第四章 第6話 はじまりの使節団
第四章 第6話 はじまりの使節団
秋が深まり始めた公爵領の朝は、少し冷たい風が吹いていた。
しかし街には、どこか浮き立つような空気があった。市場は早くから人で賑わい、工房では新しい設備の試運転が進み、学舎の建設現場には朝日よりも早く作業員たちが集まっていた。
ミリアが支援局に到着すると、入口の前には見慣れぬ緊張した顔があった。
治安隊の女性隊員が姿勢を正し、ミリアに向かって敬礼する。
「ミリア様、中央庁舎へ急ぎを。
“他国の使節団”が到着したとのことです!」
「……他国の?」
その言葉に、一瞬息が止まった。
(とうとう……来たのね。
公爵領が“国”として扱われる瞬間が)
胸の奥が熱くなるのを抑えながら、ミリアはすぐに中央庁舎へ向かった。
庁舎前には既に多くの隊員が並び、整然とした列ができている。その中心に――レオンがいた。
四人の婚約者も揃っている。
リリアナは凛とした静かな表情を浮かべ、
マリアは冷静に帳簿を閉じ、
ソフィアは興奮を隠せず、
カトリーナは背筋を伸ばして警戒の目を光らせていた。
そして、その視線の先に――
異国の衣装をまとった男女が数名、馬車から降りてくるところだった。
北方連合国の紋章。
金糸で織られた深い緑のマント。
そして、礼節を重んじるあの国独特の“深い一礼”。
その代表者が静かに名乗った。
「北方連合国より参りました。
我らの国王陛下の名において、
――アルディス公爵にご挨拶申し上げます」
レオンは一歩前へ出た。
「遠路ようこそ。我が公爵領へ」
その声には覇気も傲慢さもなく、ただ真っ直ぐな気品があった。
使節団の代表は、レオンの姿を見て目を細めた。
「聞きしに勝る方だ……。
あなたが、“美醜にとらわれぬ国”を築いておられると……噂はすでに我らの国にも届いております」
周囲の空気がわずかに揺れた。
リリアナの表情は変わらないが、その手がわずかに震えているのをミリアは見逃さなかった。
(とうとう……公爵領の価値観が国境を越えた)
使節団は続けた。
「王国での醜女弾圧、移住者の流出、産業の崩壊……
すべて我々の国にも伝わっています。
しかし、そなたの領では――
醜とされた女性たちが働き、学び、生き直していると」
ソフィアの瞳が輝いた。
「本当に……伝わってるんだ!」
使節団は深い息を吸い、言葉を続けた。
「我々は、公爵領との“技術交流”を望みます。
新しい織機の改良、循環型の農地計画、そして……
“学舎制度”について、ぜひ学びたい」
その瞬間、ミリアの背筋に震えが走った。
(学舎制度……ソフィアたちが考えた未来が、世界を動かしてる)
「さらに――」
使節の代表は、一歩踏み出して言った。
「我らの国からも、女性たちを送りたい。
“学ぶ場”を求める者が後を絶たぬのです」
街の風が止まった。
それは、公爵領が本当に“新しい世界の中心”へ変わりつつある証だった。
レオンは、重く深い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……我が領は、すべての女性に門戸を開くつもりだ。
望むなら学べばいい。働けばいい。
それを拒む理由はない」
使節団の代表は感嘆の息を漏らす。
「……この世界で、その言葉を口にできるのは……
そなたしかおりますまい」
その言葉は称賛であり、同時に畏敬だった。
カトリーナがわずかに眉をひそめた。
(他国がここまで……。
王都とは、もう比べることすらできない)
マリアは数秒考え込み、静かに頷いた。
「レオン。外交に関する契約書はわたしが用意するわ。
財政と経済のバランスも取れる」
リリアナは大きな流れを見据えるように言った。
「王国も……いずれ動くでしょうね。
公爵領が他国から正式に認められれば、王家は必ず焦る」
ソフィアは手を握りしめて跳ねるように言った。
「きっと世界は変わるよ!
レオン様が作ったこの価値観は……もっと広がっていく!」
そしてミリアは――
その四人を見つめながら、胸の奥からあふれる確信を覚えた。
(この領は……もう、国だ)
レオンの価値観を軸に、
四人の婚約者の能力が支え、
人々の希望が集まり、
そして他国が敬意を示す。
これは、もう国家ではないと言い張る方が無理がある。
使節団はレオンに深く頭を下げた。
「アルディス公爵。
どうか……我々と手を結んでくだされ」
レオンは静かに頷いた。
「よかろう。
世界のために、門を開こう」
その瞬間、風が街を駆け抜けた。
それは――
世界が公爵領を“新しい秩序の中心”として認めた瞬間だった。




