第三章 第10話 四つの光が揃うとき
第三章 第10話 四つの光が揃うとき
公爵領に、新しい季節の風が吹いていた。
移住者が急増したことで街は活気を増し、工房の煙突からは絶えず白い煙が立ち上っている。
忙しさの中にも、どこか希望の匂いがあった。
その中心にいるのは、レオン――
そして彼が選んだ四人の婚約者たちだった。
今日は、その四人が“領の未来を形にした日”である。
***
◆ 行政を束ねる影の舵取り――リリアナ
朝の執務室。
レオンの隣で帳簿を捲るリリアナの指先は、驚くほど滑らかだった。
「資材の流通経路、昨日より改善されました。
ですが、北方からの搬入量が増えたので、倉庫の再配置が必要です」
「もう気づいていたのか、リリアナ」
「ええ。あと……税収の上振れについては、使い方を誤らないようにしないと。
これは、未来を育てる“種”ですから」
かつて「骸骨」と呼ばれた細身の姿。
それなのに彼女の言葉は、誰より確かな“骨”を持っている。
(美しい……。
この領を誰より深く見ている)
レオンは目を細めた。
彼女はただの補佐ではない。
レオンの背中を支え、領の見えない部分を形づくる“要”。
「すべて任せられる。
リリアナ、君がいるおかげで領が動いている」
「光栄です、レオン様」
その横顔は静かで、凛としていた。
***
◆ 財の流れを支配する合理の魔女――マリア
「ミリア、次の申請者の予算割り振りは終わってるわ!」
支援局の大部屋で、マリアが紙束を机に叩きつけるように置いた。
その動作は荒いのに、数字は誰より正確だ。
「相変わらず早いですね、マリアさん……!」
「このくらい当然よ。レオン様の領地なのだから、無駄は一つも許されないわ」
マリアの計算式は、まるで魔法のようだった。
支援金、産業投資、移住者支度金、全体の税収。
それらを瞬時に並べ替え、最も効率のよい形に再構築していく。
彼女が財務を握ってから、公爵領の赤字は瞬く間に黒字へ転じた。
「働く女性たちの給金も、もう少し上げられるわね。
彼女たちが安心して働ける方が、結果的に収益になるもの」
ミリアは思わず笑った。
(この人……本当に、合理的で優しい)
マリアの厳しさは、領民の未来のためのものだった。
***
◆ 技術革新を担う天才――ソフィア
「じゃーん! 完成したよ!!」
工房の中央で、ソフィアが木製の奇妙な機械を掲げていた。
「また何か作ったのか?」
レオンが見に来ると、ソフィアは弾む声で説明し始めた。
「これはね、“水力式回転器”!
粉挽きが三倍速くなるよ! 女の人の力でも楽に回せるようにしてみたの!」
「三倍……? それは大きいな」
「うん! それに、これを応用して織機も改良できると思うんだ!
そしたら……服を作るスピードも上がるでしょ?」
ソフィアの明るさは、領の未来を照らす光のようだった。
彼女が考える技術はすべて“女性が楽に働けるように”作られている。
その発想に、レオンは深く感じ入った。
「ソフィア。君はすばらしい。
技術で、この領を変えていくんだな」
「えへへ……レオン様に言われると、なんか嬉しい!」
少女のような笑顔。
しかし、その頭脳は確かに“革新”そのものだった。
***
◆ 治安と秩序を守る盾――カトリーナ
「隊列、もっと間隔を詰めろ!
移住者の行列に圧迫感を与えるな!
“守る”のが私たちの仕事だろう!」
怒号が響く訓練場。
カトリーナは部下となった女性兵士たちに指示を飛ばしながら、中央で堂々と立っていた。
その背筋は矢のように伸び、風に揺れる髪がよく似合っている。
「カトリーナ、今日も厳しいな」
「当たり前です。
この領に危害を加える者がいるなら、私が必ず排除します」
凛としながらも礼節を忘れない。
整った中性的な顔立ちは、女性たちから圧倒的な支持を得ていた。
「あなたが守ってくれるから、皆が安心して働ける。
本当に頼りにしているよ」
「レオン様にそう言っていただけるなら……光栄です」
カトリーナはわずかに頬を赤くした。
その控えめな照れがまた人気の理由なのだろう。
***
そして――夕刻。
四人はレオンのもとへ集い、一日の報告を静かに共有した。
行政の安定。
財政の黒字化。
技術の革新。
治安の維持。
どれか一つでも欠ければ、公爵領の発展はあり得なかった。
(もう、彼女たちは“ただの婚約者”じゃない)
レオンは彼女たちを見渡し、ゆっくり息を吸った。
(この領を支える四つの柱だ)
それは、王家の誰も知らない真実。
だが、公爵領は確実に“国”の輪郭を持ち始めていた。
「皆……今日も、本当にありがとう」
レオンが言うと、四人は顔を見合わせ、微笑んだ。
リリアナの静かな光。
マリアの鋭い光。
ソフィアの柔らかな光。
カトリーナのまっすぐな光。
四つの光が揃った時――
公爵領は、もう後戻りすることのできない“未来”へ歩み始める。
(この領は、必ず守る。
彼女たちと共に)
レオンの決意は、ゆっくりと夜の空に溶けていった。




