表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
第二章 アルディス公爵領 ――真の美が集う場所へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/112

第二章 第27話 男という存在の揺らぎ

第二章 第27話 男という存在の揺らぎ


 いつもなら、何も考えずに座っていればよかった。


 香を焚いた長椅子に身を預け、女たちが淹れた茶を飲み、甘菓子を口に運ばせ、気に入らなければ顔をしかめる。それだけで「男としての務め」は果たされているとされる世界だった。


 働く必要はない。

 考える必要もない。

 命令されることなど、あるはずもない。


 だが最近、王都の男たちはどこか落ち着かなかった。


「……なあ、アルディス公爵領の話、本当なのか?」


「女が勝手に人を選んでるって噂だろ?」


「そうだ。しかも、仕事も土地も全部女が決めているらしい」


 男たちの声には、嘲りと戸惑いが入り混じっていた。


「馬鹿な話だ。女など、選ばれるために存在しているものだろう?」


「そうだそうだ。働くのは女の役目だが、決めるのは男であるべきだ」


 だが、その言葉に以前のような自信はなかった。


 ***


 王都から少し離れた邸宅の中で、若い男が窓の外を見つめていた。


 名はロベルト。

 貴族の家に生まれ、幼い頃から「選ばれる男」として待遇されてきた存在だ。


 だが、心の奥に常に引っかかっているものがあった。


(公爵領……)


 噂はあまりに奇妙だった。


 顔で選ばれない女たちが集まり、誇りを持ち、働き、暮らし、笑っている場所。

 そしてその中心にいるのは、男でありながら女に命じないアルディス公爵。


「なぜだ……?」


 ロベルトは小さく呟く。


「男のくせに、なぜあの公爵は偉ぶらない」


 それは疑問というより、不安に近かった。


(もし、あの在り方が“正しい”とされたら……俺たちは何になる?)


 与えられてきた特権。

 崇められること。

 座っているだけで価値があると教え込まれてきた人生。


 それが、崩れかけている。


 ***


 一方、公爵領では。


 男たちは相変わらず働かない。

 木陰に座り、石畳の縁に腰を下ろし、屋敷の縁側で風に吹かれている。


 だが、その視線は以前と違っていた。


 女たちが走り、指示を出し、確認し合い、成果を積み上げていく姿を、黙って見つめている。


「……すごいな」


 ある男がぽつりと呟いた。


「何がだ」


「いや……あいつら、誰にも命令されなくても動いてる」


「女なんて、男のために動くものだろ」


「だったら……あれは、誰のためなんだ?」


 その問いに、誰も答えられなかった。


 女たちは誰の視線も気にせず働いている。

 誰かに選ばれるためでも、褒められるためでもない。


 ただ、自分の役割を果たすために。


(俺たちは……ただ座っているだけだ)


 その事実が、男たちの胸を静かに締めつけていた。


 ***


 夕方、公爵邸の中庭で、レオンの姿を見かけた若い男がいた。


 名はエドガー。

 貴族の家の次男であり、これまで通りの生活に疑問を感じ始めていた。


「……公爵」


 おずおずと声をかける。


「どうした」


「失礼を承知でお聞きしますが……

 男が働かないこの国で、なぜ女たちにすべてを任せているのですか」


 レオンは少しだけ目を細めた。


「任せているのではない」


「では……?」


「彼女たちが、その力を持っているからだ」


 それだけだった。


 だが、エドガーには十分すぎる言葉だった。


「……男は、必要ないのですか」


「そんなことはない」


 レオンは静かに言う。


「だが、“偉ぶるだけの存在”でいるなら、必要ではない」


 その言葉は、柔らかだが鋭かった。


 エドガーは唇を噛んだ。


(俺たちは……ただ守られているだけだった)


 初めて、自分が空っぽであることを知った気がした。


 ***


 夜、王都の酒場。


 男たちは盃を傾けながら、不満をぶつけ合っていた。


「あの公爵、女に甘すぎる」


「女どもを調子に乗らせてどうするつもりだ」


「そのうち、男の存在そのものを否定するぞ」


 だがその中に、ひとりだけ黙っている男がいた。


「……なあ」


「なんだ」


「もし、俺たちが選ばれる存在じゃなくなったら……

 それでも、男でいられるのか?」


 その言葉に、空気が一瞬止まった。


 誰も笑えなかった。


 ***


 公爵領の夜。


 働き終えた女たちが静かに帰っていく。

 泥を払う手も、汗に濡れた髪も、どこか誇らしげだった。


 その様子を見つめながら、エドガーは思う。


(彼女たちは、“存在”として立っている)


 自分はどうだろう。


 ただ与えられ、ただ甘やかされ、ただ偉そうにしてきただけではなかったか。


 アルディス公爵の視線が、遠くで女たちを見つめていた。


 優しくもなく、冷たくもない。

 ただ、真剣に。


 その背中を見ながら、エドガーは小さく息を吐いた。


(男であることは、誇りだった……でも今、それは形を失い始めている)


 その揺らぎは、恐怖であり、同時に始まりでもあった。


 偉そうにしているだけだった男たちの価値が、

 静かに試され始めていた。


 そして誰も気づかぬうちに、世界は確実に動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ