第四章 第9話『壊れる王都、届かぬ声』
第四章 第9話『壊れる王都、届かぬ声』
王都は、もはや“都”としての体裁を保っていなかった。
通りに活気はなく、工房の煙突からは煙が上がらない。市場には品が少なく、女たちの声は途切れがちで、代わりに不満と苛立ちだけが漂っている。原因は誰の目にも明らかだった。働く女たちが、いなくなったのだ。
城内の会議室では、重たい沈黙が続いていた。
いや、正確には――沈黙しきれず、何度も空回りする声だけが響いている。
「なぜ止められなかったの!?」
第一王女セレスティアの叫びが、再び壁に反響する。
丸顔に浮かぶ吹き出物は厚化粧で隠され、歪んだ笑みが張りついたまま、その目だけが異様に血走っていた。
「移住は禁止したでしょう!?
門を閉じろと命じたでしょう!?
なのに……なのに、どうして誰も従わないのよ!!」
文官たちは視線を伏せたまま、誰も答えない。
答えは単純だった。従わせる力が、もう王家にはない。
「……姉上、もう少し言葉を選ばれた方が……」
第一王子のか細い声は、最後まで言い切れなかった。
「黙りなさい!」
セレスティアが睨みつける。
「あなたにはわからないのよ!
このままじゃ……この国は、女たちに見限られる!!」
その言葉には、恐怖が滲んでいた。
彼女は気づいている。
問題は公爵領ではない。
“選ばれる側”であり続けてきた自分たちの価値が、揺らいでいることそのものだ。
「働くことを誇りにするなんて……。
醜女どもが、努力を口にするなんて……。
そんな世界、間違っているわ!」
王妃エレオノーアは、相変わらず沈黙を守っていた。
止めることも、諭すこともない。
ただ、静かに事態を見つめている。
「……アルディス公爵に通達を」
セレスティアは、爪を立てるように机を叩いた。
「移住の即時停止。
国外との接触禁止。
学舎の閉鎖。
それでも従わないなら――」
その先を、彼女は言わなかった。
言えなかった。
武力を使う勇気も、統治する覚悟も、彼女にはない。
その通達が、公爵領に届いたのは翌日だった。
ミリアは封書を読み終え、静かに息を吐いた。
「……想定より、早かったですね」
応接室には、レオンと四人の婚約者が揃っている。
「禁止と命令だけ。理由も対話もない」
マリアが冷たく言った。
「王都はもう、私たちを“国として扱っていない”のではなく……
扱えなくなっているのね」
リリアナの声は静かだった。
「止める手段が、もう“命令”しか残ってないってことだよ」
ソフィアが珍しく真剣な顔で言う。
「武力は使えない。
使えば、女たちがさらに流れる」
カトリーナが淡々と分析した。
レオンは、通達を机に置いた。
「……返答は必要ない」
全員の視線が集まる。
「拒否もしない。
抗議もしない。
ただ、これまで通りやる」
「距離を……取るのですね」
ミリアが確認する。
「ああ。
王国の秩序と、公爵領の秩序は、もう交わらない」
それは宣言ではなかった。
ただの事実確認だった。
その日、公爵領ではいつも通り学舎の建設が進み、技術局は稼働し、治安隊は巡回し、市場は賑わった。
誰も、王家の通達を話題にしない。
王国の“声”は、ここには届かなかった。
一方、王都では事態がさらに悪化していた。
通達を出したことで、逆に人々の不安が煽られたのだ。
「……閉じ込められる前に出よう」
「今しかない」
「公爵領なら、まだ受け入れてくれる」
そんな声が、裏路地から路地へ、夜から朝へと連なっていく。
止める者はいない。
止められる力も、もうなかった。
セレスティアは玉座の間で、一人、鏡を睨みつけていた。
「……どうして……」
鏡に映るのは、この国で“絶世の美”とされた顔。
だが、その奥にあるのは、誰にも選ばれなくなる恐怖だった。
「私が……間違ってるって言うの……?」
答えは返らない。
世界はもう、彼女の問いに耳を傾けていなかった。
同じ頃、公爵領の丘の上で、レオンは街を見下ろしていた。
灯りは増え、音は途切れず、人々はそれぞれの明日へ向かって動いている。
「……これでいい」
誰に言うでもなく、そう呟く。
王国を壊そうとは思わない。
ただ、戻らないだけだ。
壊れているのは、王都のほうだった。
そして、公爵領は静かに理解していた。
もう後戻りはない。
次に来るのは、衝突ではない。
分離だ。
その境界線は、すでに人々の心の中に引かれていた。




