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この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
第三章: 風が集う地 ―目覚めの公爵領―

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第三章 第9話 王都に走るひび割れ

第三章 第9話 王都に走るひび割れ


 朝の王宮は、普段ならば優雅な静けさに包まれている。

 だが今朝は違った。長い廊下には侍女たちのざわめきが満ち、貴族たちの足音がせわしない。

 その中心にいるのは――第一王女セレスティアだった。


 白いドレスを揺らしながら、彼女は憤りを隠さぬ歩調で謁見室へ向かっていた。


「どうなっているのよ……! この報告、本当なの?」


 手に握りしめているのは、密偵が昨夜届けた報告書だった。

 読み返すほどに、眉間の皺が深くなっていく。


 “公爵領への移住者増加、三十名超”

 “北方連合および西海商国からの移動確認”

 “作業の自由、生活の向上を理由に移住希望者増加”

 “女たちが笑って働き、誇りを持とうとしている”


「信じられない……」


 セレスティアの声は、かすかに震えていた。


(働く? 誇り? 醜女が?

 そんなもの、認められるわけないでしょう……!)


 自分より“下”の存在であるべき醜女が、

 自分より満ち足りた顔で生きるなど――ありえない。


「姉上、そんなに苛立つと顔に皺が増えますよ?」

 軽薄な声が横からかかる。


 振り返ると、第二王子ジークハルトが紅茶を片手に立っていた。


「これは国の問題よ、ジークハルト。

 あなたみたいに呑気でいられないの」


「醜女が増えたぐらいで国が揺らぐとでも?」


「揺らぐわ!!」


 王城の空気が震えるほどの声だった。


 侍女が一瞬ひるむ。しかし誰も口を挟まない。

 セレスティアの怒りは、それだけ王宮では“聖域”と扱われていた。


「よく読みなさい、この報告を。

 移住者がただ増えているだけじゃないのよ……!」


 指先が報告書の一節を叩く。


『移住した女性たちが、短期間で技術を習得し、

 公爵領内の生産量が上昇している』


「女が生産力を持つなんて、聞いたことがないでしょう!?」


「……それはまあ、確かに異常だが」


「異常どころじゃないわ!!

 これでは“秩序”が崩れるのよ!

 女が男に選ばれずに生きていけるような世界になったら――

 男の価値が下がる!!」


 ジークハルトは「それは困る」と軽く頷いた。


「男が偉いのは、女が選ばれようと必死で争うからでしょ?

 その前提が崩れたら……何が残るのよ!」


 セレスティアは息を荒げた。


 彼女が恐れているものは、ただの政治的脅威ではない。

 もっと根源的な――“価値の崩壊”だった。


「しかも聞き捨てならないのは……」


 セレスティアは声を潜め、囁くように言った。


「公爵領にいるのは“骸骨王女”――リリアナよ」


「妹じゃないか」


「あれは……脅威になりうるわ」


 ジークハルトの眉が跳ねた。


「あの骸骨が? まさか」


「あなたは見たことがないからそう言えるのよ」


 セレスティアの目に、かすかな焦燥が浮かぶ。


「確かに……リリアナは醜い。

 この国の基準では最低の容姿だわ。

 だけど……」


(あれは“空っぽの骸骨”なんかじゃない)


 セレスティアは思い出す。

 幼いころ一度だけ見た妹の姿を。


 怯えた表情の奥に、ひどく澄んだ瞳があった。

 自分のように濁っていない、嫌な煌めきだった。


「変なのよ……あの子。

 美しくもないのに、美しい目をしているの」


 ジークハルトが紅茶をこぼしそうになる。


「姉上……今なんて?」


「だからよ! ただの骸骨なら、いくらでも扱える。

 でも“あの目”を持つ女が、公爵家に守られ――

 しかも公爵領自体が膨張しているなんて……!」


 セレスティアは震える声で告げた。


「最悪の組み合わせなのよ、“もっとも醜い女”と“もっとも整った男”が結びつくなんて!」


「ええと……?

 普通は逆を気にしませんか?」


「わからないの!?

 醜女が“正しく生きる”姿なんて――

 美しさを武器にして生きてきた私を殺すのよ!」


 ジークハルトは口をつぐんだ。


 セレスティアの焦りは、単なる嫉妬や意地ではない。

 価値観そのものを揺さぶられる恐怖だ。


 そのとき、重い扉が開き、王妃エレオノーアが姿を現した。


 気品に満ちた佇まい。

 しかし表情は読み取りにくい静けさを持っている。


「また騒いでいるのね、セレスティア」


「母上! これは騒ぎではありません!

 公爵領が王国の秩序を破壊しようとしているのです!」


「……そう」


 短い返答。

 王妃は報告書に目を通す。

 その瞳はわずかに細められたが、恐れはない。


 代わりに、淡々とした観察があるだけ。


「女が働く……面白いわね。

 王都でも、少しぐらいは取り入れてもいいのでは?」


「母上!!」


 セレスティアの叫びが響く。


「そんなことをすれば……女の価値が下がってしまいます!」


「価値、ね。

 あなたたちはいつまで“それだけ”に縋るつもりなのかしら」


 静かな言葉だったが、セレスティアには刃のように刺さった。


「私は……私は間違っていません!!

 醜い女は下に、美しい女が上に立つ。

 男は美しさを基準に女を選び、国を支える。

 それがこの王国の歴史でしょう!!」


 王妃は淡々と答える。


「でも、公爵領はもう違う秩序を作り始めた。

 あなたがどれほど拒んでも……変化は止まらないものよ」


「止めます……!

 公爵領に手を打ちます!」


 セレスティアは報告書を握りしめ、踵を返した。


 王妃はその背中を静かに見送る。


「……あなたが壊れないといいけれど」


 その呟きは誰にも届かない。


 セレスティアの焦りは、王都全体に波紋のように広がり始めていた。

 公爵領が“新しい風”を生み出す一方で――

 王都は“古い価値観”のひび割れと闇に呑まれつつあった。

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