第四章 第1話 揺らぐ玉座の間
第四章 第1話 揺らぐ玉座の間
王都に朝日が差し込んだ瞬間、その光は本来ならば荘厳なはずの玉座の間を照らし出していた。しかし今日は、どれほど光を浴びても晴れるはずのない空気が、その空間を支配していた。
燃えるような赤毛を揺らしながら、第一王女セレスティアは玉座前の階段をヒールの音を響かせて上り詰めた。丸い顔には吹き出物がいくつも浮かび、歪んだ笑みが貼りついている。それでもこの国では“絶世の美女”として尊ばれている。しかし今、その表情には恐怖と焦りが混じり合っていた。
「どういうことなのよ……公爵領の民が、毎日のように増えているというのは!」
怒声が玉座の間に響き渡る。
第一王子ジークハルトは上擦った声で近衛を下がらせ、姉の機嫌を必死になだめようとした。
「姉上、落ち着いてください……。
た、たしかに公爵領へ人口が集中していますが、王国全体が危機というほどでは――」
「危機よ!!」
セレスティアの叫びに、文官も近衛騎士もびくりと肩を震わせた。
「醜女どもが王都を離れ、産業が停滞しつつあるの! 働く女がいなくなれば、誰が私たちの生活を支えるの!? 誰が食事を作り、誰が服を織り、誰が街を動かすというの!?」
その問いかけは、これまでの王国の価値観そのものだった。
“美しい者は選ばれ、何もしなくていい。働くのは醜い者の役目。”
そんな歪んだ常識が、崩れ始めている。
文官の一人が震える声で報告を続けた。
「姫様……王都の織物工房の三割が稼働停止、食糧加工場は半数が人員不足で作業が滞っています。人の流れはすべて、公爵領へ……」
「黙りなさい!!」
セレスティアは机を叩き、書簡が跳ねた。
「なんなの!? なんであんな辺境に女たちが集まるのよ!?
あの男に……あの“レオン=アルディス”に、何を期待しているの!?」
その名を口にした瞬間、セレスティアの顔色はさらに変わった。
妹の第三王女――
“骸骨”と蔑まれ、男からも女からも避けられてきたリリアナ。
レオンはそのリリアナを婚約者に選んだ。
その事実こそ、セレスティアの狂乱の源だった。
「私を差し置いて……なんであの骸骨女を選ぶのよ!?
リリアナは価値がないの……美しくもない! 女としての魅力もない!!
なのにどうして――!」
叫びは悲鳴に近かった。
王妃エレオノーアは沈黙したまま娘を見つめている。
王としての威厳はあっても母としての情は薄い。
その冷静な瞳は、セレスティアの暴走を止めようとはしなかった。
一方、第一王子ジークハルトは完全に青ざめていた。
姉がここまで取り乱す姿を見るのは初めてだ。
「姉上……王都にこそ魅力があるはずです。
レオンの領地など、まだ国とは呼べない場所に――」
「国よ!!」
セレスティアの声が玉座に轟いた。
「このままでは本当に“国”になってしまう!
女が働いていいだなんて、あんな価値観が広がったら……
私たち“選ばれる側”の女の存在意義が失われるのよ!!」
彼女ははっきり理解している。
――レオンが広場で語ったあの宣言こそ、王国全体を揺るがす毒だ。
“生き方で評価される世界”
“美醜では人を測らない世界”
“選ばれるのではなく、選ぶ人生”
その価値観が広がれば、セレスティアのような“美しいだけの特権階級”は存在できない。
「あんな男の言葉ひとつで……女たちが希望を持つなんて……許せない……許せないわ……!」
鏡の前に立ったセレスティアは、自分の顔を見つめた。
丸く歪んだ頬。
ぶつぶつとした肌。
歪んだ笑み。
それはこの国では“尊い美の象徴”として扱われてきた。
この“美”こそが自分の力。
この“美”があるから、誰も逆らわなかった。
「この顔が……通じなくなる世界なんて……私は絶対に認めない!!」
セレスティアは鏡に手を突き、狂気じみた笑みを浮かべた。
「公爵領を封じ込めるわ。
移住を止め、レオンに“従わせる”。
――この国の秩序を守るために!」
その宣言は、世界が大きく揺れ始めたことの証だった。
しかし、この場の誰もまだ知らない。
公爵領はすでに――
王国の手の届かない場所へ歩き出している。
世界が揺らぎ始めた。
第四章の幕が、静かに上がった。




