表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
《第四章:揺らぐ王国と集う風》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/112

第四章 第4話 押し寄せる波

第四章 第4話 押し寄せる波


 朝靄の残る公爵領の大通りに、いつもとは明らかに違う気配が漂っていた。

 遠くから響くざわめきは、風の音ではない。足音が大地を揺らしている。

 それは、まるで街全体に押し寄せる“波”のようだった。


 ミリアが支援局の扉を開けた瞬間、その光景が目に飛び込んできた。


(……こんなに!?)


 外には、終わりの見えない人の列。

 荷物を背負い、怯えたような、しかしどこか希望を抱く瞳をした女性たちが大通りを埋め尽くしている。


 その数、数百――

 いや、見える範囲だけで千を超えているかもしれない。


「き、今日来た人たちは……全部で何名ですか……?」

 ミリアが職員に尋ねると、書類を抱えた女性が蒼白になって答えた。


「……一応、数えました。今の段階で……二千七百名ほどです」


「に、二千……!?」


「しかも、まだ列は続いています!」


 その言葉にミリアは息を飲んだ。


(これが……王都の現実……)


 王都が崩れ始めている。

 それが、目の前の人数だけで理解できた。


 怯えたように立つ母娘。

 手をつないで震える姉妹。

 背中を丸め、荷物を抱えた少女たち。


 皆が“逃げるように”公爵領へやってきていた。


(迎えなければ……一人も取りこぼさずに)


 ミリアが決意を固めた瞬間、大通りの中央に堂々とした影が現れた。


「皆、落ち着いてください!」


 澄んだ声が響く。

 リリアナだった。


 第三王女でありながら王都で虐げられ、“骸骨”と呼ばれた彼女が、いまは堂々とこの街の中心に立っている。


「順番にお呼びします。

 急がず、慌てず。あなたたちはすでに……公爵領の“客人”です」


 その声に、ざわめきが少しだけ静まった。


 次に姿を見せたのはマリア。

 鋭い眼差しをしながらも、どこか優しさの滲む声で指示を飛ばす。


「仮滞在区域を拡張します。予算はわたしが確保します。

 職員は全員、臨時対応の準備を」


 ソフィアは工房から飛び出し、図面を手に叫ぶ。


「宿泊用の簡易小屋、すぐ建てられるよ!

 木材のストックもあるから、今日中に百棟はできる!」


 カトリーナは治安隊を引き連れ、毅然として前に立つ。


「列の整理をする。押し合うな、走るな!

 この場にいる全員を、安全に迎え入れる!」


 その瞬間、公爵領は“国家としての形”を確かに見せ始めた。


(ああ……この四人がいる限り、どんな混乱も乗り越えられる)


 ミリアは胸の奥が震えるのを感じながら、職員たちをまとめた。


「受付を三倍に増やします!

 名前、出生地、希望職種、特技、健康状態――

 一人ずつ必ず確認して!」


「は、はいっ!」


 支援局は戦場のように活気づいた。


 そんな中で、ミリアのもとに一人の女性が近づいてきた。

 まだ若い、肌の荒れた地味な女性。頬がこけ、細い指が震えている。


「す、すみません……ここは、本当に……働ける場所なんですか……?」


 ミリアはそっと微笑んだ。


「ええ。働けます。あなたの力を必要としている場所です」


「本当に……醜い私でも……?」


「ここでは、醜いなんて言葉はありません。

 “生き方”がすべてです」


 その瞬間、女性の目に涙が溢れた。


「……よかった……本当によかった……」


 抱えていた荷物が落ち、音を立てて地面に転がる。

 彼女はその場に膝をつき、顔を覆って泣き崩れた。


(こんなにも……追い詰められていたんだ……)


 ミリアはそっと肩に触れた。


「あなたの人生は……今日から始まります」


 涙の海がゆっくりと広がるように、周囲でも同じように泣き崩れる女性たちがいた。


 公爵領は、まるで大きな心臓のように脈打ち、彼女たちを包み込む。


 そのとき、大通りの向こうから歩いてきた影があった。


 白い外套を風に揺らし、静かに群衆を見渡す男。


 レオンだった。


 群衆は自然と静まり返る。

 ミリアは胸の鼓動が跳ねるのを感じた。


 レオンはゆっくりと歩み、泣いている女性たちにそっと視線を落とした。


「ようこそ。

 ここはあなたたちの人生が……もう一度始まる場所だ」


 声は優しく、深く、揺るぎない。


「恐れる必要はない。

 望むなら働けばいい。

 望むなら学べばいい。

 望むなら休んでもいい。

 生きる道を……自分で選べばいい」


 その言葉は、まるで光だった。


 大通りにいた女性たちは、誰もがその光を浴びるように顔を上げた。


「あなたたちを拒む者は……この領にはいない」


 レオンの言葉に、再び涙が溢れた。


(ああ……この人こそが……)


 ミリアは胸の奥で確信した。


(世界を変える“中心”なんだ)


 その日、公爵領への移住者は五千を超えた。

 歴史に刻まれる“人口大流入”の始まりだった。


 王国の崩壊は、もう誰にも止められない。

 公爵領の胎動は、確かに世界を揺らし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ