第三章 第4話 告げられた変化の気配
第三章 第4話 告げられた変化の気配
昼下がりの支援局は、いつもより静かだった。
新しく受け入れた女性たちの登録作業が一段落し、職員たちがほっと息をついている頃だった。
その静けさを破るように、若い女官が駆け込んできた。
「ミリア様! し、正式な書状が……!
他国からの国印つきの文書です!」
ミリアは思わず立ち上がった。
「他国……? 本当に?」
「はい! 公爵閣下に面会の打診が……!」
胸の奥が熱くなる。
これまで来ていた移住希望者たちは、噂を頼りに訪れた者たちだった。
しかし“正式な書状”――それはもう、公爵領がただの一領地ではなく、
他国の目に映る“存在”へと変わり始めた証 だった。
「レオン様は?」
「すでに応接室にお入りです!」
ミリアは書類を抱えたまま、小走りで支援局を飛び出した。
***
応接室の扉が開かれると、レオンが机に置いた文書を静かに見つめていた。
封蝋には、王国とは異なる、北方連合国の国章。
「来たのですね……」
「ああ」
レオンは落ち着いた声音で答えた。
「この数か月で移住してきた女性の多くが、北方連合の出身だ。
おそらく彼女たちの声や噂が広まり……国として動く判断になったのだろう」
「公爵領が……国境を越える力を持ち始めたということですね」
「そういうことだ」
レオンは封蝋に手をかけ、静かに割った。
紙が開かれる瞬間、ミリアの心は自然と高鳴っていた。
文書には、驚くほど率直な言葉が並んでいた。
・女性の待遇改善への賞賛
・労働制度への関心
・移住希望者への協力要請
・技術交流の打診
そして最後に、一行だけ異国の筆跡で記されていた。
「貴殿の領地は、我らの国にとって希望の灯火である」
ミリアは息を呑んだ。
(希望……)
それは、かつて自分たちが最も必要としていた言葉だった。
女であるという理由だけで、働きたいと願うことが罪になるような世界。
顔のせいで人生が閉ざされる世界。
何も選べない世界。
いま、そんな世界の外から――
この領が「希望」と呼ばれている。
胸の奥が熱くなるのを、ミリアは抑えられなかった。
「ミリア」
「はい」
「この書状は、賞賛だけで書かれたものではない」
「……わかります」
ミリアは頷いた。
北方連合は、女性人口が極端に多く、働きたくても働けない者が溢れている国。
希望と同時に、“問題の押し出し”でもある。
「人が増えれば領は強くなる。
だが、王家からの圧力も増すだろう」
「――ええ」
レオンは窓の外に視線を向けた。
夕日が傾き、働く女たちの影が長く伸びている。
「それでも受け入れる。
この領は、選ばれなかった者の終点ではない。
自分で道を選び直す者たちの始まりだ」
ミリアはその言葉を聞き、胸の奥が震えた。
(この人は……変わらない。
どれだけ状況が変わっても、誰よりもまっすぐ)
そのとき扉がノックされ、クララが顔を出した。
「レオン様、ミリア様!
北方連合の移住希望者がさらに十名、門に到着しました!」
「すぐに行きましょう」
ミリアの声は迷いがなかった。
レオンは軽く頷き、立ち上がる。
「風が集まり始めたな。
――ミリア、行くぞ」
「はい!」
二人は並んで歩き出した。
公爵領へ吹き込む新しい風は、もう誰にも止められない。
その風は、この地を“世界の片隅”から“未来の中心”へと変えていく。
ミリアは確かに感じていた。
(ここから――新しい物語)




