第三章 第15話 新しい秩序の胎動
第三章 第15話 新しい秩序の胎動
秋の風が公爵領の大地を渡り、空はどこまでも高く澄んでいた。街には収穫の香りと工房の灯が混ざり合い、季節の移ろいを優しく告げている。ここ数ヶ月で公爵領は目覚ましいほどの変化を遂げていた。新しい産業区は動き始め、教育施設の建設が進み、治安隊の訓練も本格化している。財政は安定し、人の流れは絶えることがなかった。
早朝、支援局の前には移住希望者の列ができていた。かつて“醜女”という言葉で縛られ、社会に居場所を失った者たち――しかし現代の美意識で見れば整った顔立ちの女性ばかりが、この公爵領を求めて訪れる。その列の先頭にいる若い女性は、手を胸の前でぎゅっと握りしめながら呟いていた。
「……ここなら、生き直せるかもしれない」
ミリアはその姿を見て胸の奥が熱くなった。
(ああ、本当に……レオン様の言葉が人の人生を変えている)
支援局に入ると、すでにソフィアが大量の図面を抱えて走り回っていた。
「ミリアさん! 見て見て! 学舎の実験室、もう少し広くした方がいいと思うの! 薬草の講座も増やしたいし、医療知識のある人も来てくれるし!」
「はいはい、落ち着いて……図面を見せてください」
ソフィアは嬉しそうに巻物を広げる。ミリアが図面を確認していると、今度はカトリーナが現れた。
「新しく警備志願者が二十名増えた。皆、真剣な目をしていた。鍛えれば立派な隊員になるだろう」
「承認します。訓練施設の調整はこちらで進めますね」
「助かる。守る者が増えるのは、悪いことではない」
そこへ、帳簿を片手にしたマリアが静かに歩いてきた。
「教育投資の枠を増やしておくわ。新しく学舎に入る人たちの生活支援も必要になるでしょうし。……そのかわり、しっかりと成果を出してもらうわよ」
「もちろんです、マリアさん」
そして最後に、自然と空気が整う気配とともにレオンが現れた。
「皆、今日もありがとう。……ミリア、支援局の運営はどうだ?」
「忙しいですが、とてもやりがいがあります」
「君がいてくれて助かっている」
その一言だけで、胸の奥が熱くなる。飾りのない言葉だからこそ、誰よりも嬉しかった。
リリアナは行政区の図面を広げながら静かに言う。
「人口増加に伴って、行政区の再編が必要です。中心区を三つに分けて管理した方が効率的です」
「それなら輸送にも無理がないな」
「治安については私が責任を持つ」
「予算は確保済みよ」
四人の婚約者とレオンが、自然と一つの円を形成する。ミリアはその光景を見ながら、胸の奥で確信した。
(この人たちが……未来を作っているんだわ)
夕刻には、北方連合国から正式な書状が届いた。
「公爵領との交流を希望する」
そう綴られている。
「他国が私たちに?」
驚くミリアに、マリアが即座に答える。
「当然よ。この発展を見れば、公爵領は“思想の中心地”になっているわ」
ソフィアは嬉しさを隠しきれず跳ね、カトリーナは真剣に頷いた。
「つまり他国は……レオン様の価値観を認め始めた、ということか」
その言葉は、ゆっくりと胸に染み込んだ。
(これは……国が生まれる前兆だ)
夜。
レオンは高台に立ち、月に照らされた街を見下ろしていた。
工房の明かり、建設現場の人影、訓練の掛け声。
その全てが未来へ向かって進んでいる。
そこへミリアが静かに現れた。
「……レオン様、眠れないのですか?」
「未来のことを考えていた」
レオンは街を見つめたまま、ゆるやかに言葉を紡ぐ。
「俺は、この領を“生き直せる場所”にしたい。
生まれではなく、生き方で評価される場所に。
……たとえ王都が何と言おうと、な」
「すでに……そうなり始めていますよ」
ミリアの言葉に、レオンはわずかに目を細めた。
「王都との距離は、確実に開いている。彼らはこの変化を喜ばないだろう」
「それでも、進むのですか?」
「進むさ。この道は……もう誰にも止められない」
その声は、驚くほど静かで、しかし揺るぎがなかった。
(ああ……この人は、本当に“導く者”なんだ)
ミリアは胸の奥で確信した。この領はすでに、王国とは別の方向へ歩き始めている。人々の価値観が変わり、生活が変わり、生き方が変わっていく。これは小さな変化ではない。
――気づけば誰も覆せない“新しい秩序”が芽吹いている。
(私は……この歴史の中にいる)
静かに吹き抜けた風が、未来の匂いを運んでいた。
こうして、公爵領は確かに新たな章へ踏み出したのだった。




