第二章 第22話 門を越えて――ミリアの選んだ道
ごきげんよう。
悪役になろうとして、毎回うっかり好感度を上げてしまう令嬢、
エリザベートですわ。
さて、本作は
「美の基準も、貞操の在り方も完全に狂った王国を変えようとするお話」
とのことですが……
わたくしもまた、
“正常な悪役になろうとしているのに失敗し続ける世界”で
日々懸命に努力しておりますの。
その物語が
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』 ですわ。
悪役として完璧な言動をしているはずなのに、
なぜか感謝され、尊敬され、抱き締められ、溺愛され……
まったく、世の中というものは理不尽ですわね。
ですがこの王国の理不尽に立ち向かう公爵少年と同じく、
わたくしもまた、常識へ反旗を翻しておりますの。
もし
「理不尽な世界に抗う姿がお好き」でしたら、
わたくしの奮闘記も覗いていただけると光栄ですわ。
それでは――
どちらの世界も、最後までご堪能くださいませ。
第二章 第22話 門を越えて――ミリアの選んだ道
王宮の朝は、いつもと変わらず華やかだった。
宝石を散りばめたような光の中、女官たちが淡い香料をまとい、微笑を貼りつけて歩く。
だがミリアの目には、それすらもどこか遠いもののように映っていた。
(今日で……ここを出る)
胸の奥に残る緊張と、わずかな解放感。
それは恐れではなく、「もう戻らない」という覚悟の重みだった。
「本当に行ってしまうのね」
控え室で声をかけてきたのは、同僚の女官だった。
派手な装いに、作り込まれた笑み。王宮の空気に完璧に溶け込んでいる顔。
「ええ」
「公爵領なんて……醜女ばかりの土地じゃない。
どうして、わざわざそんな場所へ?」
ミリアは少しだけ考え、穏やかに答えた。
「“美しいかどうか”ではなく、“生きているかどうか”で人を見てくれる場所だからよ」
「何それ、意味がわからないわ」
「そうでしょうね」
それだけ言って、ミリアは外套を手に取った。
女官としての装いではなく、ただの旅装。
飾りも、香料も最低限。
それなのに、不思議と心は軽かった。
裏門へ向かう途中、廊下の陰で立ち止まる影があった。
第一王女セレスティア。
「ミリア。あなた、王宮を離れるそうね」
その声音は柔らかいが、底に冷たいものが潜んでいる。
「お許しください、第一王女様。私には……他に選びたい道がございます」
「選びたい道?」
セレスティアは笑った。
「女官に“選ぶ”という言葉は似合わないわ。
あなたたちは、与えられた役割に従うだけの存在でしょう?」
ミリアは臆することなく答えた。
「だからこそ、選びたくなったのです」
一瞬だけ、セレスティアの笑みが歪んだ。
「公爵にでも色目を使ったの?」
「いいえ。
私はただ……あの方の創る世界を見てみたいだけです」
「愚かね。
あの男の価値観は、やがて国を乱す毒よ」
「それでも構いません。
私は、自分の足で歩ける場所を望みます」
その言葉に、セレスティアは鼻で笑った。
「好きになさい。
どうせ、すぐに戻りたくなるわ」
ミリアはそれに応えなかった。
頭を下げ、静かに歩き去る。
王宮の裏門をくぐった瞬間、春の風が頬をなでた。
冷たいはずの風は、なぜか優しく感じられた。
(……これが“外の空気”)
迎えの馬車に乗り込み、ミリアは最後に王宮を振り返った。
煌びやかで、恐ろしく、そしてどこか空虚な場所。
もう戻らない。
そう心に刻み、視線を前へ向けた。
――――
数日後。
アルディス公爵領の門が見えてきたとき、ミリアは言葉を失った。
そこにあったのは、想像していた“貧しい僻地”ではない。
整えられた街道、活気ある人々の声、笑い。
顔立ちも、装いもまばらだが、その瞳はどこか穏やかだった。
「ようこそ、アルディス公爵領へ」
出迎えた兵士は女性だったが、態度は威圧ではなく誇りに満ちている。
「こちらでお名前を」
「ミリアと申します。王都より参りました」
「公爵様より話は通っております。
どうぞ、お疲れでしょう。まずは休まれてください」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
誰も、顔を品定めしない。
誰も、値踏みしない。
ただ、“人”として接している。
街を進む中で、何人もの女性が働いていた。
鍛冶場で汗を流す者。
書類を抱えて走る者。
子どもに笑いかける者。
その中に、自分の居場所が生まれる予感がした。
そして、公爵邸の前に馬車が止まる。
扉が開いた先に立っていたのは、レオンだった。
「遠いところをよく来てくれた、ミリア」
その声には、上下も支配もなかった。
「……ありがとうございます、公爵様」
「ここでは、“様”はいらない。
肩書きより、仕事で呼び合う場所だ」
ミリアは、少しだけ微笑む。
「では……レオン、公爵」
「それでいい」
風がふたりの間を静かに通り抜けた。
(私は……来てよかった)
心の奥で、確かにそう思えた。
そして彼女は、この地で静かに、新しい人生を歩き始める。
新しい地、新しい価値観、新しい始まり。
ミリアの物語もまた、公爵領で紡がれていく。
次回・第23話
『公爵領の日常――居場所を見つける朝』




