第二章 第26話 選ばれる側から、選ぶ側へ
第二章 第26話 選ばれる側から、選ぶ側へ
支援局の空気が、どこか張りつめていた。
今日は新制度――「採用審査」の初日。
顔ではなく、生き様と能力で人を迎えるという、公爵領の方針が正式に動き出す日でもある。
ミリアは机の前で名簿を見つめていた。
そこに並ぶのは、これまで王都では価値を認められなかった者たちの名前。
働きたいと願い、ここに辿り着いた“醜女”たち。
(私は……評価する側になるのね)
王宮では、常に選ばれる立場だった。
美しいか、美しくないか。
その基準で整列させられ、命じられ、縛られてきた。
だが今、自分はその「選ぶ側」にいる。
それは優越でも支配でもない。
ただ――責任だった。
「緊張してる?」
隣で資料を整えていたクララが微笑む。
「少し……でも、不思議と怖くはありません」
「それでいいわ」
クララは頷いた。
「ここで求められているのは“完璧”じゃない。
その人がどう生きてきて、どう生きようとしているか、それを見ることだけ」
ミリアはゆっくりと息を吐いた。
「……はい」
扉の向こうには、すでに十数名が並んでいる。
今日はその最初の一人を、自分が迎えるのだ。
***
「お入りください」
そう声をかけると、一人の女性が静かに入ってきた。
極端に細い体つき。
骨ばった頬、沈んだ色の瞳。
王都であれば確実に“近寄りがたい”と避けられていたであろう容姿。
「お名前をどうぞ」
「……サナと申します」
声は小さいが、揺れていなかった。
「希望職は?」
「薬草調合、です」
ミリアは顔を上げた。
「経験はありますか」
「はい。
村の医師が亡くなってからは、私が代わりに……」
そう言って差し出されたノートには、丁寧な筆致で調合の記録が並んでいた。
どの薬草を、いつ採取し、どう乾燥させ、どの比率で混ぜたのか。
致死量の線引きまで、細かく記されている。
「……詳しいですね」
「誰も教えてくれなかったので、自分で調べました」
「なぜ、そこまで?」
サナは一瞬だけ目を伏せた。
「顔のせいで、村の誰も私を見ようとしませんでした。
だからせめて、自分の価値を作ろうと思ったんです」
ミリアの胸が、わずかに震えた。
(私と同じ……)
違う立場で、違う痛み。
だが、根は同じだ。
「あなたは、ここで働きたいのですか?」
「はい。
……人の役に立ちたいです」
その言葉には、飾りも媚びもなかった。
ミリアは静かに頷いた。
「サナさん。
あなたを、公爵領医療補助員として採用します」
サナの目が、信じられないように見開かれる。
「……本当に?」
「はい。
ここでは、“顔”ではなく“積み重ね”が評価されます」
深く頭を下げたその姿は、静かな誇りに満ちていた。
***
午後になると、数人の審査を終えたミリアは小さく息をついた。
「どう?」
「……選ぶというのが、こんなにも重たいとは思いませんでした」
「重く感じるなら、正しいわね」
クララは頬を緩める。
「無責任に選ぶ者は、軽くなるものよ」
やがて最後の審査が終わり、支援局の前が静まった頃、ミリアはふと窓の外を見た。
そこでは採用された女性たちが、すでに指示を受け、準備を始めている。
嬉しそうでも誇らしげでもない、ただ真剣な眼差し。
(私は今……誰かの人生の分岐に立っていた)
その実感が、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
***
夕刻、ミリアは廊下でレオンとすれ違った。
「初日だったな」
「はい……緊張しましたが、学ぶことばかりでした」
「選ぶ側に立つと、自分の覚悟も試される」
「ええ……痛感しました」
レオンはわずかに頷く。
「だが、君はもう“選ばれるために生きる人”ではない。
それを、忘れるな」
その言葉は、静かだったが確かだった。
ミリアは一瞬目を見張り、やがて小さく微笑む。
「……はい」
その夜、日誌にこう記した。
『今日は、人を選んだ。
それは誰かを拒むことでもあったけれど、
同時に新しい人生の扉でもあった』
『私はもう、見られる側ではない。
見つめ、受け止め、導く側にいる』
ペンを置き、窓の外を見る。
灯りの下で、今日選んだ女たちがそれぞれの持ち場に立っている。
(ここは……本当に、新しい世界だ)
そして、その中心に自分もいるのだと、静かに実感した。
美しさで評価される女ではなく、
意思で選び、支える女として。
ミリアはそっと目を閉じた。
この場所で、誰かの未来を守ること。
それが今の彼女の揺るぎない誇りだった。




