第二章 第25話 公爵領の噂
第二章 第25話 公爵領の噂
王都では、今日も男たちがふんぞり返っていた。
絹の椅子に深く腰掛け、甘い果実をつまみ、女たちが差し出す茶に当然のように手を伸ばす。
それが「普通」であり、「当然」であり、「この国の在り方」だった。
働くのは女。
汗を流すのも女。
頭を下げるのも女。
男は評価され、選ばれ、崇められる存在であり続ける。
それが揺らいだことなど、これまで一度もなかった。
――アルディス公爵領の噂が広がるまでは。
「聞いたか? あそこ、女が好き勝手やってるらしいぞ」
「男を座らせたまま、指図もさせないとか……信じられんな」
貴族の男たちは鼻で笑いながらも、その話題をやけに気にしていた。
「醜女どもに統率なんぞ任せて、あの公爵は何を考えている?」
「どうせ一時の道楽だろう。すぐ崩れるさ」
だが、女たちの表情は違った。
王都で働く女たちは、それぞれの持ち場で言葉を交わしていた。
「あそこでは……本当に、顔で断られないって」
「仕事があるって……」
「評価されるって……」
そう囁く声には、微かな震え があった。
期待と恐れが入り混じった、抑えきれない感情。
***
王宮のサロンでは、第一王女セレスティアが豪奢な椅子に身を預け、男たちの言葉を聞いていた。
「公爵領の連中、女が命令するとは生意気ですな」
「本来なら男が指示を出すべきでしょうに」
セレスティアは細い笑みを浮かべた。
「当然ですわ。
女など、美しくあればそれでよいのですもの」
ニヤリと唇を歪める。
「働く必要も、考える必要もない女たちが、
突然“誇り”などと口にするなど、滑稽ですわ」
だがその視線は、どこか鋭く尖っていた。
(……それなのに、なぜ噂は消えないの?)
王都では常に、自分が中心でなければならない。
それが当たり前だった。
だが最近、話題に上がるのはアルディス公爵領ばかり。
醜女たちの居場所。
女が自らを選ぶ土地。
男がただ座っているだけの“特権”を失いつつある場所。
「気に入りませんわ」
セレスティアは扇を閉じた。
「偉そうに生きてきた男たちが、少しでも不満を覚えるような土地、
私は認めません」
だが、その裏で彼女は理解していた。
公爵領は、ただの“奇行”では終わらない。
そうでなければ、ここまで話題になるはずがないのだと。
***
一方、公爵領では。
女たちは今日も変わらず働いていた。
畑を耕し、布を織り、帳簿を整え、魔導具を調整する。
そして、働かない男たちはただ静かに、屋敷や広場で過ごしている。
特別扱いされるが、口出しは許されない。
命令もしない。
評価もしない。
彼らは“存在するだけ”の象徴へと変わりつつあった。
ミリアは窓からその光景を見つめていた。
(男が働かないのは、この国では当たり前……
でも、ここではそれが“支配”ではなく“区別”なのね)
そして理解する。
この場所では、男が価値を与えるのではない。
女が、自らの価値を決めているのだ。
その事実が、王都とは決定的に違っていた。
誰かの機嫌を取るために働かない。
誰かに選ばれるために生きない。
ただ、自分のために立つ。
それが、この公爵領の姿だった。
***
王都の冷たい笑い声がどれほど響こうとも、
ここでは誰も振り返らない。
女たちはただ、前を見ている。
そしてその姿こそが、
王都の男たちと、セレスティアの心を静かに揺さぶり始めていた。
公爵領の噂は、もはや「奇行」ではない。
“脅威”として――
確実に、浸透し始めている。




