ。で、お母さんはそこでのんびりと、お茶の支度をしてたんだよね。

 

(タケル)陽菜(ひな)、無理はさせないようにね?」

「分かってるよ」

「当たり前だろ?」


 お兄ちゃんとお姉ちゃん、健お兄ちゃんと陽菜お姉ちゃんは双子だ。だからか、とても仲がよくて、とても優しかった。だから、私はこの二人が大好きだった。

 

「小池の周りにきれいな花が咲いてるの。朝陽に見せたかったんだ」

「ほら、手を出してよ僕らのお姫様」


 そうやって手を繋いでお姉ちゃんの言う小池に向かうと、そこにはお姉ちゃんの言うとおり、きれいな花が咲き誇っている。

 

「うわぁ、すごいね! きれい!」


 私がそうやってニコニコとしていると、お兄ちゃんもお姉ちゃんも笑っていた。

 あまり外に出られなくても、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいればよかった。私はそうやって、今まで行き続けてきたのだから。

 なのに、それなのに、十七歳を過ぎた頃に私の体調は一気に崩れた。お兄ちゃんたちに誘われて外に出ることも出来なくなり、ベッドに縛られることが多くなった。

 そして、十八歳になる少し前に、私は永く生きられないことを両親に聞かされた。そこで、生きることを諦めた。

 ―――だって、どうせ死ぬのだから。それで足掻いて何か変わるものがあるの? 私の中にはそんな考えしかなかった。

 


「朝陽、元気出して。ね?」

「朝陽の元気がないと、兄ちゃんたちも辛いんだ。だから、な?」


 生きることを諦めてからは、何度もお兄ちゃんやお姉ちゃんにそう言われたが、無理な話だろう。

 私の中の絶望が深かったからか、お兄ちゃんたちの優しさが余計鬱陶しかった。離れて欲しかった。

 

 そして、私は十八歳の誕生日を迎えてすぐに、――倒れた。死へのカウントダウンを始めた。

 それからは永くなかった、あっという間に、私は死んだ。死んで、お父さんたちが泣いているのを見た。

 

 そして、この世界へと渡った。

 

 *****

 

「セフィリア、大丈夫?」


 私は問う。私にとってセフィリアの話がよく分からないものであったように、セフィリアにとっては私の話もよく分からないものだろう、と考えたからだ。

 が、セフィリアは頭の回転が私とは根本的に違うらしい。結構平気そうだ、面白くない。

 あー、どうせ私の頭の回転は遅いよ。だって、学校なんてまともに行ってないし、勉強自体あまりしてないもん。体が弱いとか嘘言って、学校なんて行かせてもらえなかったもん。ま、実際は体が弱い、じゃなくて病気のせいだったんだけどさ。

 でも、小さい頃はしょっちゅう体調を崩してはお母さんに泣きついた記憶がある。少し無理をすれば、すぐに熱を出して寝込んだ。お父さんたちは、それも考えていたんだろうね。

 

「アサヒ、大変だったのね」

「いや、私は大変じゃ無かったよ、全然ね」


 大変だったのは、寧ろお父さんたちでしょう。私は、用意された道の上に立っていればよかった。大変だったのはその道を用意していたお父さんたちだ。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。私は自分では何もしていなかった。ただ、言われたとおりにしていただけ。

 薬を飲むように言われれば飲み、勉強をするように言われれば勉強をした。まぁ、実際は雑談だったのだが。

 

 そうしていると、不意にセフィリアが口を開く。え? 一体何?

 

「明日、私は王都に戻るからあなたも一緒に来なさい。王都であなたの処遇を決めるから」


 ………えっと、その、殺される? 殺されるのはイヤだなぁ。せっかく、第二の人生を謳歌しようとしているのに殺されるのだけはイヤだなー。

 

「大丈夫、悪いようにはしないからね。だから、安心なさい」


 ……顔に出てたかな。セフィリアは優しく微笑みながら私に言う。同時に頭も撫でられた。……くぅ、子ども扱いでイヤだけど、気持ちいい。

 まぁ、殺されるのならば、セフィリアがこんな表情をすることもない、よね? なら、大丈夫だよね?

 うーん、安心できたからなのかな、何だか眠たくなってきた……。寝ても、いいかなぁ……、うとうと。

 

「あら? 眠いの?」

「うん……、眠い………」


 目をこすりながら答える。もう限界だよぅ。

 

「ほら、ここにベッドあるでしょ? 移動して、ここで寝てなさいね」

「うん、おやすみー………」


 うーん、ベッド……ベッド……、あった。横になるとすぐにセフィリアが毛布をかけてくれる。気持ちいーい。

 

「ゆっくり休んでなさいね」


 セフィリアのその言葉を最後に、私の意識は完全に夢の世界へと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 小鳥のさえずりの音で目が覚めた。んー、もう朝かぁ、起きなくちゃね。ちゃんとご飯食べて、薬飲まなきゃお父さんたちに怒られちゃうよ……。

 ………って、――――ココハドコ?

 気がつけば見慣れない天井、見慣れない風景、見慣れない寝具、見慣れない部屋。

 ――――ワタシハダレ?

 

「あ、起きた?」


 聞こえるのは、扉を開く音。そこから顔を出したのは、セフィリア。

 そうだ、おかげで思い出した。ここは日本ではない、異世界の、シルヴァーナという国だ。私は日本で死んで、この世界に来たんだ。

 

「おはよ、アサヒ。朝ご飯出来てるよ、行こう」

「おはよーセフィリア」


 そうして前を歩くセフィリアについていくと、人の集まる場所につき、―――いくつもの瞳が私に向けられた。超怖い。

 

「全員、変な目でこの子を見ないように。……怯えてるから」


 セフィリアが私を見てくる人たちに声をかける、のだが、まだ見てくる怖い! セフィリア助けて!

 恐怖が限界に来た私はセフィリアに隠れる。その瞬間、セフィリアの纏う空気が変わった。こそーっとセフィリアの横から顔を出して覗いてみると、今まで私を見ていた人たちが冷や汗をかきながら目線を外している。セフィリア、何したの。


「た、大佐! は、ははは、発言をお許しくださいっ!」

「許す、何だ?」


 セフィリアと、セフィリアに隠れた私が移動していると、一人の兵士が敬礼しながらセフィリアに言う。うーむ、何だろ。

 てか、セフィリアって大佐だったんだね。偉いね。すごいね。

 

「そ、そこの少女は一体何なのですかっ!?」

孤児(みなしご)だ。ほかにもいろいろな事情があるが、それはお前たちが知る必要の無いことだ。この子は私が今日、王都に連れて行く」


 その言葉で、兵士さんたちは黙り込んだ。そしてそれを是としたのか、セフィリアはずんずんと突き進む。もちろん、私はその後ろだ。

 そして兵士の一人から食事を受け取ると、まずは後ろに隠れこんでいた私に手渡し、そして次に自分の分を受け取った。その後は、適当に空いている席に座る。

 ………しかし、なんとも言えない色合いのお食事ですね。食べられはするのだろうが、何となく食べるのに勇気がいるというか何と言うか……。


「毒が入っているわけじゃないんだから、食べなさい。食べないと王都への旅路が辛くなるからね」


 うーん、そう言われても何となく抵抗を感じるんだよね。でも食べなくては………。

 あ、意外と美味しいわ。色さえ気にしなければ至って普通のご飯だね、これ。……まぁ、量が多すぎて食べきれないんだけどね。

 

「さ、食休みを挟んだら出発するからね」


 あー、そうでしたそうでした。王都に行くんだっけ。半分くらい忘れてたし。

 

 

 

 それから体感時間的に約一時間後、私たちは王都へと出発した、のだが、周りにいる人少なくない? 護衛の兵士さん少なくない? 一応戦時中だよね?

 これって、襲われたりしたらどうなるの? 大丈夫なの?

 

「戦はシルヴァーナが優勢で進めているから大丈夫、安心しなさい」


 聞いてみると、あっさりとした答えが返って来た。まぁ、大丈夫ならいいよね。とりあえず、第二の人生があっさりと終わりを告げないことを祈っていよう。

 

 

 それから丸一日、馬車は延々と走り続けた。時折休憩は挟んではいたものの、それでも殆ど走りっぱなしだ。

 そこまでずっと走り続けてようやく、王都らしきものが目に映る。大きな門、これが、王都の入り口なのか。

 

「グラディウス家の者です、通しなさい」


 門に近づくと、門兵さんが馬車に近寄って来た。セフィリアはそんな兵士さんに何かを見せる。……通行証みたいなものかな? まぁ、それを見た兵士さんが敬礼してたけど、気にしなくていいか。

 そして門を通った後も、馬車は走り続けた。王都についても、まだ目的地には着かないのだね、長いよ。

 

「アサヒ、着いたから起きて」


 しばらく走り、大きな家の前で馬車は歩みを止める。それと同時にセフィリアにそう言われ、手を借りて馬車から降りた。

 そして私たちが降りると、馬車は動き出す。どこに行くんだろ。駐車場みたいな場所があって、そこにとめに行くのかな? それとも、戦場に戻るのかな?

 そんなことを考えていると、突然セフィリアが私の腕を掴んだ。そして一度にっこりと微笑み、歩き始めた。……ちょ、スピード速い!

 

「お帰り、セフィリア。元気そうだな、よかった」

「ただいま戻りました、お父様」


 そして大きな門をくぐるとすぐに、一人の男性が立っていた。男性はにっこりと微笑みながらセフィリアを抱きしめる。抱きつかれたセフィリアも同様に抱き返す。その瞬間、セフィリアの私を掴む手が離れた。よし、離脱。

 そしてその二人が離れると、男性の目線がこっちに来た。何か、怖い……。反射的に一歩後ずさる。

 

「その子が例の子か。ところで、どうして逃げるんだい?」

「アサヒ、この方は私のお父さまよ。大丈夫、怖くないからね」


 にっこり微笑みながら諭されても、本能が逃げろと訴えてる以上、怖いです! なぜか本能が警鐘を盛大に鳴らしているんだい!

 しかし、味方がいない状態では賞賛はゼロだ。……………諦めるか。

 足を止めると同時に、セフィリアのお父さんは私を抱きしめた。うーん、どう反応すればいいのだろうか。が、そこまで考える必要はなかった。すぐに離してくれたからだ。

 

「私はセフィリアの父の、フリードリヒ・セバス・グラディウス。フリード、若しくはフレッドと呼んでくれるかな?」

「あ、東条……朝陽です」


 私が自己紹介をすると、フリードさんはまたにっこりと微笑みながら抱きついてきた。

 

「君は可愛いな。セフィリアが小さい頃を思い出す」

「え? あ、っと……その……」


 離してください。そう言おうと思った瞬間に、セフィリアの手が伸びてきた。その手は、私を抱きしめるフリードさんの手を引き剥がす。

 

「お父様、いい加減離してください。時間もあまり無いのですよ」

「おっと、もうそんな時間なのか?」

「ええ、ですから」


 セフィリアが言うと、フリードさんが手をパンパンと叩く。すると、どこから現れたのか、メイドさんたちが複数人やって来た。何が起こるんだろ。

 

「この子を風呂に入れてやってくれ。着替えはセフィリアの昔の服を」

「畏まりました」


 ……は?

 

「さぁ、行きましょうか」


 質問をする余裕も与えられず、私はメイドさんたちに引き摺られ、浴室、というか脱衣場へと連れて行かれる。そして、あっという間に服を脱がされ、首に巻かれていた包帯もするすると外される。

 そして服を脱がされるとすぐに浴室に放り込まれた。抵抗する暇を与えない、素晴らしい早業でした。

 

 その後、さっぱりした私が昔のセフィリアの服を着てセフィリアやフリードさんのところに戻ると、驚嘆の声があがった。

 

「私の昔の服がぴったりね。可愛いわ、アサヒ」

「ふむ、予想以上だな」


 さいですか。私に言わせればどうでもいい、その一言だけどね。

 そう思っていえると、突然セフィリアが立ち上がり、近寄って来た。ん? 何なのかな?

 

「さ、アサヒも可愛くなったし、行きましょうか」


 ………どこに?

 

「王城。陛下にお目通りにね」


 ………Why?

 

「あなたが異世界人だって言うことを話したら、自分も会いたいって言い出しちゃって……」


 セフィリアはそう言ってえへっ、と舌を出す。なぜそうなるんですか、王様。それ以前に、どうして異世界というものを信じることができるのか。

 ……私はまだ信じきれていないのに。実は、私は日本で生きていて、長い夢を見ているんじゃないかと考えてしまうのに。

 

「さ、行こうね」


 セフィリアは私の言葉など一切聞くことなく、私の腕を掴んで引き摺っていく。外に出ると、馬車が待機していた。さっきの馬車ですね、分かります。

 そして馬車に乗り込み、しばらく走るとまた大きな門が見える。これが、城門ってやつか。そしてそこではセフィリアが再び、通行証? のようなものを見せて中に入って行った。

 そしてそれからも少し走ると、馬車から下ろされる。ここからは歩きで、完全に城の中に入るようだ。さ、迷子にならないように頑張って着いていかなくては。

 

 ちなみに、今回はゆっくり歩いてくれた。初めて会ったときに早足で歩いて、私を相当疲れさせたことを気にしてくれていたらしい。

 そうやってしばらく歩いて、セフィリアはある部屋の前で足を止める。そしてその扉をノックした。

 

「入ってくれ」

「はい、失礼します」


 中からのその言葉と同時に、セフィリアはそう言って扉を開く。一応、私も小さくセフィリアと同じような言葉を紡いで、中へと足を踏み入れた。

 

「やぁ、セフィー、久しぶりだね」

「お久しぶりです、陛下。お元気そうで何よりです」


 王様はそう言って部屋に入ったセフィリアを抱きしめた。うーん、欧米のようだ。

 そしてその後、王様はセフィリアと私以外に、着いて来ていた兵士たちに下がるよう命じる。つまり、この部屋には私とセフィリア、そして王様だけが残されたということになる。

 そして王様の興味は、私に移った。

 

「その子が例の子かな?」

「はい、陛下」

「堅いな。セフィー、昔のように普通に話してくれよ? そのほうが私も嬉しい」

「……分かりました、セルド兄様」


 セフィリアが恭しく頭を下げながら言うと、王様は嫌そうな表情をした。そして、セフィリアに昔のように接しろという。これは命令なのかな?

 そしてセフィリアが言葉を改めると同時に、王様の視線は私に向いた。……きれいな瞳。吸い込まれるような美しさの瞳だ。

 

「なるほどね。異世界人というのは嘘ではなさそうだ。この子に嘘をついている気配は無い」


 ……はい? さっき見つめられている間に何かされた? でも、何もしてなかったよね? へ? 何で?

 

「ふふ、セルド兄様、アサヒが不思議そうにしていますよ」


 まぁ、そんな表情も可愛らしいのですが。続けて言うセフィリア、いいから説明して!!

 

「あぁ、すまない。えっと、アサヒ……だったな」

「あー、はい」


 この人は一応王様。つまり、敬語で話すべき、なのだろう。が、それは王様に阻止された。


「無理に敬語を使わなくてもかまわないさ。話しやすい話し方をしてくれればいい」


 そう言われ、私は遠慮なく普通に話すことを選んだのであった。


「私はセルドニア・フォン・シルヴァンテス、この国の王だ。君の名前を教えてくれるかな?」

「東条朝陽です」


 私が言うと、王様は満足そうに微笑んだ。何ですか、一体。

 そして、王様の名前を聞いてふと思ったのだが、セフィリアの名前にも『フォン』という言葉がついていなかっただろうか。

 

「何を考えているんだい?」

「王様の名前を聞いて、疑問に思ったことがあるだけですよ」

「ほう、疑問か。なんだい? 遠慮なく言ってごらん」

「セフィリアの名前にも、『フォン』って言う言葉がついてなかったかなー、と思って」


 実際、記憶はあいまいだけど、多分あったと思う。

 そして、それは正解だったようだ。王様は面白そうに微笑んだ。

 

「よく気がついたね。『フォン』とは王家の血に連なる者につけられる名前だ」


 つまり、セフィリアは王家の血を継いでいるということか。………あれ? でも、セフィリアの家って裕福そうではあったけど、王族って感じはしなかったような………。

 

「セフィーは王家の血を継いではいるが、王族でではない。セフィーは降嫁した叔母上の子だ。つまり、私のいとこということだ」


 そういうことか。うん、分かりやすい説明をありがとう、王様。

 それにしても、私のイメージの中の王様とこの王様、結構違うな。私のイメージでは、王様って言ったら高慢ちきって感じなのに、この王様はそんな感じがしない。

 そして何よりも、話し方がとても優しい。

 

「ところでセフィー? アサヒの処遇はどうする?」

「はい?」

「グラディウス家預かりという形でいいか?」

「セルド兄様がそうしろと仰るのでしたら、そうします。お父様が大層お喜びになられるでしょう」

「叔父上は相変わらず子供が好きなのだな」


 …………何か、勝手に話が進んでるんだけど。二人の話を整理すれば、私はセフィリアの家で預かられると。そうなっているようだ。

 まぁ、確かにこの世界での知り合いって言ったらセフィリアとフリードさん、そしてこの王様くらいだしね。……っと、あの閣下とやらもか。

 そういえば、あの閣下って言うのは何なんだろ。王様のいとこのセフィリアが敬うのだから、それなりに地位のある人なのだろう。

 答えてくれるかどうかは分からないけど、一応聞いてみよう。

 

「あの、質問があるんですけど、いい……ですか?」


 話が途切れた瞬間を狙って話しかける。その瞬間に王様の視線がこっちに来た。にっこりと微笑んでいる。

 

「なんだい? ほら、質問を言って?」

「えっと、戦場で見た閣下って言う人………なんですが」

「セフィー」


 私が王様に尋ねると、王様はすぐにセフィリアに問いかけた。閣下って何人いるの?

 

「トリス閣下です」

「あぁ、トリス兄上か。彼は私のいとこで、父上の弟殿下のお子だよ」


 つまり、王族? 彼も王族。ってか、王族が戦地に赴いちゃっていいの? てか、私は王族に殺されかけ、王家の血を継ぐものに助けられ、今、その王家の人間にいろいろと教えられているのか。


 

 …………何か複雑。



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