第二章 第29話 第一の干渉
第二章 第29話
第一の干渉
公爵領に、王家からの使者が訪れたのは、午後の穏やかな時間だった。
白と金を基調とした装束に身を包んだ一団が正門前に並び、中央の女性が高慢な口調で告げる。
「我々は王家の名代です。
アルディス公爵にお目通りを願います」
その声に、門番の女性は眉一つ動かさず応じた。
「少々お待ちください。確認いたします」
その態度に、使者の顔がわずかに歪む。
(……女のくせに、無礼だな)
だがここでは、それが当たり前だった。
***
応接間に通された王家の使者は、椅子に腰を下ろすなり鼻で息を吐いた。
「随分と“女だらけ”ですこと」
「ここは公爵領ですので」
案内役の女性が淡々と返す。
「王都とは勝手が違うようですね。
まあ……それも、王の御心ひとつで是正されることですが」
その言葉には、露骨な試しの色があった。
やがて、扉が静かに開く。
「待たせたな」
レオン・アルディスが現れると、室内の空気が変わった。
「お初にお目にかかります、公爵。
王家より“指導”の件で参上いたしました」
「指導?」
「はい。
ここ最近、貴殿の領地で行われている制度変更について、王家は大いに懸念しております」
淡々と書状を差し出す。
「女に過度の裁量を与え、男の立場を軽んじている。
この国の秩序に反する行為と判断されました」
レオンは一瞥しただけで、それを机に置いた。
「それが王家の見解か」
「そうです。
よって、以下の改善を求めます」
使者は指を立てた。
「第一に、労働の指揮権は男に帰属させること。
第二に、人事の決定権を王家の監督下へ置くこと。
第三に、女の自治的行動を制限すること」
言い終えると、満足したように頷く。
「秩序を守るための当然の措置です。
貴殿も王国の一員である以上、従う義務があります」
この言葉に、応接間の女たちの表情が強張った。
だが、レオンは微動だにしない。
「――拒否する」
短く、明確だった。
「な……?」
「我が領は、法に反してはいない。
そして、その運営は結果を出している」
「しかし!」
「王家の“慣習”に従う義務はない」
使者の顔が赤く染まる。
「これは忠告ではありません! 命令です!」
「なら帰って伝えろ」
レオンは静かに言う。
「ここは、王都の延長ではないと」
その場の空気が凍りついた。
「アルディス公爵……王家に逆らうおつもりですか?」
「逆らうのではない。守っているだけだ」
「何をです!」
「ここで働き、ここで生きる者たちの尊厳を」
その声には、微塵の揺らぎもなかった。
***
使者が去った後、部屋に残った女たちは沈黙していた。
「……本当に、拒否なさるとは」
誰かが小さく呟く。
「これはもう“指導”ではありませんね」
クララが静かに続けた。
「干渉です」
レオンは頷いた。
「そして、これが始まりだ」
「始まり……ですか」
「王家は、ここを静かに育てるつもりはない」
窓の外では、女たちがいつも通り働いている。
何も知らず、だが確かに、この領を支えている姿。
「だからこそ、ここは揺らいではならない」
レオンの言葉に、誰も異を唱えなかった。
***
夕刻、ミリアは報告を受けていた。
「王家が……直接?」
「はい。“指導”と称して制度の見直しを求めてきました」
「それで、公爵は?」
「拒否されました」
一瞬だけ、心音が跳ねた。
だがそれは不安よりも、誇りに近い感情だった。
(この人は……誰のために立っているのか)
顔でも立場でもない。
ここに生きる人のために。
その姿勢を、ミリアは静かに見つめていた。
***
王家の使者を乗せた馬車が遠ざかる。
その背を見送りながら、誰かが呟いた。
「これで、もう後戻りはできないわね」
「ええ。でも――」
別の声が続ける。
「だからこそ、ここに価値がある」
その言葉に、誰も否定しなかった。
王家の干渉は始まった。
だが、公爵領の歩みは止まらない。
揺るがぬ意志とともに
この地は、確かに“別の未来”へと進み始めていた。




