第二章 第32話 才能の奔流
第二章 第32話
才能の奔流
公爵領の門前に、列ができていた。
朝霧の残る石畳に、女たちが静かに並んでいる。
髪の色も、身なりも、肌の質も様々だが、共通しているのは――王都の基準では「美しくない」とされてきた容姿だったこと。
「本当に……ここで受け入れてもらえるのでしょうか」
「顔を見て、追い返されないでしょうね……」
小さな不安を抱えながらも、彼女たちの足は後ろには引かない。
噂が、希望が、ここまで導いてきたのだ。
――公爵領は、才能を拒まない。
その言葉だけを、信じて。
***
支援局の中では、ミリアが静かに息を整えていた。
今日だけで、十数人。
ここ数日で、すでに五十人以上が新たにこの地へ流入している。
「想像以上ね……」
クララが苦笑する。
「けれど、誰ひとりとして“ただの逃亡者”ではないわ」
「ええ……」
ミリアの視線の先には、それぞれの“持つ力”があった。
植物の特性を暗記している者。
鍛冶の技を独学で極めてきた者。
数字に異様なほど強い者。
魔導陣の構造を瞬時に理解する者。
だが、彼女たちは皆、王都ではただの「醜女」として扱われてきた。
「名前を」
「エステルです。
魔導織機の調整を学んでいました……でも、顔が気味悪いと追い出されました」
「……顔ではなく、技を見せてください」
ミリアの言葉に、エステルはわずかに目を見開く。しかしすぐに頷き、持参した小さな道具を取り出した。
織機の構造図。
制御陣の改良案。
効率化された導線。
「……これは、素晴らしい」
クララが思わず息を呑んだ。
「採用です」
ミリアの言葉には、迷いがなかった。
誰かの“美しさ”ではなく、
誰かの“積み重ね”が今、確かに評価されていた。
***
午後、屋外の作業区では、すでに新たに迎え入れられた女たちが持ち場に配置されていた。
鍛冶区では、煤にまみれた女性が、無言で火を操っている。
その手つきは、熟練の域に達していた。
「……静かだけど、すごい力ね」
隣にいた女が呟く。
「王都では一度もハンマーを握らせてもらえなかったそうよ」
「顔が怖いからって?」
「そう。でも、ここでは関係ない」
鉄が打たれる音が、公爵領に新たな響きを加えていく。
***
一方、臨時宿舎では、疲れた女たちが肩を寄せ合っていた。
「今日、初めて名前で呼ばれた」
「仕事を頼まれたよ……」
「“ありがとう”って言われた……」
それだけで、目を潤ませる者もいる。
生まれて初めて、
“必要とされた”という実感を抱いたのだ。
***
夕暮れ、レオンは高台からその様子を見つめていた。
女たちが働き、歩き、笑い、時に真剣な顔で議論している。
それぞれの存在が、この地の土台になっていく様が、よくわかる。
「……集まりすぎではありませんか」
側に立つ側近が問う。
「それでも、拒まない」
「混乱が起きる可能性もあります」
「混乱の向こうにしか、新しい形は生まれない」
静かな口調だったが、その意志は揺るがない。
***
ミリアは夕暮れの空を見上げていた。
今日だけで、これほど多くの女性がここに辿り着いた。
それは、この地が“逃げ場”ではなく、“選択肢”になった証でもある。
(ここに集まっているのは、悲しみじゃない……)
(生きる力だ)
それぞれが歩んできた苦しみ。
踏みつけられてきた時間。
自分を信じられなかった夜。
それらすべてを背負って、なお前に進もうとする姿。
それこそが、真の“美”なのだと――
ミリアは確かに理解していた。
公爵領は今、静かに、だが確実に形を変えている。
ただ守られる場所ではなく、
才能が集い、育ち、未来を生む場所へ。
その中心で、女たちは息をしている。
顔ではなく、意志で。
選ばれるためではなく、生きるために。
それは、かつて誰も想像しなかった光景だった。




