第三章 第13話 壊れていく“常識”
第三章 第13話 壊れていく“常識”
王城の一室には、重く沈んだ空気が満ちていた。
「……なんだ、これは」
第一王女セレスティアは、机の上に広げられた報告書を震える指でなぞった。
『公爵領にて、レオン=アルディス公爵が広場で演説。
“生き方で評価される社会” を標榜。
領民より熱狂的支持。』
「馬鹿な……! そんなもの……!」
セレスティアの声は震えていた。
怒りだけではない。
理解を拒むような“恐怖”も混じっている。
報告書を届けた文官は、額に汗を浮かべながら控えていた。
「姫様……民衆の支持は、予想以上の速度で広がっているようでして……」
「黙れ」
セレスティアはきつく言い放ち、椅子を蹴るように立ち上がった。
彼女の顔は丸く、頬にはぶつぶつとした吹き出物が浮き、
今の表情は“醜悪な笑み”と“怒り”が混ざったものだった。
王都の価値観では、それが“絶世の美”とされている。
だが、彼女はその美しさを何より誇っている。
「女は“選ばれる側”よ。
“働く”なんて、みっともない真似をするのは醜女だけ。
なのに……なのにどうして……!」
報告を読み直しながら、セレスティアの手が震える。
『公爵領では、醜女と呼ばれた者たちが意欲的に働き、
領地運営を支える人材として認められている』
「あり得ない! 醜い女が……評価されるですって!?」
部屋に声が響く。
「そんな価値観……この国を壊すわ!
女が努力をしなければならない世界なんて、あってはならないのよ!!」
セレスティアは鏡の前へ駆け寄る。
丸い顔。
ぶつぶつとした肌。
歪んだ笑み。
この世界では“完璧な美女”とされる顔立ち。
セレスティアはその鏡像に向かって言い放った。
「私のこの“美”こそが、この国の秩序なのよ。
美しい者は選ばれ、何もしなくていい。
それが正しいのに……!」
鏡の前で震える彼女の姿は、まるで“自分の美しさに縋る亡霊”のようだった。
文官は小声で続ける。
「姫様……人々の価値観に変化が生まれているのは事実でして……公爵領の制度、雇用、教育が――」
「だから黙れと言っている!!」
セレスティアは机を叩き、報告書が宙に舞った。
「レオン=アルディス――
あの男は、どうして“あの骸骨女”を選んだの?
どうして私を選ばないの?」
叫びは、幼児のようにむき出しのものだった。
「私は第一王女よ!?
この国で最も美しく、最も高貴で、最も“選ばれるべき”存在なのに!!」
文官は口を開きかけ、すぐに閉じた。
セレスティアが求めている答えは、現実には存在しない。
だがその沈黙は、彼女の怒りに油を注ぐ。
「レオンは私を拒んで……
よりにもよって、あの“骸骨の第三王女”リリアナを選んだ……!?」
その瞬間、セレスティアの思考の何かが、音を立てて崩れた。
「許さない……絶対に許さない。
こんな価値観が広がったら……私の立場はどうなるの?」
セレスティアは両手で顔を覆い、しゃくり上げる。
「私……美しいのよ?
ただそれだけで、誰からも尊ばれるべきなのよ……?」
その問いは誰に向けられたものでもなかった。
ただ、揺らぎ始めた“世界の常識”に向けられた叫びだった。
文官は震えながら言う。
「姫様……王家としても、早急に対処を……。
このままでは、公爵領は――」
「国を乗っ取るつもりだとでも言いたいの!?」
セレスティアの目が鋭く光った。
「いいわ……。
公爵領がどれほどのものか、見せてもらいましょう」
彼女はゆっくりと口角を上げた。
「“美しさこそ力”だと、思い知らせてあげる」
その表情は、美と醜の境界をねじ曲げたような、
歪んだ勝利の笑みだった。
しかし彼女はまだ知らない。
――公爵領は、既に“美”では動かない。
――レオンの価値観は、静かに国境を越え始めている。
セレスティアの“狂乱”は、王国が崩れ始める音だった。




