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第一話

暗い森の奥。樹齢何百年もの大木が林立し、足元には可憐な花が咲く。

静かで、どこか神聖な雰囲気もあるこの場所に、あまりそぐわない情景。


「・・・ふッ!」


目の前の巨大な紫の猪に向かって、右手に握った銀のレイピアを突き出す。深々と突き刺さる。

何とも言えない鳴き声。そのまま抉るように手を動かし、抜き、そして斬る。


さすがに上位モンスターポイズンボアー、今回私一人だし、一筋縄ではいかないね。

だけど。


「これで・・・終わりッ!」


怯んだポイズンボアーに向かって、左手をまっすぐに突き出す。

美しい装飾の施された銀の腕輪に、そこから伸びる細い鎖で繋がった指輪。

中指にはまったそれに付いている深い蒼の宝石が輝き、その真上に私にしか見えない標準ポインター


「【シャイン・スラスト】ッ!」


そう叫ぶと、私の手から大きな光の刃が飛び出し、ポイズンボアーに突き刺さった。

醜悪な断末魔をあげ、ポイズンボアーはズン、と音を立て倒れた。

そして、刃が刺さったところからその姿が消えていき、あっという間に何も無くなる。


「・・・はあ」


さすがにちょっと危なかったかも。でもまあ、何とかなって良かった。

だけど、あいつったらいつも私に厄介ごと押し付けて・・・。


「お見事っ! いやー、いつもいつも惚れ惚れする腕前だねえ」

「・・・あんた、ねえ」


私は、毎度神出鬼没な依頼主をジトッと見つめる。

・・・あんたなんて嫌いだ。薄い茶髪も濃い紫の目も、いつも浮かべてるその意味もない笑顔も全部嫌いだっ!


「まあまあ、そうカッカしないで。子供じゃないんだから、請けた仕事に文句言わない!

 ・・・あ、子供だったね。まだ中学生だったっけ」

「あんたが無理やり押し付けてったんでしょうが!」


思わず、右手のレイピアで斬りかかる。が・・・。


「こらこら、人にそんな物騒なモノ向けるんじゃない」


あいつが右手を出すと、目の前に大きな鏡が現れ、レイピアとその斬撃が弾かれ、反射される。

顔を上げると、映るのは軽くウェーブした長い銀髪、深い藍色の目に怒りを宿した私の姿。


「・・・その【鏡盾きょうじゅん】があれば、レグでもこいつ倒せたんじゃない?」

「んー、僕って攻撃するの苦手だから」


ちょっと目を逸らしながらそう言い、手をおろすと鏡も消える。

・・・全く、反省ってのがないのか。思わずため息が漏れた。


「フィー~~~っ!」


と、いきなりの後ろからの声。え、この声は・・・。

振り返る間もなく、背中に衝撃。


「あーん、フィーっ! 会いたかったよぉ。久しぶりぃ!」

「・・・うん、半日ぶりだよね。シアン」


抱きついて、すりすりと顔を擦り付けてくる親友に、半分呆れて返事をする。

肩までのくるんとカールした淡い緑の髪が目に優しい。深い青緑の目を細めて笑うその姿は、まるで小動物。


「もぉ、レグはなんでいっつもフィーに危ない仕事押し付けるの?」

「うーん、僕に言われても。“隼の魔剣士”指名の仕事って、結構多いんだよ。

 ・・・にしても、“隼の魔剣士”が現役女子中学生だって、絶対みんな知らないよね」

「そーだよねぇ・・・いっそのこと、思いっきりバラしたらどうかな? 無茶な仕事来なくなるかも」


そう出来たらどんなにいいか。だけど、そうしたらそうしたで面倒な気も。

・・・単に、魔法も剣も好きだったら、両方頑張っただけなのにな。

体も小さいから力ないし、剣も魔法も弱かった頃には素早さを武器に頑張ってた。

そしたら、いつの間にか変な二つ名が付いてた。

どうも、魔法も剣も強いのは、珍しいらしい。そもそも、その2つを両方使おうとする人自体が少ない。

・・・はあ、めんどくさいなあ。


「・・・あ、フィーはそろそろログアウトした方がいいんじゃない?」


時計を見ていたレグが、ふとそういった。


「え? もうそんな時間?」


メニューを呼び出し、時間を確認すると・・・ああ、もうそろそろ夕飯の時間だ。お母さんが呼びに来るかも。

私は、メニューの端の【ログアウト】の文字を指でつつく。

すると、メニューが消えて、代わりに『ログアウトまで、後15秒』と表示されカウントダウンが始まった。


「・・・じゃあ、またね」

「うんっ! また明日ぁ」


明日も来るの? 無邪気なシアンに笑いかけると、視界が反転した。



「・・・んー」


頭にかぶったヘルメットみたいなのを外し、ベッドの上で大きく伸びをする。


「姉ちゃん、そろそろご飯・・・って、ファンタジアやってたの?」


ガチャリ、と扉の音がして、2歳年下の弟が呼びに来た。手の中のヘルメットみたいなのを見て、そう言う。

ごくごく自然に、『そのマンガ読んでたの?』みたいな感じで。


「ん・・・まあね。レグが厄介な依頼ばっか押し付けてくるから、面倒で」

「でも、レグさんも仕事でしょ? それでも、結構断ってるみたいだよ、最近は」


・・・そうなのか。そういえば、前よりは理不尽な仕事も減っているような・・・後で、謝ろ。

しばし考え込んだ私に、弟は「早く来ないと食べちゃうよ」といって、部屋を出て行った。

私は、のろのろとヘルメットもどきと、それとコードで繋がった箱の電源を切り、隅に寄せた。


「あ、きたきた。遅いわよ、佳織かおり

「ちょっと手ごわい奴がいてね」


食卓に着く、お母さんに報告。ごく自然なやりとり。


「手ごわい奴? 佳織がそんなこと言うなんて、どんな奴だ?」

「ただのポイズンボアーだよ。ただ、依頼者のむちゃぶりのせいで一人で狩ってただけ」

「・・・そりゃ難儀なことだ」


お父さんも、会話に加わる。この後、多分弟の裕翔ゆうとも色々聞いてくるんだろうな。


ファンタジア。現在我が家を席巻中のこれは、今流行りのVRMMORPG・・・仮想現実のオンラインゲーム。

ファンタジア自体との出会いは、5年前にお父さんに教えてもらって。

その時はまだ単にパソコンで遊ぶ、よくあるオンラインゲームだった。

・・・小学3年生の娘にネトゲ勧める親なんて、聞いたことないよ。だけど、私はそれにハマった。

1年後には自分のパソコンを懸賞で当てたので、時間があればずっとその前にいたと思う。

そのさらに1年後には、3年生になった弟もファンタジアをやり始め、お父さんたちは元からやっていたので、家族全員アカウントを持っていた。

そもそもお父さんもお母さんもゲーマーで、2人の出会いも、とあるネトゲのオフ会だったというから驚き。

私と裕翔の名前も、尊敬するプレイヤーの本名から頂いたらしい。

と、何時の間にやら超ゲームオタクな家になっていた宍戸ししど家に、ちょうど半年前、ニュースが飛び込んだ。

曰く、『ファンタジアがヴァーチャル・リアリティ対応になる』と。

それからがひと騒動。お父さんが自分でハードを買ったけど、独り占めして、お母さんも買ったけど同じく。

色々一悶着あった後に、私はまたも懸賞で当ててしまったので、弟が「ズルイ!」と言い出し、お父さんに買ってもらって。

で、現在に至る。おかげで、時代の最先端機器であるはずのそれが、我が家には4台あるというとんでもないことになっちゃった。

・・・まあ、そのおかげで家族で一緒に、同時にファンタジアが出来るんだけど。


「・・・にしても、佳織、いやフィリアも有名になったな。ようやっと俺の域に達したか」


ちょっと誇らしげに、お父さん。

ちなみに、お父さんはファンタジアユーザー最古参の一人で、『ライガット』と言えば、結構有名だ。

お母さんもそれなりに知られているらしく、ファンタジアで『アイラ』と言えば、大抵反応が返ってくる。

さすがに裕翔のキャラである『イゼア』はまだまだ無名だが、それでも周りの人には一目置かれる実力らしい。

それに、『ライガット』『アイラ』『フィリア』とよく一緒に行動しているので、ちょっとした噂の種だ。


「お父さん、ちょっと難しいクエストがあるんだけど、一緒にやってくれない?」

「ああ、いいぞ」


で、食事が終わると一斉にファンタジアタイム。みんな揃ってログインする。

さてさて、私も・・・。



「・・・んむぅ」


私は、ベットから体を起こした。すぐ脇の鏡を覗くと、銀髪蒼眼の少女が見返してくる。この姿が、フィリア。

基本的に何処でログアウトしても、次のログインは登録した自分の家のベッドからになる。

ログアウト時は、15秒間動けなくなる。その間に攻撃を受けると、何も出来ずに体力だけ減ってしまうので、大抵のプレイヤーは家に帰ってからログアウトする。

私はあの時周りにシアンとレグがいたし、そのままログアウトしたけど。


ぴろん♪

と、可愛らしい音がして、目の前に半透明の画面が現れた。


『ライガット』さんから、ボイスチャットです。受けますか?


お父さんだ。私は、その下のYESを迷わずつつく。


『えー、あー。テステス。おーいフィリア、聞こえてるか?』

「しっかりばっちり、問題なしだよ。やっほい、ライガット」


ボイスチャット。こういうゲームではよくある、電話みたいな物。

こっちは声を出さないと相手に聞こえない(あたり前)けど、相手の声は、こっちでは自分にしか聞こえない。まさに電話。

他にも、相手に音声のメッセージを送るボイスメール、文字を使うただのメールもある。

中には、相手に映像を送ることが出来る魔法もあるらしい。見たことないけど。


『イゼアのクエスト手伝うんだが、来るか? ちなみに場所はアガリア火山』

「行くよ、もちろん。というか、そんなとこのクエスト受けるなんて、あいつも無謀だね」

『おおかた、初めから俺らの手伝いを期待してたんだろ。報酬はそこそこいいしな』


そう言って、苦笑する。ファンタジアの中ではほとんどそういうの無視して行動しているとはいえ、やっぱり親子だ。

私は、脇に置いたカバンを確かめながら言う。


「直接そこ行く? それとも、どっかの街で待ち合わせよっか」

『待ち合わせ。俺らはロンディアにいるから、すぐ来てくれ』

「りょーかい。んじゃ、またね」


ぴ、と音がして、通話が切れる。私は、すぐに部屋を出た。



人が行き交う往来。私の家は、ルビットという小さな街にある。

ライガットたちがいる商業都市ロンディアは、ここから西に行ったところ。結構遠いが、私にとっては一瞬。


「【ポート:ロンディア】」


そう唱えると、ブン・・・と音がして、視界が切り替わった。

いわゆる、転移魔法。登録してある場所に、一瞬で行ける。魔力の消費は少なく、魔法使い以外のプレイヤーも大抵使える。

私が登録しているのは家があるルビットと、ライガットとアイラの家があり、また買い物によく行くロンディア。

後は、イゼアの家がある港町センシルと、それら3つのどれからも遠い、大都市クィール。

5個登録できるので、後1箇所は空きだ。


「さて、ライガットたちは何処かな?」


とりあえず広場に行ってみようと、足を踏み出した瞬間。


「フィー~~~っ!」


聞き慣れた声、いきなりの背中の衝撃。・・・またか。


「久し「久しぶり、じゃ、ないよね? 1時間ぶり」・・・やっほー、フィー」

「相変わらず、仲いいねえ」


背中にすりつくシアンと、その様子をニヤニヤ見ているレグ。

・・・ああ、そういえば2人の家もここにあるんだった。


「フィー、どうしてここに? あ、もしかして、私に会いに来てくれたぁ?」

「違うよ。イゼアのクエストの手伝い。2人とも、イゼア知ってるよね?」


シアンの勘違いを訂正しながら、無理やり剥がす。

レグは、納得したように頷いた。


「なるほど。彼の実力だとまだちょっと難しくても、“隼の魔剣士”が一緒なら、色々楽だよね」


・・・いちいちその名で呼ぶな。


「・・・まあ、というわけで。私、急いでるから」

「え~っ! どこいくの? 私も行くっ! 私だって、役に立つよ!」

「あ、シアンが行くんだったら僕も」

「・・・はあっ?!」


急遽、二人が付いてくることに。・・・呆れて物も言えない。


「・・・まあ、確かにパーティー人数はぎりぎりオーケーだけど。場所はアガリア火山だよ」

「ギリギリ? って事は、他にもいるの?」

「ん、まあね。ライガットとアイラが」


ごく自然にそう返すと、2人とも何故か固まった。


「どうしたの?」

「えええっっっ!!!? フィー、“大剣遣い”と“白亜の魔女”、あの2人と知り合いなの?!」

「ふ、二つ名持ち同士で、面識があったのかい?」


と、大騒ぎする2人。・・・あー、話してなかったっけ。


「あの2人ね、私の両親なんだよ」


そう言うと、二人揃ってピキ、と固まった後に、顔を見合わせて言った。


「私たち、いらないかな・・・?」

「うーん・・・そうかも」


少し残念そうな2人。えー、でも・・・まあ。


「ちょうど2人を紹介したいと思ってたし、来てよ」

「え・・・いいの?」

「いいって。それに、ファンタジア内では、そういうの関係ないし」


と、とたんにパッと顔が明るくなった。・・・レグも。

・・・ふーん、そういえば、結構ミーハーだったっけ、レグって。


「そうと決まれば、レッツゴー!」

「あ、こら待てっ!」


勝手に歩き出したシアンを、慌てて二人で追いかける。

まったくもうっ!

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