わたくしの弁当は捨てられましたが、王家の宝になりましたわ
コメディーです。
──二度目の人生は、裏切られない。
前世で夫に裏切られたわたくしは、異世界に転生しました。伯爵令嬢ドロシーとして。
今度こそ、必ず幸せになりますわ。
そう、誓ったはずでしたのに。
ある日、わたくしは見てしまったのです。
婚約者の若き侯爵オートス様が、わたくしの手作り弁当を捨てているところを──。
あんなに丹精込めて作ったのに。
なぜ……?
なぜなのです、オートス様……?
◇
「ドロシー、君との婚約を破棄する!」
きらびやかな舞踏会の真っ只中。
オートス様は、高らかに宣言なさいました。
ああ……
わたくしは、今世でも幸せになれないの?
胸が締めつけられます。
「理由を……理由をお聞かせ願えますか?」
涙をこらえ、わたくしは問いかけます。
一拍。
オートス様は、まっすぐにわたくしを見て――言いました。
「それは……」
強い決意を宿した瞳。
「君の弁当が、いつも泥団子だからだ!」
静寂。
「え……?」
わたくしは、心の底から驚きました。
「なぜ弁当に泥団子を入れる!? 嫌がらせだろ!」
オートス様の声が、会場に響き渡ります。
……嫌がらせ?
わたくしは、そっと首をかしげました。
価値観の違い──そういうものなのでしょう。
わたくしが一生懸命に磨き上げた泥団子。それを理解していただけないとは……。
前世では、幼馴染みのケンちゃんが、涙を流しながら、食べてくれていたのに──。
「う……うまい、うまい……」
そう言って。
……その後、入院しましたけれど。
きっと感動のあまり、体が耐えきれなかったのでしょう。
「……かしこまりました」
わたくしは、涙をこらえ、静かに告げました。
◇
数日後。
伯爵家に、来訪がありました。
「王太子殿下が……?」
思わず聞き返してしまいます。
なぜ、王太子殿下がわたくしのもとへ?
そして、応接室に現れたのは、凛とした空気をまとった青年でした。
金の髪に、落ち着いた瞳。
その佇まいだけで、ただ者ではないとわかります。
「初めまして、ドロシー嬢。セードルフだ」
柔らかな声音。
わたくしは慌てて礼をします。
「お初にお目にかかります、殿下」
「そう固くならないでほしい。今日は……これの持ち主を探して来た」
そう言って差し出されたのは――
見覚えのある、艶やかな球体。
「まあ……!」
思わず声が漏れました。
「それは、わたくしの……!」
「やはり……」
セードルフ殿下は、どこか嬉しそうに目を細めます。
「道端に捨てられていたのを拾った。あまりに見事で、どうしても作り手に会いたくなった」
拾った……?
ああ、あのお弁当の……。
胸が、少しだけ痛みます。
けれど──
「お褒めいただき、光栄ですわ」
そう言って微笑むと、殿下はしばらくその泥団子を見つめ――
そして、静かに言いました。
「……昔を思い出した」
「昔、ですか?」
「ああ。幼い頃、近所にいた女の子が、これとよく似たものを作っていた」
わたくしの心臓が、どくんと跳ねました。
「それを……」
一瞬だけ、言葉が途切れます。
「……食べたことがある」
――あの音が、脳裏に蘇る。
──ごりっ。
思わず、身を乗り出しました。
「……ケンちゃん……?」
沈黙。
そして──
セードルフ殿下は、小さく笑いました。
「久しぶりだな」
「……まあ」
わたくしは、口元に手を当てます。
あのケンちゃんが、王太子殿下に……。
わたくしと同じ転生者だったなんて……。
「……あのときは、すまなかった」
「え?」
「“うまい”などと嘘をついて」
「まあ」
「正直に言うべきだった。“これは食べてはいけない”と」
「……そうなのですか?」
初めて知りました。
「だがな」
殿下は、まっすぐにわたくしを見つめます。
「忘れられなかった」
「……え?」
「味ではない」
一拍。
「その美しさと、真剣に作る姿が」
静かな声。
「初恋だったのだと思う」
わたくしの頬が、かっと熱くなりました。
「だから、今度は間違えない」
殿下は、そっと泥団子を机に置きます。
「ドロシー。私と婚約してほしい」
まっすぐな言葉。
「君の作るそれを、“正しく評価できる立場”で、守りたい」
食べるとは言いませんでした。
やはり、泥団子は食べてはいけないのね。
わたくしは、微笑みました。
「……はい。喜んで」
それからのことは、あっという間でした。
王太子殿下との婚約は正式に発表され、わたくしは王宮へと迎えられました。
わたくしの泥団子は、“特殊素材”として研究されました。
ついには──
「王家の宝として、これを認定する」
そう宣言されたのです。
磨き抜かれた泥団子は、専用の台座に飾られ、厳重に管理されることとなりました。
『触れるな』
『落とすな』
『絶対に口に入れるな』
厳しい注意書きが添えられています。
◇
「……泥団子が、本当に……?」
かつての婚約者、オートス様はそれを見つめていました。
王家の宝となった泥団子。
かつて自分が捨てたもの。
「……そんなはずが……」
ぶるぶると首を振る。
やがて、何かに取り憑かれたように呟きました。
「……確かめればいい」
その日、彼は自ら泥をこねました。
見よう見まねで丸め、磨き、形を整える。
けれどそれは、到底“あれ”には及ばない、ただの泥の塊でした。
「……同じだ」
震える声で、自分に言い聞かせる。
「同じはずだ……」
そして──
意を決したように、それを口へ運びました。
――ごりっ。
数秒後。
「ぐっ……!?」
顔色が変わる。
「お、おぇ……っ!!」
盛大に吐きました。
その日を境に――
「侯爵が泥をこねて食ったらしい」
「しかも自作だそうだ」
「なぜ食べた?」
「知らん」
そんな噂が、貴族社会を駆け巡ります。
やがて彼は――
“泥団子を食べて吐いた変人”として知られるようになり、誰も近づかなくなりました。
◇
そして、わたくしは、ケンちゃん――いいえ、セードルフ様と共に、幸せな日々を過ごしております。
わたくしの作る泥団子は、王家の宝として大切に保管され、決して食べられることはありません。
ええ……。
それが正しい扱い方なのだと、ようやく理解いたしました。
ほんの少しだけ……うふふっ。
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