第二章 第18話 王宮の影――ソフィアの名が呼ばれた理由
王宮の影が、レオンの仲間の一人――ソフィアに迫り始める。
それは“利用するため”、そして“屈服させるため”。
絶対に渡せない。
第二章 第18話 王宮の影――ソフィアの名が呼ばれた理由
セレスティアとの対面を終えてから、レオンは案内役の兵士に導かれ、王宮の客室へと通された。
豪奢な部屋だが、落ち着かない。
香料は強すぎ、家具は装飾ばかりで実用性がない。
王都の象徴そのもののような空間だった。
(……まるで、“本質は何もない”と自分で言っているようだ)
レオンは深く息を吐き、窓の外の庭園を見る。
そこでは、丸顔の侍女たちが香水を撒きながら歩いていた。
(ここは……息が詰まるな)
彼がそう思った瞬間、扉が控えめに叩かれた。
「レオン様。追加の文書でございます」
現れたのは、王宮の若い文官だった。
丸顔に濃い化粧、脂の光沢——この国では“美しい部類”だ。
「文書?」
「はい。セレスティア様より、“ご確認を”との命令でございます」
レオンは眉をひそめる。
受け取った封筒には、王家の紋章と、もうひとつ奇妙な印が押されていた。
見たことのない紋様だった。
(……嫌な予感しかしない)
封を開くと、数行だけ書かれた命令書が目に入った。
『公爵領に滞在する“発明者”ソフィア・リンドを
近日中に王都へ召喚する。
その才能、王家に従属させる必要あり』
レオンの表情が冷たく固まった。
(……狙いは、そこか)
ソフィア。
幼い外見に、白い肌、整った顔立ち。
世界基準では“醜女”。
だが、レオンにとっては紛れもない天才であり、
公爵領の“未来”そのものを照らす灯火だった。
少女が一晩で工房の灯りを改良したこと。
壊れた工具を独学で修理したこと。
魔道具の残骸から、全く新しい仕組みを見つけたこと。
そのすべてが王都へ伝わっている——
誰かの耳に、そして王家の手に。
「……まさか、セレスティアの耳にも?」
レオンが呟くと、文官が怯えたように視線を逸らした。
「わ、わたくしは詳細は存じません。ただ……
最近、王宮では“公爵領に危険な革新者がいる”と噂が……」
革新者。
それは褒め言葉ではない。
この国では、“秩序を乱す者”への汚名だ。
(ソフィア……お前は、こんな形で目をつけられてしまったのか)
レオンの拳が強く握られた。
文官が、おそるおそる続ける。
「セレスティア様は……特に、“醜女”が注目されることをお嫌いで……」
「だろうな。あの傲慢さを見ればわかる」
「で、ですが、それだけではなく……」
文官の声がかすかに震えた。
「“役に立つ醜女”は……“王家に取り戻すべき資源”だと……」
その瞬間、レオンの胸に冷たい炎が灯った。
(王家は、ソフィアを“人間”ではなく、道具として扱うつもりか)
彼女がまたあの世界へ戻されれば、
道具どころか、暴力と嘲笑の中で潰される未来しかない。
レオンは静かに立ち上がった。
「文官」
「は、はい!」
「ソフィアには、誰にも触れさせない。それを伝えておけ」
「で、ですが、それでは……」
「問題はない。
王家がどう言おうと、あの子を奪わせる気はない」
その声音に、文官は背筋を震わせた。
威圧ではない。
だが、抗いようのない決意があった。
文官が退出し、扉が閉まる。
レオンは静かに目を閉じ、深く呼吸を整える。
(王宮の影が、とうとう公爵領の宝に触れようとしている……)
ソフィアの笑顔が浮かぶ。
小さな手で工具を握り、一生懸命に油まみれになっていたあの姿。
(泣かせるわけにはいかない)
レオンは窓に歩み寄り、王都の空を見上げた。
重い雲が立ちこめ始めていた。
王宮の塔がその下で歪んで見える。
それは、迫り来る嵐の前触れのようだった。
⸻
ソフィアを狙う王家の思惑。
レオンは、王都での駆け引きを始める。
次回・第19話
『王宮歩廊――動き始める陰謀と、ひとりの影』




