第二章 第17話 第一王女セレスティア――その傲慢なる微笑
レオンと第一王女セレスティア。
価値観の真逆に位置する二人が、ついに正面から対峙する。
第二章 第17話 第一王女セレスティア――その傲慢なる微笑
重厚な扉が閉じると、王宮の広間は一気に静寂へ飲み込まれた。
赤い絨毯がまっすぐ玉座まで伸び、その左右には、濃い香料を身にまとった美女たちが数十名ずらりと並んでいる。
その中心、ひときわ装飾過多の椅子に腰掛けていたのが――第一王女セレスティアだった。
丸い頬には濃い紅が鮮やかに広がり、脂の光沢でつやつやに見える。
だがその肌の上には、無数の吹き出物が浮かび、笑った瞬間、それらが盛り上がって歪む。
この国では“絶世の美女”。
レオンにとっては“過剰に飾り立てた人間”にしか映らなかった。
「レオン・アルディス公爵。よく来ましたわね」
甘い声が響く。
しかしその奥にある支配の色は隠しようがない。
「呼ばれたのでしかたなくな。用件を聞こう」
レオンが一歩前へ進むと、広間の空気がわずかにざわつく。
「……まあ、まあ。落ち着きなさいな、皆さま」
セレスティアが手を軽く振ると、美女たちは一斉に黙り込んだ。
(支配……いや、“所有”か)
レオンは胸の奥で小さく嘆息する。
セレスティアは膝の上で指を組み、わざとらしいほど優雅な仕草で笑う。
「最近のあなた、公爵領でずいぶんと……“好き勝手”しているそうね」
その口調には、隠す気のない侮蔑が混ざっていた。
「好き勝手、か。俺は領主としてただ、働きたい者に働ける場を作っただけだ」
「働きたい者? まあ、聞き捨てならないわね」
セレスティアの眉がわずかに吊り上がる。
「“醜女”よ? あなた、分かっていて? 彼女たちは存在そのものが品位に欠けるのよ?」
周囲の美女たちがくすくすと忍び笑いをこぼした。
レオンは無表情で答えた。
「品位とは生き方や価値観で決まる。顔ではない」
その瞬間、広間全体が凍りついた。
誰ひとり、この国でそんな言葉を口にした男を見たことがなかった。
「……言いましたわね、今。
“顔ではない”?」
セレスティアの唇が弧を描く。
だがその下の吹き出物が歪み、笑みは不気味さを増した。
「その価値観は――この国では“反逆”と同義ですわよ?」
「そうかもしれないな」
レオンは首を少し傾けた。
「だが、俺は俺の価値観や考えで生きる」
「まあ、怖いことを言う男ですこと」
セレスティアは、玉座からゆっくり立ち上がった。
歩み寄るたびに、香料の匂いが濃くなる。
「あなた、わたくしの“もの”になる気はありませんの?」
レオンは一瞬まばたきをした。
「……何の冗談だ」
「冗談ではなくてよ? 公爵家も悪くはないけれど……
わたくしがあなたの正妻になれるなら、あなたの立場はもっと“強固”なものになるわ」
セレスティアはレオンの周囲をゆっくり歩きながら続ける。
「第一王女の夫となれば、男の中の男。
醜女に囲まれるなんて惨めな真似……やめても良いのよ?」
その言葉を聞いた瞬間、レオンは静かに目を伏せた。
(惨め、か……)
脳裏にリリアナの横顔が浮かぶ。
恐れながらも立ち続けた姿。
マリアの努力。
カトリーナの誇り。
ソフィアのまっすぐな笑顔。
そして、公爵領で必死に働く女性たち。
レオンは顔を上げ、まっすぐにセレスティアを見た。
「……俺の婚約者は、もう決まっている」
「婚約者?」
セレスティアの目元がぴくりと引きつった。
「誰のことを言っているの?」
「リリアナ、マリア、カトリーナ、ソフィアの四人だ」
広間が爆発したように騒めき、美女たちがざわざわとうねりを上げた。
「リリアナ? あの骸骨の……!」
「信じられない! 醜女ばかりじゃない!」
「よりにもよって王家の捨てられた姫を……?!」
セレスティアの顔が、初めて強張った。
「……あなた。
なぜ“あの子”を選ぶのかしら?」
「理由は不要だ。
俺が選んだから、それでいい」
セレスティアの喉が怒りで震えた。
彼女はゆっくりとレオンへ顔を寄せる。
「レオン・アルディス。
あなたの価値観……この国で最も危険だと知りなさい」
「危険かどうかを決めるのは、この国じゃない。
俺自身だ」
「傲慢な男ね」
「そっくり返す」
ふたりの視線が空中で火花を散らした。
その瞬間、セレスティアはふっと笑みを深くした。
「――いいでしょう。
あなたが“歪んでいる”のか、この国が“正しい”のか。
近いうちに、はっきりさせて差し上げますわ」
その微笑は、美でも優雅でもなく、
“崩壊の前触れ”のようにひどく歪んでいた。
レオンは一歩も退かずに応えた。
「やれるものなら、やってみろ」
広間の空気が震えた。
この瞬間、王家とレオンの対立は――
“避けられないもの”へと変わった。
セレスティアの怒りは、王国全体を巻き込む嵐となる。
次回・第18話
『王宮の影――ソフィアの名が呼ばれた理由』




