第三章 第3話四人の光、動き出す
第三章 第3話 四人の光、動き出す
支援局での面談を終え、ミリアが外へ出たとき、太陽はすでに高く昇っていた。
どこからか布を打つ音が響き、遠くでは鍛冶場の火が赤く揺らめいている。
いつもの公爵領の光景――だが、今日のそれはどこか違って見えた。
門を叩く者が増えれば、迎える側もまた動き出す。
その流れを象徴するように、領内の一角では四人の婚約者が、それぞれの役割を胸に刻んでいた。
***
リリアナは行政局の書類の束を抱えて歩いていた。
第三王女として嘲られ続けた日々から遠く離れ、今では彼女の手がこの領の仕組みを形作っている。
「リリアナ様、この書類ですが……戸籍登録の重複が見られまして」
「ありがとうございます。ここは……ああ、前の村名で記入されているのですね。訂正して編纂し直しましょう」
補佐官たちが息を呑むほどの流れるような処理。
リリアナは一切の迷いなく確認し、分類し、整理していく。
その姿は王都の誰も知らない“本来の彼女”だった。
男に媚びず、化粧を厚く塗ることもなく、それでも凛と立つ美しさ。
(この領の基盤づくりは、私にとっての“救い”なのかもしれません)
心の奥に、そんな静かな想いが生まれる。
ここでは誰も、彼女を“骸骨のよう”とは呼ばない。
役割を果たす彼女の姿だけが、評価されていた。
***
一方、財務局ではマリアが黒板に数字を書き込んでいた。
静かな部屋にチョークの音が響く。
「――以上の計算で、来月の収支は黒字に転じます」
周囲の女官たちがざわめいた。
「本当に……? あの規模で新規受け入れを進めているのに……」
「はい。人を受け入れるほど、労働生産が伸びています。
この領の仕組みが、ようやく“回り始めた”ということです」
マリアの声は淡々としているが、その目は静かに輝いていた。
王都で“無愛想で男受けが悪い”と嘲られた彼女の才覚が、ここでは宝となる。
(数字で証明する。
レオン様が選んだ道が正しいことを)
彼女はそう誓うように、また一つ数字を書き加えた。
***
治安訓練場では、カトリーナの声が響いていた。
「体勢が甘い! 剣は振るう前に構えで決まるわ!」
鍛錬する女兵たちの額には汗が流れる。
カトリーナは中性的な顔立ちで、この国では“美しい”とは評価されない。
だが凛としたその佇まいは、むしろ女性たちに強い憧れを抱かせていた。
「カトリーナ隊長! 移住者の受け入れが増えたため、新人の警備訓練を追加で……!」
「わかったわ。人数を見て隊を分けましょう。
――守るべきものが増えるというのは、悪いことじゃない」
彼女は微笑み、木剣を握り直した。
その背には、揺らぎのない誇りがあった。
***
そして発明工房では、ソフィアが小さな歯車を組み合わせていた。
「えっと……ここをこうして……わっ、動いた!」
少女の顔は現代基準では愛らしい美少女。
だが、この世界では“歪みのある子ども顔”として酷評される。
それでも、彼女の手が作り出すものは、誰にも真似できない独創性を持っていた。
「ソフィア様、これは……新しい農具ですか?」
「うん! 力の弱い人でも土を掘り起こせるように、歯車で補助するの!
お姉さんたちが楽になるって思って!」
小さな胸を張るソフィアに、周囲の者たちは思わず笑みを零した。
この領で彼女は「醜女」でも「変わり者の子」でもない。
ただ、自分の才能を誇っていい少女だった。
***
夕刻、四人の婚約者がそれぞれの持ち場から帰る頃、レオンが公爵邸の庭で彼女たちを迎えた。
「今日も、皆よく働いてくれた」
その声は温かく、どこまでも真っ直ぐだった。
リリアナは書類を整えながら微笑み、
マリアは帳簿を抱えて静かに頷き、
カトリーナは少し汗を拭いながら胸を張り、
ソフィアは土と油で汚れた手を嬉しそうに見せた。
それは――
この領の“未来”が、確かに形になり始めている光景だった。
「レオン様」
最初に口を開いたのはリリアナだった。
「今日、思いました。
この領の力は……私たち四人だけではありません。
働く全ての女性が、未来そのものです。
――ここから始まるのですね」
レオンはゆっくり頷いた。
「そうだ。
ここは、誰かに選ばれるための場所ではない。
自分で道を選ぶ者たちが、生まれ変わる場所だ」
その言葉に、四人の胸がそっと高鳴る。
夕暮れの光の中、彼女たちは気づいていた。
今日という一日は、ただの一日ではない。
この公爵領が――
ひとつの“世界”として動き出す第一歩なのだと。
風が吹き抜け、庭の若木がそよいだ。
その揺れは、まるで未来の予兆のように見えた。




