罪は自分だけで被ればいい
タイミングが悪いシリーズだけど、まさかここまでの流れに発展するとは……。
どれくらい見た夢だろうか。
血に染まった剣を手にして、血の池の中に置かれた玉座を見つめる感情の灯っていない自分の顔。その池の中心には父の死骸――。
また、別の夢も見る。
父の傍で妖艶な花のように嗤い、こちらを見下す最愛の女性とその女性を手放したことを悔やみ続ける愚かな自分――。
そんな悪夢に魘される理由も理解している。
「ミレイア……」
汗なのか涙なのか分からないほど濡れている顔を拭い、そのまま顔を抑えて感情を抑える。
『――なったな』
脳内で浮かぶのは悪夢の元凶の声。
『お前の婚約者。地味で食指も動かんと思ったが、まさか大人になるとああなるとはな。美人になったな』
舌なめずりをする男。
『お前との婚約を解消して、儂の側室に召し抱えた方がよさそうだな』
その人は父親だったはずだ。父親が息子の婚約者を奪って、自分の側室にするなどと言う発言に自分の耳を疑った。
『いい考えだと思うだろう。儂の子とはいえ、王位継承権も四番目の息子よりも王の側室の方が娘も喜ぶだろう……』
『それは……』
言いたいことはたくさんあった。だが、口を噤んだ。
どちらを告げても自分の首は閉められる。許されるのは沈黙のみ――。
『まあ、別れも惜しむだろう。一か月後に誠意を見せてもらおうか』
その日から悪夢は続く――。
私には愛らしい婚約者がいる。出会ったのは一桁の頃。
「は、はじめまして……わたくし、ミレイア・ヒュースケースともうします」
緊張した面持ちであいさつをする少女は、そばかすがある愛らしい少女だった。
「………………………良かったわ」
ミレイアを一目見て、王妃が呟いた。
「母上。良かったとは?」
どういうことですかと首を傾げて尋ねると、
「…………そうね。貴方と相性がよさそう。と言うことよ」
偽ってはいない。だけど、全部が本当ではないのは何となく察した。
自分には兄が三人。そのうち二人は同腹で一人は異母兄。姉や妹。弟を加えるともっと居り、王妃の子供であるが継承権は四番目と言うことで、さっさと継承権を放棄して、兄に仕えるつもりだったが、異母兄に玉座が渡る可能性を少なくしたい王妃の思惑があり、今は放棄をしないでくれと言われていた。
……確かに、異母兄に……異母兄の母親。側室が権威を持つことが危険なのは成長するにしたがって感じ取れた。
………異母弟が異母妹の目の前で毒に盛られて死に、別の側室を唆して、生き残った異母妹を精神が病んだ実の母親に殺させようとしたのだから。
そんなことをするような者たちに権威を与えてはいけない。だけど、迂闊に動いて同母兄まで警戒されては困るという微妙なバランス加減で婚約してくれたヒュースケース家は侯爵でありながら中立。権威に固執しない家柄であり、娘の年齢も私と変わらなかった。
一目ぼれ。そこで生まれた僅かな恋心はミレイアの性格を知り、共に努力をする様を近くで見続けていくうちに想いはどんどん育っていき、自分の婚約者が…………将来共にする相手がミレイアが良かったと思えるほどだった。
そして、ミレイアも王族に嫁ぐという義務と権利の教養や礼儀作法として、愛らしさが美しさに。可愛らしさが麗しさに変化していき、誰もが認める王族に嫁ぐ貴族令嬢として育ってきた。
もともと愛らしかったのが、綺麗になったのを見て、正直、美醜よりも相性とか中身だと思っていたのに、まさか惚れ直してしまい、自分は未熟だったと恥ずかしさに転げまわりそうになったのを、
「わたくしにまた恋をしてくれたのなら一緒ですよ――わたくしも何度もシェイドさまに恋をしていますので」
と言われて、
「…………………っ、好きになり過ぎて辛い」
とまで漏らしてしまった。
そんな自分にくすくすと笑う彼女。
こんな可愛くて、綺麗で、素晴らしい婚約者が自分の婚約者だという事実が幸せすぎて…………それが奪われるかもしれないなんて想像すらしていなかった。
「シェイドさま!!」
泣きはらしたような表情で、尋ねに来た自分を見つめ弱々しい声で呼びかけてくる。彼女の手には王命が書かれてある手紙。
「い、いやです……。わたくしは……わたくしは……」
その後の言葉は続かない。
王命を拒めば、一族郎党処刑される。かつて同じように断った女性が目の前で家族と婚約者を殺されて精神が病んだのを見せられた。
王命として下された時点で断ることも死ぬことも許されない。
分かっている。自分たちの感情を無視すればそれが一番いい方法……王命に従う以外道はないのだ。
「…………ミレイア」
自分が幸せにしたい。幸せに出来ないのなら二人で死にたい。だけど、自分達には多くの守りたいものが多すぎて柵を捨てれるほど無責任でもない。
互いに離れたくないと縋るように抱き合う。一緒このまま一つに溶けてしまえば別離など想像しなくてもいいのではないか……。
「…………」
「……………」
どちらも別れの言葉を言いたくない。覚悟を決めないといけないのに覚悟を決めれない。
でも、彼女に言わせるわけにはいかないと口を開きかけたその時だった。
「シェイド殿下!! ミレイアお嬢さまっ!! 陛下が、陛下がっ!!」
王城からの早馬が……王妃からの火急の報告来て、別れの言葉は遮られた。
陛下がお酒に酔って階段を踏み外して、そのまま亡くなったと――。
その後の展開は慌ただしかった。
王太子だった長兄が即位すると共に、辺境伯との連絡を怠った側室派の貴族が辺境伯に嫁ぐ第四王女の手によって粛清された。
父上の飲んだお酒はアルコール度数が高く、側室が父上の弱っていた身体に毒であったのを承知だったが、父上が欲していたの仕方なく飲ませて、側室の部屋を尋ねる時は護衛の数を減らす習慣があったのが災いになっての事故――。
だけど、長兄の即位と第四王女の粛清……側室の権威が衰えるのは当然として、その後原因不明の病死で側室と異母兄は亡くなった。
「シェイドさま?」
あの悲痛な覚悟が嘘のようなどんでん返し。だが、ここまで偶然が重なることはない。おそらく……。
「どうかなさりましたか?」
尋ねてくるこれから妻になる女性に微笑んで、
「なんでも……いや、今から結婚式だから緊張してしまったみたいだ」
と笑って告げると、顔を赤らめたミレイアも嬉しそうに笑い、
「そうですね。――やっと、一つになれるのですね」
そんな愛する女性にこの結婚が無事迎えられるために起きた裏の事情は永遠に黙っておく。
父殺しをしたいとまで思った自分の罪は自分だけは知っていればいいのだから――。
事件の裏の話は王妃視点で投稿する予定。




