第三章 第11話 静かに形を成すもの
第三章 第11話 静かに形を成すもの
初夏の終わり、陽光が公爵領の大地を柔らかく照らす午後。
街の喧騒は活気に満ち、どこか新しい匂いがしていた。
(すごい……たった数か月で、ここまで変わるなんて)
ミリアは高台から街を見下ろし、胸の奥が熱くなった。
目に映るすべてが動いている。
工房、農地、市場、学校前の広場、見習い兵の訓練場。
それらを繋ぐ道には、休むことなく女性たちが行き交う。
“働く”という行為が、これほど誇らしげに受け入れられている土地は王国に存在しなかった。
(ここはもう、王都と同じ国とは言えない……)
だが、その変化は喜びだけではない。
ミリアの机には山のような申請書が積み上がり、産業ごとの人員調整、土地拡張、治安維持計画、教育制度の設計など、領全体が一気に膨張していた。
統合を急がなければ、この勢いは制御不能になってしまう。
「ミリア、例の資料をまとめた」
静かな声。
振り向くと、リリアナが束ねた書類を差し出していた。
「行政区再編の案よ。
人口増加に合わせて、中心区を三つに分けて管理した方が効率的だわ」
「こんなに早く……! リリアナさん、本当に助かります!」
「いえ。これは“始まり”にすぎません。
行政体制を整えないと、人々が増えるほど混乱するもの」
淡々とした口調でありながら、その瞳には確かな意志が宿っていた。
かつて“骸骨のようだ”と言われたその姿は、
今は誰より知的で美しい光を放っているように見えた。
「レオン様が……“領を預ける覚悟”を決めたのなら、私も応えないといけませんから」
静かな言葉だったが、それがどれほど重い意味を持つかミリアにはよく分かった。
レオンは、ただの公爵ではない。
彼が示す価値観は、人々の“生き方”そのものを変える力を持っている。
だから行政の基盤を作るリリアナは――まさに柱だった。
***
「ミリア、これを見て」
今度はマリアが、数枚の帳簿を持って入ってきた。
「財務整理、ほぼ完了したわ。
今年度は黒字。来年度も問題なく運営できる」
「黒字……!?」
「驚くことじゃないわよ。
働く女性が増えれば、その分生産量も上がる。
無駄を徹底的に削れば、当然こうなるわ」
マリアの言葉はいつも辛辣だが、核心を射抜く。
「ただし、これからはもっと人が増えるでしょう。
そのための貯蓄と投資の配分は、早めに決める必要があるわ」
「はい、マリアさん」
ミリアは頭を下げた。
(この人は……数字で未来を見通してる)
財政という“血流”を完璧に整えられる者がいるのは、公爵領にとって何よりの強みだった。
***
「ミリアさん! 来て、これ見て!!」
工房から弾むような声が響いた。
ソフィアだ。
駆け寄ると、彼女は興奮気味に大きな巻物を広げる。
「これ! 新しい“学校”の設計図だよ!!
読み書きと計算だけじゃなく、技術や農作業、工房の基礎も学べるようにするの!」
「本当に……学校を作るつもりなのね」
「うん! “働きたい女の人が、ちゃんと学べる場所”を作りたいの!
だって、技術があれば人生は変えられるでしょ?」
ソフィアの目はきらきらと輝いていた。
(なんてまっすぐな子……)
彼女が生み出す発明は、機械だけじゃない。
未来そのものを形にしているのだ。
「この学校ができたら……この公爵領、もっとよくなるよ!」
「ありがとう、ソフィア。きっとそうなるわ」
***
最後にやって来たのはカトリーナだった。
「ミリア。治安区画の見回りルート、改訂したぞ」
「ありがとうございます! でも……こんなに細かく?」
「人が増えるということは、それだけ“守る場所”も増えるということだ。
弱い立場の者を守る。それが我々の役目だからな」
その言葉は力強かった。
剣の腕も確かだが、彼女の本当の強さは“守る意思”にある。
「……レオン様が作ろうとしている場所を、私は必ず守る」
ミリアは、一瞬、息が止まるほどの感動を覚えた。
四人はそれぞれに違う才能を持ち、違う道を歩んできた。
だが今は、同じ一点に向かって力を注いでいる。
行政。
財政。
技術。
治安。
すべてが揃い始めたとき――公爵領はもはや“領地”ではなく、“国の形”を帯び始める。
***
その日の夕刻、レオンは高台に立ち、公爵領を見下ろしていた。
街は光に包まれ、遠くから笑い声が聞こえる。
働き、学び、暮らし、未来を語る女性たちの姿がある。
(ここは……もう戻れない場所だ)
まだ声にするつもりはない。
だが、公爵領の変化は確かな“胎動”を見せていた。
リリアナが作った行政の骨格。
マリアが整えた財政の血流。
ソフィアが生み出した技術の手足。
カトリーナが守る盾。
そして――移住者という新しい風。
(これが……新しい秩序の始まりなのだろう)
レオンは静かに目を閉じた。
遠くで鐘が鳴る。
一日の終わりを告げる音が、公爵領の未来をゆっくりと照らしていた。
この地は、まだ“国”とは呼ばれていない。
だがもう、誰も気づかないふりはできない。
ここに確かに生まれようとしている。
古い王国とは違う――新しい形の国が。




