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この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
第三章: 風が集う地 ―目覚めの公爵領―

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第三章 第5話 王都に届いたさざ波

第三章 第5話 王都に届いたさざ波


 それは、公爵領から遥か離れた王都。

 朝日が差し込む王宮執務室には、まだ冷たい空気が満ちていた。


 書類を整えていた文官ローレンは、積み上がった書類の山を前に、重い溜息をついた。


「……これは、悪い冗談か?」


 書類の内容は、どれも奇妙だった。


 “北方連合からの移住者が急増”

 “公爵領が独自の労働制度を拡張”

 “女たちの自立と人口の増加”

 “他国との正式な文書の往来”


 どれも王国ではありえない動きだ。

 まして公爵領は、王家の統制下にあるはずの領地。

 その領地が、他国と直接やり取りをしている――


「このままでは……“ひとつの国”になる」


 ローレンの呟きは、まだ誰にも届かない。


 そのとき、執務室の扉が勢いよく開かれた。


「ローレン! 聞いたか!? あの公爵領の噂を!」


 飛び込んできたのは、王太子ジークハルトだった。

 彼は紅茶の入ったカップを片手に、平然とした顔で続ける。


「醜女が働いているらしいな!

 しかも楽しそうに!」


「……殿下。

 これは笑い話ではありません」


「笑い話だろう? 醜女が自分の意思で働くなんて、誰が信じるんだ?

 だが――面白い。あのアルディス公爵、とうとう娯楽に走ったか?」


 ローレンは深い深いため息をついた。


(……この国の未来は、本当に大丈夫なのだろうか)


 そこへ、さらに最悪の人物が入ってきた。


「失礼するわよ」


 第一王女――セレスティアである。


 丸みのある顔にぶつぶつとした吹き出物。

 この国では“絶世の美少女”とされ、男たちから絶えぬ崇拝を受ける存在。

 しかしその瞳は、女を見下す強烈な傲慢さで満ちている。


「おや、姉上。ご機嫌麗しゅう」

 ジークハルトが軽く礼をする。


「ご機嫌なわけないでしょう?

 あの公爵領、また何かやらかしたと聞いたけれど?」


 ローレンは静かに頭を下げた。


「……北方連合から正式な書状が届いております。

 移住希望者の受け入れに関する――」


「は?」

 セレスティアの声は氷のように冷えた。


「どういうこと?

 他国の醜女を招き入れて、何のつもりかしら。

 まさか……アルディス公爵、他国の女まで集めて“美醜の逆転遊び”でも?」


「姉上、言い方……」

「事実でしょう? あの領には、醜女がうじゃうじゃ集まっているのよ?」


 セレスティアは鼻で笑い、机に書状を叩きつける。


「まったく! 醜女が働いたり、男に媚びずに生きようだなんて、不気味にも程があるわ!」


「姉上……」

 ジークハルトが苦笑する。


「いや、これは放置できませんよ。

 アルディス公爵が女たちを扇動しているとすれば……この王国の秩序が揺らぎます」


(……殿下も姉上も、根本から何もわかっていない)


 ローレンは頭痛を覚えた。

 だが、ここで言葉を飲み込むことはできなかった。


「お二人とも……これは“ただの噂”ではありません。

 公爵領では、本当に女性たちが働き、生計を立て、生き直しているのです」


「はあ?」

 セレスティアの顔が歪む。


「醜女が? 働く?

 その上で“生き直す”?

 ローレン、あなた冗談でしょう?」


「冗談で済めば良いのですが……今のままでは、いずれ王都にも影響が――」


「関係ありません!」


 セレスティアが机を叩いた。

 紅茶のカップが跳ね、床に落ちて砕け散る。


「醜女は醜女!

 美しい者こそが選ばれ、愛され、何もしなくても価値があるのがこの世界よ!」


 その叫びは、まるで王国の“歪んだ常識”が形になったようだった。


 ジークハルトは苦笑を浮かべたまま鼻をこする。


「まあでも姉上、醜女が集まる分にはいいのでは?

 われらの目に触れなくなるだけだし?」


「問題はそこではありません!」


 セレスティアは苛立ちを隠そうともせず叫ぶ。


「あのレオン・アルディス……!

 他国からの女まで受け入れ、勝手に領地を肥大化させて――

 もしも“力”を持ち始めたら、どうするつもりなの!?」


 ローレンはようやく口を開いた。


「――すでに、始まっています」


 部屋の空気が凍る。


「公爵領は、人口が増え続けています。

 労働制度の整備により生産量も増加。

 治安は安定し、財政は黒字。

 そして何より――他国からの視線が、急速に集まっています」


「…………」


 セレスティアは、何かを飲み込むように唇を噛みしめた。


「ローレン。

 その書状……私が直接確認するわ。

 そして――王としての判断を父上に促す」


 その声音は、怒りと焦り、そして微かな恐れが混ざり合ったものだった。


 ジークハルトが茶化すように笑う。


「姉上も焦っているんですね?

 あの“骸骨王女”の妹が、領地ごと持ち上がるのがそんなに嫌で?」


 次の瞬間、セレスティアの表情が変わった。


「――あれは、骸骨なんかじゃないわ」


「え?」


「“脅威の芽”よ。

 放置しておけば、いつか私たちを追い抜く」


 その言葉は、今まで口にしてきたどの侮蔑よりも重かった。


 セレスティアは踵を返し、ドレスの裾を翻す。


「ジークハルト、ローレン――準備をしておきなさい。

 公爵領が“何をしようとしているのか”、すぐに確かめに行きます」


 その背中には、焦燥と危機感がありありと表れていた。


 扉が閉まり、室内には静寂が戻る。


 ローレンは落ちたカップの破片を見つめながら、深く呟いた。


「……これは、嵐の前触れだ」


 そしてその嵐は――

 確実に、公爵領に向かって進んでいた。

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