表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コメディー短編(異世界恋愛)

わたくしの弁当は捨てられましたが、王家の宝になりましたわ

作者: 多田 笑
掲載日:2026/03/29

コメディーです。

 ──二度目の人生は、裏切られない。


 前世で夫に裏切られたわたくしは、異世界に転生しました。伯爵令嬢ドロシーとして。


 今度こそ、必ず幸せになりますわ。


 そう、誓ったはずでしたのに。


 ある日、わたくしは見てしまったのです。


 婚約者の若き侯爵オートス様が、わたくしの手作り弁当を捨てているところを──。


 あんなに丹精込めて作ったのに。


 なぜ……?

 なぜなのです、オートス様……?



「ドロシー、君との婚約を破棄する!」


 きらびやかな舞踏会の真っ只中。

 オートス様は、高らかに宣言なさいました。


 ああ……

 わたくしは、今世でも幸せになれないの?


 胸が締めつけられます。


「理由を……理由をお聞かせ願えますか?」


 涙をこらえ、わたくしは問いかけます。


 一拍。


 オートス様は、まっすぐにわたくしを見て――言いました。


「それは……」


 強い決意を宿した瞳。


「君の弁当が、いつも泥団子だからだ!」


 静寂。


「え……?」


 わたくしは、心の底から驚きました。


「なぜ弁当に泥団子を入れる!? 嫌がらせだろ!」


 オートス様の声が、会場に響き渡ります。


 ……嫌がらせ?


 わたくしは、そっと首をかしげました。


 価値観の違い──そういうものなのでしょう。

 わたくしが一生懸命に磨き上げた泥団子。それを理解していただけないとは……。


 前世では、幼馴染みのケンちゃんが、涙を流しながら、食べてくれていたのに──。


「う……うまい、うまい……」


 そう言って。


 ……その後、入院しましたけれど。


 きっと感動のあまり、体が耐えきれなかったのでしょう。


「……かしこまりました」


 わたくしは、涙をこらえ、静かに告げました。



 数日後。


 伯爵家に、来訪がありました。


「王太子殿下が……?」


 思わず聞き返してしまいます。


 なぜ、王太子殿下がわたくしのもとへ?


 そして、応接室に現れたのは、凛とした空気をまとった青年でした。


 金の髪に、落ち着いた瞳。

 その佇まいだけで、ただ者ではないとわかります。


「初めまして、ドロシー嬢。セードルフだ」


 柔らかな声音。


 わたくしは慌てて礼をします。


「お初にお目にかかります、殿下」


「そう固くならないでほしい。今日は……これの持ち主を探して来た」


 そう言って差し出されたのは――


 見覚えのある、艶やかな球体。


「まあ……!」


 思わず声が漏れました。


「それは、わたくしの……!」


「やはり……」


 セードルフ殿下は、どこか嬉しそうに目を細めます。


「道端に捨てられていたのを拾った。あまりに見事で、どうしても作り手に会いたくなった」


 拾った……?

 ああ、あのお弁当の……。


 胸が、少しだけ痛みます。


 けれど──


「お褒めいただき、光栄ですわ」


 そう言って微笑むと、殿下はしばらくその泥団子を見つめ――


 そして、静かに言いました。


「……昔を思い出した」


「昔、ですか?」


「ああ。幼い頃、近所にいた女の子が、これとよく似たものを作っていた」


 わたくしの心臓が、どくんと跳ねました。


「それを……」


 一瞬だけ、言葉が途切れます。


「……食べたことがある」


 ――あの音が、脳裏に蘇る。


 ──ごりっ。


 思わず、身を乗り出しました。


「……ケンちゃん……?」


 沈黙。


 そして──

 セードルフ殿下は、小さく笑いました。


「久しぶりだな」


「……まあ」


 わたくしは、口元に手を当てます。


 あのケンちゃんが、王太子殿下に……。

 わたくしと同じ転生者だったなんて……。


「……あのときは、すまなかった」


「え?」


「“うまい”などと嘘をついて」


「まあ」


「正直に言うべきだった。“これは食べてはいけない”と」


「……そうなのですか?」


 初めて知りました。


「だがな」


 殿下は、まっすぐにわたくしを見つめます。


「忘れられなかった」


「……え?」


「味ではない」


 一拍。


「その美しさと、真剣に作る姿が」


 静かな声。


「初恋だったのだと思う」


 わたくしの頬が、かっと熱くなりました。


「だから、今度は間違えない」


 殿下は、そっと泥団子を机に置きます。


「ドロシー。私と婚約してほしい」


 まっすぐな言葉。


「君の作るそれを、“正しく評価できる立場”で、守りたい」


 食べるとは言いませんでした。

 やはり、泥団子は食べてはいけないのね。


 わたくしは、微笑みました。


「……はい。喜んで」


 それからのことは、あっという間でした。


 王太子殿下との婚約は正式に発表され、わたくしは王宮へと迎えられました。


 わたくしの泥団子は、“特殊素材”として研究されました。


 ついには──


「王家の宝として、これを認定する」


 そう宣言されたのです。


 磨き抜かれた泥団子は、専用の台座に飾られ、厳重に管理されることとなりました。


『触れるな』

『落とすな』

『絶対に口に入れるな』


 厳しい注意書きが添えられています。



「……泥団子が、本当に……?」


 かつての婚約者、オートス様はそれを見つめていました。


 王家の宝となった泥団子。

 かつて自分が捨てたもの。


「……そんなはずが……」


 ぶるぶると首を振る。


 やがて、何かに取り憑かれたように呟きました。


「……確かめればいい」


 その日、彼は自ら泥をこねました。

 見よう見まねで丸め、磨き、形を整える。


 けれどそれは、到底“あれ”には及ばない、ただの泥の塊でした。


「……同じだ」


 震える声で、自分に言い聞かせる。


「同じはずだ……」


 そして──

 意を決したように、それを口へ運びました。


 ――ごりっ。


 数秒後。


「ぐっ……!?」


 顔色が変わる。


「お、おぇ……っ!!」


 盛大に吐きました。


 その日を境に――


「侯爵が泥をこねて食ったらしい」

「しかも自作だそうだ」

「なぜ食べた?」

「知らん」


 そんな噂が、貴族社会を駆け巡ります。


 やがて彼は――


 “泥団子を食べて吐いた変人”として知られるようになり、誰も近づかなくなりました。



 そして、わたくしは、ケンちゃん――いいえ、セードルフ様と共に、幸せな日々を過ごしております。


 わたくしの作る泥団子は、王家の宝として大切に保管され、決して食べられることはありません。


 ええ……。


 それが正しい扱い方なのだと、ようやく理解いたしました。


 ほんの少しだけ……うふふっ。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最近は泥団子セットみたいなのでピカピカの泥団子が作れるそうですので、観賞用には作れそうですね。 皆、人間じゃなくて虫で、栄養のある土で作った泥団子だったら喜ばれたのに⋯⋯(たぶん、そうじゃない笑)
 泥団子……。随分昔に祖父から聞いた、お釈迦様に泥団子をお供えした子どもが王様に生まれ変わる話を思い出しました。  真心が大事、ということだったと思うのですが、私もオートスと同じ反応をしてしまいそうで…
侯爵さんがかわいそう……! 泥団子を捨てただけでざまぁされて…… あ、まぁ婚約破棄じゃなくてもいろいろ方法はあったし、ざまぁされても仕方がないか。 泥団子、懐かしいですね〜。最近作ってないや(そりゃそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ